夢で逢えたら

ねこセンサー

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過去の亡霊との邂逅

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『酷いわ。私は貴方とずっといっしょにいたのに』
 
 りぃん、という澄んだ鈴の音と共に頭の中に響いてきた幼い声に、彼女は驚いた。
 
 「…えっ…?」
 
 周りをきょろきょろと見回しても、一面に広がる星空以外には何もない。…目の前で行儀良く座る獣のほかには。
 
 『ついでに言うならあなたはまだ死んでない。ここは、無意識の空間。様々な生き物が根っこに持っている、意識の集合体の場所』
 
 ぱた、ぱた、と獣が尾を振っている。良くみれば獣の背には生前にはなかった小さな羽根があり、それがぱたぱたと可愛らしく羽ばたいていた。…そういえば、自分が治療していた頃、この子は背中に大きな傷がなかったか。
 
 『…丁度、貴方がずっと眠っていたから、お礼が言いたくて』
 
 「…?お礼…?」
 
 彼女はことばの意味を理解できずに首をかしげると、目の前の獣はおもむろに立ち上がって、伸びをした。
 
 『ずっと、言いたかった。…最期のとき、いっしょにいてくれてありがとう。どうせ助からないとわかっていたのに、ずっといてくれてありがとう。…嬉しかったの…』
 
 りぃん、と鈴の音が鳴る。目の前に座っていた獣は、羽根を羽ばたかせたと思うと、軽やかに飛び上がり、羽根をはためかせながら彼女の腕の中に飛び込んだ。
 おもわず彼女が腕を広げて抱きとめると、獣は生前、そうしたように、彼女の脇の部分に小さな頭をぐりぐりとすりつけて甘えた。
 そんな様子に彼女は破顔して、昔のようにゆっくりと頭から背中にかけて、ゆっくりと優しくなでた。昔は大きな傷があって触れるのを躊躇っていた背中には、ふわふわの羽根が生えており、彼女はその前縁部分を指で優しくなでた。
 
 「甘えん坊さんね。いいの、お互い様だったもの。私は貴方に救われたわ。自分にも存在意義があるんだって、そう思えたもの…」
 
 獣は答えず、ただその小さな羽根をぱたぱたと羽ばたかせ、尻尾をぶんぶんと振った。
 
 『お礼が、したいの』
 
 ひとしきり甘えた後、獣はふと我に帰ったのか、恥ずかしげに彼女の腕から抜け出し、ふわふわと空中に浮かびながら彼女にそう提案した。
 
 「…?お礼?」
 
 彼女は首を傾げた。
 
 『…私、もうじきここから発つの。皆に会いに行くの』
 
 「まあ!貴方の仲間が待っているのね。…よかった、ひとりじゃないのね…」
 
 彼女は安堵した。そんな彼女を、獣はただ空中で浮かびながら、うかがうような目で見上げた。
 
 『…願いを、一つだけ。貴方の願いを、叶えたいの』
 
 「…?」
 
 『…貴方を不幸にした男に、死ぬよりつらい罰を与えてもいい。あなた自身を見ようとしなかった、父親でもいい。』
 
 「…そんな、ことが…?」
 
 彼女はおどろいて獣の瞳を見返した。獣の瞳は澄み切っていて、とても嘘を言っているようには見えなかった。
 
 『疑うのも、無理はないけど。…私は普通の獣ではないから…』
 
 そういいながら、獣は目を伏せる。
 
 「…ごめんなさい、貴方を疑ったわけでは…うん、ちょっとはそうしたけど、ちょっとびっくりしちゃったの」
 
 獣の羽も、尻尾もシュンとうなだれているのを見て、彼女は慌てて獣をフォローする。
 
 「…そりゃあね、婚約破棄だけならいざ知らず、あの方私を突き飛ばしたからね。腹は立つけど。…でも、今となっては、あんな人につかまらなくて良かったって思うの…自分の意見が通らないからって、相手を突き飛ばすなんて。いまどき子供でもやらないわ!
 …父も…ちっとも私を見てくれなくて。家を継ぐための、中継ぎとしか私を見ていなかった。
 …でも、ね。私だって、とうの昔にあの人に父としての役割を求めていなかったし…お互い貴族らしい貴族だったんだと思うわ。…こんな目にあったからこそ、だけど。家のために、何もかも捨ててしまった人なんだろうって。」
 
 獣はかつてのように、黙って彼女のことばを聞いていた。ただ昔とは違い、そのひとみには傷ついた光が宿っていた。
 
 『…恨まないの?』
 
 「…ふふ」
 
 彼女は微笑んだ。邪気のない笑顔だった。
 
 「恨んでないわけなんてないわ。…ただ、どうでもよくなっちゃったのかな。あんな人たちのことを考えているより、先のことを考えて居たいなあって思うようになったというか」
 
 彼女は微笑みながら、はるか頭上を見上げた。彼女の視線の先には、小さいけれど暖かな光が映っている。それはきらきらと輝きながら、ゆるく円を描きながら彼女達の元へと舞い降りてきた。
 
 「…こんな私にも、私を心から思ってくれている人がいるの。心配して、毎日変わった事があるとお話してくれて…」
 
 『…暖かいわね』
 
 彼女達の手元にまで降りてきた暖かな光は、微かな光と共に、優しい声を運んできていた。

  ------------------------------------------------------------
 
 『…お嬢様、今日私、初めて耳長族の魔法と言うものをみたのです。…素晴らしいですね!お嬢様にもお見せしたいです…』
 
 『小人族と言うものは、皆身長が低いのだそうです。…女性もあのように力持ちだそうで!私、びっくりいたしましたわ…』
 
 『今日は空を飛ぶ飛翼族というものを見ましたわ。大きな鳥の羽を背中に生やしているのです!』
 
 『…早く、お嬢様にもじかに見ていただきたいですわ…世の中はこれから、きっと大きく変わります。』
 
 『旦那様がお許しくださるなら、私、お嬢様と外の世界を旅したいですわ!…今、留学生を外の国々は募集しているのです。』
 
 『お嬢様のご学友も、数人行かれるそうですよ。…お嬢様、早くお目覚めください。…席がなくなってしまいますよ…』
 
 ------------------------------------------------------------
 
 
 「…私の、専属メイドです。…姉のように、母のように…いつも励ましてくれました。…彼女のためにも、早く目を覚ましてあげたいのです…」
 
 沢山の小さな光が、一人の女性の優しい声を伝えてくる。それらはすべて、目の前の彼女への励ましと、優しさに満ちていた。快い感情を感じ、獣はそっと目を閉じた。
 
 『…彼女のために、目覚めると?』
 
 「…ええ。早く目覚めてあげないと。私の面倒ばかり見させてしまって、婚期を逃してしまいそうなんですもの。せめて、一緒に外の世界に出て、彼女に素晴らしい旦那様を見つけてあげたいの」
 
 わたしは、もう旦那様はいらないから。
 
 そういって朗らかに彼女は笑った。
 
 「私はもう十分にしあわせです。だから、あなたの願いも必要ないのです。…でも、あえて言うのなら…」
 
 
 
 その後、獣と彼女は何度かやり取りをした。獣はその願いを受け入れがたかったが、彼女が是非にと強く願うので、結局折れてしまった。
 
 『…あなたって、結構頑固なのね…』
 
 恨みがましくねめつけてくる獣に、彼女は微笑を浮かべた。
 
 「何だか一度死んだつもりになってしまったせいか、ふてぶてしくなってしまったようですわ。…あなたは、こういう人間はお嫌?」
 
 コテリと首を傾げて問う彼女に対し、獣は犬歯を見せて笑った。
 
 『いいや。…わかりやすくって、正直で。私個人としては好ましいと思うよ』
 
 「それはよかったわ。他の人にどう思われようともうどうでもいいけれど、何だか貴方に嫌われるのは嫌だったの、私」
 
 『…本当に、変わったね。…心配して、損した』
 
 そういいながらも、獣の羽はぱたぱたとせわしなく羽ばたいており、尻尾もぶんぶんと大きくふれていた。
 
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