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中編
狼さんのお仕事
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雪ノ瀬瞬は今バイトをしている。
今まではもうずーっとチームのカンパで生活していた。
力持つ者が力なき者から金を集めるというのは不良社会では当然の仕組みである。
総勢1000人ものチームなのでそれはそれは莫大な金額になる。
だから正直働かなくてもいい位のお金は貯えてあるのだが、彼女も今年18歳となりこれからどうやって生きるのかを考えた時、やはりまずは働かなければと思った訳だ。
今から2ヶ月程前になる。
『なんだ、狼さんが人間の仕事したいんだって?どうだ、ウチの店で働いてみるか?』
琉花と千歌にそんな話をしていたら何故か神楽に伝わってしまい、いきなりそんなことを言われたのだが
『えっ?ウチのってキャバクラだよね?無理だよ。あたし水商売なんて絶対に向いてない』
それに、同い年の神楽の下で働くのはなんとなく気が引けるような気がした。
『ふーん。まぁ、無理にとは言わないけどさ。あんた水商売ってどんな仕事だと思ってんだい?』
『えっと…お酒ついで、お話する?』
『ふふ、マヌケ。酒ついで話する為だけに何千円も何万円も払うのかい?』
『…たまに、ちょっと触られたり?』
『あっはは!よしよし分かった。試しに1回見においでよ』
『え?…あ、うん』
ということで瞬は仕方なく神楽の店を見学しに行くことにした。
神楽の経営するclubKは横浜の繁華街にある。
『はぁ…なんでこんなことになっちゃったんだろ』
店を目の前にして少し戸惑い溜め息が出てしまった。
自分が思ったのは普通のバイトだ。自分の性格やキャラクターを考えても水商売はかなり遠く思えた。
だがまぁここまで来たら仕方ない。瞬は意を決して中に入っていった。
『こんばんはー…』
『いらっしゃ…あっ、雪ノ瀬さんですね!』
店に入るとスーツを着たボーイ風の女が出迎えてくれた。
神楽が経営者兼ママという働き方なので覇女でも神楽の右腕として副総長を務めている雪絵という子が店長の仕事を任されているのだ。
神楽の1つ下の代の頭を張っていて腕も立ち見込みがあるということで神楽にはかなり可愛がられている。
『絆ママもうすぐ来ると思うんで手前の席で待っててください』
『あ、はい…』
店はもう営業していてもう客もそこそこ入っている。
そんな中で1人女の自分が席で待つのは少し恥ずかしい気がした。
ドレスの女たちが胸元やスカートをちらつかせながら客の男たちと楽しそうに話している。
(絶っっ対無理。)
見ているだけで恥ずかしくなる。こんな所で働くなど自分にはできない。
(やっぱりちゃんと断ろう)
『おや、もう来てたのかい?悪いねぇ待たせちまって』
支度を終えたらしき神楽が髪を巻き上げドレス姿で現れた。
『いや、別に』
『ふふ。そんな構えなくていいから肩の力抜きなよ。なんか飲むかい?』
『水で…』
『は?あんたここはキャバクラだよ?定食屋じゃないんだ。あたしは勝手に飲むからね。おいビール!…あとなんか適当にカクテル出してやって』
ジョッキのビールとカシスオレンジが運ばれてくると神楽はさっさと飲み始めた。
『まぁ人生経験だ、飲みなよ。金なんて取らねぇからさ』
『い、いただきます』
断ってすぐ帰るつもりが言い出しづらくなってしまった。
『いただきますってウチは定食屋じゃねぇって言ってんのにさぁ…まぁいいさ、まずはじっくり見ることだな』
『見る?』
『ここにいるのは全員覇女の子だと思うかい?』
来るまでは当然そう思っていた。神楽を筆頭に店のキャストは覇女のメンバーで構成されている。それがclubKだと思っていた。
だがどうやらそうではないらしい。
『まぁ最初はもちろんそうだったんだけどね。やってる内に外からも働きたいって子が来たりしてね。ほら、あのテーブル見てみな。あの子は大学生でね』
促された方を見ると大学生というのがピッタリな清楚な感じで真面目そうな女の子が1人で一生懸命客の男の話を聞いている。
相手の話に実に真剣に相槌を打ちながらも、お酒を作り替えたりタバコの火をつけ灰皿を取り替えたりしてるのがよく見える。
『真面目そうだろ?なんであんたみたいな学生がこの仕事を選んだのか聞いたらね、親がリストラされちゃったんだって言うんだよ』
『…リストラ?』
『自分を学校に入れる為に親は大金払ってくれて生活費も学費もずっと出してくれてたらしいんだけどさ、リストラされた後も娘に心配させないようにお金を出し続けてくれたみたいなんだ。単純に考えて自分たちの生活と娘の生活費と合わせたら少なくともそれなりの金額になっちまうだろ?どう考えても心配ない位余裕がある訳ないんだ。だから自分の学校や夢を続けながら親に仕送りする為にこの仕事を選んだんだってよ』
『へぇ…』
『なんだよ、薄っぺらい反応だねぇ。あ、ほらあの子見てみなよ』
今度は見るからにチャラチャラした感じの軽そうな女だ。男とかなり近い距離で話している。
『あの子は28だったかな?』
『え!』
自分たちより10個上だ。それをあの子とは…
『あの子は子供が2人いるんだよ。まだ2歳と5歳。シングルマザーでね、子供たちも夜ママがいなくてかわいそうなんだけどさ。でも子供の為だからって言ってあたしみてーなガキの店でも精一杯頑張るから働かせてほしいって言ったんだ。ま、子供たちのことも考えて今はまだ必ず1日おきにしか働かさないことにしてるんだけどね。でも月15日じゃキャバクラっつったって波もあるしキツいのは分かってるからさ、あの子にはあの子が稼いだ分はそっくりそのまま払ってあげてるよ』
『え?お店の儲けとかは?』
『一切もらってないよ。だからあんなに必死にアホ女のフリしてんのさ。仕事終わってみな?全く別人だからね。ふふふ。その代わり休みの日はちゃんと子供たちに尽くすこと、黙って他で掛け持ちしないことを約束にしてね』
『へぇ…』
『薄っぺらいねぇ本当に…あんた人の感情あんのかい?』
『あると思うけど…』
『大抵水商売は金がいいからそれだけの為にやってると思われがちだけどね、確かにそういう子の方が多いけどさ、色んな子がいるんだよ。さて、そこでね…今一度聞こう。水商売ってのはどんな仕事だと思う?』
『どんな?…うーん…』
瞬は困った顔をして首を傾げた。正直まだよく分からない。
『いいかい?これはあたしの持論だけどね。自分という商品を自分自身で作り日々磨き上げて売り出していくのが水商売さ。そしてね、それは仕事だけじゃなく、夢追いかけたり人が生きていく為に1番必要な力だと思う。何より女ってのは多分そういう生き物なんだと思う。だからあんたがこれから何をやりたいのかは知らないけど、やっておいて絶対に損はない仕事だ、とだけ言っとくよ』
『…』
力説する神楽を前に瞬は言葉が出なかった。
『なんだい、アホみたいに黙っちまって。酔っ払っちまったかい?』
『あ、いや、本当に同い年かな~って思って』
『失礼だねあんた!あたしゃ正真正銘今年18歳だよ!』
『いや、そうじゃなくて。同じ18で同じようにチームの頭だったはずなのに、なんか人間としてすごい差を感じたってゆーか、すごいなって思って』
『ほう?悪くないじゃないか。よし、ちょっとおいで』
神楽は立ち上がると裏の方へ向かった。ついて行くと化粧室のような部屋にコンパニオンとは違う女が何人かいる。
『ちょっとこの子テキトーにいじってやってくるかい?』
『あれ?新人さんですか?可愛いですね』
メイクさんとかスタイリスト的な人 たちだろうか。そんなイメージにピッタリな格好をしている。
『体験入店だよ。テキトーでいいから、やってあげてくれるかい?狼、あんあ身長と靴のサイズは?』
『えっ?158センチで23だけど?』
瞬は座らされるとされるがままに化粧をされ髪をいじられた。
『あら…本当可愛い。広瀬すずちゃんみたい』
『あー分かる。似てるかも』
女たちはそれは楽しそうに瞬のことをいじくり回した。
(広瀬…すず?)
女たちの手ほどきが終わると神楽が靴とドレスを持ってきた。
『ほーう。いいじゃないか。これ多分着れるはずだから着な』
『こ、これを?』
『早く着替えなよ。着替えたら行くよ』
青いドレスにヒールの高いサンダルを履き瞬は鏡を見せられた。
映るその中には狼ではなく女性が立っている。目を疑ったがそれは紛れもなく自分だった。
『これが今日とりあえず商品と化した自分だ。気分はどうだい?』
『いや、どうって言われても』
『いいと思うとかここが気にくわないとかあるだろうが』
『そんなこと…』
『照れてんじゃないよ。ま、いーや。ほら立ちなよ』
『え?』
『いいかい?あんたは何もしなくていい。話聞いてるだけでいいよ。あぁ、でも席に着いたらあたしはあんたのママだから一応敬語を使いな。最初はね』
神楽にぐいぐい引っ張られ問答無用で瞬はその後をついて回ることになってしまった。
『今から座るとこは常連客だ。まぁ悪い奴じゃないけど手ぐせが悪いからあんたはあたしの隣にいな』
『あ、はい』
席では30代位の優しそうな男がいた。
『遅いじゃんママ~。あれ、新人さん?可愛いじゃん。俺に付けてよ』
『ダメだよ。この子は体験入店なんだ。変なことしたらぶっとばすからね』
『あっはっは!いや~、ママは怖いねー。さすが総長』
『コラ、店の中で総長言うな。全くあんたは…』
いくら常連の客とはいえ、いきなりぶっとばすとはよく言えたものだ。それに男はどうやら神楽が覇女の総長だということも知っているようだ。
『あいつはいいんだよ。ここに説教されに来てんだから』
男がトイレに入っている間に神楽が瞬の疑問を分かっていたかのように言った。
『どうしようもない男なんだ。酒で家族ダメにしちまった奴でね。酔うと嫁さんに暴力振るっちまってたらしいんだ。その上女ぐせが悪いだろ?だから逃げられちまったのさ。子供にも会えないんだと。それまではそんなでも仕事は頑張る奴だったみたいなんだけどね、今はなんの為に頑張ったらいいか分かんないんだってさ。だから来る度にケツひっぱだいてやんのさ。いや、ケツひっぱだかれに来てんのかな?あいつだってそんなんじゃダメなのは分かってんだろうね。でも、それが分かっててもまだ自分の力だけじゃ頑張りきれない。だらしないけどさ、気持ちは分かるんだよ。形はどうあれ大切なもの失ったって点ではあたしもあいつも一緒だと思う。だからあいつにはあたしも自分のことを話してやってるんだよ』
瞬はほとんど覇女の神楽絆しか見たことがなかったが、今ママとしての、女性としての彼女を見ていた。
決して可愛い子ぶったりなんてしないが瞬の目から見ても普段はあんなに極道の妻のような神楽が何故か色っぽく魅力的に見えた。
客の男に説教しながらもさりげなく仕事をこなし、更に色んな表情を見せつつ肌を見せつけている。
何気ない会話の中でそれを全て行えるのは素人目から見てもすごいと思えた。
2人は少ししてから違う席へ移動した。神楽指名の客が他にも来ている。
『次のお客さんは社長さんだ。ま、黙って見てな』
歳は50代だろうか。確かにさっきの男とは違い品のある中年だった。
そのテーブルにはおそらく相当な値段であるはずのシャンパンやらワインなどがずらっと並んでいる。相当な太客らしい。
『ママ、どうだい?僕の秘書にならないか?君のようにしっかりした女性が理想なんだよ』
『申し訳ありません社長。嬉しいお言葉ですが私、他にやりたいことがありますので』
『ほほう。それは気になるね。今の仕事以外に何がやりたいというのかな?僕でできることがあれば力になるよ』
『いえ社長。これは他人の力ではどうにもならないことです。それに今はまだ誰にも秘密ですので』
『そうか。いつか聞かせてもらえるのかい?』
『どうでしょうかねぇ。そんな改まって話すことでもありませんので。ところで社長、私のことより、この子今日体験入店の子なんですけどね、どうですか?』
神楽は急に瞬のことを話に盛り込んできた。
『あれ?なんだ、そうだったのか。お店のNO.1とNO.2が揃ってもてなしてくれていると思っていたよ。今日からだって?とても可愛いじゃないか。実はさっきからずっと君の目がいいなと思っていたんだ』
瞬は男がそんな風に自分を見ていたことに驚いていた。てっきり自分のことなど鼻にもかけていないとばかり思っていた。
『応援するよ。頑張ってみるといい』
決して水商売がやりたい訳ではなかったが、神楽の言う通りやって損はないのかもしれないと思うと人生の経験としてやってみてもいい気がした。
それから瞬は昼間は都河泪の病院で過ごし夜はclubKで働き詰めという生活を送っていた。
神楽は自分の店だからといって威張ったりなんてせず、それまでと何一つ変わらず接してくれた。
1番新人の瞬からしたら正直その方がやりづらかったのだが、新しいことを始め毎日が新鮮だった。
結果的に毎日泪の近くにいれることを何よりも1番に優先する瞬にとって働く時間帯のことを考えても良かったのだ。
それからもう2ヶ月が過ぎた。
今まではもうずーっとチームのカンパで生活していた。
力持つ者が力なき者から金を集めるというのは不良社会では当然の仕組みである。
総勢1000人ものチームなのでそれはそれは莫大な金額になる。
だから正直働かなくてもいい位のお金は貯えてあるのだが、彼女も今年18歳となりこれからどうやって生きるのかを考えた時、やはりまずは働かなければと思った訳だ。
今から2ヶ月程前になる。
『なんだ、狼さんが人間の仕事したいんだって?どうだ、ウチの店で働いてみるか?』
琉花と千歌にそんな話をしていたら何故か神楽に伝わってしまい、いきなりそんなことを言われたのだが
『えっ?ウチのってキャバクラだよね?無理だよ。あたし水商売なんて絶対に向いてない』
それに、同い年の神楽の下で働くのはなんとなく気が引けるような気がした。
『ふーん。まぁ、無理にとは言わないけどさ。あんた水商売ってどんな仕事だと思ってんだい?』
『えっと…お酒ついで、お話する?』
『ふふ、マヌケ。酒ついで話する為だけに何千円も何万円も払うのかい?』
『…たまに、ちょっと触られたり?』
『あっはは!よしよし分かった。試しに1回見においでよ』
『え?…あ、うん』
ということで瞬は仕方なく神楽の店を見学しに行くことにした。
神楽の経営するclubKは横浜の繁華街にある。
『はぁ…なんでこんなことになっちゃったんだろ』
店を目の前にして少し戸惑い溜め息が出てしまった。
自分が思ったのは普通のバイトだ。自分の性格やキャラクターを考えても水商売はかなり遠く思えた。
だがまぁここまで来たら仕方ない。瞬は意を決して中に入っていった。
『こんばんはー…』
『いらっしゃ…あっ、雪ノ瀬さんですね!』
店に入るとスーツを着たボーイ風の女が出迎えてくれた。
神楽が経営者兼ママという働き方なので覇女でも神楽の右腕として副総長を務めている雪絵という子が店長の仕事を任されているのだ。
神楽の1つ下の代の頭を張っていて腕も立ち見込みがあるということで神楽にはかなり可愛がられている。
『絆ママもうすぐ来ると思うんで手前の席で待っててください』
『あ、はい…』
店はもう営業していてもう客もそこそこ入っている。
そんな中で1人女の自分が席で待つのは少し恥ずかしい気がした。
ドレスの女たちが胸元やスカートをちらつかせながら客の男たちと楽しそうに話している。
(絶っっ対無理。)
見ているだけで恥ずかしくなる。こんな所で働くなど自分にはできない。
(やっぱりちゃんと断ろう)
『おや、もう来てたのかい?悪いねぇ待たせちまって』
支度を終えたらしき神楽が髪を巻き上げドレス姿で現れた。
『いや、別に』
『ふふ。そんな構えなくていいから肩の力抜きなよ。なんか飲むかい?』
『水で…』
『は?あんたここはキャバクラだよ?定食屋じゃないんだ。あたしは勝手に飲むからね。おいビール!…あとなんか適当にカクテル出してやって』
ジョッキのビールとカシスオレンジが運ばれてくると神楽はさっさと飲み始めた。
『まぁ人生経験だ、飲みなよ。金なんて取らねぇからさ』
『い、いただきます』
断ってすぐ帰るつもりが言い出しづらくなってしまった。
『いただきますってウチは定食屋じゃねぇって言ってんのにさぁ…まぁいいさ、まずはじっくり見ることだな』
『見る?』
『ここにいるのは全員覇女の子だと思うかい?』
来るまでは当然そう思っていた。神楽を筆頭に店のキャストは覇女のメンバーで構成されている。それがclubKだと思っていた。
だがどうやらそうではないらしい。
『まぁ最初はもちろんそうだったんだけどね。やってる内に外からも働きたいって子が来たりしてね。ほら、あのテーブル見てみな。あの子は大学生でね』
促された方を見ると大学生というのがピッタリな清楚な感じで真面目そうな女の子が1人で一生懸命客の男の話を聞いている。
相手の話に実に真剣に相槌を打ちながらも、お酒を作り替えたりタバコの火をつけ灰皿を取り替えたりしてるのがよく見える。
『真面目そうだろ?なんであんたみたいな学生がこの仕事を選んだのか聞いたらね、親がリストラされちゃったんだって言うんだよ』
『…リストラ?』
『自分を学校に入れる為に親は大金払ってくれて生活費も学費もずっと出してくれてたらしいんだけどさ、リストラされた後も娘に心配させないようにお金を出し続けてくれたみたいなんだ。単純に考えて自分たちの生活と娘の生活費と合わせたら少なくともそれなりの金額になっちまうだろ?どう考えても心配ない位余裕がある訳ないんだ。だから自分の学校や夢を続けながら親に仕送りする為にこの仕事を選んだんだってよ』
『へぇ…』
『なんだよ、薄っぺらい反応だねぇ。あ、ほらあの子見てみなよ』
今度は見るからにチャラチャラした感じの軽そうな女だ。男とかなり近い距離で話している。
『あの子は28だったかな?』
『え!』
自分たちより10個上だ。それをあの子とは…
『あの子は子供が2人いるんだよ。まだ2歳と5歳。シングルマザーでね、子供たちも夜ママがいなくてかわいそうなんだけどさ。でも子供の為だからって言ってあたしみてーなガキの店でも精一杯頑張るから働かせてほしいって言ったんだ。ま、子供たちのことも考えて今はまだ必ず1日おきにしか働かさないことにしてるんだけどね。でも月15日じゃキャバクラっつったって波もあるしキツいのは分かってるからさ、あの子にはあの子が稼いだ分はそっくりそのまま払ってあげてるよ』
『え?お店の儲けとかは?』
『一切もらってないよ。だからあんなに必死にアホ女のフリしてんのさ。仕事終わってみな?全く別人だからね。ふふふ。その代わり休みの日はちゃんと子供たちに尽くすこと、黙って他で掛け持ちしないことを約束にしてね』
『へぇ…』
『薄っぺらいねぇ本当に…あんた人の感情あんのかい?』
『あると思うけど…』
『大抵水商売は金がいいからそれだけの為にやってると思われがちだけどね、確かにそういう子の方が多いけどさ、色んな子がいるんだよ。さて、そこでね…今一度聞こう。水商売ってのはどんな仕事だと思う?』
『どんな?…うーん…』
瞬は困った顔をして首を傾げた。正直まだよく分からない。
『いいかい?これはあたしの持論だけどね。自分という商品を自分自身で作り日々磨き上げて売り出していくのが水商売さ。そしてね、それは仕事だけじゃなく、夢追いかけたり人が生きていく為に1番必要な力だと思う。何より女ってのは多分そういう生き物なんだと思う。だからあんたがこれから何をやりたいのかは知らないけど、やっておいて絶対に損はない仕事だ、とだけ言っとくよ』
『…』
力説する神楽を前に瞬は言葉が出なかった。
『なんだい、アホみたいに黙っちまって。酔っ払っちまったかい?』
『あ、いや、本当に同い年かな~って思って』
『失礼だねあんた!あたしゃ正真正銘今年18歳だよ!』
『いや、そうじゃなくて。同じ18で同じようにチームの頭だったはずなのに、なんか人間としてすごい差を感じたってゆーか、すごいなって思って』
『ほう?悪くないじゃないか。よし、ちょっとおいで』
神楽は立ち上がると裏の方へ向かった。ついて行くと化粧室のような部屋にコンパニオンとは違う女が何人かいる。
『ちょっとこの子テキトーにいじってやってくるかい?』
『あれ?新人さんですか?可愛いですね』
メイクさんとかスタイリスト的な人 たちだろうか。そんなイメージにピッタリな格好をしている。
『体験入店だよ。テキトーでいいから、やってあげてくれるかい?狼、あんあ身長と靴のサイズは?』
『えっ?158センチで23だけど?』
瞬は座らされるとされるがままに化粧をされ髪をいじられた。
『あら…本当可愛い。広瀬すずちゃんみたい』
『あー分かる。似てるかも』
女たちはそれは楽しそうに瞬のことをいじくり回した。
(広瀬…すず?)
女たちの手ほどきが終わると神楽が靴とドレスを持ってきた。
『ほーう。いいじゃないか。これ多分着れるはずだから着な』
『こ、これを?』
『早く着替えなよ。着替えたら行くよ』
青いドレスにヒールの高いサンダルを履き瞬は鏡を見せられた。
映るその中には狼ではなく女性が立っている。目を疑ったがそれは紛れもなく自分だった。
『これが今日とりあえず商品と化した自分だ。気分はどうだい?』
『いや、どうって言われても』
『いいと思うとかここが気にくわないとかあるだろうが』
『そんなこと…』
『照れてんじゃないよ。ま、いーや。ほら立ちなよ』
『え?』
『いいかい?あんたは何もしなくていい。話聞いてるだけでいいよ。あぁ、でも席に着いたらあたしはあんたのママだから一応敬語を使いな。最初はね』
神楽にぐいぐい引っ張られ問答無用で瞬はその後をついて回ることになってしまった。
『今から座るとこは常連客だ。まぁ悪い奴じゃないけど手ぐせが悪いからあんたはあたしの隣にいな』
『あ、はい』
席では30代位の優しそうな男がいた。
『遅いじゃんママ~。あれ、新人さん?可愛いじゃん。俺に付けてよ』
『ダメだよ。この子は体験入店なんだ。変なことしたらぶっとばすからね』
『あっはっは!いや~、ママは怖いねー。さすが総長』
『コラ、店の中で総長言うな。全くあんたは…』
いくら常連の客とはいえ、いきなりぶっとばすとはよく言えたものだ。それに男はどうやら神楽が覇女の総長だということも知っているようだ。
『あいつはいいんだよ。ここに説教されに来てんだから』
男がトイレに入っている間に神楽が瞬の疑問を分かっていたかのように言った。
『どうしようもない男なんだ。酒で家族ダメにしちまった奴でね。酔うと嫁さんに暴力振るっちまってたらしいんだ。その上女ぐせが悪いだろ?だから逃げられちまったのさ。子供にも会えないんだと。それまではそんなでも仕事は頑張る奴だったみたいなんだけどね、今はなんの為に頑張ったらいいか分かんないんだってさ。だから来る度にケツひっぱだいてやんのさ。いや、ケツひっぱだかれに来てんのかな?あいつだってそんなんじゃダメなのは分かってんだろうね。でも、それが分かっててもまだ自分の力だけじゃ頑張りきれない。だらしないけどさ、気持ちは分かるんだよ。形はどうあれ大切なもの失ったって点ではあたしもあいつも一緒だと思う。だからあいつにはあたしも自分のことを話してやってるんだよ』
瞬はほとんど覇女の神楽絆しか見たことがなかったが、今ママとしての、女性としての彼女を見ていた。
決して可愛い子ぶったりなんてしないが瞬の目から見ても普段はあんなに極道の妻のような神楽が何故か色っぽく魅力的に見えた。
客の男に説教しながらもさりげなく仕事をこなし、更に色んな表情を見せつつ肌を見せつけている。
何気ない会話の中でそれを全て行えるのは素人目から見てもすごいと思えた。
2人は少ししてから違う席へ移動した。神楽指名の客が他にも来ている。
『次のお客さんは社長さんだ。ま、黙って見てな』
歳は50代だろうか。確かにさっきの男とは違い品のある中年だった。
そのテーブルにはおそらく相当な値段であるはずのシャンパンやらワインなどがずらっと並んでいる。相当な太客らしい。
『ママ、どうだい?僕の秘書にならないか?君のようにしっかりした女性が理想なんだよ』
『申し訳ありません社長。嬉しいお言葉ですが私、他にやりたいことがありますので』
『ほほう。それは気になるね。今の仕事以外に何がやりたいというのかな?僕でできることがあれば力になるよ』
『いえ社長。これは他人の力ではどうにもならないことです。それに今はまだ誰にも秘密ですので』
『そうか。いつか聞かせてもらえるのかい?』
『どうでしょうかねぇ。そんな改まって話すことでもありませんので。ところで社長、私のことより、この子今日体験入店の子なんですけどね、どうですか?』
神楽は急に瞬のことを話に盛り込んできた。
『あれ?なんだ、そうだったのか。お店のNO.1とNO.2が揃ってもてなしてくれていると思っていたよ。今日からだって?とても可愛いじゃないか。実はさっきからずっと君の目がいいなと思っていたんだ』
瞬は男がそんな風に自分を見ていたことに驚いていた。てっきり自分のことなど鼻にもかけていないとばかり思っていた。
『応援するよ。頑張ってみるといい』
決して水商売がやりたい訳ではなかったが、神楽の言う通りやって損はないのかもしれないと思うと人生の経験としてやってみてもいい気がした。
それから瞬は昼間は都河泪の病院で過ごし夜はclubKで働き詰めという生活を送っていた。
神楽は自分の店だからといって威張ったりなんてせず、それまでと何一つ変わらず接してくれた。
1番新人の瞬からしたら正直その方がやりづらかったのだが、新しいことを始め毎日が新鮮だった。
結果的に毎日泪の近くにいれることを何よりも1番に優先する瞬にとって働く時間帯のことを考えても良かったのだ。
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