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塁 ― 2
しおりを挟むモンドのある暗い場所で、ルランいいやデュランは灯りを持ち一人歩いていた。その歩みには一分の迷いもない。やるべきことは全て頭の中に入っていた。
(予想が正しければ既にモンドは大陸と連結している。戦力に問題はない。今やるべきことは適材適所に戦力を誘導。死者は出させない。そして······)
全くの別空間と化したモンド内でデュランはある場所へと辿り着いた。そこは誰の視界にも入らない、デュランの持つ灯り以外は光源の一切がない。デュランは灯りを弱くし誰かを待つようにして地面に座り込んだ。
(······来たか)
ほとんど無音の空間、滑らかで硬い地面には小さな足音も目立って聞こえてきた。小さく灯りを放っていたデュランの方向へとその人物は近寄っていき立ち止まる。暗闇でその人物からデュランの顔は見えない。
「お前は誰だ」
聞こえたのは女の声。デュランは何かを決心したように勢いよく立ち上がった。手に持っていた光源は二人の顔を僅かに照らしていた。女は僅かに見えたデュランの顔を見て眉をひそめる。
「念の為確認させてくれ、お前は魔帝であってるな」
「——ッ!?······何者だっ」
女は武器に手を当てバックステップでデュランから距離をとった。
「落ち着け、戦うつもりはない」
デュランは両手をあげ、敵対心がないことを示すと女は構えを解き再び口を開く。
「何故私が魔帝であると分かった。先代の魔帝、グレイナル様の死は未だ公にはしていない。知っているのは限られたものだけだ」
「その話はなしだ。今はとにかく信じてくれ」
「そんなもので信頼などッ——······!?」
デュランは灯りを顔の近くに寄せ女に顔を見せた。女はその顔を知っている、最後に会ったのは主が死去した日。初代魔帝「マギス・グレイナル」の従者を務めていたアルミラはグレイナルの死後引き継ぐようにして魔帝へとなったのだ。
「どうして····お前が生きている」
デュランの顔を見た途端、アルミラは固まった。
(確かにこの男が目の前で力尽きた瞬間を見た。人族があの状況で生きていられるはずがない。グレイナル様の攻撃で死なないはずが)
「驚くのも無理はねえが俺がどうして生きてるかって話はまた今度だ」
「また今度だと? ここで戦わないつもりか。お前は私を心底恨んでいるだろう」
「許したといえば嘘になるがこうしてお前と話しているのは頼みがあるからだ」
「頼みだと? 仮にここで戦わないとしてもお前を助ける義務などない」
「どうしても無理って言うなら仕方ねえが、このまま進めばお前死ぬぜ。確実にな」
「私が死ぬだと? 何故そう言いきれる」
「実際に見たからだ。このまま進んでいけばお前は俺の仲間に殺される。帝王になって強くなったようだがあの戦いでお前の主人は何分持った」
その言葉にアルミラは黙り込み俯いた。そしてもう一度デュランの顔を見て本人であることを確かめる。
「クレースじゃなくてもあの場にいた誰かに見つかればお前は間違いなく悲惨な死に方をする。死ぬか俺の頼みを聞いて行動するかお前はどちらを選ぶ」
「内容は」
アルミラは小さくため息をついてデュランへの警戒を弱めた。
「まず初めにお前は”声”に呼ばれここまで来た。それで間違いないか」
「ッ——何故お前がそれを」
「まあこの話もまた今度だ。確認がしたかった。携えているその太刀はグレイナルの使っていた『ニグラム』だな。その意思の力を借りたい。俺の妻を突き刺したその意思をな」
「どこまで知っているのかは知らないが、お前の妻はもう帰ってこない」
「······知っている。その意思は浴びた血を記憶しその者の魂をもとに擬似的な魂を作り出す。そして身体を支配することだな。グレイナルが驚いていたのは俺が支配に反して動いていたから。間違いはあるか?」
「フンっ、そこまで知っているならば何故。確かにお前の妻の擬似的な魂は作り出された。だからどうしたというのだ」
「お前にはその魂を意思から分離してほしい。それが頼みの内容だ」
「分離だと? そんなこと馬鹿げている。仮に分離できたとしても肉体が無ければどうにもならない」
「生き返らせることはもうできない。ただ俺の娘を助けるためにその魂の力を借りたいだけだ」
「娘····あの小さな娘か。何故死ぬと言い切れるのかもまた今度話すということだな」
「話が早くて助かる。協力してくれるか」
「······仕方ない。だが協力するのは今回が最初で最後だ」
諦めたようにため息をつきアルミラはフードを深く被るとデュランの後ろについていったのだった。
************************************
「ふぅ。まさかとは思ったがあやつだけでなく世界丸ごとつながっとるとはな」
モンド内が改変されて後、ゼフは一人で見知らぬ空間に飛ばされていた。見渡す限り何もなく昼の空が広がる空間はまるで外にいるようだった。確かに仲間は誰一人もいない、だが女神とそれを守護する一体の大天使がゼフの目の前に立っていた。
「まさかあなたのような方がここにいるとは、道具の王。少し俗世に染まり過ぎてはいませんか」
「何様じゃ小童。わしの自由じゃろ」
「フフフ、小童ですか。確かにあなたからすれば女神さえも小童ですね、ゼフ・ユーズファルド」
「その名は好かん。たった二人でわしに勝つつもりか」
「正直難しいでしょうね。ですが私達はこの戦争に勝たなければなりません。そのためならば多少の無理は仕方がない。ですが丁度あなたにお聞きしたかったことがあります。何故あなたはウィルモンドを離れこの地に降り立ったのですか」
「そんなもん簡単じゃ。この戦争、お主らがそれほど必死になってまで守りたいものがあるのじゃろう。わしとて同じじゃ。わしにとって世界ひとつ放ってまで守りたい存在がここにおる」
ゼフの言葉を聞き女神——ファイザは黙りそれ以上は何も聞くことはなかった。ファイザの隣に控えていた大天使——グロッカスは主の意図を読み静かに動き出す。ファイザから受け取った「空間」の加護を持つグロッカスは自身の存在する空間を自由自在に操ることが可能である。
「領域化」
グロッカスからノーモーションで発動された魔法で辺りの空間には歪みが生まれる。その歪みに触れれば強靭な肉体であろうとも関係がない。空間ごとねじ曲げられるため筋力など関係がないのだ。グロッカスの制御の元自由に発現、消滅が可能でありゼフ達のいるここは既にグロッカスの縄張りと化していた。
(捉えた)
グロッカスはゼフの右手を含む空間を捉え干渉を開始する。鍛治に使用するハンマーを持っていない素手のゼフはグロッカスから見れば干渉に気づいていないようだった。
「離れなさい、グロッカスッ——」
空間を歪めようとした瞬間、ファイザの声が耳に入る。
(硬すぎる!? 歪めているのはただの空間だぞ)
何故かゼフの身体を含む空間のみ一切の干渉ができない。グロッカスにとっては初めて感じる感触だった。まるで大岩を押していかのようにビクともしない。
「グロッカスッ——」
「なっ——」
グロッカスは自分の右手に激しい痛みを感じる。理由は明らかだった。何故か自分の右手が歪められ完全に破壊されている。
(何が起こった。私の力が、私に作用したのか)
「素手でその強さですか。フフフ、あなた達のような異常な存在がいるおかげでこの世界はまだ残っているのでしょうね····グロッカス、よろしいですね」
「本望です。どうかご武運を」
グロッカスは何も言わずに目を瞑るとその身体は小さな魔力の玉へと変化した。それはグロッカスの持つ「空間」の加護が一点に凝縮された結果である。凝縮された加護は自ら意思を持つようにファイザへと向かう。
「ほう、随分と決断が早いようじゃの」
「あなたに勝つためには出し惜しみなどしていられません」
元々はファイザの力であった「空間」の加護はすぐさまファイザの力の一部となる。グロッカスのみに加護を与えていたファイザはこの瞬間完全なる状態へと進化する。ファイザは女神としての誇りを捨て挑戦者としてゼフに向かっていたのだ。
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