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中編

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    次の日、予定通り蓮華は学校に行くことにした。制服に着替え化粧を済ますと髪を整え玄関に向かう。

『学校行くのか?そりゃぁ良かった。気をつけてな』

    珍しく蓮華が朝から起きて学校に行くようなので祖父が嬉しそうである

    祖父母は自分たちの娘が母親としてちゃんとしないばかりにと責任を感じてもいるのだ。2人には関係のないことだと蓮華は何度も言ったが、一緒に暮らす以上祖父母も親としてちゃんとしてあげたいと思っている。

    それはありがたいのだが、だからといって学校に行く理由は自分にはない。

『ごめんね。おじいちゃん、おばあちゃん』

    そう思うと心が痛いので、なるべく考えないようにしている。

    電車を降りるとホームは学生とスーツの社会人で埋めつくされた。駅の構内はバラバラに自分の方向へ進んでいく人が、我先にという顔で力強く歩いていく。自分と同じ方向に歩いていくのは同じ制服を着た学生たち。そのほとんどが柄の悪い不良たち。

『バカしかいないんだろうなぁ…』

    あたしは何組だったっけ?3組だったかな?

    まともに教室に入ったこともないので、自分のクラスがどこかなど忘れていた。

    流れに沿って歩くと学校まではすぐだった。周りはみんな口々に

『おはよー』

と朝の言葉をかけ合っている。校内からは朝から笑い声やはしゃぐ声が聞こえている。

    小学校でも中学校でも、いい思い出なんて1つもなかった。小学校の時は「ビンボー」中学校の時は「ヤリマン」と、学校には自分のことをそうやって呼ぶ敵しかいなかった。

    それが分かっていながら今日学校に来たのは、誰も知り合いがいないからだ。蓮華の地元は茅ヶ崎市なので小田原とは離れている。自分のことを知る人がいないなら敵もいない。

    学校に着くとまずは自分の下駄箱を探さなければならなかった。

『えっとー、ひ、ひ、丙、あっ、あったあった』

    靴をしまい、まだほとんど新品の上履きのかかとを踏むと、そこで後ろから声がした。

『おはよ』

    蓮華はビックリして振り向いた。紫色の髪をポニーテールにして前髪を眉の上で切り揃えた、自分より少し背の低い少女が間違いなく自分の方を見て立っていた。

『おはよ。丙蓮華さんでしょ?同じクラスの』

    蓮華は突然のことに動揺していた。人に話かけられたこと。自分の名前を知っていたこと。それと同じクラスと言ったこと。

    同じ?同じクラス?この子は一体何者だろう。

『あ、あんたは誰?なんであたしのこと知ってんの?』

『え?入学式の時見たんだよ。それにずっと学校来てないクラスメイトってことで気になってたんだよね。5月位にも学校来てたでしょ?そん時も話しかけようと思ったんだけど、丙さん教室入らないまま帰っちゃって、あたし追っかけたけど見つけられなかったの。今日からずっと来るの?』

『…そういう予定はないけど』

『そうなの?毎日おいでよ。せっかく同じクラスになったんだし仲良くしようよ。あ、あたし暁愛羽。よろしくね!』

    ポニーテールの少女はニカッと笑った。

(な、なんだこいつ…)

    蓮華は少女に引っぱられるままに教室まで来てしまった。

『玲ちゃーん!蘭ちゃーん!見て見て!丙さんが来たよー!』

    教室に着くなり少女は、少女の友達らしき女たちに声をかけた。つまりあれも同じクラスだろうか。

    金髪ショートカットの女の方が話しかけてきた。

『よ!お前どこ中だ?あたしは八洲玲璃。なんかあったらいつでも言ってきな』

    金髪が手を差し出してきたので仕方なく蓮華も手を取った。目の前の金髪は間違いなくヤンキーだ。いや、周りも柄は悪いがオーラが違う。

    だがもう1人のメッシュの女はどちらかと言うと真面目そうで優しそうな感じだ。なんと言うか育ちが良さそうだ。杜田蘭菜というらしい。

    このデコボコトリオはなんだ?対応に困る蓮華だったが、そんなのお構いなしにポニーテールは1日中からんできた。

『丙さん番号教えてー!』

『丙さん次体育だよ!』

『丙さんトイレ行く?』

『丙さん一緒にお昼しよ』

『あのさ、丙さんっておっぱい大きいね。何カップ?』

    結局1日中引っぱり回されるはめになった。とにかく連れ回したいらしく、ずっと横から離れてくれなかった。あたしは今日何しに来たんだろう。

    下校の時間になり溜め息をついていると、まだ帰らせてはもらえなかった。

『丙さーん!』

『はい!なによ!』

『あのね、丙さんに是非見てほしいのがあるの。ちょっと時間いいでしょ!?行こ!』

    もうどうにでもなれ。そのまま放課後も付き合ってしまった。

    引っぱられて連れてこられた所は軽音部的な部室だった。どうやらそこで練習するバンドを見せたいようだ。真ん中でギターを持って歌っているのがピンク頭の春川麗桜という女でポニーテールの友達だった。バンドとしてはなかなか聞き応えがある。いや、かなりいいと思う。

『あたし次の曲が1番好きなんだ。聴いてて!』




    春川麗桜の歌はとてもセクシーだった。

    一見ただの派手なヤンキー女にしか見えないが、歌い始めると嘘のように女性になっていた。表情や仕草まで別人で絶妙だった。

    蓮華は目も耳も奪われ心が、心が震えていた。

『どうしたの?』

『え?』

    愛羽が心配そうに自分のことを見ている。それは、自分の目から涙が零れていたからだと思うが、何故泣いているのかは自分でもよく分からなかった。

    共感でもしてしまった?それとも自分に重なってしまった?言葉では言い表せそうになかったが、その曲のメッセージが胸に刺さってしまったのは確かだった。

『なんか、嫌なことあったの?』

『違うし。あくびしただけだよ』

    蓮華は言い訳をした。曲を聴いて涙を流したなんてカッコ悪い。だから認めたくなかった。

『そっか…ねぇ、いい曲だったでしょ!?』

『ん。まぁ、そうね。まぁまぁかもね』

『でしょ!?良かったー。連れてきて正解だった!』

『あ…そう』

『ねぇ丙さん』

『なによ』

『今日ね、1日考えたんだけどね。蓮ちゃんって呼んでもいい?どう?』

『…はすちゃん?』

『あ!ごめん嫌だった?』

『いや別に嫌だとかないよ。ただ、そうやって呼ばれたことはなかったから』

『本当に!?じゃあ決まりだね、蓮ちゃんで。あたしのことも愛羽で呼んで』

『あ、あぁ、分かったわよ』

    同級生と距離が近いことに全然慣れていないので、どうしても反応がよそよそしくなってしまう蓮華に対し、愛羽はそんなこと1ミリも気にせずグイグイ攻めこんでくる。1日引っぱり回されて正直疲れたかと言えばすごく疲れたが、そんなに悪い気もしていなかった。

『じゃ、あたし帰るね』

    麗桜の歌を聴き終わり歩きだすと、愛羽はまだくっついてきた。

『あっ、あたし送ったげるよ!家どこなの?』

『送るって?いいよ、あたし電車だよ?』

『だったら尚更送ってくよ。CBXで』

『しーびー?何それ』

『単車だよ。バイク。遅くなっちゃったし、家の人心配すると悪いし、超速いから行こ!』

    駐輪場には大きなバイクが停まっていた。

『これがあたしのCBX』

    それはどこからどう見ても普通のバイクではなかった。背もたれのあるシートに派手な形。こういうのなんて言うんだっけ?宇宙戦艦じゃなくて…あ、そうだ。

『暴走族みたいだね』

『うん。だって暴走族だもん』

『はい!?そうなの!?』

    ビックリした。こんなポニーテールの小さな女の子が?

『正式にチームとして活動するのは、まだこれからなんだけどね。あっ、でも伴さんたち八洲猫とも走ったりするんだよ』

    トモナ?ヤシャネコ?何かの妖怪のことだろうか。自分はもしかして、ちょっとヤバい子に目をつけられちゃってるんじゃないか?と蓮華はだんだん不安になってきた。

『蓮ちゃんって家どの辺?』

『国府津だよ』

『そうなの!?じゃ、すぐ隣だったんだね。近いじゃん』

    愛羽は単車に跨がるとエンジンをかけた。

「ファオン!」

    間近で聞くと、ものすごく音が大きい。風が、嵐が起こりそうで体をかばってしまった。こんなバイクに本当に乗るの?

『早く、乗って乗って!』

    なんでもないような笑顔で手を差し伸ばされ、蓮華はまだ少し不安ながらも、その手を取ると後部座席に乗っかった。

『じゃ、行っくよー!』

    そう言うと愛羽はアクセルを軽く何回かひねり吹かして、次の瞬間には走りだし、蓮華の声を置き去りにした。

    夕暮れの街を一回りすると、信号待ちする車を踊るようにすり抜け一気に全てを追い越していった。それはまるで風になった気分で、とても気持ちがよかった。

    蓮華にとって人生初のバイクで、しかも夢にも思わないような暴走族の単車だったが、楽しいと感じている自分がいた。なんだか後ろに乗っているだけの自分も特別な強い武器を手にしたような気持ちだった。

    前を運転している愛羽だが、後ろから見ていてかなり乗りなれてる感じがした。こんなに小さいのに、ベテランのタクシードライバーと肩を並べそうだ。乗っていて、とても安心なのだ。

    スピードも出すしジグザグ走ったりもするが、すごく落ち着いているのが分かる。

    譲れる道は譲り、無茶な運転はしない。パッシングして向かい側の車に合図し左折させてあげたり、クラクションとホーンを鳴らし合ったり、軽く手で挨拶したり。この歳でそこまで余裕があって、周りに気遣えることがすごいと思った。

    今日1日一緒にいてその中でも思っていたのだが、どの車に対しても笑顔で挨拶する姿を見ても、この子はいい子かもしれないと蓮華は思い始めていた。

『ありがとう。なんかバイクって嫌なこととか忘れられちゃうね。気持ちよかった』

    単車を降りると、言葉にできない満足感とまだ少し覚めない興奮があった。

『ほら。嫌なことあったんじゃん』

    愛羽は、まるで分かっていたように優しく笑っていた。

『いや、それは…』

    嫌なことばかりかと言われればそうではない。だが、こんなに素直に心から楽しめたことも、もう当分ない。

    それは、あの人と離れてから今日まで。

『明日朝迎えに来てあげようか?最近みんな単車で学校来てるから送り迎えしてあげるよ』

『いや、いいよ。明日行くかなんてまだ決めてないし』

『ダメ!とりあえず朝来るからね~』

    そうやって笑ってみせると、愛羽はさっさと帰ってしまった。

『えー?あいつ、マジで言ってるの?あたし明日も学校行くの?』

    そうは言うものの、それほど嫌でもなく。むしろ何か期待してしまっている自分がいることに蓮華は気づいていた。

    それはそうと今日は1日晃一から連絡がなかった。具合が思ったよりも悪くなってしまったのだろうか。

「大丈夫?ひどくなってない?気がついたら連絡ちょうだい!」

    蓮華はすぐメッセージを送り、心配しながら返信を待ったが、とりあえずすぐの返信はないようだ。

    結局そのまま連絡はなく、やはり具合が悪くなってしまったのかもしれないと思っていると携帯が鳴った。晃一だ、と思ったが相手は彼ではなかった。

「蓮ちゃん。なんか悩みでもある?あたし、いつでも聞くから、なんかあったらいつでも行くから言ってね!明日行くから早く寝るんだよー!おやすみ♪」

『…あたし、そんなに顔に出やすいのかなぁ?』

    本人にそんなつもりはないが、実際蓮華は顔に出やすい。ただ、出やすいにしろそうでないにしろ、それに気づいてそういう風に言ってくれるのは、不思議な気持ちだった。



    次の日の朝、部屋の窓を開けると、外にポニーテールの女がいた。愛羽だ。

『早っ』

『あ、おはよー蓮ちゃん!』

『ちょっ、ちょっと時間かかるから待ってて!』

    急いで支度をして出ていくと、蓮華より先に祖父が愛羽と立ち話をしていた。

『おじいちゃん!何やってんの!?』

『おぉ蓮華。お友達さんに挨拶したんだよ。蓮華をよろしくとね。』

    愛羽からすでに「同じクラスの友達です」と聞いていて祖父はとても嬉しそうにしていた。友達など連れてきたことのない孫の所へ、同級生が自分から来てくれるのを見て安心したのだろう。

『ごめん、待たせて。まさかこんな朝早いと思わなかったなら』

『あ、急がせちゃった?逆に置いてかれちゃったら嫌だからちょっと早めに来ちゃったんだけど、やっぱ早かったよね』

『連絡くれればよかったじゃん。せめて出る前とかに』

『そうだよね。明日からそうするね!』

    さりげなくもう明日も来ることになっている。元々そういうつもりではなかったが、このポニーテールにそれを言ってもどうやら聞いてくれなさそうだ。

    愛羽の後ろに乗りタバコを吸いながら2日目が始まっていった。

    今日は昨日休みで会うことができなかった鞘真風雅というイケメン女子を紹介された。外見や言葉遣いはボーイッシュだが、なかなか顔の綺麗な女だ。ウワサによればファンクラブがあるらしい。

    愛羽たち5人が集まると、それぞれ個性的でそれだけで目立つが、みんな仲がよく楽しそうで、一緒にいるだけで明るい気持ちになれた。

『そんで、蓮華も入るのか?暴走愛努流』

    金髪ショートの玲璃がいきなり聞いてきた。

『え?いや、あたしは…』

『蓮ちゃんはまだ誘ってないよ。蓮ちゃん入りたい?』

    まだって、誘うつもりだったのか。バイクが楽しいってことはよく分かったけど、暴走族に入りたいかと言われたらそれは微妙だ。

『あたしは正直、全然考えてなかったかなぁ。彼氏もいるし』

『えっ!?』

    5人が同時に驚きの声をあげた。

『え!?何それ!あたし聞いてないよ!?誰?誰?この学校の人?』

『とりあえず聞いとくぞ。お前、処女じゃないなんて言わねぇよな?』

    愛羽が騒ぎ玲璃が目を泳がせながら問い詰めると、他のメンバーも話に乗っかってきた。

『付き合ってる人がいるってことよね?いいなぁ、私も彼氏なんて言ってみたい』

『彼氏かぁ。僕からしたらみんな彼女なんだけどな』

『俺はなんかめんどくさそーに思っちゃうなー。彼氏っていいもんか?』

    5人が5方向から一気に喋ってくるのでキリがない。

『ちょっと、1人ずつ喋ってよ。えっと、その人は晃一って人で2つ年上なの。学校は行ってなくて…あと、ちなみにあたしは処女じゃないから』

    それを聞いて今度は5人共目を見開いたり、ちょっと赤くなったりして言葉を発しなくなってしまった。

『…え?あんたたちもしかして処女?マジで?』

『あ!あ!今コイツぜってーバカにした!はいぶっとばーす。よし、ちょっと便所来いよ!』

『あれ?玲ちゃんやっぱしたことないんじゃん!でもよかった~。まだ仲間がいっぱいいたー』

『私だって、もうすぐ…多分…もうすぐよ…』

『俺はあんま興味ないけどなー。でも、こうやって聞くと羨ましくなるなー』

『大人って感じがするよね。僕は初体験は愛羽がいいな』

『風ちゃん…恥ずかしいから、やめて』

    自分にとって、それは大したことではない。なのに5人がこんなことで盛上がって騒いだりして可笑しくなってしまうが「そっか、学校って、こういう所なんだ」と蓮華は感じていた。

『ねぇ、それで彼氏さんとはもうどれ位なの?』

    蘭菜が5人の真ん中に立ち、話を進める。

『入学式からだから、今3ヶ月位だよ』

    おぉー、という声と拍手が送られてしまった。

『今さ、丁度風邪ひいて寝こんでるんだ。元気になったら紹介すんね』

    そこから蓮華は、一目惚れされたという彼とのなれそめや、その前に付き合っていた彼のことなど、今までの自分のことを話し始め5人と打ち解けていった。

自分の言えない話だけは隠して。


    まだ2日だったが、学校という所を初めて楽しいと感じることができていた。それもこれもこの子のおかげかと思いながら、帰り道愛羽の後ろで風に揺れるポニーテールを見ていた。

    2人は途中で公園に寄った。

『蓮ちゃんは可愛くてモテそうだもんね。あたしも一目惚れしたなんて言われてみたい』

『愛羽は可愛いよ。きっとすぐにそういう人が現れるよ』

『えー?あたしの周りはみんな可愛いのにあたしだけガキっぽいから、すごいコンプレックスなんだよね』

『あんたの魅力はあんたにしかないものなんじゃない?あたしはそう思うよ。あんたたち5人の中だったらあたしは愛羽が好きだよ。だからあたしだけなんて言うのやめなよ』

『ん~。あたしの魅力って何かなぁ?』

『あたしは、愛羽の笑った顔が結構好きだよ』

    言われて愛羽は恥ずかしそうにした。

『…ありがとう。なんか照れるね』

『あれ?』

『どうしたの?』

『いや、なんか昔あたしもそんなこと言ってもらったなと思ってね。まさか自分が人に同じこと言うなんて思わなかった』

    愛羽が不思議そうに見ているので、少し迷ったが蓮華は口を開いた。

『あたしね、小学校の頃いじめられてたんだ。ウチ、母親だけでさ。すっごいビンボーだったんだ。お母さん、仕事もしないでいつも家にいなくてさ。毎日学校から帰ってきて夜まで1人だったの。それでお母さんスーパーで適当に食べる物買って置きに来たら、またすぐどっか言っちゃって』

    蓮華は自分でも不思議な位喋っていた。

『でも、でもね。ある日1人の女の人と出会ってあたしは変わったんだ。その人は綺麗で可愛くて、強くて頭よくて本当にカッコいい人だったの。そんな家出てウチおいでって言ってくれた。何から何まで教えてくれて、あたしも女の子なんだってことも、その人が気づかせてくれたの。ダンスも教えてくれて、毎日ダンスしてた』

『ダンス?』

『うん。こういうの』

    蓮華は今でも覚えているダンスを一瞬踊ってみせた。

『カッコいい!普通にすごい!』

『あたしなんて、その人に比べたら全然…でもその人がね、いつも言ってくれたの。自分なんて、みたいなこと言うなって。そのおかげであたしは今日まで生きてこれたと思う。でも昨日と今日はね、愛羽がいてくれたから学校が楽しいって思えたんだ。それは愛羽のおかげだから、ありがとう。ごめんね、何言ってるか分かんなくなっちゃったね』

『蓮ちゃんが楽しいならあたしは嬉しいよ』

    ニコニコしながら言う愛羽を見て、蓮華はつい、いつも優しく微笑んでくれたその人を思い出した。

『あんた、なんでそんないい子なのに暴走族なんてやってるの?』

『え?うーん。カッコいいから?憧れてたから?お兄ちゃんがそうだったっていうのもあるのかな。でもね、あたし本当は他にもなりたいものがあるんだ』

    愛羽は少し恥ずかしそうな顔をして言った。

『何?』

『アイドル。あたしアイドルになりたいの』

    驚いた。そこまで一緒かよ。蓮華は思わず笑ってしまった。

『あー、笑ったー。ひどい蓮ちゃん』

『ごめんごめん。まさかそこまで一緒だと思わなくてさ』

『一緒?』

『あたしがお世話になった人もね、アイドルになりたがってたんだ』

『へ~。その人、今何してるの?』

『ん、まぁ色々あってね。今はもうどこで何してるか知らないんだ』

『そうなんだ~。会ってみたかったなぁ~』

『さぁ、今日はもう帰ろ。明日も来てくれるんでしょ?』

『うん。もちろん!』

    蓮華は自然と少しずつ心を開き、2人は2日でだいぶ仲良くなれたようだ。



    その日の夜になってもまだ彼からは連絡が
なかった。

『晃一、まだ寝こんでるのかなぁ?』

    まさかインフルエンザとか?まさかこの時期にないか。でも本当に大丈夫かな?

    考えすぎたからか、なんだか急に気持ち悪くなってきた。お酒を飲んだ訳でもないのに。

    あれ?風邪でもひいた?そういえば昨日も食欲がわかなかった。あたしまで風邪ひいちゃったらどうしようもないからね。薬局まだやってるかな?と蓮華は急いで薬局に向かった。

    風邪のひき始めに、と見出しの付いた箱を取りレジに向かうが、ある物の前で足が止まった。妊娠検査薬だ。

    まさか、そんなことないよね。でも、どうしよう。一応やっとく?蓮華は恐る恐る手を伸ばすとそれを1つ取ってレジに向かった。

    考えすぎだとは思う。でも期待してしまう気持ちもなくはなかった。確かに早いと言えば早いが、それでも晃一とならありでもいい気がした。彼となら絶対に幸せになれると蓮華は確信していた。

    晃一と子供と一緒に歩く姿なんて、想像しただけで幸せだった。

    家に帰って早速検査に取りかかると、その説明書と結果をトイレの中で何度も見直していた。何度も何度も見直したのに理解するのに時間がかかった。

    それは「できている」と示しているらしい結果だった。

『え?え?え?』

    大変なことをしてしまったような、でも喜びがこみ上げてくるような、なんとも言えない軽いパニック状態だった。

    どうしよう。晃一に伝えたいけど、どうしよう。言うなら直接言った方がいいよね?それなら元気になってからのがいいよね?それで伝えてどうするの?結婚?それあたしが言うの?言われるまで待つの?おじいちゃんとおばあちゃん怒るかな?せっかく学校のお金出してくれてるのに、子供できてやめるなんて言ったら。そしたらいっぱい謝んなきゃ。男の子かな?女の子かな?あたし似?晃一似?晃一に似てくれたら絶対可愛いだろうな~。でも結婚ってどうやってするの?病院ってどうやって行くんだろう。あたしまだ15だけど1人で行けるの?

    蓮華は考えだすと止まらなくなってしまい、その後もずっとネットで妊娠や結婚について調べていた。

「晃一。すっごいニュースがあるから元気になったら連絡してね!」

    最後に晃一にメッセージを送って、ようやく眠りについた。
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