その猫は月光浴がお好き

ねこセンサー

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???サイド 過去の思い出

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 私のお父さんは、行商の仕事をしている。
 
 ずっと昔から、旅をしながらいろんな国を回ったのだと、お父さんはよく私に話してくれた。お母さんとも、旅先で出会ったのだそうだ。
 
 「お前のお母さんはね、勇敢な狩人だったんだよ」
 
 私に母の記憶はない。お父さんは、私の頭をなでて、よく記憶の中のお母さんの話をしてくれた。
 
 「お前の髪も、瞳も。お母さんの色だ。覚えておきなさい」
 
 「…この色、別に珍しくはないよ??」
 
 父の大きくて暖かい掌の感触に目を細めながら、私は父を見上げると、父は目を細めて笑いかけてくれた。
 
 「お父さんにとっては、お前のその髪も、瞳も。お母さんの色だからね。この世に一つの、一番好きな色だよ」
 
 そういってまた撫でてくれる。
 
 母は大陸北方の小さな部族で狩をして生計を立てていたそうだ。深い森の中の集落で、ひっそりとつつましく暮らしていたそうだ。
 
 そんな時、珍しい品物を求めて旅をしていた父を助けることになり、その道中で二人は恋に落ちた。
 
 部族の人からは、結婚を反対されたらしい。それでも母はめげなかった。部族から追放処分を受け、二度と故郷の地を踏めない罰を受けても、母は父を選んだ。そうして、父は母を伴ってこちらに戻ったのだと。
 
 「…すごいんだね」
 
 いつも穏やかに笑う父が、そんな過去をもっているとは知らなかった。驚きに目を瞠っていると、父はふふと笑って、私の頭をまたなでてくれた。
 
 「お母さんがとっても好きだったし、お母さんが自分のものを捨ててでもお父さんと一緒にいることを選んでくれたんだ。…そんな大きな気持ちに、応えないなんてお父さんは出来なかったよ」
 
 お前と言う宝物も、お母さんはくれたしね。そういって父は私を優しい目で見つめてくれる。
 
 私の頭をなでながら、父は懐から小さな皮袋を出し、そこから白い塊を取り出した。
 
 「…これは?」
 
 「これはね、お母さんの形見だ。お母さんの部族の中で伝わる宝物だったそうだよ」
 
 そういって、父はその白い塊を優しくなでる。
 
 「…この国の商人ギルドはね、ギルドの発行する証文のほかに、もう一つ大きな身分証明があるんだよ」
 
 「もしかして…」
 
 「そう。お父さんの身分証明は、この牙なんだ。お父さんとお母さんをつなぐ絆。だからこれを登録しているんだよ」
 
 父は大事そうに一度それをなでると、皮袋にもう一度しまいこんで、それをそのまま私の首にかけてくれた。
 
 「お父さんは証文を持つ。これは、お前がもっていなさい。お母さんの宝物である、お前が持つにふさわしい」
 
 そのとき私は、この牙がこの先私の運命を大きく変えることを知らなかった。ただ、父と母の絆を、私が持つことができた幸せで頭がいっぱいだった。
 
 「うん!大事にするね!」
 
 「ああ。それはお母さんと思って、大事にしてくれ。…ああ、これで約束が果たせるよ。」
 
 父はそのとき、穏やかに笑っていた。
 
 ------------------------------------------------------------
 
 「ナターシャ!どこに逃げたの!」

 遠くで義母のヒステリックに叫ぶ声が聞こえる。私は、物陰に隠れて、必死に声を潜めた。
 
 先程、義母と怪しげな男の人が怖い話をしているのを聞いてしまった。
 
 義母は、お父さんの稼いだお金を怪しい人たちに渡していた。このままでは、お父さんの命すら危ないかもしれない。
 
 義母の狙いは…
 
 「…っ…」
 
 恐ろしくて、首に下げた皮袋を握り締める。父の身分証明の証文は二つ。一つは、父が肌身離さず持ち歩いている。そしてもう一つは…
 
 「隠れてないで出てきなさい!」
 
 ああ、義母の声が近づいてくる。おそらく自分がどの辺りにいるのか、わかっていてこちらに近づいているのだ。
 
 カタカタと手が震える。震える手で皮袋の口を緩め、中の物を出す。
 
 ころりと出てきた白い牙は、父と語り合ったあの頃のまま、白く輝いていた。
 
 お父さんと、お母さんの絆。
 
 これを、あの人たちに渡すわけには行かない。
 
 意を決して、私はその牙を握り締めて―ー
 
 
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