鋼殻牙龍ドラグリヲ

南蛮蜥蜴

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第41話 制裁

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 曇り一つ無い青空の下を幾百もの白い線が尾を引き、白銀の怪物を執拗に追い立てる。 

 内蔵された高度戦術思考機能によって他のミサイルと連携し、敵に確実な破滅を届けることが可能な高性能ミサイルの群れ。 

 それらは三次元的な陣形を組んで四方八方からの包囲を継続し、遮二無二突撃を繰り返し続ける。

 

 しかし、それによってドラグリヲに墜とせるのかと問われれば答えは限りなくNOに近い。 既に四度目の包囲を経験し、その都度に軽々と切り抜けてきたドラグリヲ。 

 今回も通常の兵器が真似すれば自壊しかねない急加減速を繰り返し、向かってきた弾をことごとく避け、斬り落とし続けていた。


『弱い、せっかくハンデを差し上げたというのにこの体たらくですか……』
「言っただろうカルマ、喜々として味方の背中を撃つようなクズにチャンスをやっても無駄だとな」

 長時間に渡る戦闘によって弾が尽き、敵対するパイロット達の中に焦りが出始めた頃合を見計らって、二人は失望を口にしながら本格的に動き出す。

 全身に突き刺さっていた動作伝達用グロウチウムケーブルが抜け落ちたことによって、完全に肉体の自由を取り戻す雪兎。 

 その一方でカルマは今まで蓄積してきた戦闘データを応用し、主人が留守中でも複雑な戦闘行動が可能な仕組みを即座にでっち上げる。

『スタンドアロンモード起動。これより回収までの間、迎撃モードで待機します。 よい狩りを』
「狩りなんて大層なモンじゃない、これはただの害虫駆除だ」

 カルマがかけた言葉が気に入らなかったのか、雪兎は軽く舌打ちをしながら返事をすると、今まで背中を預けていたシートを乱暴に蹴り、何の躊躇いもなく空の中に身を躍らせた。

 生身の生物が立ち入ることを許されない音速の世界。 しかし現在の雪兎にとっては音速突入時の衝撃波など、そよ風ともなんら変わりがなく、地表での身のこなしそのままに接近してきた戦闘機に取り付くと、キャノピーを叩き割ってパイロットの首を掴み上げる。

「や……やめて……俺は何もしてないから……」
「悪いがその願いは聞けないなぁ、テメェ避難民満載した病院船爆撃したろおおお!!!」

 アルフレドの力の断片を持つ今の雪兎に“悪意のある嘘”は通用しない。 

 悪意のある嘘をついたが最後、真実が雪兎の脳内に即時開示され、さらなる怒りを買う羽目になるだけである。 

 それを身を持って証明した外道兵士は、哀れにもその場で生きたまま解体された挙げ句、戦闘機自身が発生させていた衝撃波の中に投げ込まれ、即座に血霧となり消滅した。

「次は誰だダニ野郎共があああ! きっちり報いは受けろやあああ!!!」

 機関砲やミサイルの直撃を喰らって身体中を痛めつけられても、雪兎は胸の底から溢れ出る衝動のままに、一機、また一機と、率先して味方を殺した外道共をコックピットから引っ張り出しては惨たらしい死に様をプレゼントしていく。

 そこに慈悲や人間性の類は存在せず、因果応報で殺されたという結果だけが一つ、また一つと増えていくだけ。

「人の形をした赤目の化け物……、奴があの首刈り兎なのか……」
「馬鹿野郎! あんなガキに怯むんじゃない! 戦闘機がダメならもっと強い奴だ! さっさと虎の子のオービタルリフターを出撃させろ! 何としてでもあの化け物2匹を撃ち落とせ!」

 見せしめを出したことで裏切り者の軍勢の中にも新たな動揺や混乱が生まれ、戦闘機から発展した貴重な戦力を無駄遣いしてまで命を長らえようと足掻く。

『醜い…』

 それらの通信を傍受していたカルマはドラグリヲの中で無意識のうちに憤りに似た情動を抱き、黙って表情を歪ませる。

 常日頃から雪兎に付き従うカルマだからこそ、カルマは裏切り者達の言動が不快で仕方無かった。 

 血と汗と涙を流し、名誉と誇りを賭けて、死力を尽くしても、全ての命を救うことが出来ない現実に嘆き悶え苦しむ雪兎の姿を見てきたからこそ、何の感慨もなく同胞の命を奪える裏切り者達の浅ましく幼稚な精神性がおぞましくて堪らなかった。


『駄々っ子のワガママに長々と付き合って差し上げる理由はありませんね。 これより敵方の統合戦術ネットワークの掌握を開始します。 ユーザー、気が済んだのであればドラグリヲに帰還を』


 この異常者達を放置していては被害が増えるばかりだと、カルマは好き勝手に暴れ続ける雪兎に通信を入れる。 すると雪兎は意外にもあっさり制裁を切り上げてコックピットの中に戻ってきた。

 少しでもコックピットを汚さない為、鮮血に濡れた爪をしっかりと拭い、血に染まった布切れを機体の外へ投げ捨てながら雪兎は不満そうに口を開く。

「余計なことをしやがって……。 お前がわざわざ手を下す必要もないだろうに」
『そんなことはありませんよユーザー。 確かに裏切り者共の命こそ放射性廃棄物以上に価値が無いものですが、奴等が保有していたレビテイションタンクやオービタルリフターは大事な戦力です。 一機たりとも無駄には出来ません』
「ああそうかい、お前がそう言うんなら間違いないんだろうさ」
『ご理解して頂き幸いです。 それではさっそく連中から玩具を取り上げて差し上げましょう』

 雪兎がグロウチウムケーブルを接続し、権限が戻ってきたことを確認すると、カルマはドラグリヲの基幹フレームに内蔵されている通信デバイスを展開し、裏切り者達が利用するネットワークへの侵入を完了する。

『文明の利器に頼り続ける限り、私には絶対に勝てないと身を持って知りなさい』

 これから引き起こされるであろう裏切り者達の無様さを想像したのか、カルマはとてもいい顔をしながら用意しておいたマルウェアをネットワーク中にばら撒く。 

 すると、裏切り者達が保有していた全ての機械の制御権は瞬く間に剥奪され、完全にカルマの手駒として掌握された。


 攻撃的な機動を繰り返していた戦闘機は揃って遊覧飛行を開始し、ちょうど出撃を終えたばかりのオービタルリフターやレビテイションタンクは自らハッチを破壊して母艦内に引きこもっていく。

『うふふ見てくださいユーザー、あのお馬鹿さん達の情けないお顔を。 おっと、恨めしそうな顔をしたって制御は返してあげませんよ』

 にこにこと悪い顔をしながら戦場を眺めるカルマの視線の先では、抵抗手段を失ったことで自棄になった兵隊達が責任を押しつけ合っている。 

 命令したのは奴だ、実行したのは奴だ、俺達に武器を供給したのはあのメーカーだ、などと口にしながら殴り合っていた。


「……見てられないな」
『ですね』

 先ほどまで心を支配していた激情すらも失せてしまうような醜態に、雪兎はただゴミを見るような目で裏切り者達を眺めている。

「カルマ、さっさと責任者のリストアップを。 ここで十把一絡げに殺してやってもいいが、公平公正な善意の第三者気取りのブン屋共に飯の種をやるのも気にくわない」
『了解しました、これより反逆者連中の内、中心人物のリストアップを開始します』

 完全に萎えてしまった雪兎の指示に従って、カルマが反逆者共の生体情報をスキャンしリストアップしていくと、重罪人、賞金首、危険思想家、要注意団体構成員と、多種多様な人間のクズのデータが、サブモニターの中を滝のように流れていく。

『一体何ですこの惨状は、沖縄に駐留していた正規軍人達は一体何処に消えたんです?』
「恐らく蜂起に伴って反抗的だった連中は始末されたんだろう。 惨いことをしやがる」

 だから帳尻合わせに外道共は殺すと、雪兎は報いを受けさせるべき外道のツラをしっかりと見定めていく。 

 だが、ある一人の下っ端兵のデータが流れてきた瞬間、雪兎は血相を変えて身を起こし、戦場の端の方へ意識を向けた。

『ユーザー? いきなりどうされたのです?』
「大したことじゃない、ツラを付き合わせたくもなかったクズ野郎を見つけたってだけだ!」

 胸の底から湧き上がる怒りのままにドラグリヲを凍った海面に叩き付け、そのまま疾走させる雪兎。 

 その視線の先には一隻のボロ舟が浮かんでいるだけで戦略的には一切の危険性は無い。 

 しかし雪兎は全力をもってそのボロ舟を破壊すると、たった一人乗り込んでいた男をドラグリヲの手の中に拘束した。


 カルマには何の変哲も無い兵士にしか見えないが、アルフレドの力の残滓のせいで何らかの繋がりが出来てしまった雪兎には、男に宿る邪悪な意思がハッキリと見える。

「それが残機とやらの一つかよ、蛆野郎テメェ!!!」
「サンドマンだ、いい加減人の名前はちゃんと覚えとけよ」

 ドラグリヲの手の中に囚われになり、生殺与奪権を完全に握られたにも関わらず、新たな残機を得ていたサンドマンは一切慌てることなく雪兎を煽る。

「ふざけやがって、馬鹿共をとち狂わせたのはテメェの仕業だな」
「私が? 冗談はその単純な精神性だけにしてくれたまえ。 私はいつだって耳元で囁く位の干渉しかしていない。 後は全て彼らの自己責任さ」
「戯れ言を!」


 雪兎は今すぐにでも握り潰したい衝動を何とか抑え込み、好き勝手に喋らせて情報を得ようとするも、舌先三寸で人心を掻き乱すのが何よりの楽しみであるサンドマンにその手は通じず、憤りだけが際限なく溜まっていく結果に終わる。

「そう怒るなよ、せっかくゲストまで呼んで楽しくやろうと思ってたのにな」
「ゲストだと? どこにそんなもんがいやがる!」

 ドラグリヲの手の中でケラケラと笑い続けるサンドマンが零した言葉に耳聡く反応し、雪兎は反射的に周囲の気配を探るも、勿論一切それらの影は見当たらない。

 しかしその代わり、前兆と思われる惨劇が武装解除された大艦隊の付近で繰り広げられ始めていた。 

 動かなくなった戦艦から逃げ出し、氷の上に群がっていた裏切り者達の身体が次々と膨張していったと思った瞬間、次々と破裂し純白の大地の上に小汚い染みを遺して死に逝っていく。

「何だあれは!? テメェ一体何をやりやがった!?」
「私ではないぞ、こんな残酷で惨たらしいことを私が出来るはずがないよなぁ」

 どこまでも不敵に、どこまでも楽しげに、サンドマンは余裕を無くしつつあった雪兎をしばらくの間好き勝手に煽り立てると、様子を一転させてドスの効いた低い声を絞り出す。

「そうとも、こんな真似を出来るのは人智を超えた獣に他ならない」
「……テメェ!」

 せめて貴様だけでも言わんばかりにサンドマンの残機を握り潰す雪兎。 だが仕留めた手応えを一切感じられず、またしても逃げられたことを直感的に判断し、牙を噛み締めた。

「あの野郎!」
『奴のことなんてどうだって構いません! 今すぐ回避を! 海底のさらに下から凄まじいエネルギーが急速に迫り上がって来ています!』
「馬鹿な、海のさらに下からだと!?」


 雪兎がカルマの警告に返事をするよりも早く、アイトゥング・アイゼンを使って生成した巨大な氷床が瞬く間に溶けていき、姿を現した水面も猛烈な勢いで沸騰を始める。

 間もなく途轍もなく恐ろしい何かがやってくる。 雪兎はそれを確信すると、急いでドラグリヲを離陸させ、雲の上まで舞い上がった。

 刹那、沸騰していた海面が突如真白く燃え上がった瞬間、莫大な量の海水を巻き上げながら何かが海中から成層圏付近まで躍り出る。

 海底火山が爆発したかと見紛うほどに膨大な炎と雷と蒸気を纏い、天を穿つは自らも赤々と燃え滾る巨大な蛇。 

 地球の核より出でし混沌の主は海を、空を、そして雲の中に紛れたドラグリヲを順に見定めると、一際高い咆哮を上げた。

 鬱陶しい小蠅は欠片残らず滅殺せんと高らかに宣言するかの如く。
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