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第一草
3・精霊術
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◆
「イルア! イルア!イルアぁぁぁぁ!!」
どれだけ剣の腕をあげても彼女を守れなかった。怪我した場所から広がった身体を蝕む病。剣だけしか脳がないオレにはどうすることもできなかった。
剣だけじゃダメだ。魔術、それも回復できるやつだ。それを手に入れる。失った彼女を取り戻せないのはわかっているけれど――。
この思いを引きずりながらオレは次の生で神聖術師を目指した。
なのに、足りなかった。今回も――、上手くいかなかったかもしれない……。
どうしたらオレは上手くいくんだろう。ただ、守りたいだけなのに――。
もう次は覚えてないかもしれない。それは悔しいな。
◇
頭の後ろがズキズキとする。左側はなんかもふもふしてる。なんだこれ。気持ちいい。お日様で温まったチャミちゃんの毛みたいにいい匂いがする。
蛇の中って案外嫌な場所ではなかったのかな? なんて考えていると、ズキズキしていた頭からすぅっとゆっくり痛みが引いた。
回復魔術? にしては急激に治るわけではない。
っというか、――――っ!?
「つめたっ!!」
後頭部が氷のように冷たい。誰だ、氷結魔術は難しいはず。って、違う違う。
「……あ、ごめんなさい」
可愛い声が頭の上からかけられる。
嘘だろ?
オレは目を開けて起き上がった。オレが寝ていたのはふわふわの彼女のふとももだった。そう、茶色い耳の、ってあれ? うさぎにふともも? はあるだろうけれど位置がおかしくないか?
そうだ、茶色い耳は変わってない。だけど、彼女もまたオレみたいに、うさぎの姿を残しながら、人のように腕や足がある。
「チャミちゃん……」
「……はい」
つぶらな瞳は変わらない。だけど、なんでオレみたいになってるんでしょうか? うさぎっぽいけれど、人のようにつく手足。もふもふは健在だけど、顔つきも人のそれに近くなっている気がする。
オレが続きの言葉を口に出せずにいると彼女はゆっくりと首を傾ける。
「力に触れました。あなたを助けたくて……。声の言う通りに」
あぁ、なんてことだ。あれに触れてしまったら後戻りは出来ない。
ん? あれ? どういうことだ。
「ねぇ、チャミちゃん。君はもしかして、人間だった?」
オレはうさぎとして会話は出来ない。つまり、今彼女は人の言葉で話している?
「はい、人だったと思います。私はここにある人を探して入りました。ただ、不鮮明にしか思い出せません。探している人も誰だったのか、どういう人だったのかわかりません。――それが本当だったのかも」
ここに入った人間。なら、オレ達のようになっているだろう。もしかしたら、うさぎ達の中にいる一羽かもしれない。
「ただ、私は会いたい。会って言わないといけない気がするんです」
ズキリと胸が痛む。ここに飛び込むなんて、相当のバカだろう。入ったら最後、生きて帰れない場所なのだ。入り口の境目すら、間違って手をいれればそこから先が消える。たぶん、ここを構成する力の流れに取り込まれる。
「大事な人だったんだね」
「わかりません……」
オレが聞くとチャミちゃんは力なく笑った。
思い出させてあげたい。会うためにここにきたのにその大事な人を忘れるのは悲しい。
「チャミちゃん、聞いてくれ」
「……なんですか?」
「オレ達は力に触れた。それは楽園からの追放と引き替えなんだ」
「……つい……ほう」
「あぁ、この手、足。姿が変わってあいつらも怖がってるだろう」
助けたから、英雄ってわけじゃないらしい。うさぎ達は遠巻きに様子を見ているだけだ。
まあ、姿が全然変わってしまったからな。
チャミちゃんもまわりを見て少し悲しそうにしていた。
「それと次の層を目指さないといけないんだ」
「なぜ?」
「一度力に触れると、そこからは上に上に上がっていって新しい力を探さなきゃいけない。でないと、今度はオレ達が捕食する側、怪物になってしまうんだ」
「あの、なぜそんなこと知ってるんですか」
「オレのじーちゃんがここから出たことがあるからだ。ここの事を聞いてる」
「…………それで」
「ん」
「あなただけで出ていくつもりだったんですか?」
「え、あ、いや」
答えに困る。そういえばそうだ。オレ後の事は何も考えてなかった。ただ、今を守るだけで……。
「……いや?」
「いや、……はい。そうなるかもだった」
チャミちゃんは、鼻をすんすんとならしながら顔を近付けてきた。
「私は、あなたの何ですか?」
「あ、あー」
何を聞かれてるんだ? 顔が近いんだけど。近いんだけど!
いや、まあうさぎの時は散々顔を押し付けたりなんかしてたけどさ!!
「――番、番です!!」
叫ぶと同時に彼女の動きが止まる。つぶらな瞳でじっと顔を見た後、手をぎゅっと握られた。
「そうです。ここではあなたが私の、私はあなたの番です。だから、どうか置いていかないで。あなたが思ってるのと同じくらい、私にとってもあなたは大切な人なんです」
「えっと?」
「私の事、守ってくれてたんですよね。私にもあなたを守らせてくれませんか?」
――あなたを守らせて。
守れなかった人と同じ言葉。
「チャミちゃん、でも」
「でもも、何も次に行かないとなんですよね。なら、一緒に行って下さい。ね?」
「あ、あはは。そうだった。一人にしないよ。一緒に行こう。チャミちゃん」
「はい。あの、それでですが」
チャミちゃんが困ったように顔を少しだけ傾ける。
「あなたの名前はなんて呼べばいいのでしょうか」
「あ、そっか。そうだ。知らないよね」
うさぎだったから名前なんてもう必要ないと思ってた。
「オレの名前はユーリだ」
使う予定もなかったオレの名前。ユーリ。じーちゃんがくれた。オレのもうひとつの名前。
「よろしくお願いします、ユーリ」
「あぁ、よろしく。えっと……、ごめんチャミちゃんは名前は? あ、チャミちゃんって勝手に呼んでごめん。なんて呼べばいいかな」
チャミちゃんは耳をちょっと曲げてから話し出した。
「ごめんなさい。自分の名前は思い出せないの」
「そうなんだ。じゃあどうしよう」
「チャミでいいよ」
「え、でも」
「あなたがつけてくれた名前だもの」
そんな事言われると、照れてしまう。だが、安直すぎたかもしれない。アリエステラとかヴィーアルキラとかもっと威厳のある名前のほうが良かったか!!
そんな事を考えているとチャミちゃんが小さく言葉を紡いだ。
「風の精霊よ、私達に勇気の風を」
ざぁっと風が横を通りすぎていく。
「チャミちゃん君はまさか」
「あ、私は精霊術師でした」
滅んだ魔術、精霊術。オレの時代にはもう存在しない。
「ユーリ?」
「あ、オレこそ、まだ言ってなかった。よろしく、チャミちゃん」
ここではまだ生きているのか。たしかに、ここは宝物庫だ。彼女が今の世界に戻れば、大変なことになるだろう。
「それじゃあ、行きましょうか」
彼女は立ち上がり、体についた草を指で掴んでかぷっと食べた。
「オレも」
立ち上がってうさぎ達のいる方を向いた。誰も近付いてはきてくれない。
「ごめんな」
「いえ」
オレ達はゆっくりと歩きだした。
目指すは次の力の場所に――。
本当はここに居続けてのほほんと草を食べていたいけど、チャミちゃんの為だ。それに、ここからでればまだ見ぬ草に出会えるかもしれないっっ!!
よし、新種の草を見つけて食べ歩くか。
こうして前向きに心を決めた。
「――帰ってきた。帰ってきた!」
どこからか風にのってあの時の声がそう言ったように聞こえた。
「イルア! イルア!イルアぁぁぁぁ!!」
どれだけ剣の腕をあげても彼女を守れなかった。怪我した場所から広がった身体を蝕む病。剣だけしか脳がないオレにはどうすることもできなかった。
剣だけじゃダメだ。魔術、それも回復できるやつだ。それを手に入れる。失った彼女を取り戻せないのはわかっているけれど――。
この思いを引きずりながらオレは次の生で神聖術師を目指した。
なのに、足りなかった。今回も――、上手くいかなかったかもしれない……。
どうしたらオレは上手くいくんだろう。ただ、守りたいだけなのに――。
もう次は覚えてないかもしれない。それは悔しいな。
◇
頭の後ろがズキズキとする。左側はなんかもふもふしてる。なんだこれ。気持ちいい。お日様で温まったチャミちゃんの毛みたいにいい匂いがする。
蛇の中って案外嫌な場所ではなかったのかな? なんて考えていると、ズキズキしていた頭からすぅっとゆっくり痛みが引いた。
回復魔術? にしては急激に治るわけではない。
っというか、――――っ!?
「つめたっ!!」
後頭部が氷のように冷たい。誰だ、氷結魔術は難しいはず。って、違う違う。
「……あ、ごめんなさい」
可愛い声が頭の上からかけられる。
嘘だろ?
オレは目を開けて起き上がった。オレが寝ていたのはふわふわの彼女のふとももだった。そう、茶色い耳の、ってあれ? うさぎにふともも? はあるだろうけれど位置がおかしくないか?
そうだ、茶色い耳は変わってない。だけど、彼女もまたオレみたいに、うさぎの姿を残しながら、人のように腕や足がある。
「チャミちゃん……」
「……はい」
つぶらな瞳は変わらない。だけど、なんでオレみたいになってるんでしょうか? うさぎっぽいけれど、人のようにつく手足。もふもふは健在だけど、顔つきも人のそれに近くなっている気がする。
オレが続きの言葉を口に出せずにいると彼女はゆっくりと首を傾ける。
「力に触れました。あなたを助けたくて……。声の言う通りに」
あぁ、なんてことだ。あれに触れてしまったら後戻りは出来ない。
ん? あれ? どういうことだ。
「ねぇ、チャミちゃん。君はもしかして、人間だった?」
オレはうさぎとして会話は出来ない。つまり、今彼女は人の言葉で話している?
「はい、人だったと思います。私はここにある人を探して入りました。ただ、不鮮明にしか思い出せません。探している人も誰だったのか、どういう人だったのかわかりません。――それが本当だったのかも」
ここに入った人間。なら、オレ達のようになっているだろう。もしかしたら、うさぎ達の中にいる一羽かもしれない。
「ただ、私は会いたい。会って言わないといけない気がするんです」
ズキリと胸が痛む。ここに飛び込むなんて、相当のバカだろう。入ったら最後、生きて帰れない場所なのだ。入り口の境目すら、間違って手をいれればそこから先が消える。たぶん、ここを構成する力の流れに取り込まれる。
「大事な人だったんだね」
「わかりません……」
オレが聞くとチャミちゃんは力なく笑った。
思い出させてあげたい。会うためにここにきたのにその大事な人を忘れるのは悲しい。
「チャミちゃん、聞いてくれ」
「……なんですか?」
「オレ達は力に触れた。それは楽園からの追放と引き替えなんだ」
「……つい……ほう」
「あぁ、この手、足。姿が変わってあいつらも怖がってるだろう」
助けたから、英雄ってわけじゃないらしい。うさぎ達は遠巻きに様子を見ているだけだ。
まあ、姿が全然変わってしまったからな。
チャミちゃんもまわりを見て少し悲しそうにしていた。
「それと次の層を目指さないといけないんだ」
「なぜ?」
「一度力に触れると、そこからは上に上に上がっていって新しい力を探さなきゃいけない。でないと、今度はオレ達が捕食する側、怪物になってしまうんだ」
「あの、なぜそんなこと知ってるんですか」
「オレのじーちゃんがここから出たことがあるからだ。ここの事を聞いてる」
「…………それで」
「ん」
「あなただけで出ていくつもりだったんですか?」
「え、あ、いや」
答えに困る。そういえばそうだ。オレ後の事は何も考えてなかった。ただ、今を守るだけで……。
「……いや?」
「いや、……はい。そうなるかもだった」
チャミちゃんは、鼻をすんすんとならしながら顔を近付けてきた。
「私は、あなたの何ですか?」
「あ、あー」
何を聞かれてるんだ? 顔が近いんだけど。近いんだけど!
いや、まあうさぎの時は散々顔を押し付けたりなんかしてたけどさ!!
「――番、番です!!」
叫ぶと同時に彼女の動きが止まる。つぶらな瞳でじっと顔を見た後、手をぎゅっと握られた。
「そうです。ここではあなたが私の、私はあなたの番です。だから、どうか置いていかないで。あなたが思ってるのと同じくらい、私にとってもあなたは大切な人なんです」
「えっと?」
「私の事、守ってくれてたんですよね。私にもあなたを守らせてくれませんか?」
――あなたを守らせて。
守れなかった人と同じ言葉。
「チャミちゃん、でも」
「でもも、何も次に行かないとなんですよね。なら、一緒に行って下さい。ね?」
「あ、あはは。そうだった。一人にしないよ。一緒に行こう。チャミちゃん」
「はい。あの、それでですが」
チャミちゃんが困ったように顔を少しだけ傾ける。
「あなたの名前はなんて呼べばいいのでしょうか」
「あ、そっか。そうだ。知らないよね」
うさぎだったから名前なんてもう必要ないと思ってた。
「オレの名前はユーリだ」
使う予定もなかったオレの名前。ユーリ。じーちゃんがくれた。オレのもうひとつの名前。
「よろしくお願いします、ユーリ」
「あぁ、よろしく。えっと……、ごめんチャミちゃんは名前は? あ、チャミちゃんって勝手に呼んでごめん。なんて呼べばいいかな」
チャミちゃんは耳をちょっと曲げてから話し出した。
「ごめんなさい。自分の名前は思い出せないの」
「そうなんだ。じゃあどうしよう」
「チャミでいいよ」
「え、でも」
「あなたがつけてくれた名前だもの」
そんな事言われると、照れてしまう。だが、安直すぎたかもしれない。アリエステラとかヴィーアルキラとかもっと威厳のある名前のほうが良かったか!!
そんな事を考えているとチャミちゃんが小さく言葉を紡いだ。
「風の精霊よ、私達に勇気の風を」
ざぁっと風が横を通りすぎていく。
「チャミちゃん君はまさか」
「あ、私は精霊術師でした」
滅んだ魔術、精霊術。オレの時代にはもう存在しない。
「ユーリ?」
「あ、オレこそ、まだ言ってなかった。よろしく、チャミちゃん」
ここではまだ生きているのか。たしかに、ここは宝物庫だ。彼女が今の世界に戻れば、大変なことになるだろう。
「それじゃあ、行きましょうか」
彼女は立ち上がり、体についた草を指で掴んでかぷっと食べた。
「オレも」
立ち上がってうさぎ達のいる方を向いた。誰も近付いてはきてくれない。
「ごめんな」
「いえ」
オレ達はゆっくりと歩きだした。
目指すは次の力の場所に――。
本当はここに居続けてのほほんと草を食べていたいけど、チャミちゃんの為だ。それに、ここからでればまだ見ぬ草に出会えるかもしれないっっ!!
よし、新種の草を見つけて食べ歩くか。
こうして前向きに心を決めた。
「――帰ってきた。帰ってきた!」
どこからか風にのってあの時の声がそう言ったように聞こえた。
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