夢で逢えたら

ねこセンサー

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 ミラーナが目を覚ましたという報を聞いたとき、意外にも父である辺境伯は一筋だけ涙をこぼしたという。いつも娘に無関心だった辺境伯が涙を流したのをみて、使者を勤めた侍従は大層驚いたとか。
 
  その後、ミラーナがあずかり知らぬところで、父は娘が不自由のないよう、陰日なたに支援をした。 
 ずっと彼女を見守ってきた使用人達に頭を下げ、娘を頼むと頼み込んだり、彼女が好む食べ物を定期的に取り寄せたり。
  彼女が負傷したことでうやむやになっていた婚約も、父として国王に正式に破棄を願い、受理された。

  その上で、彼は長く貴族として勤め上げた辺境伯の地位も返上すると言い出したので、国王が慌てて留意するよう説得したほどだった。
 
 王の問いにも、彼は『娘が傷物になりましたし、我が家に養子をと願う近親も居りません。長年勤め上げてまいりましたが、私の力の限界を感じております。私は如何様にも処罰してくださって構いませんが、娘の命だけはどうかお助けくださいますよう』
 
 光を失ったまなざしでそれだけを繰り返し、もし許されるならば、と結界が切れたことで広がった外界との見聞を広めたいとして、探索隊に加わりたいと願いでた。
 
 王をはじめ、様々な人物が彼の本意の真意を探ろうとしたが、最後まで彼はその口から語ろうとしなかった。
 
 その後、ミラーナが出立する日を前後して、彼は平民の一人として外界探索隊に加わり、その後しばらくして消息を絶った。
 
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 ミラーナが目を覚まして暫くして、王国内で外界への留学生が募集されるという告示が為された。身分の別なく、王国主催の審査を経て、合格すれば外界への留学と使節として遇するというものだ。
 
 その異例とも言える募集に、国内では様々な反応が見られたが、貴族内でもそれは同じものであった。
 その中で、星降祭の際に婚約破棄の憂き目を見て、その後嫁ぎ先のなかった令嬢達がこぞって手を上げた。
 
 『私達はもう貴族として死んだようなものですから』
 
 そういって、親の説得を振り切ったもの、親を説得して出てきたものなど。
 体の関係があろうとなかろうと、婚約関係にあった男性に一方的に婚約を破棄された女性達の未来は明るくはない。
 『傷物』として、その価値を大いに下げてしまうのが貴族の慣例下にあるものたちの定めだ。
 針の筵の中、ひっそりと暮らすよりは、外界に出て誰も自分を知らぬ世界で暮らしたい。
 
 もとより婚約破棄をされ、大抵の令嬢は一人でも生きていく覚悟をし、生活を一人で出来るように努力していたものが多かったのもあり、生活面の問題はあまり問題にはならなかった。受け入れ先も、その面を考慮して遇すると皆快く応じた。
 
 ミラーナも、その中の一人であった。
 彼女の側頭部には、結局彼女の元婚約者によりつけられた傷が残ってしまった。
 他の令嬢達よりも、実在するその傷のせいで彼女の貴族女性としての未来は非常に難しいものになってしまっていたので、父も多くの貴族達も、多くを語らなかった。
 
 ただ、王都に滞在していた元婚約者の父、子爵家当主は、事あるごとにミラーナへの面会を求めていた。しかし、ミラーナの父も、ミラーナ自身も、もはや彼らのことばに耳を傾けることはなかった。
 
 すでに辺境伯は秘密裏に爵位を返上しており、屋敷を出払っていたし、ミラーナは新たな留学先への勉学に余念がなかった。優秀なミラーナの使用人たちも、誰一人として彼女への取次ぎをしようとはしなかった。

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 「お似合いですわ、お嬢様」
 
 着慣れない服を着て、ぐるぐるとせわしなく姿見の前で回り続ける主を、メイド服を脱ぎ、同じような服に袖を通したアンナは飽きもせず同じせりふを心から贈り続けている。
 
 「違うわ、アンナ。私はもうただのミラーナなのだから。貴方のほうが年上だし、呼び捨てて頂戴」
 
 そういって、姿見の前で回転していたミラーナは口を尖らせて傍らのアンナに口を尖らせて抗議する。長い病床生活を経て目覚めたミラーナは、落ち着きすぎていた雰囲気がなりを潜め、どこか年相応の危うさを秘めた明るさを身につけて戻ってきていた。
 体力も少しずつつき、未だやせ気味ではあるが少しずつ、その表情は明るくなり、年相応の娘らしさが垣間見えて、アンナはどうしても嬉しさのあまり彼女に対して更に甘くなってしまう。
 
 「いいえ、私ミラーナ様の専属メイドではなくなりましたけれど、保護者として引率を旦那様よりおおせつかっておりますからね」
 
 今日は二人の旅立ちの日だ。
 
 ミラーナは耳長族の国への留学資格を得た。かの種族は長命で、理知的な思考を好む種族であり、自然とともに過ごすことを好む。留学期間を特に区切っていなかったところにミラーナは興味を示し、かの国への留学を希望したのだった。
 
 彼女は長かった髪をばっさりと切った。側頭部にある傷のせいで、もともとかなり髪を切っていた上、新しく生えてきていた髪が髪質が変わり、硬質で真っ直ぐになってしまったからだった。
 人前に出ることに苦慮していたとき、屋敷の窓から耳長族の旅人が被っていたヴェールのようなものに興味を示し、彼女はすぐにそれを取り入れた。薄く透ける布を、サークレットのようなアクセサリーに縫いとめて垂らす事で、髪のようにふわりと風をはらむ。それならば髪が男性のように短くてもじろじろと見られることもあるまいと、アンナに頼んでどうにか工面してもらったのだった。
 美しかった髪をばっさりと切り落とすことにアンナは難色を示したが、常にサークレットを身につけるとミラーナに懇願されて折れた。今となっては、彼女の短い髪も美しいと思うようになっている。
 
 額に輝くサークレットの宝玉。そして耳の後ろ辺りからひらりとはためく薄く透ける翅のような布、そしてその隙間からのぞく彼女の髪が、色合わせのようで美しく見えるのだ。
 
 皆外見が美しいかの耳長族のようにも見える、と主人思いのアンナは胸を張る。もしできるならば、様々なデザイン違い、色違いの飾りを主人に捧げたいとアンナはやる気十分である。
 
 「…アンナ、本当に貴方も来るの?…無理しなくていいのよ、私は十分貴方によくしてもらったから…」
 
 未だに留学についていくことにたいし負い目を感じているのか、出立前前日になっても考え直せと再考を促す優しい年下の主人に、アンナは今までと同じように返す。自分の想いが、彼女に届きますように、そう祈りを込めながら。
 
 「わたくしは、ミラーナ様のお世話をすることが一番のしあわせでございます。その一番のしあわせを、どうか私から奪わないでください」
 
 「…けれど」
 
 優しい主人だ。アンナは何度も思ったことを再び思い返す。アンナは孤児だ。
 物心ついたときには、ミラーナ付で世話をしていた。身分の差が厳格であるため、表面に出しはしなかったものの、アンナは年下の主人を妹のように、娘のように慈しんできた。
 親の愛に恵まれなかった貴族の娘。親の愛を知らない孤児の使用人。
 手探りで、お互い寄り添いながら育ってきたのだ。いつしかアンナは、ミラーナの幸せを強く願うようになっていた。
 これがどういう感情なのか、彼女には見当もつかないけれど、悪いものではない自信だけはある。
 自分は結婚なんて興味もないし希望もないけれど、ミラーナには幸せな結婚をして欲しい。彼女には、人並みのしあわせを手にして欲しい。そして、そのとき自分が彼女の世話をしていきたいと思っている。
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