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第12話:ママのパパの記者会見

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 青空テレビ局に出勤した最上は秋月に言われた。
「坊や、今日は記者会見に行くぞ」
「誰のですか?」
「防衛大臣、西天賢治のだ。オリンピック間際の国防に関するお話だ」
「賢治さんか……」
「坊やの愛しのママのお父さんだな」
「なにが愛しのママ、ですか。まったく……別に僕はファミリーの人達のことを家族だと思ってないですし」
「照れるな照れるな。さて、移動するぞ」
 秋月が運転する車に乗って、最上は中央区の記者会見の会場になるビルに移動する。どうやらホテルの会場の一つを記者会見の場として使うらしい。ロビーには見上げるほど高い天井にシャンデリアが吊るされ、足元にはレッドカーペットが敷かれている。一泊するだけで最上一人の一か月分の食費くらい平気でかかりそうなホテルだ。
 バスケットコート二つ作れそうな会場に秋月と最上は移動する。すでに他の局の記者たちが集まり始めていた。
 綺麗な列になるように椅子が並べられていた。前には今日の主役が立つ演説台が置かれ、サイドはカメラで埋め尽くされている。
「坊やは私と一緒に最前列から手持ちのカメラで撮ってもらう。アングルとかはあんまり気にするな。後方で一台カメラ回してるから、練習と思ってやればいい」
「わかりました」
 冷房が効いていて、会場は夏の暑さとは無縁だ。35度の炎天下からこの部屋に入ってくれば、気が緩みそうなものだけれど、記者たちの雰囲気はぴりついていた。
「縄張りを守るのに必死なだけだぜ。カメラは場所取りが命だからなぁ」
「そんなもんですか。というか、秋月さんプロデューサーなのに、取材なんてするんですね」
「自分の目と耳で聞いた方がいいことがあるんだぜ。ま、今回はかわいいかわいい私の専用の部下の指導も兼ねてだ。坊やは幸せだなぁ、私に愛されてて」
「愛してるなら労働基準法守ってください」
「愛は甘いだけじゃないんだぜ。さて、最前列予約済みだからな。私たちは場所取りなんて泥臭いことせずに優雅に行くぜ」
 一番前に並べられたイスの左端二つが予約席らしい。最上と秋月はそこに着席した。
 秋月から手持ちのカメラを渡された。後方からもう一グループ、三脚を使わなければならないくらい大きなカメラを使って撮ることになっている。
 最上がカメラをいじって機能を確認しているうちに、記者会見がはじまった。
 その主役ともいえる西天賢治が入り口から入場する。
 会場の人間が息を飲むのがわかった。
 筋肉の鎧を身にまとった政治家。はちきれんばかりの胸を張って西天賢治が視線の中を闊歩する。賢治が放つオーラが、ざわついていた会場を黙らせた。
(……前で会った時とは雰囲気がまるで違う。鉄のように……冷たい)
 最上に優しく笑いかけてくれた賢治とは、もはや別人に見えた。
 賢治が演説台に立った。その巨体のせいで台が小さく見える。
「今日の記者会見を開いたのは言うまでもなく、オリンピック間際の国防についてだ」
 それから賢治の堂々たる演説がはじまった。
 特に最上の気を引いたのは、この部分だ。
「……最近、国内では過激な事件が多発している。国道一号線爆破事件、穂野ノ坂学校テロ事件。オリンピック開催前に、国内に乱れが見られる。統率の取れた行動から、何らかの組織が関わっていると思われる。不穏分子の排除のために、我々は全力を挙げている。具体的には――」
 自衛隊と警察が連携して調査を進めていることを賢治が述べる。
 世間的には、穂野ノ坂学校の占領事件は謎のテロ組織による事件されている。虚構科学研究所の関係を疑う人間もいないではないが、圧倒的少数派だ。
 数値にこそ出ていないが、第三次世界大戦の最中には大量の武器が日本に流れた。銃刀法に関しては、戦争が終わった今でも機能しているとは言い難い状態にある。日本は一度侵略されかけ、護身用の武器を家に置かざるを得ない状況に陥った。その状態がだらだらと続いているのだ。一般市民に武器が流れれば、それ以上に裏の世界にそれらが流れ込む。日本は昔ほど安全と言われず、テロ組織もいくつか確認されている。
 先の穂野ノ坂学校の事件に関しては、新神定理の死体は回収され、それ以外の面ではただの武装した集団がいたくらいの痕跡しか残らなかったのだ。虚構科学研究所の撤退の手際は実に鮮やかで、包囲網の弱い部分を突き、逃亡。残ったのは新神定理を除いた物言わぬ死体だけだった。
「――だから、国民の安全、観光客の安全は我々が絶対に守るので、安心していただきたい」
 後にも賢治の演説は続いたが、十分ほどでそれは終わった。
「では、質問があれば聞こう」
 待っていたかのように、秋月が最上に耳打ちしてきた。
「面白そうだから、坊や、質問しな。質問はそうだな――、適当に『外国人の間に不安が広がっていると思いますが、そちらはどう対処なさいますか?』で、いくぜ。身内が公の場で質問したときにあの『鋼鉄』がどんな反応するか、私は興味がある。カメラは私が持つ。GOだ」
 なんて自分勝手な。
 秋月が最上を連れてきた理由を遅まきながらに最上は悟る。カメラを持たせるためではなく、この質問をさせるために最上を連れてきたのだ。
 いくら秋月の意志を看破しても、立場上上司である秋月の指示には逆らえなかった。最上がはじめて上司と部下を意識させられた瞬間だった。
 カメラを秋月に渡して、しぶしぶ手を上げると、賢治の存在感によって空気状態にされていた司会の人間に質問を許可された。
「外国人の間に不安が広がっていると思いますが、そちらはどう対処なさいますか?」
 賢治の目が最上の方に向いた。
(……冷たい目だ)
 最上には、今の賢治の目に見覚えがある。過去に虚構科学研究所の刺客としてやってきた殺し屋の目だ。人を殺すことにすら躊躇がない人間のそれに、類似している。
 これが本当に西天賢治なのか、と最上は再び疑問を覚える。
「私にできるのは、原因を排除して不安を取り除く。それだけだ」
「チッ、だめか」と、隣で秋月がつぶやいた。
 秋月が期待したような、面白い反応なんて欠片もなく、ただ一人の防衛大臣として、賢治は答えたのだった。
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