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親愛なる友へ~とある精霊の回顧録~
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「――友達に、なってくれないかな」
自分にとっては心地よい、漆黒の空間の中で。
わけもわからぬままここにつれてこられて、おそらく本人にとっては突拍子も無い話をされた後であろうに。
いつもなれば、『不老不死の肉体が欲しい』『尽きぬ財宝が欲しい』『憎いアイツに死よりも苦しい地獄を』なんていわれるその状況下で。
目の前の人族の娘が、羞恥に頬を染めながら、所在無げに両手をもじもじと組み合わせつつ願ってきたその内容の、そのくだらなさで、眉間に皺がよってしまったことくらい、許されると思う。
――今、この娘は、なんと言ったか。
友達、ともだち、トモダチ。
獣の脳内でその言葉が残響音を響かせながらリフレインする。
はてさて、トモダチとは、我ら精霊に願ってもたらされるものであったのか。
その後、獣の様子がおかしいことに気づいて、目の前の人族の娘は必死になって獣に弁解をし、彼女の願いの凡庸さに、叶える側の獣が「くだらない」と渋り、それでもあなたとお友達になりたい、ずっと友達がほしかった、この間読んだ冒険活劇で勇ましい戦士達や、娘達の友情が如何に素晴らしく心を打つものであったかを身振り手振りを交えて熱心に語られ、うんざりして尻尾がぶんぶん振れてしまったことも…致し方ないことだと思う。
「その物語の最後で、娘達が言うんです。『たとえ生まれ変わっても、私達友達でいましょうね!』って…」
うっとりと夢見がちな瞳をしながら、娘が熱く語る冒険活劇の最後のシーン。
親友同士だった二人の娘は、お互い別々の国に嫁ぐことになり、うすうすと今生の別れを感じながら、峠の別れ道でお互いの手を握り、再会を願う。
『いつか、どこかで会いましょう』と。
そのシーンがとても印象深くて…と娘は恍惚とする。
獣には理解できない感情だ。しかし、いくらいっても頑として譲らない娘の意思に、獣は負けた。
「…わかった。じゃあ、友達になってあげるわ」
ありがとう!と両手を叩いて喜んだ娘の顔。その顔が今まで願いを叶えてきたどの相手よりも、眩しく見えたのは真実だったと、今でも彼女はそう思っている。
------------------------------------------------------------
「――あれは、『成った』か…」
瞳を閉じ、無意識の海に沈んでいた精霊は、はるか彼方の世界で『友達』に起こっている変化を感じ取り、透き通る翅を震わせた。
半分透けている身体。人族のようでありながら、其の背には美しい透明な翅が八枚、燐光を発しながら僅かに震えている。
さらさらと流れ落ちる髪は銀色に輝いて美しく、薄絹をその肢体にまとう彼女は森の奥の泉で瞑想をしていた。
かつて、真っ黒な獣の姿を持っていた彼女。彼女の持つ力を欲した人族によって、仮の器として戯れに生み出された獣の身体に魂を押し込められていたが、あまたの世界を渡ることにより、其の力が増大したことで彼女は其の姿を本来のものとしていた。
共に渡っていた兄弟達も、少しずつその数を減らしていった。精霊は、生命力の集合体が其の核と成る。異なる世界を渡り、気に入った場所で身体を休め、身体を活性化させて其の世界の生命力を僅かずつ吸い取り、他の世界で得た生命力を周りに与えることで他の生命も育てる。
そうやって、精霊は其の力を増やし、増え切ったところで新たな精霊が分裂し、生まれる。其の生命誕生には途方も無い生命力が必要になるので、もともと寿命も長く、数が増えない種族でもあった。
兄弟達は、各々気に入った世界があると別れていく。力が弱いときには団結し、力が満ちてくると、独り立ちしていく生き物であった。
その過程で、どこかの世界では神格化されて崇拝されたり、逆に迫害されたりする。彼らの生には、その生き方ゆえに波乱が多いのも特徴でもあった。
生まれたばかりの頃、右も左もわからない状態で、自分に優しくしてくれた人族にすっかりほだされ、油断していたところにその力を狙われ、生命を狙われた。
彼女はその生命力を死ぬ寸前まで落としたことで、その魔手から逃れえたが、その先何年も、その魂や身体を癒すために潜伏することを余儀なくされた。
そんな時だった。どこか頼りなく、それで居て頑固な女の子に拾われたのは。
歯をむいて威嚇しても、仕方無しに噛み付いても、その女の子は自分を抱く手を離さなかった。
「いたいね、いたいね」
此方の傷を涙を浮かべて顔をゆがめながら、薬をやさしく塗りこんで、噛み跡が残る小さな手で、優しく撫でてくれた。
『貴女の傷でもないのに。…変な子』
彼女は、泣きながら獣の自分を抱いて丸くなって眠る自らに、そんな感想を抱かれていたことなんて知らないだろう。
精霊としての力を削がれ、ただの獣として何とか命をつないでいたあの時、自分に自らの生命力を吸い取られていたことも。
彼女と過ごした一週間、その僅かな期間だったけれど、精霊は僅かながら力を蓄えることが出来た。
――この力を使って、この子の中で休ませて貰おう。
変な女の子はミラーナといった。肉体を脱ぎ捨て、彼女の精神に憑依して、力の回復を待った。
そのせいか、彼女の周りには余り人が寄らなくなっていた。
――悪いけど、ここで休ませて貰うわよ。
彼女の周りの生命を少しずつ頂いて、傷を癒した。
でも、まさか、そのせいで彼女に大きな傷を負わせるとは――
------------------------------------------------------------
だから、獣は償いをした。
友人とやらになってみた。でも、それだけでは彼女に申し訳ない気がして、昔世話になった大樹に話を通して、彼女の保護を願った。
自分が頼み込んだことは、大樹には秘密にしてもらった。
――なんだか、申し訳ない気がしたから。
時折、彼女の夢の中に入って、彼女が喜ぶような夢を見せてあげてみた。友達というものが、未だに良くわからなかったけれど。
きっと、相手が喜ぶことをしてあげるものなんだろう。…そう、自分を納得させて。
彼女が、精霊の加護なき世界を望んでいるのを知って…
もう彼女の元へと向かうことが出来ないことを残念に思いながらも、精霊は彼女の住む世界に精霊が訪れないように細工をした。
精霊の手を借りずとも、生命はもともと生きていくことは出来る。
自分の力を必要とされないことは、残念だったけれど。
――だけど、こっそりと、様子を伺うことくらいは、許して欲しい――
いつしか、精霊は友達のことが大好きになっていた。
ちょっと抜けているけれど、とっても優しくて、お人よしで、頑固な友達が。
精霊よりもずっとちっぽけなのに、彼女はたくさんのことをなした。彼女のことを知るものは、もうほとんど居ないけれど。
――今なら、彼女が大好きだったというお話がわかる…
たった一人、世界を支え続けている彼女。ずっと遠くの世界で、沢山の生命と共に生きる自分。
もう、会うことも無いけれど。
『夢でもいい、また、会えたなら…』
精霊は夜空を見上げる。その先の、ずっと、ずっと、はるか遠くに居る『友達』を。
「ありがとう」
そう、伝えたい。
自分にとっては心地よい、漆黒の空間の中で。
わけもわからぬままここにつれてこられて、おそらく本人にとっては突拍子も無い話をされた後であろうに。
いつもなれば、『不老不死の肉体が欲しい』『尽きぬ財宝が欲しい』『憎いアイツに死よりも苦しい地獄を』なんていわれるその状況下で。
目の前の人族の娘が、羞恥に頬を染めながら、所在無げに両手をもじもじと組み合わせつつ願ってきたその内容の、そのくだらなさで、眉間に皺がよってしまったことくらい、許されると思う。
――今、この娘は、なんと言ったか。
友達、ともだち、トモダチ。
獣の脳内でその言葉が残響音を響かせながらリフレインする。
はてさて、トモダチとは、我ら精霊に願ってもたらされるものであったのか。
その後、獣の様子がおかしいことに気づいて、目の前の人族の娘は必死になって獣に弁解をし、彼女の願いの凡庸さに、叶える側の獣が「くだらない」と渋り、それでもあなたとお友達になりたい、ずっと友達がほしかった、この間読んだ冒険活劇で勇ましい戦士達や、娘達の友情が如何に素晴らしく心を打つものであったかを身振り手振りを交えて熱心に語られ、うんざりして尻尾がぶんぶん振れてしまったことも…致し方ないことだと思う。
「その物語の最後で、娘達が言うんです。『たとえ生まれ変わっても、私達友達でいましょうね!』って…」
うっとりと夢見がちな瞳をしながら、娘が熱く語る冒険活劇の最後のシーン。
親友同士だった二人の娘は、お互い別々の国に嫁ぐことになり、うすうすと今生の別れを感じながら、峠の別れ道でお互いの手を握り、再会を願う。
『いつか、どこかで会いましょう』と。
そのシーンがとても印象深くて…と娘は恍惚とする。
獣には理解できない感情だ。しかし、いくらいっても頑として譲らない娘の意思に、獣は負けた。
「…わかった。じゃあ、友達になってあげるわ」
ありがとう!と両手を叩いて喜んだ娘の顔。その顔が今まで願いを叶えてきたどの相手よりも、眩しく見えたのは真実だったと、今でも彼女はそう思っている。
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「――あれは、『成った』か…」
瞳を閉じ、無意識の海に沈んでいた精霊は、はるか彼方の世界で『友達』に起こっている変化を感じ取り、透き通る翅を震わせた。
半分透けている身体。人族のようでありながら、其の背には美しい透明な翅が八枚、燐光を発しながら僅かに震えている。
さらさらと流れ落ちる髪は銀色に輝いて美しく、薄絹をその肢体にまとう彼女は森の奥の泉で瞑想をしていた。
かつて、真っ黒な獣の姿を持っていた彼女。彼女の持つ力を欲した人族によって、仮の器として戯れに生み出された獣の身体に魂を押し込められていたが、あまたの世界を渡ることにより、其の力が増大したことで彼女は其の姿を本来のものとしていた。
共に渡っていた兄弟達も、少しずつその数を減らしていった。精霊は、生命力の集合体が其の核と成る。異なる世界を渡り、気に入った場所で身体を休め、身体を活性化させて其の世界の生命力を僅かずつ吸い取り、他の世界で得た生命力を周りに与えることで他の生命も育てる。
そうやって、精霊は其の力を増やし、増え切ったところで新たな精霊が分裂し、生まれる。其の生命誕生には途方も無い生命力が必要になるので、もともと寿命も長く、数が増えない種族でもあった。
兄弟達は、各々気に入った世界があると別れていく。力が弱いときには団結し、力が満ちてくると、独り立ちしていく生き物であった。
その過程で、どこかの世界では神格化されて崇拝されたり、逆に迫害されたりする。彼らの生には、その生き方ゆえに波乱が多いのも特徴でもあった。
生まれたばかりの頃、右も左もわからない状態で、自分に優しくしてくれた人族にすっかりほだされ、油断していたところにその力を狙われ、生命を狙われた。
彼女はその生命力を死ぬ寸前まで落としたことで、その魔手から逃れえたが、その先何年も、その魂や身体を癒すために潜伏することを余儀なくされた。
そんな時だった。どこか頼りなく、それで居て頑固な女の子に拾われたのは。
歯をむいて威嚇しても、仕方無しに噛み付いても、その女の子は自分を抱く手を離さなかった。
「いたいね、いたいね」
此方の傷を涙を浮かべて顔をゆがめながら、薬をやさしく塗りこんで、噛み跡が残る小さな手で、優しく撫でてくれた。
『貴女の傷でもないのに。…変な子』
彼女は、泣きながら獣の自分を抱いて丸くなって眠る自らに、そんな感想を抱かれていたことなんて知らないだろう。
精霊としての力を削がれ、ただの獣として何とか命をつないでいたあの時、自分に自らの生命力を吸い取られていたことも。
彼女と過ごした一週間、その僅かな期間だったけれど、精霊は僅かながら力を蓄えることが出来た。
――この力を使って、この子の中で休ませて貰おう。
変な女の子はミラーナといった。肉体を脱ぎ捨て、彼女の精神に憑依して、力の回復を待った。
そのせいか、彼女の周りには余り人が寄らなくなっていた。
――悪いけど、ここで休ませて貰うわよ。
彼女の周りの生命を少しずつ頂いて、傷を癒した。
でも、まさか、そのせいで彼女に大きな傷を負わせるとは――
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だから、獣は償いをした。
友人とやらになってみた。でも、それだけでは彼女に申し訳ない気がして、昔世話になった大樹に話を通して、彼女の保護を願った。
自分が頼み込んだことは、大樹には秘密にしてもらった。
――なんだか、申し訳ない気がしたから。
時折、彼女の夢の中に入って、彼女が喜ぶような夢を見せてあげてみた。友達というものが、未だに良くわからなかったけれど。
きっと、相手が喜ぶことをしてあげるものなんだろう。…そう、自分を納得させて。
彼女が、精霊の加護なき世界を望んでいるのを知って…
もう彼女の元へと向かうことが出来ないことを残念に思いながらも、精霊は彼女の住む世界に精霊が訪れないように細工をした。
精霊の手を借りずとも、生命はもともと生きていくことは出来る。
自分の力を必要とされないことは、残念だったけれど。
――だけど、こっそりと、様子を伺うことくらいは、許して欲しい――
いつしか、精霊は友達のことが大好きになっていた。
ちょっと抜けているけれど、とっても優しくて、お人よしで、頑固な友達が。
精霊よりもずっとちっぽけなのに、彼女はたくさんのことをなした。彼女のことを知るものは、もうほとんど居ないけれど。
――今なら、彼女が大好きだったというお話がわかる…
たった一人、世界を支え続けている彼女。ずっと遠くの世界で、沢山の生命と共に生きる自分。
もう、会うことも無いけれど。
『夢でもいい、また、会えたなら…』
精霊は夜空を見上げる。その先の、ずっと、ずっと、はるか遠くに居る『友達』を。
「ありがとう」
そう、伝えたい。
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