夢で逢えたら

ねこセンサー

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夜の宴

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 渡りが始まった翌日、王城では夜を通して渡りを守護した巫たちをねぎらう宴が催された。
 
 夜の帳が下り、場内にはかがり火が焚かれる。
 
 徹夜して精霊たちの渡りを守護した巫たちは、昼間に休んで疲れを癒し、翌日には各々の部落に戻ることとなっていた。
 
 そもそも、今回のの渡りを王国内で支援したのも、渡りを知らぬ人族の王国にその対処法を伝えるためであり、これからの彼らの生活を多少なりとも支援していく一環でしかない。最初のうちだけ王国内で行い、精霊とはどういう存在かを彼らに示す。それだけのために、初日わざわざ王国内ではじまりを指導した。各々自分達の領域で何日間か続く渡りを守護するのが本来の彼らのやり方だった。
 
 国王としては、そんな強行軍を組んでくれた彼らに敬意を示し、これからの助力を願うための夜会であった。
 
 初めのうちはほぼ無理やり開国された形ではあったが、外界から来た彼らは、厳しい発言が多々あれど、基本的には人族に対し寛容であり、友好的ではあった。王侯貴族に対し辛辣な姿勢を崩さぬものが多いものの、市井の民に関しては彼らはむしろ気さくに、彼らの秘中の秘であった魔法も惜しみなく披露し、教えを乞われれば気さくに指導した。そんな彼らの姿に、少しずつ民心は穏やかになっていった。
 
 国土が彼らの予言どおり荒れ始め、実りが少なくなりつつある中でも、民心に大きな乱れがなく、国内は概ね平穏に過ごせてこれたのも、ひとえに彼ら隣人の態度と、国王の謙虚な治世によるものだ。
 
 国内の貴族間の人心の乱れをいち早く収め、対処していずれ来る破滅を少しでも遠ざけようと、貪欲に知識を吸収し、様々なものに教えを請うことを厭わなかった。そんな今夜の宴は、彼の苦心が滲む形式である。
 
 主会場は王城内の大広間だが、様々な種族のために会場は分散した。水霊族はつねに母なる水と接していることを旨とする種族なので、彼らには美しい噴水があり、水場も多い東の庭園を提供し、自然、特に木と共にありたいという耳長族には薔薇を始め樹木の多い西の庭園を。美しい鉱石が見たいと望む小人族には、きらびやかなシャンデリアのきらめく大広間を。それぞれ、彼らの特性に応じて部屋を開放し、部屋同士の行き来も許可してある。
 
 警備はこの日のために、自らを警備する兵を減らしてまで、彼らの身の安全のために割いた。しかしながら、それでも安心できるわけでもないのが、王として頭の痛いところだ。
 
 平民達は彼らと接する機会が多く、また彼らも友好的な態度であったため、比較的揉め事は少ないほうだ。
 
 貴族はそうも行かない。もともと矜持の高い彼らである。ましてや、国王ですら知らなかった王家の秘密は、ことさらに漏らすわけにも行かなかったので説明できず、なぜ外界から来た彼らがここまで人族に対し冷淡であるのか、理解できずに反発を覚えた貴族も多かった。それに加え、国土の荒廃である。彼らがやってきてから国土の荒廃が始まっているため、彼らのせいで国は衰退したのだと表立っては言わないものの、不満を抱える貴族は多いのだ。
 
 現在は彼らとのパイプ役として王族を辞し教会預かりとなった第二王子が筆頭となって貴族達の説得に奔走してくれているものの、王は難しい舵取りを迫られている。
 
 そんな彼らが一堂に会している今回の宴に、外部民族排斥派が何かしらの動きをもたらさないともいいきれない。
 
 王は、此度の宴の責任者として大広間で玉座に腰掛け、時折挨拶にやってくる貴族や部族の相手をしながら、緊張した面持ちで会場をくまなく観察していた。
 
 そんな中、大広間の入り口付近で人だかりが出来始めているのを王は眼にしてしまい、内心で頭を抱えた。小声で侍従を呼び、宰相も呼ぶよう命じる。
 
 ――これもまた、精霊の与えたもうた試練か…
 
 国王はその名を知りもしない先祖に向かい、内心でひたすら恨み言を唱えた。
 
 ――お恨みいたしますぞ、我が先祖よ。
 
 …我らはただ、穏やかに暮らしていければよかったのです…彼らのような不可思議な力など、その身に余る力など望まねば良かったのですよ…
 
 ------------------------------------------------------------
 
 「ミラーナ様!?ミラーナ様ではありませぬか!?」
 
 里に戻る前に一度国王にご挨拶をしなければね、という義兄の言に従い、義兄の後をついて大広間に入った途端、リューティアは記憶にあるような、ないような、微妙な記憶を揺り起こされる声を聞いた。前を行く義兄の前に立ちふさがり、大仰に両手を広げてこちらを観察しているぶしつけな視線の主を視界の端にいれ、リューティアは人知れず嘆息した。
 
 ――偶然を装っているけどこれ、間違いなく待ち構えていたわね。
 
 声の主は、正直なところ会いたくもなかった人物だ。
 
 恋愛的な意味で慕っていたかといわれたら否と答える。それは不実かもしれないけれど、昔から彼は自分に対して蔑みの感情を隠しもしていなかった人間だ。家の都合で、いずれはその隣で補佐をしていくことが決まっていた間柄とはいえ、最早その縁は切れたはず。今となっては、十年前倒れる前に最後に見たのが彼のいかにもな不機嫌な顔だということすら忘れたい相手だ。
 
 「…リューティア?こちらの人族の方を知っているかい?」
 
 暗澹とした気分で義兄の背中を見ていたが、その感情は聡い彼にはお見通しだったようだ。義兄の声色は平常と変わらず、抑揚の少ないままだが、僅かに笑いをこらえている気配がする。
 
 ――こうなるとわかっていて、わざわざ私を連れてきたのでしょうに。相変わらず、お義兄さまは意地悪ですこと。
 
 心の中で毒づいて、リューティアはわざと相手をじっと凝視して首を横に振った。
 
 「…いいえ、お義兄様。この方、どちら様なの?私、
 
 あえて怯えたように両手を胸の前に組んで、上目遣いで義兄の背中に隠れるようにして震えていると、義兄がかわいそうに、とささやいて義兄の長い腕が自分をぎゅうっと抱きしめてくるのを感じた。そのとき、義兄の肩が僅かに震えているのをリューティアは見逃さなかった。あとでお義兄さまにはお母様に叱ってもらわなくては、と記憶のメモに書き付けて、リューティアは義兄の背中にそっと手を伸ばし、僅かに肩を震わせて義兄の胸に擦り寄っていく。
 
 その際、向こうに自分の長い耳が見えるようにさりげなく位置を調整した。
 
 目の前で麗しき兄弟愛の寸劇を見せ付けられ、相手の顔がゆがむが、彼はまだ諦めなかった。
 
 「いえ、こちらの麗しき御婦人は私の…」
 
 「…元、でしょう?」
 
 妹を優しく抱きしめる長から底冷えのする声が響き、その場に居合わせて固唾を見守っていた人間は恐怖の表情を浮かべて沈黙した。里長の周りから、きらきらとした冷気が漏れ始めている。それは彼の静かな怒りでもあった。
 
 「君の目は節穴かな?この子はもう人族ではない。れっきとした、我が一族の巫女だ。久方ぶりに、我らの母たる大樹が選んだ巫女なのだ。決して、君が襤褸切れの様に投げ捨てた貴族の令嬢ではないよ」
 
 長はゆっくりと、妹の小さな頭を撫でて、その髪を優しく梳く。
 
 「…君達は知らないだろうから、教えるけれど。『大樹の巫女』というものは、その身の一欠片まで大樹に捧げて、取り込まれることで生まれるんだ。…言い換えれば生贄だね。あまりにも可哀想だからと、母も我らも長年その存在を空位にしていたのだけれども、一人の人族のお嬢さんがね、『この体に未練はない、貴方達と同じになりたい』そういって、ずっと大樹の元に通い続けて、ようやくその願いをかなえて生まれたのが、久方ぶりの『大樹の巫女』なんだ」
 
 初めて知った事実に、しんとその場が静まり返った。義妹を抱きしめながら、長は周囲を睥睨し、嘆息する。
 
 「君達はあまりなじみがないから、我らの魔法をただの便利な力と思っていないかな?君達の前に姿を見せるものたちは、基本的に修練をしっかりと済ませて、力の使い方を誤ることがないものたちしかいないのだよ。幼い頃から、我らは魔法の使い方を骨身にしみるまで覚えさせられる。…力の使い方を誤れば、その大きな力に飲まれて命を落とすものもいるからね。毎年、一定数は存在するんだよ」
 
 「君達人族は、魔法との相性はもともといいほうではない。それはある意味、幸福なことでもあるんだよ。目の前で、我が子が自分の力に飲まれて全身から血を噴出しながら、『やめてやめて死にたくない』『こわい、何かが私からでてくる』なんて絶叫しながら絶命する姿なんて見なくて済むんだからね」
 
 長は義妹の背中を優しくなで擦る。穏やかな手つきに似つかわしくない生々しい言葉に、周囲のものたちは息を呑んだ。長の目の前に立ち尽くしていた子爵令息はぎり、と歯を食い締めている。
 
 「それくらい、魔法と言うものは扱いに気をつけねばならんのだよ。だからこそ、幼い子たちはそれを叩き込まれる。力の使い方を誤った先にあるものは、死だからね。泣こうが喚こうが、死にたくなければ魔力のコントロールを使いこなせと、叩き込まれるのが我等の幼少時代さ。…当時は親を恨んだものだが、目の前で友人が死ぬのを見たときは、親に感謝したよ。…あれを、見るのは…気分のいいものではないからね」
 
 
 そう、誰に聞かせるのでもないような口調で一人呟いた長は、目の前の子爵令息に向き合った。氷のように冷たい目が、かつての義妹の婚約者を射抜く。
 
 「わが義妹は、その身の全てを以って大樹に捧げられ、その崇高なる意思と心身に感じ入った我らが母である大樹によって生まれ変わったのだ。…君達人族とはもうかかわりのない存在だ。…わが義妹に近寄るな。長である私の意志は里の意思、大樹の意思でもある。君達人族とはこれから仲良くしていきたいとは思っている。けれども、傷をつけるつもりならば、…容赦はしないよ?」
 
 言葉を連ねながら、里長の澄んだ瞳が凍りつくような鋭さを増し、周囲の温度が下がり始める。異変に気づいた貴族達は腕を擦りながら後ずさる。子爵令息は呆然としていた。
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