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永遠の別れ
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巫女たちが祈りを捧げ始めた頃、大聖堂の最奥では、いつものように日々の勤めを終わらせた元王族の見習いが、神妙な顔で祈りを捧げていた。
聖堂の真ん中にある通路の端で、ひたむきに祈っていた彼は、ふと目の前の祭壇に視線を移した。
その視線の先には、聖像の前でフワフワと浮かぶ黒い獣の姿があった。
「――っ、」
思わず言葉を詰まらせる見習いに、黒い獣は宙に浮かんだまま、犬歯を覗かせてにいっと笑いかけてきた。
『――兄さん。最後の、お別れに来たよ』
見習いは、黒い獣の姿を認めると、不動のまま、その眦から一筋の水滴をこぼした。
「――、…いく、んだね…」
『…うん。ありがとう、兄さんのおかげで旅立てる。…にいさんは』
「…ああ、私は、行かないよ。…ここで、人として、この大地を見守って。還るつもりだ…」
静かに告げられた彼の言葉に、一瞬獣はその目を細めたが、すぐに小さく頷いた。
『みんなには、私から伝えておくね』
「…ああ、頼むよ」
会話の合間に、僅かに揺れだした魔素の動きに気づいて、両名は静かに沈黙した。
「…ああ、今日だったね。どうか、君達の旅の行く先に、幸いが多く在りますように」
そういって祈るかつての兄を、獣はひたと見据えた。
『…こんな体にされたときは、さすがに人を恨んだけれど。…ここまで生きてくると、意外に悪いことばかりでもなかったなって思うんだ』
「…ふふ、お前は昔から楽天家だったものな」
そういって、彼は祈りをといて獣に笑いかける。穏やかに会話する彼らを、ぽつぽつと浮かび上がる光の玉が取り巻いていく。
「…私も、お前のためにとこの大地に残っていたけれど。…人も、他の生き物も、存外好きになれるものだと思えたよ」
…だから。
「さあ、行きなさい。今度こそ、初めてのお前の大仕事を、果たしておいで。…この大地で、お前達の幸せを、いつまでも祈っているよ…」
彼の眦に浮かぶ水滴は、聖堂内を眩いばかりに漂ったまま照らし続けるたくさんの光の粒によって、獣の目には映らなかった。
そして、去り際に獣がその瞳からこぼれ落とした水滴も、獣をぐるぐると取り巻く光の粒が、その存在を隠してくれた。
『「――どうか、幸せに――」』
――かつて、共にこの大地に降り立ち、共にこの大地を見守った精霊たちの魂は、こうして今生の別れを果たした。
一人は、精霊の渡りを導く『導き手』として。
一人は、精霊なき大地を見守り、守る『守り手』として。
二度と出会うことのない別れをしたのだった。
「…わかってはいたことだけれど、やはり別れはつらいものだね…」
沢山の光を引き連れ、獣が忽然と姿を消したあと、僅かに残る光の粒を眺めながら、見習いはポツリとこぼした。
「…ヘンリエッタ…君なら、こんなときどうしただろうね?」
俯き、しばし床を眺めていた彼は、おもむろに両手で自らの頬を乾いた音が響くほどに挟み込んで叩き、今までの静けさが嘘のように、精力的に歩き出し、聖堂を後にした。
「…エリオット様、陛下がお呼びです」
聖堂を出てすぐ、彼の元に暗がりから小さいながらもしっかりとした声がかかる。その声に彼は頷き、影に向かって声をかけた。
「…精霊の渡りが始まった。おそらく巫の方々がすでに儀式を執り行っておられるだろう。警備を厳重にしてくれ。それから、すぐに民への告示の準備を。文面は手はずどおりに。王太子殿下にもお知らせしてくれ。今から陛下の元へと向かう」
影の了承する声を確認するまもなく、彼は早足で王城へと向かっていく。
その然りとした足取りは、自信のない修道士見習いではなく、国を背負う王族の風格溢れるものであった。
------------------------------------------------------------
夜半過ぎから始まった謎の発光現象に国土が混乱する中、王城から一つの告示がなされ、それは早馬を使って瞬く間に全土に伝えられた。
『この大地に恵みをもたらし続けてきた精霊たちの代替わりが行われる。
精霊とは、この大地でずっと恵みをもたらし続けてきた存在。
それらは常に界を渡り、時折気に入った世界で数百年とどまり大地に恵みをもたらす。
今までこの大地を守護してきた精霊がこの大地を去り、新しい精霊たちを迎えるための準備期間に入る――』
それはすなわち、今まで外界からやってきた異種族たちが予見してきた、試練の時期の訪れの始まり。
だが、外界からの客人たちの協力を仰ぎ、共にこの試練のときを過ごし、乗り越えていかねばならない――
そんな内容に、国民は反発を示したものの、
ちらほらと見かけ始めた異種族の者たちが、大丈夫だ、共に生きていこうと励まし、徐々に両者の間で協力体制が築かれ、種族間での得意なことを分け合うことで和解の道が示されていくが、それは何世代にも渡る彼ら自身の努力の元、なされることとなる――
聖堂の真ん中にある通路の端で、ひたむきに祈っていた彼は、ふと目の前の祭壇に視線を移した。
その視線の先には、聖像の前でフワフワと浮かぶ黒い獣の姿があった。
「――っ、」
思わず言葉を詰まらせる見習いに、黒い獣は宙に浮かんだまま、犬歯を覗かせてにいっと笑いかけてきた。
『――兄さん。最後の、お別れに来たよ』
見習いは、黒い獣の姿を認めると、不動のまま、その眦から一筋の水滴をこぼした。
「――、…いく、んだね…」
『…うん。ありがとう、兄さんのおかげで旅立てる。…にいさんは』
「…ああ、私は、行かないよ。…ここで、人として、この大地を見守って。還るつもりだ…」
静かに告げられた彼の言葉に、一瞬獣はその目を細めたが、すぐに小さく頷いた。
『みんなには、私から伝えておくね』
「…ああ、頼むよ」
会話の合間に、僅かに揺れだした魔素の動きに気づいて、両名は静かに沈黙した。
「…ああ、今日だったね。どうか、君達の旅の行く先に、幸いが多く在りますように」
そういって祈るかつての兄を、獣はひたと見据えた。
『…こんな体にされたときは、さすがに人を恨んだけれど。…ここまで生きてくると、意外に悪いことばかりでもなかったなって思うんだ』
「…ふふ、お前は昔から楽天家だったものな」
そういって、彼は祈りをといて獣に笑いかける。穏やかに会話する彼らを、ぽつぽつと浮かび上がる光の玉が取り巻いていく。
「…私も、お前のためにとこの大地に残っていたけれど。…人も、他の生き物も、存外好きになれるものだと思えたよ」
…だから。
「さあ、行きなさい。今度こそ、初めてのお前の大仕事を、果たしておいで。…この大地で、お前達の幸せを、いつまでも祈っているよ…」
彼の眦に浮かぶ水滴は、聖堂内を眩いばかりに漂ったまま照らし続けるたくさんの光の粒によって、獣の目には映らなかった。
そして、去り際に獣がその瞳からこぼれ落とした水滴も、獣をぐるぐると取り巻く光の粒が、その存在を隠してくれた。
『「――どうか、幸せに――」』
――かつて、共にこの大地に降り立ち、共にこの大地を見守った精霊たちの魂は、こうして今生の別れを果たした。
一人は、精霊の渡りを導く『導き手』として。
一人は、精霊なき大地を見守り、守る『守り手』として。
二度と出会うことのない別れをしたのだった。
「…わかってはいたことだけれど、やはり別れはつらいものだね…」
沢山の光を引き連れ、獣が忽然と姿を消したあと、僅かに残る光の粒を眺めながら、見習いはポツリとこぼした。
「…ヘンリエッタ…君なら、こんなときどうしただろうね?」
俯き、しばし床を眺めていた彼は、おもむろに両手で自らの頬を乾いた音が響くほどに挟み込んで叩き、今までの静けさが嘘のように、精力的に歩き出し、聖堂を後にした。
「…エリオット様、陛下がお呼びです」
聖堂を出てすぐ、彼の元に暗がりから小さいながらもしっかりとした声がかかる。その声に彼は頷き、影に向かって声をかけた。
「…精霊の渡りが始まった。おそらく巫の方々がすでに儀式を執り行っておられるだろう。警備を厳重にしてくれ。それから、すぐに民への告示の準備を。文面は手はずどおりに。王太子殿下にもお知らせしてくれ。今から陛下の元へと向かう」
影の了承する声を確認するまもなく、彼は早足で王城へと向かっていく。
その然りとした足取りは、自信のない修道士見習いではなく、国を背負う王族の風格溢れるものであった。
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夜半過ぎから始まった謎の発光現象に国土が混乱する中、王城から一つの告示がなされ、それは早馬を使って瞬く間に全土に伝えられた。
『この大地に恵みをもたらし続けてきた精霊たちの代替わりが行われる。
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それらは常に界を渡り、時折気に入った世界で数百年とどまり大地に恵みをもたらす。
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それはすなわち、今まで外界からやってきた異種族たちが予見してきた、試練の時期の訪れの始まり。
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