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カナはしばらく、泣いていた。

裕貴はその間、ずっと頭を下げたまま、立ち尽くしていたが、それに気づいたカナが、

「そのままは気分が悪いから、ちゃんと頭を上げて」

といわれ、直立不動の姿勢で、カナをずっと見つめていた。


「泣いてばっかりだね、わたし。ふふ、かぁちゃんが心配してる。」

泣き腫らした眼をハンカチで拭いながら、カナは苦笑した。

裕貴は、その場から動くことなく、複雑な表情でカナを見つめている。

「不思議?なんだろう、心の中でかぁちゃんの心があるの。私の心と、かぁちゃんの二つ分。それがわかるって感じかなぁ。」

ハンカチで目元を押さえながら、カナは首を傾げて裕貴を見上げた。

「多分、私とかぁちゃんはずうっと一緒だったから・・・とくにわかるって感じかな。だから、加奈子ちゃんのは昔から本当に少ししか伝わらなかった。…それがおかしいって、早くに気づくべきだったのね」

カナはふうとため息をついた。

泣き腫らした眼で、裕貴のほうをちらりと見て、それから頭上の風にそよぐ木の梢を眺め。

一瞬眼を閉じて、大きく息を吸い込んだ後、カナは目を開けた。

「わたしは…加奈子ちゃんが言う、人格の統合はやるべきだと思うわ」

「だけど…加奈子ちゃんは自分が消えるべきだと思っていても、わたしは…私たちはそうじゃない」

「私たちは、あの日以来、ずっと逃げてきた。その間を、ずうっと必死に生きてきたのは、加奈子ちゃんだもの…」

だからね。

裕貴を見つめるカナの眼は、強い光を宿していた。

「もし、統合するならば、私は加奈子ちゃんが中心でいるべきだと思うの」

裕貴の顔が、悲痛にゆがんだ。

「カナ…」

「死ぬわけじゃないよ。私たちは、しっかり話し合うつもりだし。実際、今まで生きてきたのは、加奈子ちゃん。…それにね、わたし達では、加奈子ちゃんのように生活できないわ…」

加奈子ちゃん、大学生でしょう?

カナは首を傾げて、苦笑した。

「さっき加奈子ちゃんの文章読んだけれど…ほとんど読めなかったわ。漢字が入るとさっぱり。こんなんじゃ、大学生なんてできないもの…」

だからね。カナは歌うように告げた。

「そんな私たちでも、加奈子ちゃんの助けになりたい。…ひろちゃん、一緒に考えてくれないかな?加奈子ちゃんのそばにずっと、一緒にいたんでしょう?」

「…ああ…そんなことでよかったら、喜んで」

裕貴の表情は、泣きそうになっていた。

それを聞いて、ようやく、カナは笑顔を浮かべた。

「よかった!…それとね、ひろちゃん」

ひとつ、教えてあげるね。

そういってカナは、ベンチから勢いよく立ち上がると、微笑んだ。

裕貴はその動きについていくのが、一瞬、遅れた。

「…私はね、ひろちゃん。…あなたに触れることは、平気なんだよ?」

「…なん、で…、カナ?」

裕貴は今、カナの腕が首の周りに回されて、ぎゅうっと抱きしめられていた。

カナの髪が、ふわりと裕貴の首に触れる。

その感触と、ほのかに立ち上る女性らしい香り。柔らかい体の感触に、裕貴は一瞬で硬直した。

一瞬で体が固まった裕貴の様子に、抱きついたまま、カナは面白そうに笑った。

「だって、ひろちゃんは私が好きな人だったもの。特別だもの」

追撃の言葉に、裕貴の顔はさらに真っ赤に茹で上がった。
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