夢で逢えたら

ねこセンサー

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悔恨

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――十年後。
 
 王国を出て、外界へと旅立っていった使節団が、十年と言う節目を以って、彼らの生まれ故郷である旧王国へと集まることとなり、王国は久しぶりの賑わいを見せていた。外界からやってきた人々の忠告どおり、王国内は緩やかに、しかし想定された事態よりは緩やかに…衰退の一途をたどっていた。
 今までの農法では作物の実りが悪くなり、湖の魚も徐々にその数を減らしていた。しかしながら、外界の人々の助力と、なにより王族を旗印として、国民はそれまで以上に技術の研鑽に励んだ。
 
 痩せた土地でも取れる作物を探し、育て方を考え、獣は一方的に獲るばかりではなく、一から養育し、世話をして殖やす努力を行っている。まだまだ開発途上であり、失敗も星の数ほど起こっているが、泣き言は言っていられない。
 今まで以上に、状況は悪くなると予言されているのだ。それ自体が確定した未来である以上、何とかあがいてみるしかないと彼らはそう結論付けた。
 
 開国当時は軋轢も多かったが、迫り来る現実に人々は見識を改め、外界の者たちと助け合って生きていく道を選んだ。
 
 王族自らが頭を下げ、協力を願う姿勢を示したことに外界のものたちも僅かずつ、その頑なな姿勢を崩して行っている。
 
 当初は半ば王国から追放されるようにして出て行った留学生達も、十年もたてば、希望者も増え、お互いの交流も盛んになりつつあった。
 
 しかしその中にあって、第一期生――国を棄てる様に出て行った令嬢達は、その殆どが生国の土を踏むことはなかった。年を経るにつれ、彼女達を追い立てることになったものたちが謝罪をと申し入れても、その殆どが返事もなく、彼女達が生きているかもわからない状態だった。唯一、国内においては王族だけが彼女達の所在を知らされていたが、彼らも彼女達への負い目が酷く、口を閉ざしていたのであった。
 
 王族の中にあって、王太子と第二王子は、彼女達を追い立てた立場ゆえに、その情報も教えられないままであった。ただ、令嬢達は元婚約者が国内で善き政治を行うことに異論はないということで、自らの所在を問わない以外の要求もなかった。
 
 十年が経過し、王太子は新しく婚約者を迎え、すでに婚儀を行い、子もなした。第二王子は王族籍を下り、教会預かりとなり王族と外界との交渉役を担っている。
 
 王太子は当時夢中になっていた男爵令嬢と婚儀をなしたものの、すぐに慣れぬ王太子妃の公務に音を上げてしまう后とは不仲だという。
 
 王太子妃は結局外交の場にも出ることがかなわず、王国の妃は事実上空位である、と言うのがこのところの市井の見解だ。当事者である彼ら自身がそれに対して申し開きをすることもないので、そのままの事実として認知されていた。現国王は王妃を若い頃に亡くして以来、王子二人と王女が一人いるので後継者問題はクリアした、新たな妃は要らぬという方針をずっと崩していない。
 
 国王は今度の記念すべき十年目を節目として、王太子に位を譲り、外界との本格的な交渉に自らが赴く意向を示していた。
 
 そんな、節目の年に。
 
 十年前を最後に途絶えた星降祭以来、大きな祭典のなかった王国で、新たな祭典が行われようとしていた。
 
 ――それを知るのは、かつて精霊たちを友とした、外界に住む人々だった。
 
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十年前に緩やかな滅びを予告され、絶望の中暮らしていかざるを行かなくなった王国内で、久しぶりの祭典に国中が沸いているころ。
 
 王都のメインストリートを、様々な服装をした使節団が次々と通り過ぎていく。外界と手を取り合い始めて、多種族との交流にも慣れて来た王都の民も、沢山の異種族が勢ぞろいしてゆっくりと通りを練り歩いていく様を、好奇のまなざしで見守っている。
 
 彼らは、一見してどの種族であるかわかるよう、最大限に自分の文化を表した正装を着こなして、毅然として通りを練り歩いていた。翼を持つもの、人間用の通りを歩くには少々つらいものも、王国民に最大限の配慮をし、彼らと同じように自らの足を以ってしずしずと列を守って王城への道を歩んでいる。
 ほとんどの民はその異種族の中にあって、時折人間でありながら彼らと同じ装束に身を包み、整然と歩いていくものの姿もちらほらと見られ、目ざとく自国民を見つけた王都の民が騒ぎ立てる一幕もあったが、おおむねその式典は成功したといえる。
 
 全ての外界の民の使節団が王城に吸い込まれ、各々が用意された客室に入ったとの報を玉座にて受けた国王は、使節団のセレモニーがおおむね成功したにもかかわらず、その顔色は優れなかった。
 
 「――やはり、第一期の令嬢方はほとんどこられなんだか…」
 
 「――はい。地底民、飛翼族、水霊族、小人族のもとにて息災で居られると、使節団の方々には伺いましたが、ご本人はおいでにはなられないと…」
 
 王の傍らで小声で報告を上げる宰相の顔色も、同じように暗い。十年前、大々的に追放するように国を後にした年若き娘達。十年の歳月を経て、各々が各民族にて受け入れられ、幸せに暮らしているとの報告は受けているものの、当の本人は未だに姿を見せないのだ。
 それほど、十年前の仕打ちが…国への失望、元婚約相手への恨み…十年と言う歳月を以ってしても、簡単に癒えるものではない証左でもあった。
 
 「ただ…あの方だけですが、お見えになられております」
 
 「耳長族のところの…」
 
 「…ええ」
 
 国王の顔色は、未だに冴えないままであったが、宰相のことばを聞いて眉間に皺をよせ、緊張した面持ちで頷いた。
 
 「元辺境伯のご息女、ミラーナ様が…おいでになられております」
 
 「…息災で居られるか?」
 
 「はい。族長と共に、『大樹の巫女』として、おいでになっておられるそうです」
 
 「…その、巫女…とは」
 
 「…それが…」
 
 詳細を聞いた王は、玉座の上で大きく息を吐いた。このところ、王冠が重く思えてわずらわしいが、今日は特に重いと感じた。
 
 「未だに子爵家の人間はとりなしを求めて嗅ぎ回って居る。くれぐれも、かのご婦人に失礼のないように、警備を」
 
 「御意」
 
 宰相が去り、護衛のほかに誰もいなくなった玉座の間で、王は一人、重いため息をもらした。
 
 「…未だに十年以上前の栄華を忘れられぬ貴族が多くて困るものだ…」
 
 かつての栄華は、もうない。もとより、薄氷の上での繁栄であった。何も知らなかった我ら。何も罪がないとは言い切れぬ。しかし、それでも我らが生きている以上未来は続くのだ。より良い未来を次世代につなぐため、今できることをせねばならぬのに。
 
 「…今は過去の亡霊にすがっている余裕はないのだ…なぜそれがわからぬ…」
 
 誰へともしれぬつぶやきは、冷たい玉座に溶けて消えていった。
 
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