5 / 82
三人の女の子
歌ってくれないか?
しおりを挟む
冷たい床。毛布が一枚。私はその毛布を身体に巻き付けていた。ここは季節があるかわからないけれど、私が着ているこの服だと肌寒く感じる。
「食事だ」
男の人が、持ってきてくれるご飯を口に運ぶ。
ここから見える唯一の外との繋がりの小窓から見える明るさで、ここにきて二回目の夜だとわかる。
一度目の夜、フェレリーフがここにきて、私に言ったのは、もとの場所へ帰ることを諦めること。それと、もし、聖女の力が宿った場合、この国に忠誠を誓い、全て捧げること。二つが約束出来るなら外に出してあげると言われた。
もちろん、首を横にふった。わけがわからないのに、帰ることを諦めろ? 忠誠を誓え? 出来るわけがない。
「ゆあちゃん……」
二人はどうなったんだろう。ここに二人はいない。きっと二人は聖女の力というのがあって、あの人達のところにいるんだろう。あの赤い炎のような、男の人。テトのところに――。
アイドルという立場だった私達は、恋をしてはいけないと自分に言い聞かせていた。だけど、そんな事を忘れてしまうくらいに、彼に惹かれた。
一目惚れって、本当にあるんだ。
だけど、彼は私を見る事はなかった。もう一度会いたい。けれど、それどころではない。だって、私はこんなところに囚われている。
「帰りたいよ…………」
ご飯は出てくるから、死ぬことはないかもしれない。けれど、ただの女の子の私は、ここから逃げる術なんて持っていない。
小さな窓から見える夜空に、助けを求めるように私は歌を口ずさむ。
旋律を聞き付けたのか、窓の外にリスのような小動物が顔を覗かせていた。
「おい」
声をかけられ、びくりとする。壁の向こう。男の人の声だ。
「お前も帰りたいのか?」
「え、あ……、あなたも?」
帰りたいって、隣にいる男の人も私みたいに何処からか連れてこられた人なのかな?
「あぁ、帰りたい。……帰りたい」
「そっか、私も……」
男の人のよく響く低い声は、かすれている。それにすごく疲れた声だ。
「帰れる。だから、諦めるな」
まるで、自分にでも言い聞かせているように言う彼の声は、力がない。
「あの、大丈夫ですか?」
「あぁ、少し疲れているんだ。……だけど、お前の歌を聞いて、少し元気がでた気がする」
ドクンと心臓がはねる。私の歌で、元気が出た?
足元にポツンポツンと牢の中なのに二粒の雨が降った。
「もう一度、歌ってくれないか?」
私はぎゅっと、手を握りしめ、彼に聞こえるように、彼の為だけに歌った。元気になりますように、そう願いながら。『SAY』の歌を――。
『泣かないで、私達がいつだって一緒にいるよ。大丈夫、お日様はいつだって輝いてる。その涙、すぐに乾くよ。一緒に笑おう~』
歌いたい。私だって、歌いたかった。メインで。だからいっぱい練習した。勝てないのはわかってた。だから、邪魔にならないように、でも足を引っ張らないように、麻美や結愛を引き立てられるようにと、私はサブに徹してきた。
ポタポタと雨が降り続ける。私は彼に気がつかれないようにと、声が震えないようにして歌い続ける。
歌い終わると、シンと静な時間が流れた。
「ごめんな」
「え……?」
急に彼に謝られてしまった。いったい何を謝られたのだろう?
「拍手してやりたいのに、手が使えないんだ」
そう言われて、私は部屋の奥にある、手錠に目をやる。もしかして、彼の手はこれで繋がれているのかもしれない。
「……ありがとうございます。そう言ってくれるだけですごく嬉しいです」
ポタポタと流れる雨のせいで、声が震える。
歌いたい。私は歌が好き。歌うことが好き。たとえ麻美に否定されたって――。それに私は――歌ってとお願いされた。そう、誰かと約束した。
「泣いてるのか?」
「……大丈夫です!」
「……そうか」
そうだ、私より、つらい人が隣にいるんだ。そう思い、流れ落ちる雫を手で拭う。
次の涙はじわりと滲むだけで流れ落ちる事はなかった。
「あの……」
「…………」
隣に声をかけるけれど、返事が返ってこない。どうしたんだろう。寝てしまったのだろうか。
「あの……」
もう一度話しかけるが、やはり返事がない。さっきまでの声の調子から、心配になる。
「大丈夫ですか?」
壁の向こうの様子を見る事が出来ない。それが、とてももどかしい。ただ寝ているだけならいい。だけど、違ったら?
私は鍵のかかる場所に手を掛ける。もちろん開かないし、ここから部屋の奥にある手錠の場所なんてどう頑張っても見えない。
誰か呼ぶ?
だけど、呼んだところで、他人から何でもないと言われて、納得できる? この目で確かめないと、納得出来るわけない。
キッ
足元を小さな影が走る。見ると、その影はさっきのリスだった。
リスはするりと間を抜けて行き、鍵のようなものを咥えて持ってきた。これって、まさか――。
考えている暇なんてない。そう思い、私は鍵穴にその鍵を差し込む。カチッとハマる感触のあと、鍵はクルリと回った。
開いた!
急いで、私は隣の牢を覗く。
青ざめた男の人が、ぐったりとしている。両の手は、部屋の奥にある手錠にがっしりと繋がれていた。
鍵を! 先程の鍵を差し込むがかちっとハマる感触はなく、開くことが出来ない。
キッ
再び、リスが鳴くと、その口には別の鍵が咥えられていた。
私はリスから、鍵をもらい鍵穴に差し込んだ。今度はカチッとハマった。そんなことがあるだろうか。でも、開いたのだ。私は先程話していたであろう男の人のもとへと駆け寄った。
「食事だ」
男の人が、持ってきてくれるご飯を口に運ぶ。
ここから見える唯一の外との繋がりの小窓から見える明るさで、ここにきて二回目の夜だとわかる。
一度目の夜、フェレリーフがここにきて、私に言ったのは、もとの場所へ帰ることを諦めること。それと、もし、聖女の力が宿った場合、この国に忠誠を誓い、全て捧げること。二つが約束出来るなら外に出してあげると言われた。
もちろん、首を横にふった。わけがわからないのに、帰ることを諦めろ? 忠誠を誓え? 出来るわけがない。
「ゆあちゃん……」
二人はどうなったんだろう。ここに二人はいない。きっと二人は聖女の力というのがあって、あの人達のところにいるんだろう。あの赤い炎のような、男の人。テトのところに――。
アイドルという立場だった私達は、恋をしてはいけないと自分に言い聞かせていた。だけど、そんな事を忘れてしまうくらいに、彼に惹かれた。
一目惚れって、本当にあるんだ。
だけど、彼は私を見る事はなかった。もう一度会いたい。けれど、それどころではない。だって、私はこんなところに囚われている。
「帰りたいよ…………」
ご飯は出てくるから、死ぬことはないかもしれない。けれど、ただの女の子の私は、ここから逃げる術なんて持っていない。
小さな窓から見える夜空に、助けを求めるように私は歌を口ずさむ。
旋律を聞き付けたのか、窓の外にリスのような小動物が顔を覗かせていた。
「おい」
声をかけられ、びくりとする。壁の向こう。男の人の声だ。
「お前も帰りたいのか?」
「え、あ……、あなたも?」
帰りたいって、隣にいる男の人も私みたいに何処からか連れてこられた人なのかな?
「あぁ、帰りたい。……帰りたい」
「そっか、私も……」
男の人のよく響く低い声は、かすれている。それにすごく疲れた声だ。
「帰れる。だから、諦めるな」
まるで、自分にでも言い聞かせているように言う彼の声は、力がない。
「あの、大丈夫ですか?」
「あぁ、少し疲れているんだ。……だけど、お前の歌を聞いて、少し元気がでた気がする」
ドクンと心臓がはねる。私の歌で、元気が出た?
足元にポツンポツンと牢の中なのに二粒の雨が降った。
「もう一度、歌ってくれないか?」
私はぎゅっと、手を握りしめ、彼に聞こえるように、彼の為だけに歌った。元気になりますように、そう願いながら。『SAY』の歌を――。
『泣かないで、私達がいつだって一緒にいるよ。大丈夫、お日様はいつだって輝いてる。その涙、すぐに乾くよ。一緒に笑おう~』
歌いたい。私だって、歌いたかった。メインで。だからいっぱい練習した。勝てないのはわかってた。だから、邪魔にならないように、でも足を引っ張らないように、麻美や結愛を引き立てられるようにと、私はサブに徹してきた。
ポタポタと雨が降り続ける。私は彼に気がつかれないようにと、声が震えないようにして歌い続ける。
歌い終わると、シンと静な時間が流れた。
「ごめんな」
「え……?」
急に彼に謝られてしまった。いったい何を謝られたのだろう?
「拍手してやりたいのに、手が使えないんだ」
そう言われて、私は部屋の奥にある、手錠に目をやる。もしかして、彼の手はこれで繋がれているのかもしれない。
「……ありがとうございます。そう言ってくれるだけですごく嬉しいです」
ポタポタと流れる雨のせいで、声が震える。
歌いたい。私は歌が好き。歌うことが好き。たとえ麻美に否定されたって――。それに私は――歌ってとお願いされた。そう、誰かと約束した。
「泣いてるのか?」
「……大丈夫です!」
「……そうか」
そうだ、私より、つらい人が隣にいるんだ。そう思い、流れ落ちる雫を手で拭う。
次の涙はじわりと滲むだけで流れ落ちる事はなかった。
「あの……」
「…………」
隣に声をかけるけれど、返事が返ってこない。どうしたんだろう。寝てしまったのだろうか。
「あの……」
もう一度話しかけるが、やはり返事がない。さっきまでの声の調子から、心配になる。
「大丈夫ですか?」
壁の向こうの様子を見る事が出来ない。それが、とてももどかしい。ただ寝ているだけならいい。だけど、違ったら?
私は鍵のかかる場所に手を掛ける。もちろん開かないし、ここから部屋の奥にある手錠の場所なんてどう頑張っても見えない。
誰か呼ぶ?
だけど、呼んだところで、他人から何でもないと言われて、納得できる? この目で確かめないと、納得出来るわけない。
キッ
足元を小さな影が走る。見ると、その影はさっきのリスだった。
リスはするりと間を抜けて行き、鍵のようなものを咥えて持ってきた。これって、まさか――。
考えている暇なんてない。そう思い、私は鍵穴にその鍵を差し込む。カチッとハマる感触のあと、鍵はクルリと回った。
開いた!
急いで、私は隣の牢を覗く。
青ざめた男の人が、ぐったりとしている。両の手は、部屋の奥にある手錠にがっしりと繋がれていた。
鍵を! 先程の鍵を差し込むがかちっとハマる感触はなく、開くことが出来ない。
キッ
再び、リスが鳴くと、その口には別の鍵が咥えられていた。
私はリスから、鍵をもらい鍵穴に差し込んだ。今度はカチッとハマった。そんなことがあるだろうか。でも、開いたのだ。私は先程話していたであろう男の人のもとへと駆け寄った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました
狭山ひびき@バカふり200万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」
ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。
「「「やっぱりかー」」」
すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。
日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。
しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。
ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。
前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。
「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」
前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。
そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。
まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。


番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる