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後編
負けでいい
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『おらぁっ!』
神楽の強烈な拳が龍の腹にヒットした。
龍はもう最初からずっと神楽相手に全く歯が立たずにいた。ナイフを持とうが木刀やバットを持とうがそれを神楽に当てることすらできていない。近づいては1発、また1発と確実にダメージを受けていくだけだった。
そのことに1番驚いているのは龍本人だ。龍が弱い訳ではない。神楽が強い。格闘技や競技から培ったのではないケンカの技術、経験、その差が大きすぎる。同年代に雪ノ瀬や七条以外でこんなに強い女がいることを龍は本当に初めて知った。
神楽に数えきれない程殴り倒された龍だが彼女はそれでも立った。
『やめときな。あんたじゃあたしにゃ勝てないよ』
それも分かっているのだろうが、龍は再びナイフを持ち、ほぼ捨て身に近い動きで向かっていった。
神楽はナイフを蹴り飛ばすと、龍を押し倒し足で顔を踏みつけた。
『その根性は買うが、時には諦めることも強さだよ。覚えときな』
龍に馬乗りになると全力の鉄拳を連打した。右から左から猛威を振るっていくその姿は鬼にすら見える。
いや、あれこそを「覇女」と呼ぶべきかもしれない。
そのまま徹底的に何十発もの拳を叩きこみ、ついに相手に反応がなくなるとようやく手を止めた。
神楽は立ち上がるとタバコをくわえ火をつけた。
一吸い目の煙を吐き出し続けて二吸い目にいこうとしたが、手が口の手前で止まってしまった。なんと龍がまた立ち上がってきたのだ。
『…おいおい。おいおい、おかしいねぇ。もう立ち上がりたくなくなる位ぶっただいてやったつもりなんだけどねぇ。あんたゾンビかい?もうやめないか?あたしは殺人犯になるつもりもさせるつもりもないんだよ』
だが龍はよろよろと歩きながら向かってくる。
『…私たちは負けられないんだ』
そうは言うが龍はもう何もできそうにない。神楽も、もう手を出す気にはなれなかった。
『今日はもう諦めたらどうだい?出直してきなよ。お前の仲間たちも見てごらん。まだ立ってんのはかろうじてあんたとあっちのお嬢ちゃんだけみたいだよ?どっからどう見てもあんたらの負けさ。それでもまだ立たなきゃいけない理由があるのかい?あの雪ノ瀬ってのがそんなに怖いのか?だったら今から一緒にベイブリッジまで行ってやるから、ごめんなさいして今日は帰んなよ』
相手にもしてもらえず龍はひざを着き肩を落としてしまった。
麗桜と七条は息を切らしながらお互い痣がない所がない程打ち合ったが、どちらもまだ倒れず決着はまだつかなかった。
そんな中、突然麗桜が手のひらを七条の方に向けた。
『おい…もう、よさねぇか』
『は?…何?』
『見ろ。もう周りもくたばりきってる。こっちの人間の方が圧倒的に勝ってる。もうみんな、それで納得してるんじゃないか?向こうの坊主も神楽さんにやられちまった。残りあんた1人、まだ続ける意味があるか?』
『うるさい!あたしが残り全員ぶちのめせばあたしたちの勝ちだ!』
『…どうしてそんなに勝ちにこだわる?』
『はぁ?』
『お前たちは、たった6人の俺たちをいたぶって楽しんでるだけの奴らだった。でもここにきて、そんなに勝ちにこだわる理由はなんなんだよ』
『あんたに…あんたに関係ないでしょ!?いいから早くかかってきなさいよ!』
麗桜は構えるのをやめてしまった。
『分かった。俺の負けだ』
『なんですって!?』
『俺たちは十分戦った。これ以上やっても意味はない。でも、お前にはどうしてもこの戦いに勝たなきゃいけない、そんな理由があるんだろ?だから負けでいい。蘭菜と蓮華の仇は十分取った。あとはあいつらが目覚めてくれることを祈るだけだ』
七条は言葉を失っていた。
『なぁ風雅!もう俺たちの負けでどうだ?いいよな!?』
『元々僕たち2人じゃどうにもならなかったよ。現に僕は負けちゃったしね』
『樹さんと神楽さんも助けてもらっといて悪いんすけど、それでどーすかね!?』
樹は大の字になって空を眺めていた。
『何度も言わせんな。あたしらは今日お前の夢守りに来たんだ。それにあたしは今日久しぶりに気分がいいんだ。どっちだっていーよ!』
『それでいいんだったらそれでいいから早く帰るように言っとくれよ。しつっこくてめんどくさいったらないんだ。あたしゃもう殴り疲れたよ!』
神楽はもううんざりという顔で、手でしっしっとやっている。
『七条、聞いたか?そういうことだ。お前らの勝ちでいい。そうお前らの総長に伝えろよ。蘭菜と蓮華のことについては許すつもりはない。だけどこれ以上もめるつもりもない。もし、こんなことを聞いてくれるんなら、あいつらが目覚めることを少しでも願ってやってくれ』
七条は悔しそうな顔をしたが何も言い返せなかった。
『頼むよ…』
麗桜が念を押すと七条は小さくつぶやいた。
『…願っても、もう目覚めない奴だっているんだよ…』
『え?…今なんて?』
麗桜は聞き直したが七条は何も言わなかった。そして自分の腕時計に目をやると急に顔を青くしてうろたえだした。
『時間が…過ぎてる…』
『時間?さっきからなんなんだ、ちゃんと説明してくれよ』
『そんなこと…してる時間なんてない。千歌!もう時間が過ぎちゃってる!早く行かないと!』
七条も龍も自分たちの単車にまたがるとエンジンをかけ、あんなに最後まで勝敗に食いついていたのに急いで行ってしまった。
『なんだか、まだきな臭いねぇ』
『時間がなんだって?なんつった?』
神楽も樹も腰を上げた。
『風雅。俺たちも行こう、ベイブリッジに』
『あぁ、そうだね』
大黒パーキングにおける抗争は、見事麗桜、風雅、そして樹たち鬼音姫と神楽たち覇女の勝利に終わった。
しかしベイブリッジではまだ決着はつかず、激しい闘いが繰り広げられていた。
神楽の強烈な拳が龍の腹にヒットした。
龍はもう最初からずっと神楽相手に全く歯が立たずにいた。ナイフを持とうが木刀やバットを持とうがそれを神楽に当てることすらできていない。近づいては1発、また1発と確実にダメージを受けていくだけだった。
そのことに1番驚いているのは龍本人だ。龍が弱い訳ではない。神楽が強い。格闘技や競技から培ったのではないケンカの技術、経験、その差が大きすぎる。同年代に雪ノ瀬や七条以外でこんなに強い女がいることを龍は本当に初めて知った。
神楽に数えきれない程殴り倒された龍だが彼女はそれでも立った。
『やめときな。あんたじゃあたしにゃ勝てないよ』
それも分かっているのだろうが、龍は再びナイフを持ち、ほぼ捨て身に近い動きで向かっていった。
神楽はナイフを蹴り飛ばすと、龍を押し倒し足で顔を踏みつけた。
『その根性は買うが、時には諦めることも強さだよ。覚えときな』
龍に馬乗りになると全力の鉄拳を連打した。右から左から猛威を振るっていくその姿は鬼にすら見える。
いや、あれこそを「覇女」と呼ぶべきかもしれない。
そのまま徹底的に何十発もの拳を叩きこみ、ついに相手に反応がなくなるとようやく手を止めた。
神楽は立ち上がるとタバコをくわえ火をつけた。
一吸い目の煙を吐き出し続けて二吸い目にいこうとしたが、手が口の手前で止まってしまった。なんと龍がまた立ち上がってきたのだ。
『…おいおい。おいおい、おかしいねぇ。もう立ち上がりたくなくなる位ぶっただいてやったつもりなんだけどねぇ。あんたゾンビかい?もうやめないか?あたしは殺人犯になるつもりもさせるつもりもないんだよ』
だが龍はよろよろと歩きながら向かってくる。
『…私たちは負けられないんだ』
そうは言うが龍はもう何もできそうにない。神楽も、もう手を出す気にはなれなかった。
『今日はもう諦めたらどうだい?出直してきなよ。お前の仲間たちも見てごらん。まだ立ってんのはかろうじてあんたとあっちのお嬢ちゃんだけみたいだよ?どっからどう見てもあんたらの負けさ。それでもまだ立たなきゃいけない理由があるのかい?あの雪ノ瀬ってのがそんなに怖いのか?だったら今から一緒にベイブリッジまで行ってやるから、ごめんなさいして今日は帰んなよ』
相手にもしてもらえず龍はひざを着き肩を落としてしまった。
麗桜と七条は息を切らしながらお互い痣がない所がない程打ち合ったが、どちらもまだ倒れず決着はまだつかなかった。
そんな中、突然麗桜が手のひらを七条の方に向けた。
『おい…もう、よさねぇか』
『は?…何?』
『見ろ。もう周りもくたばりきってる。こっちの人間の方が圧倒的に勝ってる。もうみんな、それで納得してるんじゃないか?向こうの坊主も神楽さんにやられちまった。残りあんた1人、まだ続ける意味があるか?』
『うるさい!あたしが残り全員ぶちのめせばあたしたちの勝ちだ!』
『…どうしてそんなに勝ちにこだわる?』
『はぁ?』
『お前たちは、たった6人の俺たちをいたぶって楽しんでるだけの奴らだった。でもここにきて、そんなに勝ちにこだわる理由はなんなんだよ』
『あんたに…あんたに関係ないでしょ!?いいから早くかかってきなさいよ!』
麗桜は構えるのをやめてしまった。
『分かった。俺の負けだ』
『なんですって!?』
『俺たちは十分戦った。これ以上やっても意味はない。でも、お前にはどうしてもこの戦いに勝たなきゃいけない、そんな理由があるんだろ?だから負けでいい。蘭菜と蓮華の仇は十分取った。あとはあいつらが目覚めてくれることを祈るだけだ』
七条は言葉を失っていた。
『なぁ風雅!もう俺たちの負けでどうだ?いいよな!?』
『元々僕たち2人じゃどうにもならなかったよ。現に僕は負けちゃったしね』
『樹さんと神楽さんも助けてもらっといて悪いんすけど、それでどーすかね!?』
樹は大の字になって空を眺めていた。
『何度も言わせんな。あたしらは今日お前の夢守りに来たんだ。それにあたしは今日久しぶりに気分がいいんだ。どっちだっていーよ!』
『それでいいんだったらそれでいいから早く帰るように言っとくれよ。しつっこくてめんどくさいったらないんだ。あたしゃもう殴り疲れたよ!』
神楽はもううんざりという顔で、手でしっしっとやっている。
『七条、聞いたか?そういうことだ。お前らの勝ちでいい。そうお前らの総長に伝えろよ。蘭菜と蓮華のことについては許すつもりはない。だけどこれ以上もめるつもりもない。もし、こんなことを聞いてくれるんなら、あいつらが目覚めることを少しでも願ってやってくれ』
七条は悔しそうな顔をしたが何も言い返せなかった。
『頼むよ…』
麗桜が念を押すと七条は小さくつぶやいた。
『…願っても、もう目覚めない奴だっているんだよ…』
『え?…今なんて?』
麗桜は聞き直したが七条は何も言わなかった。そして自分の腕時計に目をやると急に顔を青くしてうろたえだした。
『時間が…過ぎてる…』
『時間?さっきからなんなんだ、ちゃんと説明してくれよ』
『そんなこと…してる時間なんてない。千歌!もう時間が過ぎちゃってる!早く行かないと!』
七条も龍も自分たちの単車にまたがるとエンジンをかけ、あんなに最後まで勝敗に食いついていたのに急いで行ってしまった。
『なんだか、まだきな臭いねぇ』
『時間がなんだって?なんつった?』
神楽も樹も腰を上げた。
『風雅。俺たちも行こう、ベイブリッジに』
『あぁ、そうだね』
大黒パーキングにおける抗争は、見事麗桜、風雅、そして樹たち鬼音姫と神楽たち覇女の勝利に終わった。
しかしベイブリッジではまだ決着はつかず、激しい闘いが繰り広げられていた。
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