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裕貴の頭の中は、只今大パニックを起こしていた。

『あた、あたって、あぁ、やわらか…って!こいつは加奈子、そういうのが嫌いなやつ、あぁ、でも、今は恋人ごっこだったからいいのか?…にしても、わりと大きいのな、やわらかくて、あったかくて…って!違うぅぅ!』

身長差とあいまって、加奈子の胸部が裕貴の腕部分に当たってしまい、裕貴の脳内は只今ピンク色に大爆発中だった。

気にしないように、気にしないようにと念じても、そう言うときこそ余計な記憶がよみがえってくるのは世の常なのかなんなのか。脳内に、曲線マニアな悪友の言葉が浮かび上がる。

「ささきいいんちょは、いいもんもってるって絶対」

「お前なぁ、またかよ…」

「これだからしろーとは!」

悪友のふざけた顔が、どこぞの悪代官よろしく欲にまみれた陰気な笑みに変わる。

「例をあげるなら体操服だな。胸がでかいやつで、サイズを気にするやつは大抵サイズを大きめにする。そんで、決めては走ってるときの揺れだ!あの服のシワのより具合と、振動で揺れ動く服のシワ!ええもんがあの奥には隠れてるんだよ!」

「はぁおがみてぇなぁ…」

「お前は…一回死ぬか?」

「なんだよ、想像くらい勝手だろ。俺のことは気にするなよ」

「気にするわ!」

そんな悪ふざけから、

「知ってるかー?童貞よ」

「聞きたくないしその呼び方はやめろ変態」

「まあまあ。女子の胸の柔らかさって、大体二の腕のやわらかさと同じなんだってさ。だから、二の腕にさわれさえすれば、その子の胸の柔らかさもわかるってもんだ!」

知恵袋的な話、

「これは重要な話なんだが」

「ぜってーききたくない、あっちいけ変態」

「いやいや、大事な話だ。体臭、知ってるな?あれが嫌に感じなくて、寧ろ大好き、嗅ぎたい!って相手はな…」

「遺伝子的に遠くて、相性がいいそうだぞ?」

「は?」

「つまりはさっさとベッドインして子孫繁栄に励めってことだ!セックスだよ童貞君!」

「真面目に聞こうかとミリ単位でも思った俺がバカだったよ」

「はははは!」

がははと笑い転げるやつの顔が、今更ながら憎い。お前はいつまで俺を虚仮にして笑い続けるんだ…!

しかし、次の瞬間に思い出されたやつの顔が、その苛立ちを瞬時に鎮めてしまった。

あぁ、そうだ。あいつは、あんなつまらない話をしたあと、いつも、いつもーー…

「…笑えるときは笑っとけ。後悔なんて、笑い飛ばせるように。やらない後悔より、やる後悔の方が、余程良いんだ…」

見ているこちらが辛くなるほど、きれいすぎて白々しいくらいの、一見すると屈託のない笑顔を浮かべていたんだ…

その笑みが嘘だと気づいたのは、たまたま視線を落としたときに見えたやつの拳が震えながらも、きつく握りしめられていたからだった…

仏像が好き、か…

あいつは、何を救いに願ったのだろうか。

俺は…後悔せず、生きていけるのか。

「後悔するなよ!」

あいつはいつも言っていたなぁ。

裕貴は、頭の中がスッキリしていくのを感じた。

腕に感じる柔らかな感触は、いまだになれないが。

柔らかい。そして、温かい…生きている温もりが、ふわふわとうわついていながらも、染み渡るような優しい気持ちも呼び起こされてくる。

隣に並ぶ加奈子は、鼻唄を歌いながら、周りを眺めながら共に歩いてくれている。

初夏特有の、暑すぎないが眩しい日差しを受けながら、裕貴はようやく周りに目を配る余裕を得た。

「いい天気でよかったな」

「ん。出歩くにはこれくらいが最適よねぇ」

加奈子は、目線を前に向けたまま、ゆっくりと歩んでいる。街歩きを堪能しているのだろう。

「意外に楽しいわね!」

見上げて笑う加奈子を見て、裕貴は心が暖かくなるのを感じていた。

「お前と歩くから、楽しいのかもしれないな」

「…」

「どうした?」

加奈子が目を見開いて顔を凝視してくるので、裕貴は落ち着かなくなってきた。

「いや、何でもないわ…」

「なんだよ、へんなやつだな」

「ほら、画材店はあそこの角を右に曲がるの。早くいかないと次の横断歩道に間に合わないわ!」

急に急かしてくる加奈子を半目で見やりながらも、裕貴は加奈子に合わせて歩き始めた。

「…不意打ちって結構クるわね…あいつ、わりと将来性あるかもしれないわ…」

加奈子の呟きは、街の喧騒に溶けた。
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