素直になれない番たち

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　「「大変お世話になりました」」

　
　加奈子と裕貴は、管理人夫婦に深く礼をしていた。昼過ぎになると加奈子の体調も戻り、裕貴と一緒に釣ってきた魚を焼いてもらって昼食をとるまでに回復した。女将は若い二人に何彼と無く世話を焼いてくれた。明らかに過剰サービスだと思ったので、二人は追加料金を払おうとしたのだが、女将は笑って、決してお金を受け取ろうとはしてくれなかった。
　
　
　「いやぁ、いいもん見せてもらったから！…ねえアンタ、本当、若いっていいわね！」
　
　「…」
　
　女将の隣で腕を組んで佇む管理人の表情は変わらないように二人には見えていたが、妻である彼女には何かしらの変化が見えていたようだ。
　
　女将はきたときよりも笑顔をはじけさせて、大盤振る舞いだった。
　
　「おばさん、お料理とても美味しかったです。…ありがとうございました」
　
　ぺこりと加奈子は深く腰を折った。日射病になったのは、準備を怠り、勝負に夢中になって体調を失念した加奈子の落ち度だ。自分でも理解していたので、かいがいしく世話をしてくれた女将には感謝しかない。女将はからからとわらって腕を振った。
　
　「ふふ、誰だって失敗くらいやるわよ！これにこりたら、彼のためにも身体は大事にしなさいよ。…初ドライブだったんでしょ？きっと、彼氏いーっぱい、貴女のために色々考えてくれてるみたいだから！」
　
　若いわー☆と女将は幸せそうに笑っている。裕貴は加奈子の隣で笑っていたが、正直そわそわしていた。この女将はかなり恋愛好きで世話好きだった。加奈子の看病をしていたさい、心配のあまり加奈子の片手をとったまま眠ってしまったのを見られてしまったのだ。なんとなく居心地の悪さを感じて壁に寄りかかったまま目を開けると、目の前でにんまり笑う女将の顔があって裕貴は悲鳴を上げそうになった。
　
　「若いっていいわよね。…君、気に入ったわ！若いけどちゃあんと彼女さんのこと大事にしてるみたいだしね！」
　
　そう笑って、女将は裕貴の頭を撫でて上機嫌で奥に引きこもっていった。
　
　
　「…頭なんて撫でられたの、久しぶりな気がする…」
　
　寝ぼけた頭で、裕貴はぼんやりとそう思った。何かわからないが、女将の気に入る何かがあった。そのおかげで、その後二人で取った魚の塩焼きを昼食にしたが、何故か注文していなかったのに何品か追加されていた。
　
　目の前に出された料理をみて、反射的に女将のほうを裕貴は見上げたが、意味ありげにウインクされたので、追求する機会を逸してしまった。何も知らない加奈子は、料理を嬉しそうに眺め、舌鼓を打っていた。
　
　昼食を取り、少しだけ河川敷を二人で散歩して、二人は会計を済ませて、夫婦に別れを告げに来たのだ。
　
　「また、遊びに来て頂戴。冬はやってないけどね。…お嬢さんは、ちゃんと帽子をかぶってきてね？こっちは涼しいけど、日差しは平地とそれほど変わらないからね。油断して気分悪くする人、結構居るのよ～」

　
　女将は最後まで、上機嫌だった。
　
　加奈子と裕貴は、何度も振り返りながら管理人夫婦に謝意を伝えて、夫婦は寄り添って、女将が手を振って見送ってくれた。　

　「…いい子達だったわねえ」
　
　「…」
　
　口数少ない管理人は答えない。しかし、女将の片手は、節くれだった夫の手にしっかりと包まれていた。
　
　「…まだお客さんが居る。戻るぞ」
　
　「はい、はい。了解ですよ。」
　
　痛みを覚えない程度の絶妙な力加減で手を握りこまれたまま腕を引かれ、女将は笑いながら夫と職場に戻っていった。
　
　エサがなくなり、追加を求める客の声が彼らを呼んでいた。