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第75話 開門
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各共同体から派遣された輸送機と護衛機が鐘楼街から最も近い海岸線に集い、ごった返している。
それぞれの共同体ごとの思惑こそあれど、明日すら知れない難民達にとってそれは地獄に垂らされた蜘蛛の糸よりも微かで眩い希望。
首領が健在だった時と同じ生活が営めるとは思えないが、それでも革命家気取りの簒奪者共や神出鬼没の害獣に嬲られて殺されるよりもずっとマシな扱いはして貰えるはずだと、か弱き人々は明日を信じて次々と旅立っていった。
「N.U.S.A.に振り分けられた方々はこちらの列にお並び下さい!」
「皆さん落ち着いて下さい! 焦らずとも既に貴方達は各々での共同体での身分が保証されています!」
「重傷者は鐘楼街での治療が終わった後、我々が責任を持ってご家族のいらっしゃる共同体に送り出すことが決まっています! ご家族の方は安心して一足先に新天地へと向かって下さい!」
流石に一切のトラブルがないとは言えないが、つい先日まで混乱の渦中にいたものとは思えないほど統制された群衆が、秩序立った隊列を組んでそれぞれが乗り込むべきウミガメ型輸送用巨大アーマメントビーストの収容スペース目掛けて流れていく。
その様はさながら、大昔の日本で毎朝行われていた通勤ラッシュを彷彿させた。
「あんだけの量が集まっても、こっから見るとアリンコの群れとまるで変わらないねぇ」
大量の人の波が整然と流れていく様を遠くから眺めるマサクゥルの中で一人、ミシカは退屈げに行儀悪くパイロットシートに寄りかかりながら独り言ちる。
動く要塞とも表されるほど過剰な火力を与えられた機体であるが、非戦闘時においてはただのオブジェと変わらず、マサクゥルはまるで犬のようにお座りをすると、それぞれの首の付け根を後ろ足で掻くモーションを取り、装甲に挟まった汚れを掻き出していく。
「しかしこれだけの人数を送り出すからと叩き出されてきてみれば何事も無し。 アタシがわざわざ護衛に顔を出す必要も無かったかもな。 あのデブ兄貴め、やることが一々神経質なんだよ」
万が一の為だからと大黒に頼み込まれたのはいいが、ここまで何も無いと拍子抜けだと昼飯代わりの干し肉を噛み千切りながらミシカはフンッと鼻息を吐く。
だが、今まで友軍機の緩慢な動きしか示さなかったレーダーが突如として高速で向かってくる機体の存在を示したことに気が付くと、一旦は損ねた気を取り直してニヤニヤと笑いながら、向かってくる馬鹿に対して意固地の悪い言葉を贈ってやった。
「おーおー、こんなクソ忙しい時に重役出勤とはアンタも偉くなったモンじゃないか。 それで、結局あの小綺麗なお嬢様と一発ヤれたのかい」
「うるさい! 誰も彼も冷やかしばかり! 一体僕を何だと思っているんだ!!!」
起き抜け以来、誰かに顔を合わせる度にセクハラ紛いの言葉を浴びせられ続けることに辟易していたのか、雪兎は鬼灯のように顔を真っ赤に染めると、子供のようにムキになって声を張り上げた。
その態度だけで大抵の人には何があったかを易々と見抜かれているとは露にも思わずに。
「へぇ、オフじゃただの根性無しかと思っていたが、アンタもやるときゃしっかりやるじゃないか。 折角だからこのアタシが褒めておいてやるぜ」
「勝手に納得するな! 僕はまだ何も言ってないだろ!」
「アンタの挙動不審な態度見てたらそこらのガキだって何となく悟るわ!」
普段の穏やかな態度もどこへやら。
1から10まで見透かされていることが気に入らず、雪兎は支離滅裂な言葉を撒き散らし、乱暴に何度もコンソールへ拳を叩き付けながら憤るが、勿論それもからかいの対象となってミシカをご機嫌に破顔させるに至る。
このままでは仕事にならないと判断しかは定かでは無いが、二人のじゃれ合いをしばらく静観していたカルマが呆れかえった様子でモニターから顔を出すと、どうでもいい言い争いを遮りながら告げた。
『戯れはそこまでにして下さい。たった今、N.U.S.A.人工領土構成艦“ニュー・アラスカ”が列島の領海内で停泊したことを確認しました。 後は難民の皆様があれにつつがなく乗船して頂ければ今回の仕事は終わりです。 このまま何事も起きなければ幸いなのですが……』
「杞憂したってしょうがないだろう。 今の僕たちに出来ることは、このまま何も起こらないことを願うことだけだ」
「万が一起きちまった時にはいつものようにサクッと薙ぎ払えばいいだけよ。 まっ、殺れなきゃアタシらが殺られるってだけの話だがね」
難民を満載した輸送機の出港を確認したことを皮切りに、今まで気の抜けていたパイロット二人の瞳に冷徹な光が宿る。
不審な影の接近はたとえ自らの身をすり減らしてでも許さない。
そう呟くが如く二匹の鋼の魔獣は牙を剥き出しにして唸りを洩らすと、そのまま目を凝らすように雲一つ無い眩しい大空を見上げた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
小悪党共がお天道様の光が届かぬ不潔なところで蠢いている。
サンドマンの残機から貰った次元潜行式カメラをフル活用し、小賢しくも襲撃のチャンスを伺っていた外道共の一派は、ようやくお礼参りの機会が巡ってきたと興奮の最中にあった。
「見ろよ、我々に楯突いた馬鹿に逃げ出した馬鹿。 そして新たな最高指導者である我々との外交を拒否した馬鹿が無防備にも一カ所に集まっている。 奴等には散々コケにされてきたが、ついに我々もジョーカーの一枚を切る時が来たな」
「本当に構わないのか? 砂原には例の小僧が生きることを諦めるまで手を出すなと散々言われていたが……」
「今さら奴の忠告なんて知ったことか。 神によって選定された偉大なる我らのやることに下等猿が生意気にも口を挟むようなら、生きたまま寸刻みにしてぶっ殺してやるまでよ」
慎重な意見が出る中でも、根拠も無く自分達が崇め奉られるべきだと自負している簒奪者達にとって、こうして逃げ隠れさせられていることすら屈辱の極みであり、最早人の未来のことなどどうでもよかった。
自分達を栄華から追い落とした憎き首領が遺したものは、何であろうと全て問答無用に踏みにじらずにはいられなかった。
「だが具体的にはどうする? 下手に攻撃を仕掛ければ逆に居場所を暴かれて殺されるぞ」
「心配するな、今の我々にはこれがある。 奴が我々に隠れて散々使ってきた手品の種、ついに我々が堂々と行使する日がやってきたのだ」
臆病なまでに慎重を重ねる同胞に対し、簒奪者達が自慢げに見せ付けたのは、サンドマンが度々行ったように特殊な次元亀裂の制御を可能にするとされるデバイス。
これさえあれば自分達も絶対的な安置からいくらでもあの小僧を嬲り倒せると説明すると、外道共の心の中から先ほどまでの慎重さが立ち消え、勝ち確だと揃ってみっともなくはしゃぎ始めた。
この場に置いてたった一人、どこまでも冷めた態度を保ったまま、簒奪者共の汚いツラを無言で睨み続ける偉丈夫を除いては。
「さて新野局長、いつまでも駄々をこねてないでいい加減我々に靡いて頂きたいな。 こうして貴方の拉致にあの小僧が気付かない時点で、我々の手が届かない安全な場所など存在しないと賢い貴方なら分かるはずだが?」
「……断ると言ったはずだ。 どんな手段を使って俺の新しい商売道具の存在を知ったかは分からんが、その装置には手をつけないことを強く薦める。 まだ半分程度しか完成していないコイツが、お前等ド低脳の妄想通りには動いてくれると思うな。 下手すればこの地球上に存在する物体全ての表裏が逆になって、害獣どころか俺達人間も一人残らずお陀仏になるだけだ」
カルマから提供されたデータとピュアグロウチウムを元に、これ以上サンドマンの好き勝手にさせない為に製造された試製事象制御装置。
それを私利私欲の為に使うことしか考えられない畜生相手に口を利きたくないのか、いつでも始末させられる立場でありながらも新野の態度は何処までも辛辣で、冷徹で、嘲笑的である。
勿論、プライドだけは人並み以上にあるボンクラどもがその態度を黙って見過ごせる訳もなく、数人の屑が新野の鍛え上げられた肉体に銃のストックを叩き付けた。
安物のプラスチックのパーツが欠損する音に混じり、新野の口から押し殺したような呻き声が洩れる。
「馬鹿かテメェは! そうならないようにテメェがそれを調節するんだよ! やらないとテメェの家族が刺身かハンバーグに加工されるだけだぞ! 俺達の仲間はなぁ、ここに集まっているだけでなく他の要塞都市や企業や共同体にも山のように潜んでいるんだ! 下手にここで小細工しようが無駄なんだから、さっさとその機械で下等猿共をグッチャグチャにして殺すんだ!」
圧倒的に有利な立場におかれながらも一体何を焦っているのか、簒奪者共は無意識のうちに滝のような脂汗を流しながら新野を拘束から解き放って強要すると、対する新野は驚くほど素直に要求を受け入れ、淡々と装置を稼働させていった。
いつもの仕事のように無表情のままひたすらに、その逞しい両手には合わないサイズのキーを正確にタイプしていく。
「けっ、達者なのは見た目だけかよ薄汚ぇ筋肉ホモゴリラが」
先ほどまでの不遜な態度が無かったかのように黙々と作業を行う新野の背中に、簒奪者共は唾や痰を吐き付けると、改めて自分達は次元潜行式カメラが送りつけてくる映像に注目する。
そして画面に映る民衆や、それを守る多くの機体が滅茶苦茶に消し飛ぶのを待った。
浮かれ気分の下等連中が引き裂かれて死ぬのか、めくれ上がって死ぬのか、それとも破裂して死ぬのか。
果たしてどんなショーが見られるのかと、楽しみのあまりに簒奪者共の興奮は最高潮に達する。
しかし、待てども待てども画面の中を行き交う人々の様子に変化は無い。 新野の操作する機械が発する稼働音や振動が、無視できないほど大きくなっていくにも関わらず。
「おいテメェ! 一体何をやってやがる!」
流石に何かおかしいと勘付いた簒奪者の中の一人が、新野を機械から引き剥がそうと拳銃をホルスターから抜いた。
……その瞬間、拳銃を中心に渦を巻くような得体の知れない強大な力が発生し、周囲のあらゆる物体を引き寄せ始めた。
必死に握り締められていた拳銃はフレームから外装に至るまで粉々になり、それを握っていたゲス野郎の腕も釣られるように折れ曲がりながら引き千切られ、付近にいた簒奪者共の骨格も歪み始める。
まるで過剰に水を吸わされた紙粘土のように。
「何だこれは!? テメェ一体何をやりやがった!」
「可能な限り最低限の力でこの次元に対し働きかけた。 お前等をぶっ殺す調整の過程で発生したリンボへの亀裂を、遺された連中が後始末をし易いよう細工をしてな。 まぁ真継の坊ややN.U.S.A.の兵隊共が健在なら何とか滅ばずに済むだろうよ」
「ふざけやがって! 愛しの家族がどうなってもいいのかよ冷血ゴリラが!!!」
この後に及んで人質を利用しようと、簒奪者達は身体をへし折られながらも必死になって喚き散らす。
すると、今まで淡々と対応していた新野の顔が徐々に憎しみを湛えたものへと変化し、それに応じて声色も熱く激しくなっていった。
「この俺が、チンパンジーと同等の倫理観しか持っていない人間モドキの言うことをあっさり信じるとでも本気で思っていたのか? お前等に従えば家族は必ず無傷で返すなんて戯れ言を」
「当然だろう! 俺達はなぁ、こんなんでもケジメだけはちゃんとつけるんだよ!」
「嘘つけよ馬鹿共。 俺が自分の身内のことを何も把握出来ていないとでも本気で思っていたのか? だからお前等文明社会の寄生虫は、負け犬以外の何者にもなれねぇのさ」
自らが発生させた次元の渦に巻き込まれ、全身を徐々に削り取られながらも新野は構わず罵倒を続ける。 迸った血潮をオーラのように靡かせ怒りを剥き出しにするその姿は、新野自身の逞しい体格も相まって悪鬼羅刹を思わせるほどに禍々しく、おぞましいものだった。
「俺はな、お前等に拉致される前から大事な嫁さんとガキンチョ共を示す生体反応が突然四散したことを知っているんだ。 そして、その現象が何を示すのかも俺は知っている。……よくも、よくも俺の大事な家族をバラバラにして殺しやがったな」
「ひ……痛ああああ!!!!!」
新野の感情に呼応するが如く、急速に増していく次元の渦の勢い。 それに敢えて身を任せながら、新野はまるで他人事のように外道共をなじり続けた。
「良かったな、生まれ落ちて以来一切価値のあるものを生み出せなかった人の形をした産業廃棄物が、人類史が続く限り永劫に続く科学の螺旋の中にその名を刻めるんだ。 もっとも、偉人として無くただの検体としてだがな」
「やめろやめろやめろ! 死にたくない死にたくない死にたくない! 俺達は死にたくないんだぁあああ!!!」
見てくれもプライドもかなぐり捨てて、自分達がやったことも棚に上げて新野に命乞いをする外道共。
その情けない様を見て、新野は一瞬ざまぁみろと言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべるも、それで多少鬱憤が晴らせたのか、力場へ完全に巻き込まれる直前に新野は本音を漏らす。
「……俺もだよ」
いつ食い殺されてもおかしくない荒れたご時世でも、せめて孫の顔くらいは見たかったと、絶対に叶わなくなった夢に思いを馳せながら目を瞑った瞬間、新野の肉体はグシャグシャに分解された挙げ句、その残滓は無限に続く虚無空間の底へ堕ちていった。
それぞれの共同体ごとの思惑こそあれど、明日すら知れない難民達にとってそれは地獄に垂らされた蜘蛛の糸よりも微かで眩い希望。
首領が健在だった時と同じ生活が営めるとは思えないが、それでも革命家気取りの簒奪者共や神出鬼没の害獣に嬲られて殺されるよりもずっとマシな扱いはして貰えるはずだと、か弱き人々は明日を信じて次々と旅立っていった。
「N.U.S.A.に振り分けられた方々はこちらの列にお並び下さい!」
「皆さん落ち着いて下さい! 焦らずとも既に貴方達は各々での共同体での身分が保証されています!」
「重傷者は鐘楼街での治療が終わった後、我々が責任を持ってご家族のいらっしゃる共同体に送り出すことが決まっています! ご家族の方は安心して一足先に新天地へと向かって下さい!」
流石に一切のトラブルがないとは言えないが、つい先日まで混乱の渦中にいたものとは思えないほど統制された群衆が、秩序立った隊列を組んでそれぞれが乗り込むべきウミガメ型輸送用巨大アーマメントビーストの収容スペース目掛けて流れていく。
その様はさながら、大昔の日本で毎朝行われていた通勤ラッシュを彷彿させた。
「あんだけの量が集まっても、こっから見るとアリンコの群れとまるで変わらないねぇ」
大量の人の波が整然と流れていく様を遠くから眺めるマサクゥルの中で一人、ミシカは退屈げに行儀悪くパイロットシートに寄りかかりながら独り言ちる。
動く要塞とも表されるほど過剰な火力を与えられた機体であるが、非戦闘時においてはただのオブジェと変わらず、マサクゥルはまるで犬のようにお座りをすると、それぞれの首の付け根を後ろ足で掻くモーションを取り、装甲に挟まった汚れを掻き出していく。
「しかしこれだけの人数を送り出すからと叩き出されてきてみれば何事も無し。 アタシがわざわざ護衛に顔を出す必要も無かったかもな。 あのデブ兄貴め、やることが一々神経質なんだよ」
万が一の為だからと大黒に頼み込まれたのはいいが、ここまで何も無いと拍子抜けだと昼飯代わりの干し肉を噛み千切りながらミシカはフンッと鼻息を吐く。
だが、今まで友軍機の緩慢な動きしか示さなかったレーダーが突如として高速で向かってくる機体の存在を示したことに気が付くと、一旦は損ねた気を取り直してニヤニヤと笑いながら、向かってくる馬鹿に対して意固地の悪い言葉を贈ってやった。
「おーおー、こんなクソ忙しい時に重役出勤とはアンタも偉くなったモンじゃないか。 それで、結局あの小綺麗なお嬢様と一発ヤれたのかい」
「うるさい! 誰も彼も冷やかしばかり! 一体僕を何だと思っているんだ!!!」
起き抜け以来、誰かに顔を合わせる度にセクハラ紛いの言葉を浴びせられ続けることに辟易していたのか、雪兎は鬼灯のように顔を真っ赤に染めると、子供のようにムキになって声を張り上げた。
その態度だけで大抵の人には何があったかを易々と見抜かれているとは露にも思わずに。
「へぇ、オフじゃただの根性無しかと思っていたが、アンタもやるときゃしっかりやるじゃないか。 折角だからこのアタシが褒めておいてやるぜ」
「勝手に納得するな! 僕はまだ何も言ってないだろ!」
「アンタの挙動不審な態度見てたらそこらのガキだって何となく悟るわ!」
普段の穏やかな態度もどこへやら。
1から10まで見透かされていることが気に入らず、雪兎は支離滅裂な言葉を撒き散らし、乱暴に何度もコンソールへ拳を叩き付けながら憤るが、勿論それもからかいの対象となってミシカをご機嫌に破顔させるに至る。
このままでは仕事にならないと判断しかは定かでは無いが、二人のじゃれ合いをしばらく静観していたカルマが呆れかえった様子でモニターから顔を出すと、どうでもいい言い争いを遮りながら告げた。
『戯れはそこまでにして下さい。たった今、N.U.S.A.人工領土構成艦“ニュー・アラスカ”が列島の領海内で停泊したことを確認しました。 後は難民の皆様があれにつつがなく乗船して頂ければ今回の仕事は終わりです。 このまま何事も起きなければ幸いなのですが……』
「杞憂したってしょうがないだろう。 今の僕たちに出来ることは、このまま何も起こらないことを願うことだけだ」
「万が一起きちまった時にはいつものようにサクッと薙ぎ払えばいいだけよ。 まっ、殺れなきゃアタシらが殺られるってだけの話だがね」
難民を満載した輸送機の出港を確認したことを皮切りに、今まで気の抜けていたパイロット二人の瞳に冷徹な光が宿る。
不審な影の接近はたとえ自らの身をすり減らしてでも許さない。
そう呟くが如く二匹の鋼の魔獣は牙を剥き出しにして唸りを洩らすと、そのまま目を凝らすように雲一つ無い眩しい大空を見上げた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
小悪党共がお天道様の光が届かぬ不潔なところで蠢いている。
サンドマンの残機から貰った次元潜行式カメラをフル活用し、小賢しくも襲撃のチャンスを伺っていた外道共の一派は、ようやくお礼参りの機会が巡ってきたと興奮の最中にあった。
「見ろよ、我々に楯突いた馬鹿に逃げ出した馬鹿。 そして新たな最高指導者である我々との外交を拒否した馬鹿が無防備にも一カ所に集まっている。 奴等には散々コケにされてきたが、ついに我々もジョーカーの一枚を切る時が来たな」
「本当に構わないのか? 砂原には例の小僧が生きることを諦めるまで手を出すなと散々言われていたが……」
「今さら奴の忠告なんて知ったことか。 神によって選定された偉大なる我らのやることに下等猿が生意気にも口を挟むようなら、生きたまま寸刻みにしてぶっ殺してやるまでよ」
慎重な意見が出る中でも、根拠も無く自分達が崇め奉られるべきだと自負している簒奪者達にとって、こうして逃げ隠れさせられていることすら屈辱の極みであり、最早人の未来のことなどどうでもよかった。
自分達を栄華から追い落とした憎き首領が遺したものは、何であろうと全て問答無用に踏みにじらずにはいられなかった。
「だが具体的にはどうする? 下手に攻撃を仕掛ければ逆に居場所を暴かれて殺されるぞ」
「心配するな、今の我々にはこれがある。 奴が我々に隠れて散々使ってきた手品の種、ついに我々が堂々と行使する日がやってきたのだ」
臆病なまでに慎重を重ねる同胞に対し、簒奪者達が自慢げに見せ付けたのは、サンドマンが度々行ったように特殊な次元亀裂の制御を可能にするとされるデバイス。
これさえあれば自分達も絶対的な安置からいくらでもあの小僧を嬲り倒せると説明すると、外道共の心の中から先ほどまでの慎重さが立ち消え、勝ち確だと揃ってみっともなくはしゃぎ始めた。
この場に置いてたった一人、どこまでも冷めた態度を保ったまま、簒奪者共の汚いツラを無言で睨み続ける偉丈夫を除いては。
「さて新野局長、いつまでも駄々をこねてないでいい加減我々に靡いて頂きたいな。 こうして貴方の拉致にあの小僧が気付かない時点で、我々の手が届かない安全な場所など存在しないと賢い貴方なら分かるはずだが?」
「……断ると言ったはずだ。 どんな手段を使って俺の新しい商売道具の存在を知ったかは分からんが、その装置には手をつけないことを強く薦める。 まだ半分程度しか完成していないコイツが、お前等ド低脳の妄想通りには動いてくれると思うな。 下手すればこの地球上に存在する物体全ての表裏が逆になって、害獣どころか俺達人間も一人残らずお陀仏になるだけだ」
カルマから提供されたデータとピュアグロウチウムを元に、これ以上サンドマンの好き勝手にさせない為に製造された試製事象制御装置。
それを私利私欲の為に使うことしか考えられない畜生相手に口を利きたくないのか、いつでも始末させられる立場でありながらも新野の態度は何処までも辛辣で、冷徹で、嘲笑的である。
勿論、プライドだけは人並み以上にあるボンクラどもがその態度を黙って見過ごせる訳もなく、数人の屑が新野の鍛え上げられた肉体に銃のストックを叩き付けた。
安物のプラスチックのパーツが欠損する音に混じり、新野の口から押し殺したような呻き声が洩れる。
「馬鹿かテメェは! そうならないようにテメェがそれを調節するんだよ! やらないとテメェの家族が刺身かハンバーグに加工されるだけだぞ! 俺達の仲間はなぁ、ここに集まっているだけでなく他の要塞都市や企業や共同体にも山のように潜んでいるんだ! 下手にここで小細工しようが無駄なんだから、さっさとその機械で下等猿共をグッチャグチャにして殺すんだ!」
圧倒的に有利な立場におかれながらも一体何を焦っているのか、簒奪者共は無意識のうちに滝のような脂汗を流しながら新野を拘束から解き放って強要すると、対する新野は驚くほど素直に要求を受け入れ、淡々と装置を稼働させていった。
いつもの仕事のように無表情のままひたすらに、その逞しい両手には合わないサイズのキーを正確にタイプしていく。
「けっ、達者なのは見た目だけかよ薄汚ぇ筋肉ホモゴリラが」
先ほどまでの不遜な態度が無かったかのように黙々と作業を行う新野の背中に、簒奪者共は唾や痰を吐き付けると、改めて自分達は次元潜行式カメラが送りつけてくる映像に注目する。
そして画面に映る民衆や、それを守る多くの機体が滅茶苦茶に消し飛ぶのを待った。
浮かれ気分の下等連中が引き裂かれて死ぬのか、めくれ上がって死ぬのか、それとも破裂して死ぬのか。
果たしてどんなショーが見られるのかと、楽しみのあまりに簒奪者共の興奮は最高潮に達する。
しかし、待てども待てども画面の中を行き交う人々の様子に変化は無い。 新野の操作する機械が発する稼働音や振動が、無視できないほど大きくなっていくにも関わらず。
「おいテメェ! 一体何をやってやがる!」
流石に何かおかしいと勘付いた簒奪者の中の一人が、新野を機械から引き剥がそうと拳銃をホルスターから抜いた。
……その瞬間、拳銃を中心に渦を巻くような得体の知れない強大な力が発生し、周囲のあらゆる物体を引き寄せ始めた。
必死に握り締められていた拳銃はフレームから外装に至るまで粉々になり、それを握っていたゲス野郎の腕も釣られるように折れ曲がりながら引き千切られ、付近にいた簒奪者共の骨格も歪み始める。
まるで過剰に水を吸わされた紙粘土のように。
「何だこれは!? テメェ一体何をやりやがった!」
「可能な限り最低限の力でこの次元に対し働きかけた。 お前等をぶっ殺す調整の過程で発生したリンボへの亀裂を、遺された連中が後始末をし易いよう細工をしてな。 まぁ真継の坊ややN.U.S.A.の兵隊共が健在なら何とか滅ばずに済むだろうよ」
「ふざけやがって! 愛しの家族がどうなってもいいのかよ冷血ゴリラが!!!」
この後に及んで人質を利用しようと、簒奪者達は身体をへし折られながらも必死になって喚き散らす。
すると、今まで淡々と対応していた新野の顔が徐々に憎しみを湛えたものへと変化し、それに応じて声色も熱く激しくなっていった。
「この俺が、チンパンジーと同等の倫理観しか持っていない人間モドキの言うことをあっさり信じるとでも本気で思っていたのか? お前等に従えば家族は必ず無傷で返すなんて戯れ言を」
「当然だろう! 俺達はなぁ、こんなんでもケジメだけはちゃんとつけるんだよ!」
「嘘つけよ馬鹿共。 俺が自分の身内のことを何も把握出来ていないとでも本気で思っていたのか? だからお前等文明社会の寄生虫は、負け犬以外の何者にもなれねぇのさ」
自らが発生させた次元の渦に巻き込まれ、全身を徐々に削り取られながらも新野は構わず罵倒を続ける。 迸った血潮をオーラのように靡かせ怒りを剥き出しにするその姿は、新野自身の逞しい体格も相まって悪鬼羅刹を思わせるほどに禍々しく、おぞましいものだった。
「俺はな、お前等に拉致される前から大事な嫁さんとガキンチョ共を示す生体反応が突然四散したことを知っているんだ。 そして、その現象が何を示すのかも俺は知っている。……よくも、よくも俺の大事な家族をバラバラにして殺しやがったな」
「ひ……痛ああああ!!!!!」
新野の感情に呼応するが如く、急速に増していく次元の渦の勢い。 それに敢えて身を任せながら、新野はまるで他人事のように外道共をなじり続けた。
「良かったな、生まれ落ちて以来一切価値のあるものを生み出せなかった人の形をした産業廃棄物が、人類史が続く限り永劫に続く科学の螺旋の中にその名を刻めるんだ。 もっとも、偉人として無くただの検体としてだがな」
「やめろやめろやめろ! 死にたくない死にたくない死にたくない! 俺達は死にたくないんだぁあああ!!!」
見てくれもプライドもかなぐり捨てて、自分達がやったことも棚に上げて新野に命乞いをする外道共。
その情けない様を見て、新野は一瞬ざまぁみろと言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべるも、それで多少鬱憤が晴らせたのか、力場へ完全に巻き込まれる直前に新野は本音を漏らす。
「……俺もだよ」
いつ食い殺されてもおかしくない荒れたご時世でも、せめて孫の顔くらいは見たかったと、絶対に叶わなくなった夢に思いを馳せながら目を瞑った瞬間、新野の肉体はグシャグシャに分解された挙げ句、その残滓は無限に続く虚無空間の底へ堕ちていった。
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勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
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