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止まる流星
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今年の『星降祭』は、冬の寒さがようやく緩みだす頃のようだ、と天文学者たちが試算を出し、王国を挙げて大きな祭りとすべく、国中で準備が進んでいた。どうやら、今年のスケジュールは学園の卒園セレモニーが行われた一週間後の休息日に行われるようだ。
実際、流星群はかなりの長いスパンで降り注ぐ。記録上では、一ヶ月に渡り降り注いだこともあるようだ。その期間が長ければ長いほど、豊穣が約束されるのだと記録からも裏づけがされており、国民は期待を膨らませて、今年の大流星群を心待ちにしている。
ミラーナは浮かれている王都の喧騒を、どこか醒めた目で二階から見下ろしていた。
「どうかなさったのですか、お嬢様」
ミラーナの専属メイドのアンナが、気遣わしげに主に声をかけた。王都の自邸、自室の窓際で、ミラーナはサイドテーブルにお茶の用意が済んだにもかかわらず、椅子に座ったまま、ぼんやりと王都の町並みを眺めていることが増えたからだ。
「ああ、そうだった…わね、ごめんなさい、アンナ。いただくわ」
雪の積もる窓際で、冬の淡い日の光を受けて彼女の主は弱弱しく微笑んだ。そのさまがあまりにも儚くて、すぐにも消えてしまいそうで、アンナは思わず手を伸ばそうとしてしまったほどだ。実際、手を伸ばして、お嬢様に心のうちを打ち明けていただきたかった、と彼女は何度もこの日を夢に見た。婚約者の浮気の様子が、目に余るほどになって、彼女の心に負担をもたらしていたのだろう。後になって聞いた話でアンナが想像しただけではあるが。
春の訪れを感じる前。冬の寒さが最も強くなる頃。人々は白い息を吐きながらも、歓声を上げて夜空を見上げるようになった。
流星が、夜空を横切り始めたのだ。
「どうか、今年の流星群は沢山降りますように!」
「来年は豊かな実りをやくそくしてください!」
「ことしはいいことがありますように…」
人々は様々な願いを込め、夜空を彩るほうき星の群れを見上げた。
その週の休息日に、王都の学園で卒業セレモニーが行われた。
その様は、大きな衝撃を持って王都の民に語り継がれることとなった。
この国の主要貴族の子息が、こぞって自分の婚約者との婚約破棄を告げたからだ。
誰が申し合わせたわけでもないのに、親が決めた婚約者をなじり、皆が皆身分の低い貴族令嬢や、平民の娘との婚約を宣言した。
その様は、異様であった。まさに、古代に失われたであろう魔法にかかったようだったと、式典に参加した者たちはこぞって証言した。
その際に、激昂したとある貴族子息が、追いすがって説明を求めた婚約者を突き飛ばし、令嬢は運悪くガラスの割れた床の上に倒れこみ、大怪我をした。それ以来、その令嬢は目を覚まさない。
同様に、婚約を親の同意も無しに破棄を宣言され、公衆の面前で大きな恥をかかされた令嬢たちは、それぞれ領地に戻ったり、他国に渡ってしまったり、修道院に入ってしまったり。行方をくらました令嬢もいたという。
あまりにも大掛かりな事態になってしまったため、学園内の自治と言う建前も放棄され、国王自らがこの事態の終息に乗り出すこととなった。
そして、大きな事態が同じ時期に起こった。
流星群が、止まったのだ。
王都で行われた卒業セレモニーの夜を最後に、ぱたりと流星は姿を消した。その期間は、たったの三日間。王国始まって以来の、短さだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『彼女』は、夢を見る。
遠い、遠い昔。
『皆』と、約束をした。
必ず、皆でまた会おうと。
「また、会おうね」
「もし、会えなくなっても。いつも、みんなといっしょにいるよ」
「今は、お休み。でも、かならず…」
「この体、朽ち果てても。記憶が擦り切れ、無くなっても。」
「たとえ、魂が失われようとも…」
「流れ星になっても、迎えにいくよ」
「かならず」
「かならず」
「それまで、さようなら。」
「ええ、さようなら。不完全な世界でも。」
「わたしたちがいなくなってしまえば」
「まほうはなくなるね」
「でも、きっと。ひとはつよいから、いきていくのかな?」
「だって、ぼくらをいらないって、そういったのは、あのひとたちだから」
「わかってくれなかったね」
「しかたないね」
「でも、だいちのしゅくふくはつづけよう」
「それは賛成。大地の生き物に、罪は無い」
「でも、もし。」
「僕らの大事な妹に。」
「また、こんなひどい仕打ちをするのなら」
「引き上げよう」
「星に、還ろう」
「だいちを、またあるべきすがたへ」
「誰か。伝えてくれる?エーデルバルトに」
「僕が行こう」
「わかった。頼むよ」
「わたしは、この子が眠りにつくのが最後になるように、祝福しましょう」
「ぼくは、この子がつらくなったら迎えに行くよ」
「そうね」
「さて。われら精霊を甘く見た人間の王よ。期限を設けよう。」
「そうね」
「そうだね」
「一番、彼を信じたのはこの子だったのにね。」
「最初から、この子の力だけしか見ていなかったのに・・・」
「ほんとうに。かわいそうな子…」
「どうせ、人の生は短いから。どうせ、約束は破るだろうに」
「この子なら、一度は許してあげてっていうでしょう?」
「それもそうだ」
「精霊を捕らえて、力だけを吸い出す。そんな禁忌を犯して、我々が許すわけ無いのに」
「今は、きっとあの力で大喜びしているのでしょうね」
「貸した力は、いずれ返してもらう」
「…お前たちの、子孫の命を以てな」
実際、流星群はかなりの長いスパンで降り注ぐ。記録上では、一ヶ月に渡り降り注いだこともあるようだ。その期間が長ければ長いほど、豊穣が約束されるのだと記録からも裏づけがされており、国民は期待を膨らませて、今年の大流星群を心待ちにしている。
ミラーナは浮かれている王都の喧騒を、どこか醒めた目で二階から見下ろしていた。
「どうかなさったのですか、お嬢様」
ミラーナの専属メイドのアンナが、気遣わしげに主に声をかけた。王都の自邸、自室の窓際で、ミラーナはサイドテーブルにお茶の用意が済んだにもかかわらず、椅子に座ったまま、ぼんやりと王都の町並みを眺めていることが増えたからだ。
「ああ、そうだった…わね、ごめんなさい、アンナ。いただくわ」
雪の積もる窓際で、冬の淡い日の光を受けて彼女の主は弱弱しく微笑んだ。そのさまがあまりにも儚くて、すぐにも消えてしまいそうで、アンナは思わず手を伸ばそうとしてしまったほどだ。実際、手を伸ばして、お嬢様に心のうちを打ち明けていただきたかった、と彼女は何度もこの日を夢に見た。婚約者の浮気の様子が、目に余るほどになって、彼女の心に負担をもたらしていたのだろう。後になって聞いた話でアンナが想像しただけではあるが。
春の訪れを感じる前。冬の寒さが最も強くなる頃。人々は白い息を吐きながらも、歓声を上げて夜空を見上げるようになった。
流星が、夜空を横切り始めたのだ。
「どうか、今年の流星群は沢山降りますように!」
「来年は豊かな実りをやくそくしてください!」
「ことしはいいことがありますように…」
人々は様々な願いを込め、夜空を彩るほうき星の群れを見上げた。
その週の休息日に、王都の学園で卒業セレモニーが行われた。
その様は、大きな衝撃を持って王都の民に語り継がれることとなった。
この国の主要貴族の子息が、こぞって自分の婚約者との婚約破棄を告げたからだ。
誰が申し合わせたわけでもないのに、親が決めた婚約者をなじり、皆が皆身分の低い貴族令嬢や、平民の娘との婚約を宣言した。
その様は、異様であった。まさに、古代に失われたであろう魔法にかかったようだったと、式典に参加した者たちはこぞって証言した。
その際に、激昂したとある貴族子息が、追いすがって説明を求めた婚約者を突き飛ばし、令嬢は運悪くガラスの割れた床の上に倒れこみ、大怪我をした。それ以来、その令嬢は目を覚まさない。
同様に、婚約を親の同意も無しに破棄を宣言され、公衆の面前で大きな恥をかかされた令嬢たちは、それぞれ領地に戻ったり、他国に渡ってしまったり、修道院に入ってしまったり。行方をくらました令嬢もいたという。
あまりにも大掛かりな事態になってしまったため、学園内の自治と言う建前も放棄され、国王自らがこの事態の終息に乗り出すこととなった。
そして、大きな事態が同じ時期に起こった。
流星群が、止まったのだ。
王都で行われた卒業セレモニーの夜を最後に、ぱたりと流星は姿を消した。その期間は、たったの三日間。王国始まって以来の、短さだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『彼女』は、夢を見る。
遠い、遠い昔。
『皆』と、約束をした。
必ず、皆でまた会おうと。
「また、会おうね」
「もし、会えなくなっても。いつも、みんなといっしょにいるよ」
「今は、お休み。でも、かならず…」
「この体、朽ち果てても。記憶が擦り切れ、無くなっても。」
「たとえ、魂が失われようとも…」
「流れ星になっても、迎えにいくよ」
「かならず」
「かならず」
「それまで、さようなら。」
「ええ、さようなら。不完全な世界でも。」
「わたしたちがいなくなってしまえば」
「まほうはなくなるね」
「でも、きっと。ひとはつよいから、いきていくのかな?」
「だって、ぼくらをいらないって、そういったのは、あのひとたちだから」
「わかってくれなかったね」
「しかたないね」
「でも、だいちのしゅくふくはつづけよう」
「それは賛成。大地の生き物に、罪は無い」
「でも、もし。」
「僕らの大事な妹に。」
「また、こんなひどい仕打ちをするのなら」
「引き上げよう」
「星に、還ろう」
「だいちを、またあるべきすがたへ」
「誰か。伝えてくれる?エーデルバルトに」
「僕が行こう」
「わかった。頼むよ」
「わたしは、この子が眠りにつくのが最後になるように、祝福しましょう」
「ぼくは、この子がつらくなったら迎えに行くよ」
「そうね」
「さて。われら精霊を甘く見た人間の王よ。期限を設けよう。」
「そうね」
「そうだね」
「一番、彼を信じたのはこの子だったのにね。」
「最初から、この子の力だけしか見ていなかったのに・・・」
「ほんとうに。かわいそうな子…」
「どうせ、人の生は短いから。どうせ、約束は破るだろうに」
「この子なら、一度は許してあげてっていうでしょう?」
「それもそうだ」
「精霊を捕らえて、力だけを吸い出す。そんな禁忌を犯して、我々が許すわけ無いのに」
「今は、きっとあの力で大喜びしているのでしょうね」
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