鋼殻牙龍ドラグリヲ

南蛮蜥蜴

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第14話 蹂躙

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 元より侵入禁止である軍管区のさらに奥深く、幾重もの防衛機構が施された都市の中枢すぐ上空を鉄の獣達が疾駆する。 

 時折鋼色に輝く影が流れ星のように空を翔けると、僅かに揺らめく透明な影が音もなくその後を追う。
 
 やがてそれらは巨大な摩天楼の頂上に辿り着くと、眼下の様子に目を配せながら身を伏せた。

「ナイトウォッチャーより各機へ通達。都市防衛システム攪乱工作解除まで残りおよそ40秒。 真継君に九頭君、二人共準備はいいかしら?」
「大丈夫です、指示があればいつだってやれます」
「こっちはあと少しかかる。 もうちかっと待っててくれマタハリさんよ」
「今の便宜上の名はテレサよお坊ちゃん。 蜂の巣にされたアマチュアなんかと一緒にしないで」
「へーへー」

 夜警の名を冠した揺らめく影の中から向けられた文句を余所に、巨大な軟体生物とおぼしき影が滑るように地面の上を移動していく。

 深海から山岳地帯まで、あらゆる環境で火力支援を行うことを目的に製造されたスキュラ型アーマメントビースト。

 “スキュリウス”と名付けられたそれは、名の由来となった多脚の移動機構をくねらせ音もなくガンタワーに巻き付くと、そのまま素早く頂点まで登り上がる。

 そして機能を停止した砲座を己の副砲として働くよう瞬く間にシステムを書き換えると、元から機体に搭載されていたスナイパーレールキャノンを展開し、体表を保護迷彩色に変化させた。

「よしこっちの準備は整った、合図があるまで大人しくしとくぜ」

 馳男の陽気な声が摩天楼の頂上に陣取る二機の通信機を介して響き、作戦の決行が近いことを告げる。

 しかしそんな折り、雪兎はコックピット内に実体を現していたカルマを相手に複雑な心中を吐露していた。 準備は出来ているとは言ったものの、人間相手に力を振るうことを躊躇っているのかその表情は暗い。

「今さらだけど僕にはまだ信じられない。 言葉を解せない化け物相手に身売りなんてバカげてる」
『私も同意しますユーザー。 害獣に対してコミュニケーションを試みて好意的な反応が返ってきた例は現在まで公式に確認されていません。しかし残念ながら、先人が身を以て培い継承してきた知識は彼らには通じなかったようですね』
「どういうことだ?」
『こういうことですよ』

 雪兎の問いに対し、カルマは無表情のままコンソールを弄ることで返答代わりとすると、ナイトウォッチャーが探知した生体反応がドラグリヲのサブモニターへ投影される。

 軍管区の地下に広がる空間一面に散らばった人間や家畜の類に比べて明らかに質量、体長共に大きい異常な数の反応。

 それは甘っちょろい雪兎にさえ事態の重さを把握させるには十分過ぎる代物だった。

「馬鹿な! こんな街中にどうしてこれだけの反応があるんだよ!?」

 通常の都市運営をしていればここまで害獣が繁殖することなどありえない。 

 否、それ以前に害獣が現れた時点で近隣の要塞都市にも警告をしておくことが協定で義務付けられているはずだと、雪兎は歯噛みする。

『さぁ、物狂いが考えることなど我々に分かるはずがありません。 分かっていることは唯一つ、この都市の為政者達が一体何を仕出かしたのか。それだけです』
「……大勢人を喰わせたな、あの化け物共に!」

 明らかな悪意がなければ起こりえない現実を目の当たりにし、今まで消極的だった態度が一変、雪兎の胸の底よりどす黒い殺意が込み上げる。

 害獣相手に向けるものと等しい、熱くも冷酷な情動。 それは先ほどまで抱いていた淡い躊躇いを闘志で塗り潰し、憤怒の感情を着火させた。

 雪兎の激情に呼応してドラグリヲが唸りを洩らし、装甲の表面を彩る紅い煌きが燃えるように輝く。

「やっとやる気を出してくれて嬉しいわ坊や。半端な気持ちで挑んだ挙げ句死んで貰っては困るもの」
「僕が死ぬだと?笑わせるな!死ぬのは人間を裏切ったクズ共の方だ!」

 普段の態度とは最早別人。殺戮に飢えた修羅と化した雪兎の声を聞いてテレサは内心危険な雰囲気を感じ取るも、今はそれどころでは無いとすぐさま気持ちを切り替えた。

「……時間ね、始めるわよ」

 テレサが開戦を告げた瞬間、水平線の果てより飛来した地殻貫徹弾の雨が地を抉り、偽装された害獣の巣の天蓋を容赦無く消し飛ばした。

 弾け飛んだコンクリートと地盤の飛沫が天高く舞い上がり、一帯に砂塵の幕を張る。

 一寸先さえ視認出来ない粒子のベール。

 その中を住処を暴かれて激昂した害獣共が砂塵の中を活発に這い回り始める。 各々が全く違う姿と生態を持ちながらも、人を喰らうという共通する欲望を満たす為に。

 既に居場所を暴かれ、曇り無き殺意に身を晒されているとは知る由もないまま。

「いくぞ馳男!」
「おっしゃあ! Kill them all!」

 ドラグリヲの耳を劈く咆哮が大気を揺るがし、スキュリウスの冷たく鋭い眼光が害獣共の眉間を射抜く。

 それに対して外敵の接近を察知した害獣共が牙や爪を剥き出しにし威嚇して見せるも、雪兎は一切怯まず自ら群れの中に突っ込んでいった。

 不用意に正面に立った輩はズタズタに引き裂かれ、跳びかかった輩は噛み千切られた上に踏みにじられ、背後から忍び寄った卑怯者は鞭のようにしなる尻尾で首を飛ばされる。

 ドラグリヲが踊るようにボディを躍動させる度に、鮮血の華が咲いては散っていく。

『雑魚から中堅まで、よくもまぁこれだけの数を揃えられたものです』
「数なんて関係無い!僕の前に立ったら無様に死ぬだけだ!」

 雪兎の宣言通りドラグリヲの針路上に存在していた害獣は余さず肉塊となって路傍を緑に汚し、機動ウィングから吹き出した焔が闇を湛えた都市を明るく照らし出す。

 刹那、闇を引き裂いて電磁加速された弾丸が飛び、ほんの僅かな間姿が浮かび上がった害獣共の頭蓋を纏めて弾けさせた。

「おいおい殺るならキチンと殺っとけ、俺の仕事を無駄に増やすんじゃない」

 ドラグリヲのボディを掠めるように飛び狂う弾丸の嵐は辛うじて生き延びようとした害獣の命を容赦無く刈り取り、戦線を離脱しようとした臆病者共々薙ぎ倒していく。

 極限まで効率化された戦いは既に戦闘などという生易しいものでは無く、虐殺と形容した方が近かった。

 ナイトウォッチャーが居場所を暴き次第、ドラグリヲが蹂躙し、討ちそびれた輩をスキュリウスが始末していく。

  無慈悲な機械的サイクルは開戦から滞る事無く続けられ、ドラグリヲの足元には既に大量の肉塊が散乱している。

 その肉塊の山を踏み躙りながらドラグリヲは天を仰ぐと、月よ墜ちよとばかりに朗朗と咆えた。一見隙だらけにも思える行動だが、それに乗じて襲い掛かる害獣は一匹としていない。

「へっ、化け物に怯えられるなんて光栄じゃないか」
「馬鹿言うな!こんな薄汚い連中に恐怖なんて感情ある訳無いだろうが!」

 動きを止めた害獣をこれ幸いとばかりに処理していく馳男の軽口に雪兎は怒鳴って返すと、ドラグリヲをさらに敵陣の奥へと突っ込ませた。 周囲に群がる雑魚連中は既に眼中にすら入らないようで、ドラグリヲが身を軽く捩らせるだけで首と胴体が千切れ飛んでいく。

「おい雪兎!奴らが気に食わないのは分かるが列を乱すな!一匹でも居住区に潜られたらアウトだぞ!」

 予定に無かった雪兎の行動に驚いたのか馳男は珍しく語気を強めるも、カルマからの通信を耳に入れた瞬間に気に食わない様子で黙り込む。

『後方より都市防衛部隊が接近しています。 どうやら騒ぎを知って駆けつけたようですね』
「おいおい、俺達が不法侵入しているという事実を忘れちゃいねぇか?下手すりゃ協力以前に背中を撃たれてお陀仏だぜ。オマケにこの都市に化け物を引き込んだ連中とお友達かもしれねぇんだぞ? 正気かよお前は」
「その点は安心して、事前の身体検査だと防衛部隊のメンバーは全員白だった。 実力的にもなんら問題は無い。流石に腕前では貴方達に敵わないけれども」

 遅れてやって来たとはいえ同類相手に好意的な感情を示さない馳男に呆れたのか、テレサは堪らず横から口を挟む。

「防衛部隊との交渉は私が済ませておくわ。貴方達は連中の駆除を続行して」
「へーへーりょーかいりょーかい」

 渋々ながらも要求を受け入れ、狙撃を再開する馳男。 その眼下を重厚な兵器群が見た目にそぐわぬ軽快な動きで駆けていく。

 戦車から発展した兵器“レビテイション・タンク”の連隊。それらはドラグリヲに代わって最前線に陣取ると、搭載した機銃による掃射を開始した。

 艦砲射撃によって開けられた大穴の中へ潜り込んでいったドラグリヲの頭上を、無数の弾丸が金色の軌跡を描いて飛び去っていく。

『防衛部隊の展開を確認、これでようやく我々も自由に動けるでしょう』
「あぁやるなら今しかない。 列島に奴らの繁殖地なんぞ一つも作らせない!」

 最早背中を気にする必要は無い。 

 その事実は今まである程度セーブされていたドラグリヲの力を開放させる。全ては拡大してしまった巣と、化け物共に多くの人命を捧げた裏切り者の徹底した破壊のために。

『パイロットとリアクターの接続確認。 フォース・メンブレン出力最大』

 カルマの言葉と共に顕現した赤々と燃える焔の衣が、地下に満ちる深い闇を祓い、醜い化け物共を眩い光の下へ暴き出す。

 外界へ溢れ出た害獣共とは比較にならない殺気を宿した、肉食動物を模した大型害獣達の群れ。 本来ならばドラグリヲ一機では手に余るほど強大な相手であるが、雪兎の闘志は決して揺らがない。

「余さず焼き尽くしてやる。 ……覚悟しろ」

 赤々と燃え盛る左腕を突き出し、ゆっくりと駆け出すドラグリヲ。

 その体内で雪兎は思い切り牙を噛み締めると、身体の底から湧き上がるエネルギーを愛機に委ね、吶喊させた。
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