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61 やや※

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裕貴はかぁちゃんに近寄り過ぎないように気をつけながら、加奈子の自宅に入った。
 
 「おじゃまします…」
 
 家主は自分の後ろにいるが。家主なんだが家主ではない人間だが…
 
 かぁちゃんは、ぼうっと立ちすくんだまま、部屋の中にところせましと並んだ本棚、本の数に圧倒されているようだ。
 
 「大丈夫か?…実は俺も加奈子の家にお邪魔するのは今回で二度目で…俺も正直わからないことが多いんだよ、教えられないことが多かったらごめんな」
 
 かぁちゃんが動こうとしないので、とりあえずさっさと靴を脱いで自分の荷物を座卓のそばに寄せて、裕貴はかぁちゃんを呼び寄せた。
 
 かぁちゃんは素直にこくりと頷いて、靴をぽいぽいとその場で脱ぎ捨ててそのまま上がりこむ。裕貴は何だかいたたまれなくて、わざわざ玄関に戻って彼女の靴をそろえて並べた。かぁちゃんの持っていた荷物をそっと自分の荷物のそばに寄せ、ふと後ろを振り向くと、目を瞠った。
 
 「…ッ!かぁちゃん、危ない!そこに乗ったらダメだよ!」
 
 かぁちゃんは裕貴のほうをぼんやり見つめて、首を傾げて不思議そうにこちらを見ている。
 
 「…危ないよ、どの本が取りたいの?取ってやるよ」
 
 かぁちゃんは本棚の上のほうにある本が取りたかったようで、本棚の下部にあった本を引き出して横に積んでそれを足場に手が届かないところにある本を取ろうとしていた。裕貴はかぁちゃんの指差す本を取り出し…絶句した。
 
 「『魔導書 ソロモン王の鍵』…かぁちゃん、これ?」
 
 かぁちゃんはこくこくと頷く。
 
 「…読める?」
 
 そう聞くと、かぁちゃんは首を横に振った。
 
 「…なんだか、きになった」
 
 「…そうか…」
 
 まぁこの部屋は加奈子の部屋だし、好きにさせるか…裕貴は半ばヤケだ。
 
 「でもな、かぁちゃん。まずは泥だらけの洋服、換えような?…できたら、お風呂も入ったほうが良いと思うんだけど、入れるかな?」
 
 できるだけ平常心をフル装備して若干顔を引きつらせながら聞いてみると、かぁちゃんはん、と思案する顔になり、
 
 「わかった。きがえる」
 
 そういうと、いきなりばさりと羽織っていたコートを脱ぎ捨て、シャツの裾を掴んでめくりあげてきたので、裕貴は悲鳴を上げそうになった。
 
 「か、か、かぁちゃん!ま、ま、まって!」
 
 あまりにテンパってしまい、思わずむんずとかぁちゃんの手を掴んでしまったので、かぁちゃんはびくっとして大きく震えた。
 
 「あ、ごめん。…一応、俺、男だからさ、お風呂前の脱衣所で着替えてくれるかな?」
 
 目線が痛い。かぁちゃんはあまり喋らない分、目線で喋る子なんだと裕貴は今更ながらに痛感していた。今かぁちゃんの目線は、『なんで?』という視線に違いない。かぁちゃんは幼女の精神。子供なのだ。だから、裕貴の前でいきなり着替えることの異常性などわからないのだ。
 
 裕貴は思わず深呼吸をして、目を閉じて頭の中で15までの素数を数えて目を開け、かぁちゃんに笑いかけた。
 
 「俺、先にこっちで片付けするからね。多分、お風呂場はこっちだから…いける?」
 
 間取りを考えれば風呂は玄関脇にあるドアの向こうだ。ドアを指差すと、かぁちゃんは少し納得していない風ではあったが頷いて、部屋の奥に入っていった。
 
 かぁちゃんの姿が消えたのを確認してふー、と息を大きくつく。先程はあせった。冷静なつもりだったが、自分もかなり動転していたようだ。かぁちゃんがいきなり目の前で脱ぎ始めたから。しかしよく考えれば、子供はそういうものだ。加奈子がちゃんとシャツの下にキャミソールを着ていてくれて助かった。いきなり腹部の素肌など見せられたらどうなるかわからなかった。…でも。
 
 「キャミソールの色はピンクか~…あいつ下着は可愛い色着てんだな」
 
 別の意味で想像力がかきたてられていた。
 
 その場に加奈子がいれば、絶対零度の視線で裕貴を凍りつかせたであろう。しかしその当の本人は、現在留守であった。
 
 「…やっぱり、加奈子が入れ替わったのは…何らかのショックなのか…いや、しかしそれでは前回の入れ替わりが…」
 
 彼がぼんやりしていたのは数拍だった。何しろ、彼女の愛蔵書のタイトルが彼の背筋を凍らせるものが多かったので。目の前の本棚にあるのは、雑多な種類の書籍。物語の背景につかいたいのか、『魔術書』や『中世騎士道事典』などのヨーロッパ系の知識から、『陰陽道』『道教 呪術入門』等日本関連のものまで…なぜか呪いだとか魔術関係が多いことは、彼女の闇を想像するには十分すぎて、視界に映っただけで思考が冷えた。
 
 おまけに彼女の趣味本が大量だ。これで頭が冷えないのが無理というものだろう。
 
 かぁちゃんが踏み台にしてしまった本を片付けながら、裕貴は思索の海に沈んだ。
 
 
 そんな裕貴の思考を破ったのは、衣擦れの音だった。
 
 「…?」
 
 かがみこんで本の整理をしていた裕貴の前の前に、にゅっと人の足が現れた。
 
 「…きがえ、でき、た…!!!」
 
 『着替えは出来たのか?』そう聞こうとした裕貴の言葉は、目の前の光景で掻き消えた。
 
 「脱ぎ方…わかんない」
 
 裕貴の目の前には、あんまりな光景があった。
 
 ブラとショーツ姿の加奈子がもじもじしながらこちらを見下ろしている。キャミソールはどうにか脱げたらしいが、ブラの脱ぎ方がわからなかったようだ。ブラ紐を肩から下ろし、所在無げに時折肩紐を引っ張っている。
 
 ピンクのブラとおそろいのショーツ。ワイヤーのしっかりついたブラでありながら、繊細なレースの花々が胸元で咲き誇るデザイン。ベースはピンク色で、刺繍部分は濃い目の桃色、灰桜、藤色などで彩られている。過度にこびすぎない、上品なデザインだ。
 
 裕貴は、ここにきて策の失敗を悟った。
 
 『この子が、一人で着替えられるわけが無かった…』
 
 上を着替えるだけでよかったんだよ、とかそういう格好で出てきてはダメだよ、だとか。一から言わなければならなかったのに。
 
 裕貴が先程から固まっていることに疑問を抱いたかぁちゃんは、どうしたの?と小さくつぶやきながら、肩紐を引っ張っている。彼女の首から肩にかけてのラインが丸見えで、大変に悩ましい。ついでに言うならば時折ブラがずれて、胸元から白い谷間がちらちらと見えてしまうのも。ブラとおそろいの可愛らしいショーツ、その周辺の白くて柔らかそうな太ももは、刺激が強すぎたので裕貴は見ない振りをしていた。
 
 「…かぁちゃん、それは脱がなくて良いよ」
 
 思考を停止し、裕貴は何とかその言葉を搾り出した。それを聞いて、かぁちゃんはどこかほっとした顔をした。
 
 「…とりあえず、何か着てごらん。着替えは…あそこかな?」
 
 裕貴は部屋の隅にあったキャビネットに気がつき、とりあえず真ん中の棚をひき出し…さらにまた固まった。
 
 「…今日は俺、なんでこんなについてねえんだよ…」
 
 …彼が最初に引き出したのは、加奈子の下着の収納棚だった。
 
 他の衣服に比べて、下着がとても色鮮やかで繊細なデザインが多かったことなんて、忘れたい。
 
 
 ------------------------------------------------------------
 ※裕貴は幼女趣味ではありません。この先、そういう展開にはなりません。
 
 彼はあくまで『加奈子』の外見に動揺したのみで、中身がかぁちゃんだとわかるとスンッと冷静になるタイプです。どちらかというと育児中の父親の心境です。同様に、『カナ』もすでに保護対象と見ているので、恋愛感情はないのです。加奈子は裕貴のその辺の境界の理解が曖昧なので、勘違いしている節もある。そんな状況です。
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