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中編

黒い帽子の女

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 数が目を覚ましたのはその日の夜だった。

『数!大丈夫!?何があったの!?』

 目の前には掠がいた。どうやら病院らしいことにそこで気付いた。
 数は車にひかれたことで全身を強く打っており、まだ体中が痛むという様子である。
 だがそんなことよりも気になることがあった。

『燃は!?』

『…別の部屋で寝てる。まだ目覚めてないよ』

 数は顔を青くした。

『え?…大丈夫なのか?あいつ…大丈夫なんだよなぁ?』

 数にしては珍しく心配だという感情が顔に強く出ていた。

『分かんないけど、あんたより状態が重いってことは確か。まずはあんたが起きてくれて良かったよ。体は動かせる?変なとことかない?』

『いや…ケガなんかより…単車がよ。…それに、あたしより…燃が…』

『何言ってんのよ。まずはちゃんとあんたの目が覚めたことに越したことはないでしょ』

 掠は言うが数は顔を下に向けてしまった。明らかに落ちこんでいる。責任を感じずにはいられないのだろう。
 すると掠が携帯を差し出してきた。

 画面を見ると綺夜羅と通話中になっている。

『…綺夜羅?』

『ほら、早く』

 手渡されるとゆっくり電話を耳に当てた。

『…もしもし』

『おぉ!数、生きてたか!大丈夫かよオメー、ひかれたって本当かよ!』

『あ、あぁ…そうだよ。ま、あたしのケガなんて大したことねーよ。でも…燃がよ…』

『バカヤロー。とりあえずオメーの目が覚めて良かったじゃねーかよ。それでよ、一体何があったんだ?』

 数は心苦しそうだった。

『あぁ…帰りに信号待ってたらよ、あの外人ヤローが目の前通ってよ…それで…』

『追いかけたのか』

『あぁ。そしたらUターンかましてきて、あたしは単車ごとはねられた後1発もらって倒れちまって…その後…燃が…』

『そうか。だいたい分かったぜ。でもよかったなぁ。あの外人にやられたんだろ?あたし骨いかれちまったのにオメーは骨丈夫なんだなぁ。カルシウム足んねーくせによ。あっはっは!』

 数は心が痛かった。言葉にはできない綺夜羅の優しさを感じたからだ。

『あぁ…まぁ、当たりどこがよかったのかな…』

 そして数の声にいつものような元気はなかった。

『あんだよオメー。元気ねーじゃねーかよ。やっぱ痛ぇーのか?』

『いや…ってゆーかよ…』

 数はもう黙っていることができなかった。

『ワリー綺夜羅…GS、ダメにしちまった…せっかく作ってくれたのに、すまねぇ…あたしが悪いんだ…本当、ごめん…』

 掠は耳を疑った。数の口からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかった。

『…何言ってんだよ。オメーが無事で良かったよ。それ以上でもそれ以下でもねーよ』

 数はそう言って笑う綺夜羅の顔が目に浮かんでしまった。

『だってよ…』

『そんなこと気にすんなよ、また作ってやんから。親父に聞いたよ。フレーム曲がっちまってるってよ。でも幸いエンジンは死んでねぇみたいだから安心しろよ。今すぐとはいかねぇけどバッチリ直してやるよ、仕方ねーから。どうせヤンキー様はGSしか乗れねーんだろうからな』

『綺夜羅…』

『まぁ、だから当分みんなのケツだな。よかったな~、単車は2人乗りできてよ』

 綺夜羅も掠も目撃者の情報から何があったのかはだいたい知っていた。
 数が単車ごとはねられ血だらけになりながらも「その足どけろ」とかかっていったことも、燃が足にしがみつきながら散々蹴りまくられたことも聞いていた。

 そして、燃が気絶する前に「数のこと…怒らないで…」と口にしていたことも聞かされていたから、もちろん綺夜羅は怒ったりしなかっただろうが、その燃の言葉を汲み綺夜羅も数も知らないフリをした。

 数が思い詰めるのをさせない為に。


『だからオメーゆっくり寝てろよ?燃のことも頼んだからな』

 数はぐっとこらえた。

『…あぁ、分かった』

『じゃあ、またな』

『あ、綺夜羅ちょっと待ってくれ!』

『あ?どうしたよ、急に』

『そーいやーよ、思い出したんだ。あいつ、あのリーゼントの奴。綺夜羅、お前覚えてねーか?あたしら昔あいつに会ってんだよ。中1の頃』

『中1の…頃?』

 綺夜羅は全然思い当たらなかった。




 それは旋と珠凛が転校してくる少し前のことだった。

 その日、数は上級生に囲まれていた。たまたま運悪く1人の所を狙われたのだ。
 だが相手は10人とケンカを買ったはいいが数は実際袋叩きだった。

『おい、そこで何してんだ?』

 どこから現れたのか黒い帽子を深めに被った人物がそこにはいた。顔は見えないが金髪の女のようだ。

『オメーに関係ねーだろ!』

『どこ中よテメー』

 上級生たちはその帽子の女を囲むと威圧した。

『文句あんのか?あ?』

『そいつさぁ…多分まだ1年だろ?』

『だったらなんなんだよ!』

『いや、助けようと思って』

 表情はよく分からないが淡々とした調子で喋っているのが分かる。
 全く恐れていないその女の態度に上級生たちもさすがに黙っていられなかった。

『うぅっ!』『ぐぇっ!』『いでっ!』

 だが見ていた数が目の前で起きたことのその一部始終を何度か頭の中で繰り返してみたが、理解するのに頭が追いつかなかった。

『…は?…え?』

 10人いた上級生が全員その場に倒れてしまっていた。

(なんだ…今の…全員1発でやっちまったのか?こいつ、何者だ?)

『数ぇ~!!』

 するとそこに綺夜羅と掠に燃が走ってやってきた。

『数!後は任せろ!』

 綺夜羅たちは当然勘違いし帽子の女に向かって走っていった。

『違う!綺夜羅待った待った待った!』

 数の声でなんとか踏みとどまると数が訳を話した。

『なんだ、そうかよ。助けてもらったのか。ワリーなあんた、ありがとな』

『いやいや、いいんだ。お前ら1年だろ?大変だな』

『そぉなんだよ。2、3年の奴ら、いつも1年にちょっかい出してくんだよ、ったく』

『もう2人位仲間がいてもいいんじゃねぇか?』

『あ?いやいや、ダメなんだよ。数は片っ端からいじめちまうし、燃はいじめられちまうし。あたしらはこの4人なんだよ』

 そう聞いて女は何故か吹き出していた。

『な、なんだよ。なんかおもしろかったか?』

『いや…なんか、似たような4人組に心当たりがあってな。お前ら、仲間は大事か?』

『あったりめーよ』

 掠も数も燃もうなずいた。

『そうか…』

 その後女は名前も言わずさっさと言ってしまった。




『あいつだよ綺夜羅。あたしを助けてくれた、帽子のスゲー強かったあいつなんだよ。あの、リーゼントの奴…』

『まさか…あいつが?』

 信じられなかったが言われてみれば確かにあの時の女にシルエットが重なる。

『最初からどっかで見た顔だとは思ってたんだよ。それに、燃が言ってたことも気になんだよ』

『燃が、何か言ってたのか?』

『あぁ、実はよ…』
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