棄てられ聖女様の再就職先

ねこセンサー

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棄てられ聖女様の再就職先

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 「何のための人生だったのか」
 
 茶番の、寸劇だ。レナは先日の事件を、牢の中でそう嗤った。
 
 貧しい農村に生まれた。幼くして両親をなくし、親戚の下で必死に生きた。身寄りのない彼女を、親戚はていのいい奴隷のように扱った。
 
 それでも、耐えた。いつかは、笑える日が来る。そう、幼い頃母はそういっていたから。
 
 『辛いときにこそ、笑いなさい。いつか、笑えるときが来る』
 
 「無理だったわ、母さん…」
 
 冷たい牢獄で、レナは呟いた。
 
 必死に頑張った。そんな折、神殿の使いが村に来て、レナに目を留めた。
 
 彼女には、弱いながらも魔物を寄せ付けない結界を張る力があったからだ。
 
 村を出て、神殿での修行が始まった。村にいた頃よりは、豊かな生活では有ったが、農民であった彼女に周囲は優しくはなかった。
 
 それでも努力した。そして、聖女候補に選ばれた。
 
 聖女は、国の中央神殿で国のために祈りを捧げる重要な役職だと、そう教わっていた。だからこそ、居場所を求めて彼女は努力したのに。
 
 あっけなく、それは覆された。
 
 同じ候補であった侯爵令嬢に、嵌められたのだ。
 
 他の候補者に、毒をもった。そう、罪をかぶせられて。
 
 聖女になりたかった侯爵令嬢は、後ろ盾のない農民の娘であったレナに全ての罪をなすりつけた。
 
 レナは孤立無援だった。
 
 あっという間に有罪とされ、彼女は神殿を追い出され、冷たい牢の住人となった。
 
 明日には、広場で縛り首だそうだ。
 
 「…神様なんて、いなかったわ…」
 
 村でも、神殿でも、彼女はいつも一人だった。レナは一生懸命努力したのに。神は彼女には笑いかけてはくれなかった。
 
 「聖女なんて。ばっかみたい…」
 
 レナは俯いて、嗤った。ぽたり、と冷たい床に水滴が落ちた。
 
 
 「馬鹿だよね。本当にね」
 
 至近距離で声を聞いて、レナは頭をのろのろと上げた。そこには、フードを深くかぶった人物が立っていた。
 
 「…誰?」
 
 こんな夜中に、どうして牢の中に人がいるのだろうか、ましてやレナが入っている独房に。そんな思考は、レナはそのとき持ち合わせていなかった。
 
 「そうだね、さしづめスカウトってとこだけど」
 
 冷たく、陰鬱な牢獄に似合わぬ声で、その人物は答えた。
 
 「ねえ、きみ。その能力、ここじゃないところで生かしたくないかい?」
 
 「…私の能力なんて、弱い結界しかないわ…」
 
 散々、神殿でも笑われたその能力。レナはうつむいて自嘲した。
 
 「そんな能力だけどさ、普通はだれかれとなくもってるわけじゃないんだよ。ここの人間はそこを理解しないよね~」
 
 フードの人物はカラカラと笑う。
 
 「…私なら、君の能力はとってもいいものだと思うよ。…それに、君の能力はまだまだ伸びしろがあるんだよ。ここの連中はそこをわかっちゃいないよね」
 
 「…そうなの?」
 
 そうだよ、と相手は頷いた。
 
 「心に壁があったり、傷があったりすると。そういう能力が伸びにくくなる。君は、ここでずっと抑圧されていなかった?ずっと我慢していただろう?」
 
 「そう、言われると…そう、かもね」
 
 レナは俯いたまま同意した。
 
 「異能は、心の力。君のそんな弱った心では、その能力はとてもじゃないが使いこなせないよ。イイところがあるんだけど、来ない?楽しさは保障するよ?」
 
 「…楽しい?」
 
 「うん、楽しいよ。君みたいな子、いっぱい居るけど。皆笑ってるよ。」
 
 そういって、フードの人物はレナの視線に合わせてしゃがみこんできた。
 
 そのとき、初めてレナはその人物の顔を眺めた。フードでわからないが、相手の唇は優しい弧を描いていた。
 
 「…私も。いったら楽しくなれる?」
 
 「勿論だとも!」
 
 「…行きたい。いえ、行かせてください…ここは、もういや…!」
 
 レナの瞳に、光が宿るのを見届けた人物は、にっこりと微笑んだ。
 
 「じゃあ、行こうか。さあ、この手を取って」
 
 レナは相手の手を取り、立ち上がった。
 
 そのとき大きな風が吹いて、レナは思わず目をつぶった。
 
 風がやんだとき、牢の中にはレナが着ていたぼろきれだけが残されていた。
 
 
 
 「うわあ…!!」
 
 レナは目を輝かせた。彼女の目の前には、にぎやかな町並みが広がっている。
 
 道行くものたちは皆笑顔だった。服装や髪型は様々。人種も様々であった。
 
 「獣人は初めてかな??」
 
 通りを走り抜ける犬耳少年に目線を取られていたレナは、あわてて隣の人物を見上げた。
 
 「あなたは…!!」
 
 フードを深くかぶっていた人物は、フードを脱ぎ去ってこちらを見つめて笑っていた。
 
 「女性…だったんですね…」
 
 「それも、ネコミミだよ~」
 
 そういって、彼女はバチンとウインクする。その瞬間、彼女の頭上に鎮座していた茶褐色のネコミミも、ピョコリとこちらの方角を向いてきた。
 
 「君が居た世界には獣人は居なかったからね。びっくりさせたくなかったのよね」
 
 そういって彼女は笑った。そのたびに、頭上に鎮座する耳も細かくピコピコと動く。
 
 「ようこそ、遠いところよりいらっしゃいました。異国の聖女様。こちらは、棄てられた異能者が集まる世界…」
 
 そういって、ネコミミの彼女は腕を大きく広げ、膝を曲げてお辞儀した。
 
 「歓迎しますよ、この世界の住人すべて。皆、あなたのように棄てられたもの達ですから」
 
 気がつくと、レナのまわりには様々な人々が集まって、笑いかけていた。
 
 「ようこそ!」
 
 「遠路はるばる、お疲れ様!」
 
 「一緒に楽しみましょう!」
 
 沢山の笑顔が、彼女を出迎えていた。レナは、ようやく笑顔を見せた。
 
 「ありがとう…!嬉しいです、よろしくお願いします…!!」
 
 彼女の目尻には、輝くものがあったが、周りの皆はそれには触れず、我先にとレナの手を取って挨拶した。
 
 
 ------------------------------------------------------------
 
 「…そんなこともありましたっけ」
 
 「懐かしいわねえ」
 
 夜中の酒場で、レナはミスティと酒盛りをしていた。
 
 「でもね、ミスティって、魅了もちだったのよね?…私に使ったんでしょ?」
 
 レナはぬるくなったエールをぐびりと飲みながら、向かいに座るネコミミ女性に声をかけた。
 
 「一応ね。私は本当に弱いのしか使えないけど。スカウトは大抵そういう能力もちだしねえ…」
 
 そういって、ジョッキを片手にクラーケンの日干しをガジガジと齧っている。
 
 「本当に、あなたに会えてよかったわ」
 
 そういってレナは二十数年来の友人に笑いかけた。
 
 別れるのが寂しい。だが、友人はそろそろ旅立つという。
 
 「精一杯ここで楽しませてもらったしね。恋もしたし、結婚も出来た。…だから、こそかな」
 
 ミスティのまなざしは優しい。友人の穏やかなまなざしに、レナはこみ上げる涙をこらえられずにうううと泣き始めた。
 
 「ここを出たら、もうあえないんだものね…寂しいよ」
 
 「だから、こそだわ。ここで沢山の優しい人に会えた。だから、また生まれなおそうって思えたもの」
 
 ミスティは魅了の異能を持つ獣人だった。もと居た世界では、その能力をイヤと言うほど悪用され、最期には味方に売られて絶望の中死んだのだ。
 
 「…恋人に売られたんでしょ?もう、いいの?」
 
 レナの目は据わっている。こんなにも優しい友人を、追い詰めて殺した見たこともない男を、未だに彼女は許していない。
 
 「いいのよ。ここは、そういうところでしょ?それに、もうアイツも死んでるわよ。さすがに百年前の男に執着するほど、私は暇じゃないわ」
 
 「確かに。百年は長いかな」
 
 「アイツのおかげで、百年面白おかしく笑って暮らせたと思えば、むしろ感謝してるわよ~!」
 
 ミスティはエールを飲み干してカラカラと笑った。
 
 「私、あなたのその笑いかたすきだわ」
 
 「何何?私夫がいるんですけど!」
 
 そういってミスティはバチンとウインクした。その微笑みは、二十年たった今も変わらない。
 
 「…うまく出来てるよね、この世界」
 
 「そうね~…すみませーん、エールのお代わりー!」
 
 「色んなものがそろうし、できるけど。…子孫だけは、出来ないものね」
 
 「だってここはそういうところだよ。志半ばで息絶えた異能者達の魂の傷を癒すところ…だっけか」
 
 レナはチーズのつまみをチョイチョイとつついている。
 
 「生まれ直したいって、そう思うまで。好きなだけ居ていい…か」
 
 「まぁね、それ考えた人の気持ちもわかるわ、私もね…」
 
 ミスティはテーブルに肘を着いてへにゃりと笑った。
 
 「きっと、レナもそれがわかる頃には、ここを出て行くと思うわよ」
 
 そういって、ミスティは笑った。
 
 「私は、まだいいわ。…幸せになってね…なってくれないと、今度は私が迎えに行っちゃうわよ」
 
 「あなた、結局結界しか使えなかったのに。どうやって迎えに来るのよ!」
 
 「ひっどーい!それ言わないでって言ってるじゃないの!」
 
 ミスティはふふふと笑っている。
 
 「また、どこかで会えるといいわね。」
 
 「…ええ。どうか、幸せに。」
 
 そういって、二人はジョッキをこつりとあわせて笑った。
 
 
 
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