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おやすみなさい。
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うっすらと意識が浮かび上がる。
重いまぶたをようやくこじ開けるように開けると、私の頭上には白い天井があった。視界の端には、沢山の機械。
そして、管が見える。規則的に電子音が響き、生命が保たれていることを知らせてくれる。
…体が、全く言うことを聞かない。何か重いものに押しつぶされたように、私一人の意思ではまったく、ピクリとも動かなかった。
まぶたを開けただけなのに、酷くだるい。すう、と息を吸い込むのにも一苦労だ。そんな私の口には、酸素を送り込む透明なマスクが覆われていた。
――かえって、きたのか。
ようやく。私は、帰って来た。
瞳を開けて、自分のおかれた状況を改めて認識し、私はまた眠りの海へと沈んで行った。
…きっともう、あの世界には、戻れないのだろうと確信しながら。
本当の、私は、しがない母子家庭に育つ陰気な中学生だった。よくある話だけれど、父は母が私を妊娠した頃からよそに女を作って、私達を捨てて出て行った。母は必死になって私を育ててくれた。片親であることへの引け目を感じないように、母は私をとても愛してくれた。私自身は、それにとても満足していたのだけれど、周りの人間はそうは思わなかった。…少なくとも、幼い私がそう思うくらいには。
小学校に通う頃から、クラスの男子は
「おまえんちとーちゃんいないんだってな!」
なんて失礼な言い回しで大声で私をあざ笑った。女子は表立っては言わなかったけれど、陰でこそこそ言っていたことくらい、私だって知っている。
「お母さんは私をとても大事にしてくれている!お父さんなんていなくて良い!」
そんな風に言い返しても、周りの人間は私の言い分を認めなかった。――なんて、めんどくさい。
そのうち、私は他人とのかかわりを避けるようになった。休み時間は静かな図書室で本を読んだり、ウサギ小屋に向かって兎に草をあげたり。人のいない場所を転々としていた。
それが、悪かったのか。次第に、周りのクラスメイトは私を『いたぶっても構わない人間』とみなす様になった。
細かい文具を隠されたり、ひっそりと上履きに大きな靴跡をつけられたり。教室で立ち尽くす私を、こそこそと観察してはくすくすと笑う声が聞こえるようになった。
こんなことに負けてはダメだ。
密かに決意し、母には隠そうと努力していたのだけれど、人の機微には聡い母は、いつからか鉛筆や消しゴム、ノート等をよく買い貯めて、玄関の私の靴を毎日確認したりしていた。…きっと、私が助けを求めるのを待っていたのだろう。一緒に夕飯を食べるとき、母は毎日のように「毎日愛羅の顔を見ると癒されるわ」「お母さんは貴方のような娘をもててしあわせだよ」そういって、頭を撫でたり抱きしめたりしてくれていた。
…もっと、早くに言えばよかったのか。
中学に上がったある日。
私はクラスメイトの女子に階段で突き飛ばされた。
私が最後に見た風景は、私をわざと突き飛ばしたくせに、驚愕に見開かれたその子の顔だった。
『バカじゃないの…』
階段の一番上から振り向きざま、おもいっきり肩をぶつけてくるなんて。丁度階段を登りきった私がバランスを崩せば、後頭部から階段に落ちていくに決まっているのに。…打ち所が悪ければ、人なんて簡単に死ぬのにね。
――思えば、あの子は小学校の頃からずうっと私をあざ笑ってた暇人だったわ。
絹を裂くような悲鳴がどこかから聞こえてきたのを最後に、私の意識は途切れた。
――ああ、何か疲れちゃったわ。
何が気に入らなくて何年も他人をあざ笑うのかな。
なんで、そんなことをするのかな。
きらいだ、こんなやつら。
みんな、みんな、きらい。
きえてくれないなら、わたしがきえてやる。
そうして、私は…『自分ひとりしか生きていない世界』へと閉じこもった。
実際は、こん睡状態にあったのが一週間ほどだったらしいので、それくらいだったらしいのだけれど。
意識がない間、私はずっと自分が作り出したかりそめの世界で暮らしていた。
誰も、『私』を見ない世界で。飽きたら、新しい世界を作り上げて。
私は、あの世界で正しく『こどくなかみさま』だったのだとおもう。
体が回復していくにつれ、私の精神は引きこもるのをやめたのだろう。
…だって、毎日、毎日。意識のない私の枕もとへやってきて、お母さんが必死で呼びかけていてくれたのだもの。
「かえっておいで、愛羅…」
「守れなくて、ごめんなさい」
「あなたが生きてさえくれればそれでいい」
「どうか、目を開けて愛羅…」
加害者の生徒や学校、教育委員会を相手に、母は仕事帰りの体を引きずりながら、必死にお金をかき集めて弁護士すら雇って、学校で行われていたいじめの実態を訴えたと、私は後で知った。
小学校の頃から続けられていた事実は重く受け止められたようで、加害者は家族そろってどこかへ引っ越していき、なぜか数家族もその後に続いたそうだ。
母は決してそのやり取りを明かさなかったけれど、おしゃべりな近所のおばさんがつばを飛ばしながら教えてくれた。
私は落下の際頭を強く打ち意識を失い、右肩を脱臼、左足首をひねって骨折していた。意識を取り戻した後、母は私のリハビリにも根気良く付き合ってくれた。
何とか骨折もなおって不自由なく歩けるようになった頃、母は長らく交流していなかった実家に私を連れて戻った。
「都会はやっぱり怖いところだったわ」
そういって、母は私に笑いかけてくれた。刺激が足りないと田舎を飛び出した母は、今トラクターを乗り回して笑っている。
そして私は、中学校に通いながら、街に唯一ある剣道教室に通っている。
…やっぱり、聖剣を振るう勇者様はかっこよかったのよ。
今、私が振るうのはぼろぼろの竹刀だけれど。心の中で、光を纏わせて、私の心の中の弱い心を打ち据えるイメージで悪を斬っている。
そんな私には少ないけれどお友達が出来た。
「新作まだかなー」
「正直2は駄作だった。3はどうなんだろうね?神ゲーかな?」
「キャラデザがあんまり好みじゃないからなー」
そういって、乙女ゲーを批評しあって、時々本気で喧嘩する、優衣は私の貴重なお友達。
「私にもこんなステキな彼氏が出来れば良いのにー」
「ヤダ、容姿端麗、頭脳明晰、そして金持ちなんてそんな人外かっぺの私らには身分不相応よ~」
「夢見るだけいいじゃん!」
そう、田んぼのあぜ道をきゃらきゃらと笑いながら帰宅していく。
そんな毎日。代わり映えのしない毎日だけれど。
今が一番、しあわせだなあって思える。
誰かが、私を見てくれて。私の予想を超えた行動をしてくれる。そんな日々が、どんなに貴重なことか。
「また、明日ね!」
そう言って、優衣は私に手を振ってくれる。手を振りかえしながら、私は頭上に広がる青空を見上げた。
重いまぶたをようやくこじ開けるように開けると、私の頭上には白い天井があった。視界の端には、沢山の機械。
そして、管が見える。規則的に電子音が響き、生命が保たれていることを知らせてくれる。
…体が、全く言うことを聞かない。何か重いものに押しつぶされたように、私一人の意思ではまったく、ピクリとも動かなかった。
まぶたを開けただけなのに、酷くだるい。すう、と息を吸い込むのにも一苦労だ。そんな私の口には、酸素を送り込む透明なマスクが覆われていた。
――かえって、きたのか。
ようやく。私は、帰って来た。
瞳を開けて、自分のおかれた状況を改めて認識し、私はまた眠りの海へと沈んで行った。
…きっともう、あの世界には、戻れないのだろうと確信しながら。
本当の、私は、しがない母子家庭に育つ陰気な中学生だった。よくある話だけれど、父は母が私を妊娠した頃からよそに女を作って、私達を捨てて出て行った。母は必死になって私を育ててくれた。片親であることへの引け目を感じないように、母は私をとても愛してくれた。私自身は、それにとても満足していたのだけれど、周りの人間はそうは思わなかった。…少なくとも、幼い私がそう思うくらいには。
小学校に通う頃から、クラスの男子は
「おまえんちとーちゃんいないんだってな!」
なんて失礼な言い回しで大声で私をあざ笑った。女子は表立っては言わなかったけれど、陰でこそこそ言っていたことくらい、私だって知っている。
「お母さんは私をとても大事にしてくれている!お父さんなんていなくて良い!」
そんな風に言い返しても、周りの人間は私の言い分を認めなかった。――なんて、めんどくさい。
そのうち、私は他人とのかかわりを避けるようになった。休み時間は静かな図書室で本を読んだり、ウサギ小屋に向かって兎に草をあげたり。人のいない場所を転々としていた。
それが、悪かったのか。次第に、周りのクラスメイトは私を『いたぶっても構わない人間』とみなす様になった。
細かい文具を隠されたり、ひっそりと上履きに大きな靴跡をつけられたり。教室で立ち尽くす私を、こそこそと観察してはくすくすと笑う声が聞こえるようになった。
こんなことに負けてはダメだ。
密かに決意し、母には隠そうと努力していたのだけれど、人の機微には聡い母は、いつからか鉛筆や消しゴム、ノート等をよく買い貯めて、玄関の私の靴を毎日確認したりしていた。…きっと、私が助けを求めるのを待っていたのだろう。一緒に夕飯を食べるとき、母は毎日のように「毎日愛羅の顔を見ると癒されるわ」「お母さんは貴方のような娘をもててしあわせだよ」そういって、頭を撫でたり抱きしめたりしてくれていた。
…もっと、早くに言えばよかったのか。
中学に上がったある日。
私はクラスメイトの女子に階段で突き飛ばされた。
私が最後に見た風景は、私をわざと突き飛ばしたくせに、驚愕に見開かれたその子の顔だった。
『バカじゃないの…』
階段の一番上から振り向きざま、おもいっきり肩をぶつけてくるなんて。丁度階段を登りきった私がバランスを崩せば、後頭部から階段に落ちていくに決まっているのに。…打ち所が悪ければ、人なんて簡単に死ぬのにね。
――思えば、あの子は小学校の頃からずうっと私をあざ笑ってた暇人だったわ。
絹を裂くような悲鳴がどこかから聞こえてきたのを最後に、私の意識は途切れた。
――ああ、何か疲れちゃったわ。
何が気に入らなくて何年も他人をあざ笑うのかな。
なんで、そんなことをするのかな。
きらいだ、こんなやつら。
みんな、みんな、きらい。
きえてくれないなら、わたしがきえてやる。
そうして、私は…『自分ひとりしか生きていない世界』へと閉じこもった。
実際は、こん睡状態にあったのが一週間ほどだったらしいので、それくらいだったらしいのだけれど。
意識がない間、私はずっと自分が作り出したかりそめの世界で暮らしていた。
誰も、『私』を見ない世界で。飽きたら、新しい世界を作り上げて。
私は、あの世界で正しく『こどくなかみさま』だったのだとおもう。
体が回復していくにつれ、私の精神は引きこもるのをやめたのだろう。
…だって、毎日、毎日。意識のない私の枕もとへやってきて、お母さんが必死で呼びかけていてくれたのだもの。
「かえっておいで、愛羅…」
「守れなくて、ごめんなさい」
「あなたが生きてさえくれればそれでいい」
「どうか、目を開けて愛羅…」
加害者の生徒や学校、教育委員会を相手に、母は仕事帰りの体を引きずりながら、必死にお金をかき集めて弁護士すら雇って、学校で行われていたいじめの実態を訴えたと、私は後で知った。
小学校の頃から続けられていた事実は重く受け止められたようで、加害者は家族そろってどこかへ引っ越していき、なぜか数家族もその後に続いたそうだ。
母は決してそのやり取りを明かさなかったけれど、おしゃべりな近所のおばさんがつばを飛ばしながら教えてくれた。
私は落下の際頭を強く打ち意識を失い、右肩を脱臼、左足首をひねって骨折していた。意識を取り戻した後、母は私のリハビリにも根気良く付き合ってくれた。
何とか骨折もなおって不自由なく歩けるようになった頃、母は長らく交流していなかった実家に私を連れて戻った。
「都会はやっぱり怖いところだったわ」
そういって、母は私に笑いかけてくれた。刺激が足りないと田舎を飛び出した母は、今トラクターを乗り回して笑っている。
そして私は、中学校に通いながら、街に唯一ある剣道教室に通っている。
…やっぱり、聖剣を振るう勇者様はかっこよかったのよ。
今、私が振るうのはぼろぼろの竹刀だけれど。心の中で、光を纏わせて、私の心の中の弱い心を打ち据えるイメージで悪を斬っている。
そんな私には少ないけれどお友達が出来た。
「新作まだかなー」
「正直2は駄作だった。3はどうなんだろうね?神ゲーかな?」
「キャラデザがあんまり好みじゃないからなー」
そういって、乙女ゲーを批評しあって、時々本気で喧嘩する、優衣は私の貴重なお友達。
「私にもこんなステキな彼氏が出来れば良いのにー」
「ヤダ、容姿端麗、頭脳明晰、そして金持ちなんてそんな人外かっぺの私らには身分不相応よ~」
「夢見るだけいいじゃん!」
そう、田んぼのあぜ道をきゃらきゃらと笑いながら帰宅していく。
そんな毎日。代わり映えのしない毎日だけれど。
今が一番、しあわせだなあって思える。
誰かが、私を見てくれて。私の予想を超えた行動をしてくれる。そんな日々が、どんなに貴重なことか。
「また、明日ね!」
そう言って、優衣は私に手を振ってくれる。手を振りかえしながら、私は頭上に広がる青空を見上げた。
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