2 / 20
止まる流星
しおりを挟む
今年の『星降祭』は、冬の寒さがようやく緩みだす頃のようだ、と天文学者たちが試算を出し、王国を挙げて大きな祭りとすべく、国中で準備が進んでいた。どうやら、今年のスケジュールは学園の卒園セレモニーが行われた一週間後の休息日に行われるようだ。
実際、流星群はかなりの長いスパンで降り注ぐ。記録上では、一ヶ月に渡り降り注いだこともあるようだ。その期間が長ければ長いほど、豊穣が約束されるのだと記録からも裏づけがされており、国民は期待を膨らませて、今年の大流星群を心待ちにしている。
ミラーナは浮かれている王都の喧騒を、どこか醒めた目で二階から見下ろしていた。
「どうかなさったのですか、お嬢様」
ミラーナの専属メイドのアンナが、気遣わしげに主に声をかけた。王都の自邸、自室の窓際で、ミラーナはサイドテーブルにお茶の用意が済んだにもかかわらず、椅子に座ったまま、ぼんやりと王都の町並みを眺めていることが増えたからだ。
「ああ、そうだった…わね、ごめんなさい、アンナ。いただくわ」
雪の積もる窓際で、冬の淡い日の光を受けて彼女の主は弱弱しく微笑んだ。そのさまがあまりにも儚くて、すぐにも消えてしまいそうで、アンナは思わず手を伸ばそうとしてしまったほどだ。実際、手を伸ばして、お嬢様に心のうちを打ち明けていただきたかった、と彼女は何度もこの日を夢に見た。婚約者の浮気の様子が、目に余るほどになって、彼女の心に負担をもたらしていたのだろう。後になって聞いた話でアンナが想像しただけではあるが。
春の訪れを感じる前。冬の寒さが最も強くなる頃。人々は白い息を吐きながらも、歓声を上げて夜空を見上げるようになった。
流星が、夜空を横切り始めたのだ。
「どうか、今年の流星群は沢山降りますように!」
「来年は豊かな実りをやくそくしてください!」
「ことしはいいことがありますように…」
人々は様々な願いを込め、夜空を彩るほうき星の群れを見上げた。
その週の休息日に、王都の学園で卒業セレモニーが行われた。
その様は、大きな衝撃を持って王都の民に語り継がれることとなった。
この国の主要貴族の子息が、こぞって自分の婚約者との婚約破棄を告げたからだ。
誰が申し合わせたわけでもないのに、親が決めた婚約者をなじり、皆が皆身分の低い貴族令嬢や、平民の娘との婚約を宣言した。
その様は、異様であった。まさに、古代に失われたであろう魔法にかかったようだったと、式典に参加した者たちはこぞって証言した。
その際に、激昂したとある貴族子息が、追いすがって説明を求めた婚約者を突き飛ばし、令嬢は運悪くガラスの割れた床の上に倒れこみ、大怪我をした。それ以来、その令嬢は目を覚まさない。
同様に、婚約を親の同意も無しに破棄を宣言され、公衆の面前で大きな恥をかかされた令嬢たちは、それぞれ領地に戻ったり、他国に渡ってしまったり、修道院に入ってしまったり。行方をくらました令嬢もいたという。
あまりにも大掛かりな事態になってしまったため、学園内の自治と言う建前も放棄され、国王自らがこの事態の終息に乗り出すこととなった。
そして、大きな事態が同じ時期に起こった。
流星群が、止まったのだ。
王都で行われた卒業セレモニーの夜を最後に、ぱたりと流星は姿を消した。その期間は、たったの三日間。王国始まって以来の、短さだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『彼女』は、夢を見る。
遠い、遠い昔。
『皆』と、約束をした。
必ず、皆でまた会おうと。
「また、会おうね」
「もし、会えなくなっても。いつも、みんなといっしょにいるよ」
「今は、お休み。でも、かならず…」
「この体、朽ち果てても。記憶が擦り切れ、無くなっても。」
「たとえ、魂が失われようとも…」
「流れ星になっても、迎えにいくよ」
「かならず」
「かならず」
「それまで、さようなら。」
「ええ、さようなら。不完全な世界でも。」
「わたしたちがいなくなってしまえば」
「まほうはなくなるね」
「でも、きっと。ひとはつよいから、いきていくのかな?」
「だって、ぼくらをいらないって、そういったのは、あのひとたちだから」
「わかってくれなかったね」
「しかたないね」
「でも、だいちのしゅくふくはつづけよう」
「それは賛成。大地の生き物に、罪は無い」
「でも、もし。」
「僕らの大事な妹に。」
「また、こんなひどい仕打ちをするのなら」
「引き上げよう」
「星に、還ろう」
「だいちを、またあるべきすがたへ」
「誰か。伝えてくれる?エーデルバルトに」
「僕が行こう」
「わかった。頼むよ」
「わたしは、この子が眠りにつくのが最後になるように、祝福しましょう」
「ぼくは、この子がつらくなったら迎えに行くよ」
「そうね」
「さて。われら精霊を甘く見た人間の王よ。期限を設けよう。」
「そうね」
「そうだね」
「一番、彼を信じたのはこの子だったのにね。」
「最初から、この子の力だけしか見ていなかったのに・・・」
「ほんとうに。かわいそうな子…」
「どうせ、人の生は短いから。どうせ、約束は破るだろうに」
「この子なら、一度は許してあげてっていうでしょう?」
「それもそうだ」
「精霊を捕らえて、力だけを吸い出す。そんな禁忌を犯して、我々が許すわけ無いのに」
「今は、きっとあの力で大喜びしているのでしょうね」
「貸した力は、いずれ返してもらう」
「…お前たちの、子孫の命を以てな」
実際、流星群はかなりの長いスパンで降り注ぐ。記録上では、一ヶ月に渡り降り注いだこともあるようだ。その期間が長ければ長いほど、豊穣が約束されるのだと記録からも裏づけがされており、国民は期待を膨らませて、今年の大流星群を心待ちにしている。
ミラーナは浮かれている王都の喧騒を、どこか醒めた目で二階から見下ろしていた。
「どうかなさったのですか、お嬢様」
ミラーナの専属メイドのアンナが、気遣わしげに主に声をかけた。王都の自邸、自室の窓際で、ミラーナはサイドテーブルにお茶の用意が済んだにもかかわらず、椅子に座ったまま、ぼんやりと王都の町並みを眺めていることが増えたからだ。
「ああ、そうだった…わね、ごめんなさい、アンナ。いただくわ」
雪の積もる窓際で、冬の淡い日の光を受けて彼女の主は弱弱しく微笑んだ。そのさまがあまりにも儚くて、すぐにも消えてしまいそうで、アンナは思わず手を伸ばそうとしてしまったほどだ。実際、手を伸ばして、お嬢様に心のうちを打ち明けていただきたかった、と彼女は何度もこの日を夢に見た。婚約者の浮気の様子が、目に余るほどになって、彼女の心に負担をもたらしていたのだろう。後になって聞いた話でアンナが想像しただけではあるが。
春の訪れを感じる前。冬の寒さが最も強くなる頃。人々は白い息を吐きながらも、歓声を上げて夜空を見上げるようになった。
流星が、夜空を横切り始めたのだ。
「どうか、今年の流星群は沢山降りますように!」
「来年は豊かな実りをやくそくしてください!」
「ことしはいいことがありますように…」
人々は様々な願いを込め、夜空を彩るほうき星の群れを見上げた。
その週の休息日に、王都の学園で卒業セレモニーが行われた。
その様は、大きな衝撃を持って王都の民に語り継がれることとなった。
この国の主要貴族の子息が、こぞって自分の婚約者との婚約破棄を告げたからだ。
誰が申し合わせたわけでもないのに、親が決めた婚約者をなじり、皆が皆身分の低い貴族令嬢や、平民の娘との婚約を宣言した。
その様は、異様であった。まさに、古代に失われたであろう魔法にかかったようだったと、式典に参加した者たちはこぞって証言した。
その際に、激昂したとある貴族子息が、追いすがって説明を求めた婚約者を突き飛ばし、令嬢は運悪くガラスの割れた床の上に倒れこみ、大怪我をした。それ以来、その令嬢は目を覚まさない。
同様に、婚約を親の同意も無しに破棄を宣言され、公衆の面前で大きな恥をかかされた令嬢たちは、それぞれ領地に戻ったり、他国に渡ってしまったり、修道院に入ってしまったり。行方をくらました令嬢もいたという。
あまりにも大掛かりな事態になってしまったため、学園内の自治と言う建前も放棄され、国王自らがこの事態の終息に乗り出すこととなった。
そして、大きな事態が同じ時期に起こった。
流星群が、止まったのだ。
王都で行われた卒業セレモニーの夜を最後に、ぱたりと流星は姿を消した。その期間は、たったの三日間。王国始まって以来の、短さだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『彼女』は、夢を見る。
遠い、遠い昔。
『皆』と、約束をした。
必ず、皆でまた会おうと。
「また、会おうね」
「もし、会えなくなっても。いつも、みんなといっしょにいるよ」
「今は、お休み。でも、かならず…」
「この体、朽ち果てても。記憶が擦り切れ、無くなっても。」
「たとえ、魂が失われようとも…」
「流れ星になっても、迎えにいくよ」
「かならず」
「かならず」
「それまで、さようなら。」
「ええ、さようなら。不完全な世界でも。」
「わたしたちがいなくなってしまえば」
「まほうはなくなるね」
「でも、きっと。ひとはつよいから、いきていくのかな?」
「だって、ぼくらをいらないって、そういったのは、あのひとたちだから」
「わかってくれなかったね」
「しかたないね」
「でも、だいちのしゅくふくはつづけよう」
「それは賛成。大地の生き物に、罪は無い」
「でも、もし。」
「僕らの大事な妹に。」
「また、こんなひどい仕打ちをするのなら」
「引き上げよう」
「星に、還ろう」
「だいちを、またあるべきすがたへ」
「誰か。伝えてくれる?エーデルバルトに」
「僕が行こう」
「わかった。頼むよ」
「わたしは、この子が眠りにつくのが最後になるように、祝福しましょう」
「ぼくは、この子がつらくなったら迎えに行くよ」
「そうね」
「さて。われら精霊を甘く見た人間の王よ。期限を設けよう。」
「そうね」
「そうだね」
「一番、彼を信じたのはこの子だったのにね。」
「最初から、この子の力だけしか見ていなかったのに・・・」
「ほんとうに。かわいそうな子…」
「どうせ、人の生は短いから。どうせ、約束は破るだろうに」
「この子なら、一度は許してあげてっていうでしょう?」
「それもそうだ」
「精霊を捕らえて、力だけを吸い出す。そんな禁忌を犯して、我々が許すわけ無いのに」
「今は、きっとあの力で大喜びしているのでしょうね」
「貸した力は、いずれ返してもらう」
「…お前たちの、子孫の命を以てな」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説



あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」


優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔
しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。
彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。
そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。
なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。
その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる