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中編

蕪木掠

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 蕪木掠は幼稚園の時から綺夜羅と一緒だった。

 今でこそ狂犬のような掠も、小さい頃はとてもおとなしい女の子で気が弱く自信のない所が目立ち、自分から周りの子に喋りかけることすらできなかった。

 そんな掠をいつも引っぱってくれるのが綺夜羅だった。

『掠、行こ!』

『掠、あれやろ!』

 と何をするにしても掠を隣にいさせた。

 自分ではなかなか「仲間に入ーれて」と言えない掠も、綺夜羅と一緒だとみんなの中に入っていけるので掠はそれが嬉しくて、だから綺夜羅といつも一緒にいた。

 だんだんそれが当然のようになり、今度は逆に綺夜羅が声をかけなかったり誘ってくれなかったりするとすごく怒った。

 それは友達というよりは年頃のカップルのようで綺夜羅もなかなか苦労していた。

 小学校の頃内気だった掠はクラスの男の子たちによくいじめられた。そんな時はいつも綺夜羅が助けた。

 3年生の頃、男の子たちが掠の筆箱を3階の教室から下に投げ捨てるという意地悪をすると、綺夜羅はその男の子たちの机ごと窓から投げてしまった。

『どうだ掠、やり返してやったぜ』

 泣いている掠に綺夜羅は笑って言った。掠にとって、たった1人の正義の味方だった。だから綺夜羅をバカにされたり綺夜羅がやられたりすると掠はキレる。

 初めてキレたのは4年生の頃で、男子が綺夜羅を生意気だと何人かで囲んでいた時だ。

 掠はそれまでもちろんケンカなどしたことがなかったし怖かったのだが、親友の綺夜羅が囲まれて乱暴されるのを見て我を忘れて飛びかかっていった。

 噛みつき、引っかき、髪の毛を引っぱるなど今と比べたら可愛いケンカだが、必死になって綺夜羅を助けようとする掠があまりにも危険なので男子たちは逃げていき、結果的に掠は綺夜羅を守ることができた。

 それをきっかけに彼女はその頃から少林寺拳法を習い始めた。自分に自信を持つ為、そして綺夜羅を守る為にだ。

 あんなに自分に自信のなかった掠もだんだん鋭い目をするようになり、6年生になる頃にはもう犬のように吠える女の子になっていた。

 中学に入ってすぐ。綺夜羅と掠はすでに有名で、1年生でありながら上級生や他の中学の人間によく呼び出され、2人はその度に大人数を相手にケンカばかりしていた。

 ある日2人は隣の中学の女たちに呼び出された。放課後に待ち合わせ決闘することになったのだが、不運にもその日掠は風邪をこじらせ39℃近い熱を出してしまっていた。明らかに具合が悪そうなのが見て分かったので綺夜羅は掠のおでこに触れた。

『お前何やってんだよ。スゲー熱じゃねーか!帰って寝てろよ!』

『ダメだよ。今日ケンカしに行くんでしょ?』

『バカ。そんな体で行ってどうすんだよ。今日はバックレて治ったらまた行こうぜ。ほら、送ってくから帰るよ』

 そっか、行かないんならよかったと掠は安心して綺夜羅に送ってもらい家に帰っていった。

『ちゃんと薬飲んで寝てろよ』

 結局掠の風邪は治るのに2日かかり、3日後にやっと学校に行くことができたのだが、朝綺夜羅に会って掠は大変なことに気づいた。

 あの日綺夜羅は1人で決闘に行ったに違いない。3日経ってはいるがまだわずかに腫れた顔にすり傷など、自分を送ってくれた時には間違いなくなかったケガの痕が見える。

『ねぇ…何そのケガ』

『あ?あぁ、ちょっと転んじゃってさ』

『嘘言わないでよ!行ったんでしょ!なんで?相手は何人!?』

『な、何言ってんだよ。バイクで転んじまったんだよ』

『やだ!本当のこと言ってよ!』

『本当だよ。こけたんだって』

 綺夜羅は何回聞いても行ったとは言わなかったが掠は信じなかった。

『あいつら…絶対許さないから…』

 掠は完全に怒っていた。自分が風邪だからといって綺夜羅が嘘を言ったことも相手が綺夜羅1人を囲んだことにもだ。

 次の日掠はいつもと変わらない様子で当たり前のように学校へ来たが、その顔と体はひどい痣だらけだった。

 綺夜羅はそれを見て驚き駆け寄ってくる。

『どうした掠!それ誰にやられた!?2年か!?3年か!?』

 しかし掠は澄ました顔で答えた。

『転んだだけ』

『バカ言ってんじゃねぇよ!どんな転び方すりゃそんな痣作れんだよ!』

『はぁ?じゃあ綺夜羅はどんな転び方したの?』

 掠はそう言ってから目を細めニヤついた。

 綺夜羅はゾッとした。

『お前…まさか、隣に行ったのか?昨日…』

『さぁ?隣ってどこ?』

 うっすらと笑いニタニタしながら明らかな嘘をつく掠を見て綺夜羅は困ってしまった。

 この女は間違いなく行った。そしてこのままだと今日もこいつは1人でどこかに転びに行ってしまうだろうなと思わされていた。

 掠にはそういう所がある。自分を曲げない危険さ。自分を曲げれない不器用さ。それを分かってあげられる綺夜羅が折れるしかなかった。

『分かった、あたしが悪かった。お前が風邪でも行かない訳にはいかなかったんだ。1人で行ってきたよ。でもお前、だからってお前まで1人で行ってこなくたっていいべよ』

『じゃあもうあたしを置いていかないで。嘘言わないで』

 綺夜羅もそこなの?と言いたかったが、掠は気持ち目を潤ませながら真剣な眼差しを向けてきた。

 たとえ自分が風邪をひいていても、骨を折っていても、テロリストが相手だろうと綺夜羅の横には掠がいなくてはダメらしい。もう彼女だ。

『分かったよ。もう嘘ついて行くようなことはしねぇからよ、頼むからお前もそういうことすんなよ』

『うん、分かった。しない』

 掠は嬉しそうに目を細めて笑った。

『よし、タバコ吸いいくべ』

『うん。行く』

 親の言うことは聞かなくても綺夜羅との約束は守る。掠にとって絶対になくてはならない存在なのだ。そして互いに嘘偽りない関係でなくてはならない。

『掠。あたしがみんなの単車作るからよ。高校入ったら暴走族やろうぜ』

『暴走族?』

 そう言われたのは中2の夏だった。

『おう。あたしが総長だから、お前が副総長な!』

 なんでもない日の何気ないセリフだったが、燃でも珠凛でも数でも旋でもなく自分を選んでくれたことは掠にとって1番嬉しい言葉となった。

『うん。やるやる!』

 掠は最後に「やった」と小さな声で喜んだ。

 彼女は正しく度を超えた綺夜羅大好き人間だ。
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