鋼殻牙龍ドラグリヲ

南蛮蜥蜴

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第58話 反目

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 男達が街の礎の築く。 

 岩を掘り抜いては鋼を埋め、地を固めてはグロウチウムが混ぜられた混凝土を打ち、重機と工作機械が唸りを上げて大地を整える。 

 そのすぐそばでは工具や資材を手にした作業員達が、各々適当に作った労働賛歌という名の愚痴を洩らしながら、上司の怒声を背に受けて遮二無二働いていた。

 家族の為、自分の為、その他不純な理由のために金を得るべく、困難と疲労に負けじと男達は汗を流す。 

 しかしいくら必死に汗を流したところで所詮は人間の力。 

 腕っぷしに優れた集団が如何に効率良く仕事を進めたところで、いつかどこかで必ず頭打ちになる。

 だが今はそのストッパーを問答無用に吹っ飛ばせる存在がある。 

 そう言わんばかりに、要請を受けたドラグリヲが現場監督の誘導に従って、機材搬入口の方からのっしのっしと尻尾を揺らして悠然と歩いてきた。

 勿論、現場にさらなる部外者が入ってくることを聞かされていなかった連中は一斉にいきり立つ。

「何やってんだよ監督! ここじゃそんな兵器役立たねぇだろ!」
「それもってくるならせめてもっと上等な重機と使える技師を連れてきてくれ」
「いい加減思いつきで行動するのやめて貰えませんかねぇ、困るのは俺等なんですから」
「うるせぇよテメーら半人前の分際で生意気に指図するんじゃねぇ。 俺がいいって言ったらいいんだよ」

 ハイテク工具を片手に何人かの作業員達が仕事の邪魔だと言わんばかりに怒鳴りながら食ってかかると、負けじと現場監督も口汚く罵り返す。 

 そうして現場監督はお怒りの作業員達を無視して向き直ると、ドラグリヲのメインカメラに手を振って促した。

「いいぜ坊主、一発バシッとやっちまってくれや」
「了解、これからトンネルを掘り抜きます。 危険ですので作業員の皆さんは今すぐ射線より離れて下さい!」

 現場監督からの合図を受け、雪兎が声を張り上げて周囲に注意を促すと、眼前の岩盤を眺めていたドラグリヲが両足に装備された姿勢制御用アイゼンを深々と地面に撃ち込み、大顎を開く。

『リミッター起動、主砲供給熱量を0.0001%程度に補正。熱線収束幅は現場監督殿の指示通りに。
 ショックアブソーバー、広域防御用フォース・メンブレン共に準備良し。
 総員閃光防御の用意を、これよりブレスを照射します』
「皆さん、早くドラグリヲの後ろへ!」

 物々しい雰囲気から何が起こるのかを察した作業員達は皆一斉にドラグリヲの背後へと退く。 

 その瞬間、ドラグリヲの口腔から放たれた熱線が大きな洞穴を残土も出さず一瞬で掘り抜き、尋常では無い工期の加速を実現させた。 

 開通したトンネルの壁や天井から真っ赤に溶けた泥や岩が滴り、膨張した爆発的な大気が作業員達を守るように大きく展開したフォース・メンブレンの表面に沿って外界へ流れて消える。

「すげえな兄ちゃん! そいつがいればもう俺等はいらねぇんじゃねぇかい?」
「まさか、僕が力になれるのはこんな大味な仕事くらいまで。こっから先は貴方達プロのお仕事です」
「よせよ照れるじゃねぇか、俺等を褒めたって何の見返りも無いぜ坊主。 まっ、せっかくだからお望み通りプロの仕事っぷりってやつを見せてやるさ」

 周辺の危機が去ったことを確認してフォース・メンブレンを解除したドラグリヲの周囲に作業員達が一時群がるも、雪兎の何気ない言葉を聞いて勝手に機嫌を良くしたのか、男達は工具を手に意気揚々と次の持ち場へ移り始めた。

 男達が動いた先に待っていたのは、いつの間にか背にペイロードを増設していた鋼のネズミ達。

 彼らは自らの背に作業員達が乗り込んだのを確認するとトンネルの奥へと一斉に駆ける。 

 人や建設用デバイスといった大量の荷物を載せているにも関わらず、ネズミ達はまるで重みを感じていないように高い壁や天井を軽やかに登攀し、各々が指示通りの場所で仕事を開始する。

 上下水道管、ガス管、低抵抗電線、大容量高速通信ケーブルと大都市の生活を支えるに欠かせないインフラ変形機能を持った都市基礎構成用グロウチウム。 

 ネズミ達の手によって運ばれ、作業員達の手で岩盤に撃ち込まれたそれらは、まるで粘菌のように蠢きながら自ら地中に潜り込むと、事前に仕込まれたプログラムによって効率的なインフラ構造を確立し、街の下地を造っていった。

 まるで深く伸ばした太い地下茎から、無数の根を生やすしぶどい雑草のように。

「皆きちんと仕事をやってくれているようで良かった。 ここに来る前に狼藉ごとは厳禁だと教え込んだ甲斐があったよ」
「そりゃ結構。 もし問題の一つや二つ起こされてたら僕は遠慮無くアンタを刑務所に叩き込んでやるところだった」

 岩肌が剥き出しになった洞穴が瞬く間に人工的なトンネルへと造り替えられていく様を眺めていた雪兎の耳元に、地上で別の作業に取りかかっていた大黒の穏やかな声が届く。 

 それに吊られて雪兎は咄嗟にレーダーを確認するも、相手が一切殺気や悪意の類いを発していないことを察すると、バツが悪そうにシートに背を預ける。

 ドラグリヲのすぐ後方にやって来ていたのは、大黒が乗り込んだ鼠人間型アーマメントビースト“王鼠”

 ハーメルンの笛吹き男よろしく、大量のネズミ型無人アーマメントビーストを足下に従えたそれは、作業中の面々の手伝いをするよう無人機に指示を出すと、自らはドラグリヲの側で深く腰を下ろした。

「あまり怖いことを言わないでくれよ。 虐げられ過ぎて余裕が無くなってしまった皆と違って私は多少の分別を持ち合わせている」
「はぁそうですか。 それで、貴方のような分別のある人間とやらが何故あんな連中の頭目をやっておられるんです?」

 ちょうどいい機会だと、雪兎は以前抱いた違和感の正体を少しでも探るべく何気なく大黒へ問いかける。

「失礼な言い方ですが、貴方の気質は生存圏外の苛烈な環境で生きてきた人間としては珍しいものです。 そんな貴方が、一体どんな巡り合わせがあって祭り上げられたのか聞かせて頂きたい」
「……悪いね、個人的には話してあげたいけど無理なんだ」
「何故です? 何か都合の悪いことでもあるのですか?」
「あぁいや、そんな単純で情けない話じゃあない」

 深い疑いの眼差しを向け、静かな口調で言葉を紡ぐ雪兎に対し、大黒は苦笑しながら自らの弛んだ顎に指を添えると、和やかな目つきから一転して完全な無表情を造り上げて口を開いた。

「実は私にはここ2~3年より前の記憶がない。 私が何処で生まれ、何処で育ち、どのような人生を歩んで生存圏外の地獄へ足を踏み入れたのか全く分からないんだ。 ある日気が付いたら奴隷農場で一人ドブさらいをさせられていた」

 長い奴隷生活の中で汚れが染みついた自らの両手をしみじみと眺めながら、大黒は語り続ける。

 よほど辛く過酷な生活であったのか、その瞳には生気が無い。

「だから私は自らの過去を知るために行動を起こした。 クズ共のご機嫌を取りながらも密かに身体を鍛え、知識を養い、仲間を集い、武器を掻き集め、その果てに自由を手にした。 信じられないかもしれないけど、これは全て紛れもない事実だよ」

 自らが語ることが突拍子も無いことであることを強く理解しているのか、大黒は話し終えた後、暫しの間黙り込む。 

 そして意を決したかのように顔を上げると、カメラ越しに雪兎の顔を見据えながら頼み込んだ。

「だからね、もし私の身元に繋がるような話があればどんな小さな情報でも教えてくれないか? もし家族がいるのであれば会いたいし、どこかの組織に所属していたのであればどんな仕事をこなしていたのかを知りたいんだ」
「……カルマ、面倒な仕事だが頼めるか?」
『お任せ下さい。 貴方が何処かの要塞都市で生まれ育った人間であるのなら間違いなく探し出せるでしょう』
「そりゃ本当かい? ありがとうなお嬢ちゃん!」

 雪兎に問いに対して、カルマが造作も無いことだと言わんばかりに返すと、大黒は思わず破顔してカルマに礼を言う。 

 そこには大量の荒くれ者を率いる武装集団の長としての威厳は無く、雪兎は目前の男が腹に一物抱えているとは到底思えなくなっていった。

「貴方も大分お人好しだ、自分の望むような答えが返ってくるなんて保証も無いのに」
「人生それが普通だよ真継君。 だがね、どんな苦境に堕とされようと挑むことを恐れず生きてさえいれば、人は何かしら苦労に値するものを手にすることだって出来るさ」

 少なくとも私がそうだったようにと一言付け加え、大黒は画面越しに見える雪兎の顔を見て屈託無く笑って見せる。 

 それに釣られ、雪兎も思わず笑みを浮かべた。 別に相手の機嫌を取るためでも無く、自分でも内心驚くほどただただ自然に。

「何だ君もちゃんと笑えるじゃないか。 ずっと物騒な目つきで私達のことを見ていたからてっきり深く恨まれているかと思っていたよ」
「そういう訳ではありませんよ。 ただ僕は秩序を守る者の一人としての役割を果たしていたに過ぎません。 貴方にそれを乱そうとする意志が無いのなら、僕だってまともな応対をしますとも」

 それが信頼を寄せるに値する人間に対する礼儀だと、雪兎は気恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻きながら苦笑する。 

 まだまだ首領ほど人を見る目が無いのだと、己の未熟さを恥じて。

『さぁユーザー、サボりはここまでです。 私達は私達の仕事へ戻りましょう』
「……そうだな」

 これ以上現場に残ってもやれることは無いと、雪兎は挨拶もそこそこに警備の持ち場に戻ろうとコンソールに意識を向けた。

 ――その時だった。

 雪兎が突如身も凍るような悪意を感じた瞬間、ドラグリヲと王鼠のアラームが同時に鳴り響き、和やかだった空気が一瞬で吹き飛んだ。

「馬鹿な、害獣が確認されていない区域に爆撃なんて……」
「僕が迎撃します! 大黒さんは皆の保護を!」
「あぁ任せたよ! ただくれぐれも無茶はしないでくれ!」

 大黒からの返事を背に受け、雪兎は機材搬出口から表へ飛び出すと、悪意を感じた方角へ即座に機首を向けた。 

 搭乗者の意志を反映したかのように、ドラグリヲは低く唸りながら空の果てを睨む。

『プラズマ焼夷弾の投下及び複数の光学兵器のチャージを確認。 どうやら標的はこの建設予定地のようです』
「フォース・メンブレン広域展開! 誰も殺させるな!!!」

 雪兎が叫び、ドラグリヲから真っ赤な熱膜が開放された瞬間、巨大な青白い閃光が迸るに続いて煌びやかな光線の雨が降り注ぎ、白熱した大気が拡散した爆炎と共に渦を巻いた。

 建設予定地全てを覆うように煤煙が立ち籠め、暫しの間重苦しい沈黙が薄暗くなった爆撃現場を包む。

 その数拍後、濛々と立ち上る煤煙と砂塵を引き裂いて、無傷のまま陽光に身を晒したドラグリヲは天を仰いで咆哮を上げると、建設予定地への全ての攻撃を受け止めて白熱した熱膜を吸収しつつ、空高く舞い上がった。 

 その殺意の矛先は、芥子粒のようにしか見えないほど遠くに逃げ出した悪意の塊に向けられる。

「おいそこの所属不明機! さっさと回線開いて申し開きの一つくらいしたらどうだ!」

 爆撃を敢行しておきながら猛然と逃げていく機体の影に追いすがり、気炎を上げながら怒鳴り散らす雪兎。 

 その瞳は害獣に相対する時以上の殺意が灯り、受け止めた攻撃を数倍にして返すべくドラグリヲに莫大なエネルギーの供給を開始する。

「警告する! このまま何の返答がないのであればその機体からテメェを引っ張り出して危うく死にかけた皆の前で引き摺り回してやるぞ!」

 普段より一層分厚く展開されたフォース・メンブレンとアイトゥング・アイゼンを振り翳し、最後通牒を突き付けるも相手の反応は一切無く、雪兎は牙を噛み締めて確固たる殺意を抱く。

「そうかい、だったら望み通り惨たらしく殺してやる」

 相手が人間だろうが関係ないと、ほんの僅かな間に爪の間合いまで距離を詰めたドラグリヲ。 

 そのまま相手を両断しようと腕を振り上げた瞬間、コンソールから耳を劈くほどの警告が鳴り響き、雪兎は抱いていた殺意を揺らがされた。

「くっ、本社のお偉方がどうして……」

 横合いから停戦信号を送りつけられ、雪兎は衝動的に攻撃を続けようとする意志を無理矢理抑え込み、渋々ながらマイクを握る。 

 そうする間にも今まで追いかけていた相手は地平線の丸みの向こう側へ消え失せ、完全にロストしてしまった。

「一体何のつもりだ! アンタらだって見てただろう!? ヤツの所業を!!!」
「これ以上の干渉は無用だ真継雪兎君。 社員間の私闘は厳禁であると君も知っているはずだ」
「社員? 害獣がいない都市を平気で爆撃するクズがうちの社員だと!?」

 警告が届いて数秒後、飛来した複数のオービタルリフターから一方的に送りつけられた通信に憤慨し、雪兎は激しく抗議をするも、相手は一切聞き入れず、むしろ加害者を庇うように雪兎を詰る。

「もう君の後ろ盾だった首領はいない。 今までのように好き勝手に我が儘を通そうとしても無駄だ」
「……ならば納得いく説明を下さい。 先ほどの爆撃は何の意図があってやったのです?」
「我が社の新たなプロモーションの一環だ。 それ以上の事を君に答えてやる義理はない。 君は口を噤んで賤民共と戯れていればよろしい」

 必死に憎悪の表情をひた隠し、合理的な答えを得ようと努力する雪兎の心も無視して、本社からのメッセンジャーは一方的に言葉の暴力を叩き付けてくる。 

 そして雪兎が追跡を諦めたことを把握すると、即座に踵を返して社の方角へと消えていった。

「人の形をした薄汚い兵器の天下は、あれ自身の消滅と共に終焉を迎えたのだよ。 これからは君もそれを理解して行動してくれたまえ」

 去り際に一言、墓を暴いて死体を踏みにじるような言動を吐いて一方的に通信を終了するメッセンジャー達。

  残されたのは、アーマメントビースト一機に向けるには過剰な人員を割いたことを裏付ける飛行機雲だけ。

 その場に一人残されて暫し呆然と立ち尽くしていた雪兎は、やがて正気を取り戻すと、血が滲まんばかりに拳を握り締めて呟く。

「一体何様のつもりだよ、畜生」

 こんな馬鹿げたことをやっている暇なんて無い、なのに何故と。 

 嘆息と共に頭を抱える。

 その様を、横から見ていたカルマは悲しげに黙って見つめていた。
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