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第9話 吶喊
しおりを挟む林立する摩天楼の中を、パワードスーツを纏った雪兎が軽快に跳ぶ。
目指す先は召集地点として指定されたガンタワーの頂点に備えられたレールキャノンの整備区域。
何でそんなややこしい所にと雪兎は愚痴りつつも対小型害獣用の防衛網を器用に掻い潜り、律儀に指定された場所に辿り着く。
巨大な砲弾を収めた弾薬庫と、帯電した2本のレールを収めた砲身の内部。
そこで待っていたのは白衣を纏った大柄でマッシブ且つ暑苦しい男。 彼は雪兎がレールキャノン内部に辿り着いたことに気が付くと、豪快に笑いながら出迎えた。
「よぉ待ってたぜ坊主! ビビッて来ないかと思ってヒヤヒヤしてたぜ!」
「冗談はよしてくださいよ新野さん。 そんなことより状況はどうなっています?」
「あぁ一言で表せば最悪だよ。 厄介なことに奴等、滅びた都市を次々と周回して兵器の情報を好き勝手集めまくってやがる。 最初確認した時にはつまらんオモチャみたいな武器ばっかりだったんだが、今では軍隊で採用されている兵器とも遜色ない装備でガチガチに固まっちまった。 おまけにそれを阻止する方法も無いとなればどうしようもないわな」
お手上げだとばかりに肩を竦め、おどけてみせる新野と名を呼ばれた男。
彼は雪兎が着込んだパワードスーツの端っこを軽く叩き、カルマへ外に出てくるよう促す。
するとカルマは合図通りにパワードスーツの内部から液状化して離脱し、多くの整備員達に囲まれた廃材の山に飛び込んでドラグリヲの生成を開始した。
銀色の液体が廃材を呑み込んでいく都度に金属質の何かが折れる様な甲高い音がレールキャノン内に響き、抗体に喰い散らかされる病原菌の如くコンクリート塊が侵蝕され、元の形を無くしていく。
ある意味グロテスクにも思えるその様を横目に、新野は雪兎の方へ向き直ると手にしたPDAを示しながら淡々と説明を開始した。
「作戦は至って単純だ。 万全な状態で生成されたドラグリヲをこの砲台から弾丸として射出。 敵の軍勢を無理矢理突っ切って親玉のお膝元までご送迎した後、お前自身がボスのタマを獲ってくるっつー作戦だ。 どうだ馬鹿なお前にも十分に理解出来ただろう?」
「……は?」
言っていることの意味は分かるが本当にこんな穴だらけの作戦を敢行しようとしているのかと、雪兎は怒るよりも先に呆れてしまい思わず不満を口に出す。
それを聞いて新野はなあなあと身振り手振りを交えながら雪兎を宥める。
「待て待てお前が言いたいことはよぉく分かるぜ。 常識で考えれば自殺行為だってことは俺にだって分かってる。 だがな坊主、お前が監禁されている間俺達が無為に時を過ごしていた訳じゃあ無い。 少しでも作戦の成功率を上げる為に、俺達は俺達なりの努力を重ねてきたんだ」
そう言うなり新野は雪兎から目線を外すと、ボディが出来上がったばかりのドラグリヲに向かって唐突に発砲した。
「なっ……」
一体何をするのだと、雪兎は反射的に新野へ殴りかかろうとするが直後引き起こされた現象を見て思わず思いとどまる。
雪兎の怒りを静めたのは眩い紅色の閃光。 何の兆候もなく発生した焔の膜は撃ち出された弾丸を抱き込んで焼却し、残らず塵に還した。
「これは!?」
「どうだ驚いたか坊主! お嬢ちゃんが持ち帰ってきた化け物のDNAを解析して色々と応用してやったんだ。 厳密に言えば大きく異なるが、お前に分かるよう説明すればSFによく出てくるバリアやシールドの類みたいなもんさ。これさえあれば少なくとも雑魚共の攻撃くらいなら難無く焼き尽くしてくれる。 奴等の攻撃能力から考慮しても十分保険にはなるだろう」
『この技術が素晴らしいことは分かりましたから、さっさとエネルギーの供給を開始して下さい。 奴等は待ってくれないんですよ』
「あぁわりぃな嬢ちゃん、後少しで終わるからもうちょっとだけ辛抱してくれ」
ドラグリヲのコックピットから響いたカルマからの注文に新野は大声で謝りながら返すと、雪兎に対しては苦笑いを浮かべながら詫びを入れる。
「とまぁ何だ、今俺達の手札でやれるだけのことはしてやった。
後は完全にお前ら任せの仕事になる。 悪いな坊主」
「別に大丈夫ですよ、こういう仕事にはとっくに慣れてますから。
頭が悪いなら身体を動かして貢献する他に手段はありませんからね」
苦笑いしながら詫びを入れてくる新野に対し、雪兎は軽く微笑みながら言い切ると、カルマの様子を確認しに行こうと新野に背を向ける。
だがその瞬間、耳元を掠めて飛んでいった虫の羽音に怯んで思わずしゃがみ込みながら首をすくめた。
「おいおいおいおい、今からもっとデカい虫を駆除するってのにあんなのにビビッてどうするんだよ」
おどおどとした表情で周囲を見渡す雪兎を豪快に笑い飛ばしながら、新野は頬を吊り上げ無駄に健康的な白い歯を見せ付ける。
するとそれにムッと来たのか雪兎は口角からけたたましくツバを飛ばしながら反論に転じた。
「あんなデカいのが近くを飛び回ってたら誰だって驚きますって!」
頭上を暴力的な重い音を立てて飛び回るクマバチの様な昆虫を指差しながら憎々しげに新野を睨む。
しかし再び耳元を虫が掠める気配を感じ取ると、今度は逃がさんとばかりに視線を虫の方へ向け、思い切り左腕を振り抜いた。
刹那、雪兎の側頭部付近を飛んでいた虫の身体が音も無く三つに分割され地面に落ちる。
「へっ、虫の分際で人間様を甘く見るんじゃねぇ」
節に沿って切り刻まれた死骸を見下しつつ、雪兎は虫の体液がこびり付いた左手に視線を移す。
その瞬間、雪兎は言葉を詰まらせ瞠目した。
力無く開かれた左手の指先にこびり付いていた物、それは害獣の血潮である事を示す濃厚な緑色の液体だった。
「どうしたいきなり黙り込みやがって……、指の皮でも剥けたのか?」
唐突に黙り込んで表情を変えた雪兎を訝しむ様に問いながら、新野は雪兎の傍に歩み寄ろうとする。
それを雪兎は片手で制すると、下界まで届く様な咆哮を上げて警告を促した。
「逃げろ! 居る! 奴等はもう此処に到達してる!」
「作業中止! 総員退避しろ! 」
雪兎の言葉を察した瞬間、新野は反射的に床を蹴って直ぐ傍にあった別ブロックへ通じる扉の中に逃げ込む。
それとほぼ同じタイミングで3分割されていた昆虫型害獣が節ごとに再生を完了し増殖すると、前以て学習していたらしきミニガンを自らの身体に構築し見境無く乱射を開始した。
虫の羽音に似た音と共に放たれた弾幕が壁面を剥ぎ取りながら激しく跳弾し、判断が遅れて逃げそびれた整備員達を断末魔を上げさせる猶予すら与えず血煙に変える。
「くっ、この野郎!」
「迂闊に手を出すんじゃない。さっきお前も見ただろうそいつ等は肉体が欠損したら増殖する。 下手に攻撃すればまた増えるぞ」
「だったらどうしろってんだよ!黙って蜂の巣になれとでも言いたいのか!」
ナノマシンを介して通信を入れてくる新野に怒鳴り返しながら雪兎は乱射を続ける害獣共の前をワザと横切ってデコイとなり、僅かに生き残った整備員達に逃げる時間を稼ぐ。
「兎に角人員の収容が完了したら今すぐ飛ばす。 お前は早くドラグリヲに乗れ!」
「言われずとも分かってますよ!」
最後の一人が扉の中に飛び込んだのを見届けると、雪兎はすぐさま踵を返しカタパルト付近に鎮座する鋼の竜に向かって走り始めた。
「カルマ、大丈夫か!?」
『この程度で私が破壊されると本気でお思いですか?非常に心外です』
「無事ならいい!さっさと僕を収容しろ!」
一言多いカルマの返答を適当に聞き流しつつ雪兎は怒鳴る。その瞬間、ドラグリヲの腹から伸びた幾筋もの銀糸が雪兎の身体を絡め取ると、コックピット内へと乱暴に引き込んだ。
『パイロットの生体認証が完了しました。 起動フェーズへと移行します。
内部機関及び内蔵武装エラーチェック終了、異常無しと確認。
メインリアクター稼動開始。 システム、コンバットモード起動。
マインドリンク70%以上を維持、何時でも行けます』
「此方も発射に必要なだけの電力の確保は完了した。 後はお前の用意だけだ」
カルマの冷淡なアナウンスと共に、サブモニターに顔を出した新野が矢継ぎ早に報告を入れる。
「あぁ、分か……!?」
促され、何時もの様に鬨の声を張り上げようと息を吸う雪兎。だが眼前に映し出された光景を目の当たりにすると血相を変えてドラグリヲに回避運動を取らせた。
起動したメインモニターに映し出されたもの。 それはライフリングさえも窺える程の至近距離に突き付けられた列車砲の砲口だった。
「クソ!こんな物まで学習してるのかこいつら!!」
思い切り横っ飛びをするドラグリヲの脇腹付近を狙って砲弾が飛ぶも、そんな骨董品でドラグリヲを捕捉出来る訳も無く、砲弾は明後日の方へ飛ぶ。
だが逸れた砲弾は砲身の隙間から都市内へと落ちると、産業区付近で炸裂し有害な化学物質が含まれた煤煙を容赦無く撒き散らした。
「くっ……、畜生!」
「挑発に乗るな!今お前がするべき事は何なのか頭を冷やして考えろ!さっさとレールに乗れ!!」
宙に浮く歪な形状をした砲に殴り掛かろうとする雪兎を押し止めるように新野は通信を入れる。だがそれに渋々応じようとした雪兎を嘲笑うかの様に、害獣共は砲口を帯電したレールへと向けた。
「こいつ等、僕等をここから出さないつもりか!」
謀られたと内心後悔しながらも素早く思考を切り替えてドラグリヲを疾駆させる雪兎。 しかし大きく開けられた距離からどうやっても間に合わない事を悟り、諦めの感情が芽生える。
その時だった。
ドラグリヲの足元を突如駆け抜けた真紅の風が、害獣の創り出した砲の内部に飛び込んだかと思うと、内部から迸った無数の斬撃が列車砲を瞬く間に斬り崩し、粉末状に分解した。
「何をチンタラやってるんだい、さっさと行かないか」
「首領!?」
再生と分裂をする暇すら与えずに吹き荒ぶ斬撃の嵐の中、ドラグリヲに届いた首領からの手短な通信が、狼狽する雪兎に出撃を促す。
「言ったはずだ、お前の背中は責任をもってアタシが預かるとな。
口先だけで後は何もしない狸ジジィ共とは気合が違うんだよ」
処理が終わった害獣の死骸を踏み躙りながら首領はドラグリヲの方へ向き直ると、カメラ越しに雪兎に向かって笑いかける。
その言葉の無い励ましに促され、雪兎は黙って頷くとドラグリヲと自分を繋ぐグロウチウムケーブルを肌に強く突き刺した。
一瞬鋭い痛みが雪兎を襲うもそれはすぐさま薄れ、代わりに膨大な情報が脳の中に流れ込んでくる。
『行きましょう、私達にしか為せないことを為すために』
「あぁ」
頭の中に響くカルマの声に対し雪兎が軽く頷いて応えると、カルマは新野の許諾を得て、操作する者の居なくなったレールキャノンの発射シークエンスを開始する。
『射撃命令通達。
次元ライフリング展開。
エネルギーバイパス開放。
超加速電磁レール抵抗除去完了。
瞬間焼却式非実体装甲 "フォース・メンブレン" 起動します』
アナウンスが進む都度に砲内に無数に配置された電極から溢れ出した膨大な電力がドラグリヲのボディに吸収され、自然発生した赤い焔の膜がドラグリヲのボディを余さず包み込む。
その形状は偶然にも、旧都の空を支配する紅蓮の姿を想起させるようなとても勇ましいものであった。
『目標点入力、射線上味方及び同盟機の機影無し。 射出します』
「いいか!絶対に死ぬんじゃねぇぞ!」
カルマの呟きと新野の怒声にも近い檄を背中に受けながら、雪兎は思い切り牙を噛み締めながらGに備える。
刹那、起動した電磁レールがドラグリヲの足を掴むと、巨大な砲身が衝撃波で裂けんばかりの速度まで瞬時に加速し天高く撃ち出した。
「ぐっ……、うぉおおおおお!!!」
紫紺の弾丸と化して撃ち出されたドラグリヲのコックピットの中で呻きながらも気合を入れ、全身を襲ったGに耐える雪兎。
全身を縛る圧迫感と苦痛の中、危ういところで意識を保たせた要因は迫り来る敵に対する強烈な憎悪だった。
「殺す、殺してやる!」
雪兎の荒れ狂う感情を表現するかの如くドラグリヲは高々と咆哮を上げる。
そして雷の見紛う如き閃光と轟音を放つと、地平の果てに潜む敵を討つべく雷光の軌跡を残して姿を消した。
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