夢で逢えたら

ねこセンサー

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未来への道筋

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二人は思い出話に花を咲かせた。
 
 「長殿は覚えておられないでしょうけれど、私は一度、あなたにお会いしたことがありましたの」
 
 くすくすと手のひらを口に寄せて、リューティアはいたずらっぽく微笑んだ。もともとあまり出歩くことのない耳長族、そして『大樹の巫女』である彼女とは記憶の限りでは初めて会う長は、首をひねった。
 
 「はて…貴女にはお会いした記憶はありませんが…失礼ですが、どなたかとお間違えではございませんか?」
 
 いえいえ、とリューティアはいよいよ肩を震わせて笑いをこらえていた。
 
 「貴方が卵の中に居られた頃ですから。記憶にはなくて仕方ないかと。…とっても可愛らしい、両手でもてるくらいの黒曜石のような卵でしたね。」
 
 ちょうどこのくらいでした、とリューティアは微笑みながら両の手のひらを天に向け、柔らかく丸めた。
 
 「…!…それは無理です…どうか御寛恕を。」
 
 飛翼族の長は、動揺して僅かにその漆黒の翼をぴくりと揺らした。一族の中で最も、鋭く美しい曲線を描くといわれる背後の翼は、決まりが悪そうに時折ぱさぱさと背後で揺れ始めた。その様を見て、またリューティアは微笑んだ。
 
 「年寄りがからかってすみませんね。…いけませんね、どうにも、年を取ると若い者を苛めたくなってしまっていけないわ」
 
 リューティアはひとしきり笑うと、その表情を一変させた。不意に変わった雰囲気に、長も身を硬くして、次の言葉を待つ。
 
 「此度は、我が友人ミリアンヌとの別れが目的ではありましたが…もう一つ、目的があります」
 
 リューティアの大きくはないが、良く通る声が静寂を破る。
 
 「大樹の巫女である我の、我が部族に伝わる禁術、樹化の使用許可を飛翼族の長たるあなたに頂きたく、此度はまかり越したしだいです。…すでに、水霊、小人、炎龍、地底、耳長の部族の長からの許可は得ております」
 
 ここに、とリューティアは目の前に手をかざすと、背後でずっと付き従っていた男女が、それぞれに目の前に手をかざす。光の渦が目の前に現れ、それぞれ淡く燐光を発しながら、それぞれの部族を現す印章が浮かび上がった。
 
 「…これは、…確かに。皆、長の印ですね…」
 
 空中に浮かび上がる印章に宿る魔力を目を凝らして見定めていた長は、切れ長の目を更に細めて、目の前の大樹の巫女に向き直った。
 
 「…ならば問う。禁呪の使用目的は」
 
 「大地に宿っていた精霊が去って数十年。新たな精霊の渡りは未だに訪れない。このままでは、この地に宿る力が枯渇し、我らが大樹への負担も増す上、先日とうとう我らの領域にも魔力の枯渇地域が出ました。…このままでは、大地の恵みも尽きてしまう。」
 
 物憂げな瞳で巫女ははるか彼方の霊峰ツヴァイクを見上げた。
 
 「精霊の渡りは確かに、めぐり合えば素晴らしい結果を得られましょう。しかし、いつ訪れるかわからぬ精霊の訪れをぼんやりと座して待つことができるほど、こちらに猶予はありません。」
 
 
 リューティアは白く聳え立つ霊峰を眺めながら、ぎゅっと右手を握り締めた。
 
 「精霊がわれらの世界に訪れれば、確かにこの事態は避けられましょうが…」
 
 「もとより精霊の訪れがあるだけ、非常な幸運でしたね」
 
 彼女の言わんとするところを長が先回りして発言すると、彼女は満足げに頷いた。
 
 「ただでさえまれな幸運に恵まれていたのです。私達の世界は」
 
 彼女はそう呟いて、俯いた。
 
 「…私は、精霊に頼る世界ではなく、自力で世界をより良くする世界になって欲しいと思っています。自分達で考え、できる限り自分達で行動する。そしてその行動に、自分で責任を取る世界に。…ですから、このお話は、できる限り内密にお願いしたいのです」
 
 「…世界のために、犠牲になるのに、ですか?」
 
 「…ええ」
 
 精霊はそこに居るだけで、魔力の流れを活性化し、魔素を増やす。様々な生命に力を与え、成長を促す。それに対し、世界樹は現在そこに存在する魔力を増幅する。精霊が劇的な効果をもたらす肥料であるならば、世界樹は薄い液肥のようなもの。
 その効果の差は歴然としている。だが、世界樹を護る耳長族には、彼らだけに扱える秘術があった。世界樹を分枝し、殖やす秘術。それが、『大樹の巫女』を使った秘術だった。
 
 現在この世界に現存する世界樹は、過去に秘術によって分枝された、所謂二代目にあたる。初代は、度重なる戦乱の中、焼け落ちてしまった。
 それ以来、大樹の守人である耳長族は、多種族との交流を厭い、命を奪う戦を嫌い、生き延びた若枝である大樹とともに、森の奥深くで、ひっそりと生きてきた。
 
「…それに」
 
 リューティアは、俯いていた顔を上げた。そこには、どこか寂しげな感情を宿した瞳が映る。
 
 「…私の…人族の友人は…ミリア様が最後でした。…皆、大地に還ってしまいました…」
 
 「巫女様」
 
 族長が痛ましい表情で彼女を見つめると、彼女はふるりと首をふった。
 
 「…もともと、人としては。私は、マナ様に生かしていただいたのです。巫女になったとき、人族の私の体は死ぬ寸前でした。古傷が元で故郷を飛び出して。その怪我が元でそのまま死ぬのは憐れだと…マナ様が、耳長族の体を与えてくださった。『好きに生きなさい』、と。私などのために、溜めていた魔力を沢山使ってくださった。…今こそ、お母様マナ様の助けになりたい…」
 
 できるならば、私の元の体・・・の両親が眠る地で。
 
 彼女はそういいきると、長の瞳を真っ直ぐに見つめた。
 
 「二つの種族を生きたものとして。私は、その架け橋となりたいのです。自分の命の使い道は、自分で決める。昔から、そう定めて生きてまいりました…どうか、秘術の使用許可を、出してくださいませんか」
 
 ゆるぎない意思を秘めたその瞳を、飛翼族の長はしばし見定めるように見つめた後、大きく息を吐いた。
 
 「…母の友人ですから、もっと長くお話して居たかったのですが。この世界を引き合いに出されては、私としても是非を問うまでもありませんね。…さすが、母のご友人だ」
 
 「ありがとうございます」
 
 リューティアはほっと息を吐いて、長に頭を下げた。
 
 「いいえ、礼を言うのは此方のほうだ。…人族の方々も、なかなか素晴らしい方がおられるものですね。…この世界を、共に支えてまいりましょう」
 
 はい、とリューティアは頷いた。長は、指先を歯で軽く噛み切って、浮かんだ血を空中に浮かべ、素早く印を切る。彼の血は淡く発光しながらゆるく線を描き、彼らの部族の印章をかたどった。
 その光をリューティアの背後に控えていた男女の従者が、素早く魔力を注いで固定し、他に発光していた印章と共に持っていた水晶球の中に閉じ込める。
 その工程を見定めていたリューティアは、従者が水晶球を恭しく銀細工の施された箱の中に収納されたのを確認した。
 
 「証は、しかと受け取りました。…いつか、かの地にもおいでください。…もう、このようにおもてなしすることも出来ないかもしれませんが」
 
 樹になるわけなのですから、手も足も翼も、出ませんけれどね。そういってリューティアがおどけると、長は翼を震わせて笑った。
 
 「でしたら、私は貴女に、涼しい風を届けましょう。霊峰ツヴァイクの、聖気あふれる風を。私の母も、あの風が好きでした…」
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