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第4話:砂糖でできた脳みそ

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 その夜、最上とソフィアは寝巻で各々のベッドの上で小説と動画に没頭していた。ソフィアが手に持っているのは、西天に借りたタブレット端末だ。
 常に一緒にいると話題が尽きることも珍しくない。お互いが口を利かずとも、居心地の悪さはまるでなかった。それこそ、お互いを知り尽くしている証拠なのかもしれない。
 開いた部屋の窓からは涼しい風と共にわーきゃーと子供の声が入ってくる。都会のマンションに住んでいたら、苦情が飛んでくる騒がしさだ。
 部屋にコンコンとノックの音が響いた。
「だれ?」
「だれ~?」
 最上とソフィアの声が被る。
「私よ。入っていいかしら?」
「どうぞ」
「どうぞ~」
 昼に着るような生地の厚い着物ではなく、浴衣のような涼し気な姿をした西天が入ってきた。昼に着けていた桜の髪飾りなども外していて、髪が伸びたように見える。
「何しにきたの」と、最上。
「親睦を深めるために、お話ししましょう」
 にこにこと愛想のいい笑みを浮かべながら西天は言った。
「話すことなんてないんだけどな」と、最上が言うのにも構わず、西天は机に備え付けられたイスを引いて座った。
「そうかしら? 私は聞きたいことがたくさんあるわ。今日はその中の一つを聞こうかしら。んー、そうね、やっぱり恋バナがいいわね。ソフィアちゃんがどうして最上くんを大好きなのか」
「ぶっ」
 予想外の西天の言葉に最上が噴き出す。
「僕はしない。絶対にしない。それこそ話すことはない」
「聞きたい!? お母さん、聞きたい!?」
 ソフィアはのりのりだった。持っていた西天から借りていたタブレット端末をベッドに放り、体をがばっと起こす。
「もちろんだわ。私もまだまだ恋バナには興味があるお年頃なの」
「しよしよ! ボクも一回してみたかったんだよね~」
「じゃあしましょう」
「うん! ボク達は元々同じ研究所内のDマンで、接すること自体はあったんだ。ただ、ボク、初対面の人と話すのが苦手で、しかもおにぃもほら、けっこう不愛想だからさ、お互い馴染むのに時間がかかったんだ」
 不愛想とは失礼だ。
「で、その……ボクのきっかけってのがね、たまたま一緒にDマン強化訓練をやっていたときなんだよ」
「体育みたいな物かしらね」
「そうそう! でも、戦闘の練習だから殺伐としてるけどね。ボクは戦闘が苦手だからさ、いつも怒られてたんだ。で、ついに指導員の逆鱗に触れちゃってね。殴られそうになったの」
「そこで最上くんが……?」
「そう! テレビのドラマみたいにね、その指導員を殴り飛ばして、ボクを守ってくれたんだ」
「私は好きよぉ、そういうの」
「ボクもベタすぎる展開だとは思ったけどさ、実際に庇われるとあれだね、キュンとくるね!」
 えへへ、とソフィアが笑う。
「それからお兄ちゃんみたいな人だって思って『おにぃ』って呼んでるんだけどね」
「そろそろ下の名前で呼んでみたらどうかしら?」
「……それはちょっと恥ずかしい」
 最上はすっかり蚊帳の外ではあるのだが、話を聞いているだけでむずかゆい。ベッドの端っこの方に寄り、二人に背を向けて小説を読んでいた。
「最上くんはソフィアちゃんのことをどう思ってるのかしら?」
「……」
「おにぃ、ボクも聞きたいな」
「別に……」
「おにぃってさ、その……さっきみたいに守りたい人を守れるのが強さとかボクがドキドキしちゃうことを平気で言うくせに面と向かっては何も言ってくれないよね……」
「ソフィアちゃんに対しては奥手なのよ」と、西天がくつくつと笑う。
「違う」
「可愛いわねぇ、最上くん」
「ね~まったくも~子供なんだから~おにぃは」
 否定したかったが、反論すればするほど二人が絡んできそうなので最上は無視することにした。
 最上からの反応がないとわかるや否や、ソフィアが西天に向かって切り出した。
「次はお父さんとお母さんの関係を教えてよ~。どうやって二人は今の関係に至ったの?」
「んー、自分のことを話すのは恥ずかしいわね……」
「ボクも話したんだからさ、お母さんも話そうよ!」
「ふふ、まぁそうよね。フェアじゃないわね。ソフィアちゃんのと比べてロマンがないわ。私の父と朧火くんが親友でね、私が小さいころから朧火くんとはよく遊んでいたのよ。はじめはただの危ない人だと思っていたわ。よく今まで犯罪者にならなかったなってくらい、笑い方が危ないのよ」
「……ボク、どう反応したらいいのかな」
「笑っておけばいいのよ。ソフィアちゃんも何かされそうになったらすぐに私に言うのよ?」
「は、はーい」
「で、私が十三歳の頃ね。大学も卒業して、ちょうど、私が今のファミリーを作ろうと決意したころよ」
「……お母さんってさりげなく超人だよね。十三歳でもう大人の思考をしてたの?」
「うーん、ただのマセた子供だったかしらね。それ以上でもそれ以下でもないわ」
 西天は謙遜する。
「で、ファミリーの創設ね。私一人じゃあどうしようもなかったわ。頭が少しいいだけのただの十三歳の女の子だったからね。だから、朧火くんを頼ってみたの」
「ふむふむ……」
「そしたら、今までただのロリコンだと思っていたのだけど、デキる男だったのよね。組織の運営の仕方や、お金の回し方、人との付き合い方、色々教えてもらったわ。仕事になると真剣に接してくれたし、十三歳だった私を子供扱いしなかったわ。仕事をしているときは真面目だし……不覚にも、かっこいいと思ってしまったのよ。いつの間にか惚れちゃったのよね」
「きゃ~わかる。仕事してる男の人ってかっこいいよね。テレビ見てても思うよ。ってことは、まさか、プロポーズはお母さんから……? なんか意外」
「ええ。朧火くんはあれでけっこう分別があるのよ。元々私を友人の娘って扱いをしてたのよね。だから私を恋愛対象として見るとかはなかったの。ファミリーとして、形式上の『お父さん』『お母さん』ではあったのだけど、それだけだったわ。十六歳になって私が結婚できるようになったから、プロポーズして、それからはとんとんと進んで、本当の夫婦になったわけ。まぁ苗字は別のまま、というか、朧火くんは名前がないから苗字にするとややこしかったからそのままなんだけどね」
「ふぅ、ボク、いいと思うそういうの」
 朧火の下の名前がないことに関しては、ソフィアは突っ込まなかったが、最上は少し気になった。となると、朧火には戸籍がないのではなかろうか。ならば、西天が言っていた結婚は正式な物ではなく事実婚だ。
「そう言ってくれれば話したかいがあるわ」
 ソフィアと西天はしばらく部屋で談笑を続けた。ファミリーの立場上では母と娘なのだろうが、その様子は友達のようだった。
「ずいぶん時間たっちゃったわね。そろそろ部屋に戻るわ」
「うん、おやすみ~」
「おやすみなさい。最上くんも、おやすみ」
「……おやすみ」と、最上は背を向けたまま言ったのだった。
 女が二人そろうと、こうも甘ったるい話ができるのか、と最上は内心戦慄していた。
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