夢で逢えたら

ねこセンサー

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呪いのからくり

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「反転…?」
 
 リューティアが義兄の言葉を聞き直すと、「そう、反転。」と、義兄はこともなげに頷いた。
 
 「ちょっと特殊な事情でない限り、あまり使われることもないんだけれどね。好きな人間を嫌いになれてしまう、そんな呪い。…ちょっとタチが悪いので、基本的には我らの間でも禁術扱いで、これを使うには各部族の長の許可がいるような、厄介なもの。…精霊には関係ないだろうけどね」
 
 向かいで考え込む王には構わず、里長は腕を上げて頭の後ろで組み、組んだ足を時折組み替えながら答えていく。
 
 「先日、かけられた人間を見かけてね。術式がかなり旧かったので、つい気になってみてしまった。…あれ、精霊が使う術式だよ。しかも、時限式。…そして、時間経過で解ける奴。その間…多分数年?くらいだろうか。ずいぶんとめんどくさいものをやったものだ…」
 
 当時の彼ら、人族に対して精霊たちは愛する同胞を失った悲しみを、同じように味わえと思ったようだ。しかし精霊たちは怒りに我を忘れていたのか、種族間での寿命の長さの違いと言うものをすっぱりと忘れていた。精霊たちはほとんどその数を増やすことはないかわり、非常に長寿なのだ。そんな彼らと、人族とでは時間に対する感じ方が全く違った。
 
 精霊たちからすれば少しの時間感覚も、人族からすれば数世代先のことだったりする。
 
 その価値観の相違が、今回の出来事に関わったようだった。
 
 「精霊たちは命を生み出す手伝いをするので、基本的には殺生を嫌う。わざわざ手を下さずとも、自分達がいなくなれば、大抵の生命は勢いを失うからね。だからこその、呪いだったんだろうね。自分達が愛するものを失う不幸を願った。…それの発動が、ずいぶんと先になってしまったようだけれど」
 
 そういって、里長はため息をついた。
 
 「あのあと、精霊たちがいっせいに眠りについたのも不味かったんだろうなあ…呪いの術式も、そのまま眠りについてしまった。だけど発動自体はしていたので、いつ暴発しても不思議ではなかったんだろう」
 
 それが発動したのが、十年前さ。
 
 そう呟いて、里長は足を組みなおした。王は腕を組んで、考え込んでしまったようだ。
 
 「…婚約破棄までは、そこそこ皆仲が良かったんだろう?…君のところは違ったようだけれどね」
 
 そういって、里長は傍らの義妹をいたわる様に見つめた。
 
 「…お義兄さま、私のところはそれと関係がなかったのですか?」
 
 元よりあの方はずっとそっけなかったですけれど。うーんと昔を唸りながら思い出しつつ、リューティアは義兄を見上げた。
 
 「うん。反転ってさ、正反対にしちゃうって魔法なんだけれど、そこにひとつだけ必ず軸になるものはあるんだよ。好きも、嫌いも、その人間を強く意識していなければ起こらない感情だ。…だけど、あのドラ息子はそもそも君に関心がなかっただろう」
 
 「…そういえば、そうですね」
 
 うん、と義兄は頷いた。
 
 「確認のため少しだけ魔力残滓を見たけど、あのドラ息子にはその痕跡すらない。…あいつはそもそも、君に関心すらなかったってことさ。そこに魔力の関与はない。単に、君に興味がなかっただけ」
 
 「…つまりは、貴公はあの青年に厳罰を望んでいるのかね?」
 
 考え込んでいたはずの声が割り込んできて、一瞬リューティアは肩をぴくりと震わせたが、里長は軽く肩をすくめただけで、たいした反応を見せなかった。
 
 「いや、もともとそう思ってはいたけれど。実際この目で見て、その価値はなさそうだと思ったのでね」
 
 あれはほっておいても自滅するだろう、と里長は肩をすくめた。
 
 その言葉に、うむ、と向かいに座る王は頷いている。
 
 「…比較的勢いのある家だったのだが…どうにも、近年はその目が曇ってきておるようで。…近頃は資金繰りに苦しんで居ると聞いている。…多種族との交流に反対であるようだし…こちらとしては静観していたのだが」
 
 「…ふふ、まぁ、先程きっちり揺すぶっておいたので、後は勝手に周りがうまくやってくれるでしょう」
 
 里長はその言葉に似つかわしくない、美しい笑みをはいた。それをみて、向かいの王は呆れ顔であった。
 
 「…本当に、長殿はお人が悪くていらっしゃるようだ」
 
 「は、それはお互い様でございましょう。頭たるもの、他のものを出し抜けぬようでは務まりますまい?」
 
 「…否定できぬところが、苦しいところですな」
 
 ははは、と二人は嗤った。
 
 ―ーできることなら、今すぐ帰りたいわ。
 
  目の前で繰り広げられる狸と狐の化かし合いを見て、リューティアは少々引きつった笑みを浮かべていた。
 
 しかし、その前にしっかりと自分のやるべきこと、やりたいことはこなさなければ。
 
 背筋を正して、彼女は息を吸い込んで気合を入れた。
 
 「陛下」
 
 控えめながらも意思を秘めた声に、王は視線を向けて微笑んだ。
 
 「…いかがした、客人の姫。いいたいことがあれば、なんなりと申してくだされ」
 
 人好きのする笑みを浮かべたかつての主君に、リューティアは胸が詰まる思いがした。かつて親同士の決めた婚約で。この方にとりなしを願えたら、うまくいったのだろうか。そんな希望を抱かせてくれる微笑だったが、そんな胸中に迫る思いをおくびにも出さずに、彼女は一つの願いを口にした。
 
 「――そうですか。ええ、そんな願いならお安い御用です。あなた方の為してくれたことに比べたら、そんなことは些事です」
 
 王はにっこり笑って、微笑んだ。
 
 「ええ、どうか―ーお願いいたします」
 
 そういって、リューティアは王に頭を下げ、義兄と共に部屋を後にした。
 
 「…じゃあ、明日ね。…先に荷物をまとめておくから、お前は用事を済ませておいで。…ゆっくりしてきていいんだよ」
 
 休むために割り当てられた個室のまえで義兄と別れるとき、彼はそういって義妹の頭を撫でた。優しい声色に、彼女は素直に頷いた。
 
 「…はい。お心遣い、感謝します…」
 
 明日の予定は彼には話していなかったのに、ばれていたようだ。あえて触れないでいてくれる優しさに、彼女は胸が温まるのを感じた。
 
 地位を棄て、家族を棄て、体を棄てて。何ももたなくなっていたと思っていた自分にも、まだまだ大事なものがあるし、そんな自分を大事に思ってくれる存在があること。リューティアはふわりと笑って、隣の客室へと向かう義兄を見送った。
 
 その日彼女が見た夢は、大樹の里の皆や、昔住んでいた王都の屋敷の使用人たちと仲良く笑い合う夢だった。現実ではありえない、幸せな夢だった。
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