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第86話 鬼胎
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「……!」
雪兎と哀華が地上より姿を消して早数日、近い間に必ず訪れる脅威に備えて社周辺にて陣地の造成が急ピッチで進む中、馳夫は異常な思念が届いたことに気付き仮眠から目覚めた。
思念の送信元は他でもない、お節介にも自分を死の淵から救い上げて身体までも与えた星海魔当人。
言葉こそ交わさずとも、一方的に送りつけられた情報から馳夫は数時間経たない間にここで何が起こるのかを理解する。
――敵が来る。 それも今までのような半端な相手ではなく、世界樹自身が育んだ忌むべき獣達が。
「ノゾミ聞こえるな? 今すぐ雪兎が人事不省にした連中を叩き起こして戦列に加えてくれ」
「……私を頼るってことは碌でもないことが起こるのね?」
わざわざ言葉や通信を挟むことなく、馳夫とノゾミは思念という自分達の間だけで通じるホットライン上で迅速な意思疎通を行い、速やかに準備を開始する。
「そうだ、あのクソ野郎が大軍勢を率いてもうすぐここへやって来る。 戦えない人間は速急にシェルターに逃がせ。 ただし味方の背中に石を投げ続けたアホ共は例外だ。 自分の脳味噌で善悪の区別もつけられない馬鹿共には自分の命を以て汚名を濯いで貰おうな」
「分かったわ。 お馬鹿さん達には既に十分な精神的苦痛を強いてやってるから少しは反省していると思うけど、念のため裏切り防止の暗示を加えて目覚めさせる」
「頼む、恐らく今回は蛸の大将からのサポートも期待できない。 砂野郎の私兵を止めつつ世界樹本隊の化け物共を止めるなんざ、流石のアイツでも無理だろう。 馬鹿だろうがなんだろうが使えるもんは全部使い倒すんだ。 後悔するような死に方は真っ平ごめんだからな」
運良く内側から焼き殺されず、精神汚染程度の報復で済まされた無能な働き者達が、今度は戦地へ駆り出されていく哀れでもない様を眺めながら、馳夫は再生が完了したスキュリウスを再起動させる。
先日、頭のてっぺんから触手の先までボロボロにされたはずの異形。
それは以前より固く強くしなやかに復活した身体を振り乱すと、耳にした者を震わすような呻き声を上げながら天を仰いだ。
「随分悲観的な言い方ね貴方らしくもない。 もしかして早々に諦めているのかしら?」
「馬鹿言えよ、諦めてるならさっさと街の中に引っ込んで最後の晩餐でもしゃれこんでるさ」
武装と機体のコンディションチェックを滞りなく進めていく馳夫にノゾミは気安く声をかけると、馳夫は健康的な歯を見せ付けるように不敵な笑みを浮かべ、サブモニターに映し出された外界の様子を指し示す。
「それに見ろ、往生際が悪いのは別に俺一人じゃない。 誰だってこの世に生まれてきたからには理不尽な理由で死にたくないんだよ」
馳夫が示す先で動き始めていたのは、雪兎を止める為に命を賭けて戦ってくれた者達。
ブレイジングブルとマサクゥル、そして王鼠はそれぞれ主をコックピットに迎え入れると、そのまま敵が現れるであろう空を見上げる。
この数日の間に、雪兎が以前撃破したメガリスのコアパーツを回収し組み入れ、データ上では神話級害獣に匹敵するほどの強化を受けた3機だが、虚空から無意識のうちに感じる圧はそれだけの力を以てしても不安を感じるほどに強く、重い。
「気負るなよお偉いの。 自分の果たすべき仕事だけに集中していれば少しは気は紛れる」
「万一の時にはアタシが兄貴を逃がしてやる。 もっともそれで安全が確保出来るかは別だけどな」
「……大丈夫だ、足を引っ張らないことだけは約束する。 だから二人とも遠慮無くお客様相手に暴れてくれ」
いくら強化されたと言えども、これから殺到するであろう大群相手にどこまで対抗出来るか不安なのか、戦闘支援端末群への指示がワンテンポ遅れる大黒。
そんな彼を励ますようにクラウスとミシカが通信を送りつけると、大黒の固まっていた表情が幾分か和らぎ、応答できるだけの余裕を与えた。
「一分でも一秒でも長く生き抜いて抵抗しないと消し炭にされてしまった皆に、そして何よりあの二人に面目が立たない」
「随分と殊勝な心がけじゃないか。 アタシら消耗品はそこまで気が回らないというのに感心するよ」
「関係ない。 少しでも長く生きたいという願いに理由なんて必要ないんだ。 だから貴方達も、無理に死を選ぶような真似はしないでくれ」
「言われるまでもないな、俺にはまだ生きて還るべき場所がある。 ワイフのそばで共に老いて死ぬまで、俺はくたばるわけにはいかん」
勝つか負けるかではなく、ただ生き残るためだけに戦ってくれと大黒が頼み込むと、クラウスとミシカはそれぞれ肯定の意思を示しつつ機体を持ち場へと着かせた。
するとその近辺に馳夫が展開した次元亀裂から装備と補給品を備えた大型ドローンが多数飛び出し、消耗していた各々の装備を交換した後、手早く元の世界へと帰っていく。
「ふん、本命の増援を送れない詫びに僅かばかりの玩具の支給か。 わざわざ送ってきたからには役に立つと信じているぞ。 大財閥の御曹司様よ」
「少なくともこの星で開発された火器よりはずっと優れていることだけは保証しておくから安心しなベテラン殿。 だから駄弁ってる暇があるなら準備を急いでくれ」
現行のテクノロジーを超越した武装の数々を可能な限り行き渡らせ、馳夫は少しでも長く皆に抵抗させる準備を進める。
もっとも、ヒトの殲滅を目論む相手が最大戦力の不在というチャンスを逃すはずもなく、徴用された傍観者達全てに武器が行き渡るより先にサンドマンは仕掛けた。
「途方もなく強くて意固地の悪い気配を感じる。 ……来るわ」
「こっちも次元航行中の艦隊との定期通信が途絶した。 長いようで短いインターバルだったな」
非戦闘員達の不安定化していた精神を軽い暗示を与えて落ち着かせていたノゾミが、全ての戦闘員に対し念話で戦闘準備を伝えると共に、馳夫はスキュリウスに装備された火器の安全装置を解除する。
――刹那、本来なら交わることのなかった異元の果てから空を裂き、天球を埋め尽くす程の数の畏るべき怪物達が姿を顕した。
世界中で脈々と言い伝えられてきた多くの超常的存在の姿を模倣し、環境に応じて独自の進化を遂げてきた偉大なる生命。
かつて人類を片手間で全滅寸前まで追い込み、オセアニア以外全ての大陸から放逐した凄まじき者。
あらゆる災害の具現であり、決して逃れられない絶望の象徴。
“神話級害獣”
それらが再び地上を漂白すべく、世界樹の名代たる証を掲げた天使を中心に迫る。
本来ならば大量破壊兵器の投下が児戯に感じられるほどの絶望的な状況であるが、馳夫はその時絶望以上に深い違和感を抱いていた。
何故なら記録上神話級害獣は、敵ながらも勇壮で美しい者揃いだったはずが今回現れた個体群は“ある特徴”のせいで醜い姿に成り果ててしまっていた故である。
本来それらの害獣達が備えた猛々しさも美しさも皆一様に台無しにしていたのは、まるで拘束具のように各部へ張り付いた腐肉の塊。
畏怖より先に不快さを喚起するほど醜く膨れ上がったその肉腫は、寄生した害獣共へ口々に告げ続けた。
「崇めよ讃えよ! この清く広大な砂場の新たな主を讃えよ!」
「平伏し捧げよ! 価値なき命を偉大な魂の円環の為に捧げよ!」
「戦え! 戦え!」
まるで何かを恐れているかのように、それらの気味の悪い肉腫は宿主の都合を一切考慮することなく開戦を急かす。
わざわざ血を流さずとも、結果など承知であるにも関わらず。
それらの様子を見て馳夫はサンドマンが何を危惧しているのかを容易く察し、ただ笑う。
「たった一つ、野っ原に打ち棄てられたこれがそんなに恐ろしいか。 大の男がみっともないな!!!」
スキュリウスが足場とした巨大な卵。
これが一体何を起こすのか誰にも分からないというのに、恐怖のあまり過剰反応をして見せた小男を嘲笑いながら馳夫はスキュリウスを飛び立たせた。
勝てる見込みが1%にも満たないことは分かっている。
だが今は、昏々と眠り続ける希望を護るためにと、馳夫はガラにもなく雄叫びを上げながら躍り掛かって行った。
雪兎と哀華が地上より姿を消して早数日、近い間に必ず訪れる脅威に備えて社周辺にて陣地の造成が急ピッチで進む中、馳夫は異常な思念が届いたことに気付き仮眠から目覚めた。
思念の送信元は他でもない、お節介にも自分を死の淵から救い上げて身体までも与えた星海魔当人。
言葉こそ交わさずとも、一方的に送りつけられた情報から馳夫は数時間経たない間にここで何が起こるのかを理解する。
――敵が来る。 それも今までのような半端な相手ではなく、世界樹自身が育んだ忌むべき獣達が。
「ノゾミ聞こえるな? 今すぐ雪兎が人事不省にした連中を叩き起こして戦列に加えてくれ」
「……私を頼るってことは碌でもないことが起こるのね?」
わざわざ言葉や通信を挟むことなく、馳夫とノゾミは思念という自分達の間だけで通じるホットライン上で迅速な意思疎通を行い、速やかに準備を開始する。
「そうだ、あのクソ野郎が大軍勢を率いてもうすぐここへやって来る。 戦えない人間は速急にシェルターに逃がせ。 ただし味方の背中に石を投げ続けたアホ共は例外だ。 自分の脳味噌で善悪の区別もつけられない馬鹿共には自分の命を以て汚名を濯いで貰おうな」
「分かったわ。 お馬鹿さん達には既に十分な精神的苦痛を強いてやってるから少しは反省していると思うけど、念のため裏切り防止の暗示を加えて目覚めさせる」
「頼む、恐らく今回は蛸の大将からのサポートも期待できない。 砂野郎の私兵を止めつつ世界樹本隊の化け物共を止めるなんざ、流石のアイツでも無理だろう。 馬鹿だろうがなんだろうが使えるもんは全部使い倒すんだ。 後悔するような死に方は真っ平ごめんだからな」
運良く内側から焼き殺されず、精神汚染程度の報復で済まされた無能な働き者達が、今度は戦地へ駆り出されていく哀れでもない様を眺めながら、馳夫は再生が完了したスキュリウスを再起動させる。
先日、頭のてっぺんから触手の先までボロボロにされたはずの異形。
それは以前より固く強くしなやかに復活した身体を振り乱すと、耳にした者を震わすような呻き声を上げながら天を仰いだ。
「随分悲観的な言い方ね貴方らしくもない。 もしかして早々に諦めているのかしら?」
「馬鹿言えよ、諦めてるならさっさと街の中に引っ込んで最後の晩餐でもしゃれこんでるさ」
武装と機体のコンディションチェックを滞りなく進めていく馳夫にノゾミは気安く声をかけると、馳夫は健康的な歯を見せ付けるように不敵な笑みを浮かべ、サブモニターに映し出された外界の様子を指し示す。
「それに見ろ、往生際が悪いのは別に俺一人じゃない。 誰だってこの世に生まれてきたからには理不尽な理由で死にたくないんだよ」
馳夫が示す先で動き始めていたのは、雪兎を止める為に命を賭けて戦ってくれた者達。
ブレイジングブルとマサクゥル、そして王鼠はそれぞれ主をコックピットに迎え入れると、そのまま敵が現れるであろう空を見上げる。
この数日の間に、雪兎が以前撃破したメガリスのコアパーツを回収し組み入れ、データ上では神話級害獣に匹敵するほどの強化を受けた3機だが、虚空から無意識のうちに感じる圧はそれだけの力を以てしても不安を感じるほどに強く、重い。
「気負るなよお偉いの。 自分の果たすべき仕事だけに集中していれば少しは気は紛れる」
「万一の時にはアタシが兄貴を逃がしてやる。 もっともそれで安全が確保出来るかは別だけどな」
「……大丈夫だ、足を引っ張らないことだけは約束する。 だから二人とも遠慮無くお客様相手に暴れてくれ」
いくら強化されたと言えども、これから殺到するであろう大群相手にどこまで対抗出来るか不安なのか、戦闘支援端末群への指示がワンテンポ遅れる大黒。
そんな彼を励ますようにクラウスとミシカが通信を送りつけると、大黒の固まっていた表情が幾分か和らぎ、応答できるだけの余裕を与えた。
「一分でも一秒でも長く生き抜いて抵抗しないと消し炭にされてしまった皆に、そして何よりあの二人に面目が立たない」
「随分と殊勝な心がけじゃないか。 アタシら消耗品はそこまで気が回らないというのに感心するよ」
「関係ない。 少しでも長く生きたいという願いに理由なんて必要ないんだ。 だから貴方達も、無理に死を選ぶような真似はしないでくれ」
「言われるまでもないな、俺にはまだ生きて還るべき場所がある。 ワイフのそばで共に老いて死ぬまで、俺はくたばるわけにはいかん」
勝つか負けるかではなく、ただ生き残るためだけに戦ってくれと大黒が頼み込むと、クラウスとミシカはそれぞれ肯定の意思を示しつつ機体を持ち場へと着かせた。
するとその近辺に馳夫が展開した次元亀裂から装備と補給品を備えた大型ドローンが多数飛び出し、消耗していた各々の装備を交換した後、手早く元の世界へと帰っていく。
「ふん、本命の増援を送れない詫びに僅かばかりの玩具の支給か。 わざわざ送ってきたからには役に立つと信じているぞ。 大財閥の御曹司様よ」
「少なくともこの星で開発された火器よりはずっと優れていることだけは保証しておくから安心しなベテラン殿。 だから駄弁ってる暇があるなら準備を急いでくれ」
現行のテクノロジーを超越した武装の数々を可能な限り行き渡らせ、馳夫は少しでも長く皆に抵抗させる準備を進める。
もっとも、ヒトの殲滅を目論む相手が最大戦力の不在というチャンスを逃すはずもなく、徴用された傍観者達全てに武器が行き渡るより先にサンドマンは仕掛けた。
「途方もなく強くて意固地の悪い気配を感じる。 ……来るわ」
「こっちも次元航行中の艦隊との定期通信が途絶した。 長いようで短いインターバルだったな」
非戦闘員達の不安定化していた精神を軽い暗示を与えて落ち着かせていたノゾミが、全ての戦闘員に対し念話で戦闘準備を伝えると共に、馳夫はスキュリウスに装備された火器の安全装置を解除する。
――刹那、本来なら交わることのなかった異元の果てから空を裂き、天球を埋め尽くす程の数の畏るべき怪物達が姿を顕した。
世界中で脈々と言い伝えられてきた多くの超常的存在の姿を模倣し、環境に応じて独自の進化を遂げてきた偉大なる生命。
かつて人類を片手間で全滅寸前まで追い込み、オセアニア以外全ての大陸から放逐した凄まじき者。
あらゆる災害の具現であり、決して逃れられない絶望の象徴。
“神話級害獣”
それらが再び地上を漂白すべく、世界樹の名代たる証を掲げた天使を中心に迫る。
本来ならば大量破壊兵器の投下が児戯に感じられるほどの絶望的な状況であるが、馳夫はその時絶望以上に深い違和感を抱いていた。
何故なら記録上神話級害獣は、敵ながらも勇壮で美しい者揃いだったはずが今回現れた個体群は“ある特徴”のせいで醜い姿に成り果ててしまっていた故である。
本来それらの害獣達が備えた猛々しさも美しさも皆一様に台無しにしていたのは、まるで拘束具のように各部へ張り付いた腐肉の塊。
畏怖より先に不快さを喚起するほど醜く膨れ上がったその肉腫は、寄生した害獣共へ口々に告げ続けた。
「崇めよ讃えよ! この清く広大な砂場の新たな主を讃えよ!」
「平伏し捧げよ! 価値なき命を偉大な魂の円環の為に捧げよ!」
「戦え! 戦え!」
まるで何かを恐れているかのように、それらの気味の悪い肉腫は宿主の都合を一切考慮することなく開戦を急かす。
わざわざ血を流さずとも、結果など承知であるにも関わらず。
それらの様子を見て馳夫はサンドマンが何を危惧しているのかを容易く察し、ただ笑う。
「たった一つ、野っ原に打ち棄てられたこれがそんなに恐ろしいか。 大の男がみっともないな!!!」
スキュリウスが足場とした巨大な卵。
これが一体何を起こすのか誰にも分からないというのに、恐怖のあまり過剰反応をして見せた小男を嘲笑いながら馳夫はスキュリウスを飛び立たせた。
勝てる見込みが1%にも満たないことは分かっている。
だが今は、昏々と眠り続ける希望を護るためにと、馳夫はガラにもなく雄叫びを上げながら躍り掛かって行った。
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