12 / 13
11話
しおりを挟む
涙を振り払うようにその場から走り去り、馬車に向かう。
会場まで送ってくれたとき、この馬車に乗っていたのは三人。私とセリーヌとシリルだ。
だけど私ひとりだけが戻ってきたことに、御者席にいる男性がとまどったように私を見た。
「セリーヌはシリル様と一緒にいるそうなの。だから先に帰るようにと……」
言っている意味がわかるでしょう? と涙で濡れた瞳を悲し気に細める。あの屋敷に私の味方はいない。だから当然、御者席にいる彼も私の味方ではない。
屋敷の中で唯一のお姫様であるセリーヌがシリルとよい関係を築いているのだから、邪魔者である私を追い払う――もとい、家に帰らせるのに異論があるはずもなく。
ゆっくりと馬車が出発する。
そして当然のごとく、その日の晩のうちに父に呼び出された。帰ってきたセリーヌが泣きついたようで、怒りで肩を震わせている。
「ドレスを汚し、それどころか置いて帰るなど、何を考えているんだ!」
「足を痛めているのだから、そのようにふるまうべきだと思ったもので……不可抗力です」
反省の色のないと言って、鞭が振るわれる。庇った腕の袖が切り裂かれ、肉が抉れ、滴った血が絨毯を汚す。
ちょっとした仕置きとは違う、力任せの鞭。怒りのままに振るわれるそれは、惨たらしい傷を私の体に刻む。
赤くなる程度のものとは違う痛みとしびれに、涙がにじむ。覚悟していたけど、痛いものは痛い。
「――これに懲りたら、もう二度と勝手な真似をするな!」
肩で息をしながら鞭を机に置く父に、私はうなだれたまま、何も返さない。
腕に刻まれた傷は、きっと治っても痕を残すだろう。貴族令嬢ならば――自らの体を大切に大切に扱う彼女たちなら――とうてい許容できない傷痕。
だけど私は、自らの目的のためならこの程度は我慢できる。失われていないのなら、傷なんてどうでもいい。
そう思ってしまう私はやはり、クラリスとは違う。きっと元々、私はこういう人間だったのだろう。
そして翌日、当然のようにシリルが私を訪ねてきた。不快そうに歪んだ顔に、怒りに満ちた瞳。ここにもひとり、怒りのまま行動する人がいる。
もしかしたらセリーヌは、人の感情を掻き立てる天才なのかもしれない。
「昨日のあれはなんだ……! あんな、戯言をよく言えたものだな!」
「……愛しているという言葉を、戯言だとおっしゃるのですか」
「当たり前だろう! お前のそれは愛ではない。ただの執着だ! 本当に愛しているというのなら、相手の幸せを願うものだろう。間違っても、義妹を虐げたりはしない!」
だからクラリスは、自ら命を絶とうと決めた。本当に、彼のことを愛していたから。
「……そうおっしゃるのでしたら、話すことはありません」
くるりと背を向けて歩き出した私の腕を、シリルが掴む。逃がさないとばかりに、力任せに。
だけどそこには、何度も腕で受けた鞭の痕がある。
「っ……」
はっとしたようなシリルの顔は、大げさに歪んだ私の顔のせいか、それとも白い袖を染めた赤色のせいか。
会場まで送ってくれたとき、この馬車に乗っていたのは三人。私とセリーヌとシリルだ。
だけど私ひとりだけが戻ってきたことに、御者席にいる男性がとまどったように私を見た。
「セリーヌはシリル様と一緒にいるそうなの。だから先に帰るようにと……」
言っている意味がわかるでしょう? と涙で濡れた瞳を悲し気に細める。あの屋敷に私の味方はいない。だから当然、御者席にいる彼も私の味方ではない。
屋敷の中で唯一のお姫様であるセリーヌがシリルとよい関係を築いているのだから、邪魔者である私を追い払う――もとい、家に帰らせるのに異論があるはずもなく。
ゆっくりと馬車が出発する。
そして当然のごとく、その日の晩のうちに父に呼び出された。帰ってきたセリーヌが泣きついたようで、怒りで肩を震わせている。
「ドレスを汚し、それどころか置いて帰るなど、何を考えているんだ!」
「足を痛めているのだから、そのようにふるまうべきだと思ったもので……不可抗力です」
反省の色のないと言って、鞭が振るわれる。庇った腕の袖が切り裂かれ、肉が抉れ、滴った血が絨毯を汚す。
ちょっとした仕置きとは違う、力任せの鞭。怒りのままに振るわれるそれは、惨たらしい傷を私の体に刻む。
赤くなる程度のものとは違う痛みとしびれに、涙がにじむ。覚悟していたけど、痛いものは痛い。
「――これに懲りたら、もう二度と勝手な真似をするな!」
肩で息をしながら鞭を机に置く父に、私はうなだれたまま、何も返さない。
腕に刻まれた傷は、きっと治っても痕を残すだろう。貴族令嬢ならば――自らの体を大切に大切に扱う彼女たちなら――とうてい許容できない傷痕。
だけど私は、自らの目的のためならこの程度は我慢できる。失われていないのなら、傷なんてどうでもいい。
そう思ってしまう私はやはり、クラリスとは違う。きっと元々、私はこういう人間だったのだろう。
そして翌日、当然のようにシリルが私を訪ねてきた。不快そうに歪んだ顔に、怒りに満ちた瞳。ここにもひとり、怒りのまま行動する人がいる。
もしかしたらセリーヌは、人の感情を掻き立てる天才なのかもしれない。
「昨日のあれはなんだ……! あんな、戯言をよく言えたものだな!」
「……愛しているという言葉を、戯言だとおっしゃるのですか」
「当たり前だろう! お前のそれは愛ではない。ただの執着だ! 本当に愛しているというのなら、相手の幸せを願うものだろう。間違っても、義妹を虐げたりはしない!」
だからクラリスは、自ら命を絶とうと決めた。本当に、彼のことを愛していたから。
「……そうおっしゃるのでしたら、話すことはありません」
くるりと背を向けて歩き出した私の腕を、シリルが掴む。逃がさないとばかりに、力任せに。
だけどそこには、何度も腕で受けた鞭の痕がある。
「っ……」
はっとしたようなシリルの顔は、大げさに歪んだ私の顔のせいか、それとも白い袖を染めた赤色のせいか。
7
お気に入りに追加
2,084
あなたにおすすめの小説

陛下を捨てた理由
甘糖むい
恋愛
侯爵家の令嬢ジェニエル・フィンガルドには、幼い頃から仲の良い婚約者がいた。数多くの候補者の中でも、ジェニエルは頭一つ抜きんでており、王家に忠実な家臣を父に持つ彼女にとって、セオドール第一王子との結婚は約束されたも同然だった。
年齢差がわずか1歳のジェニエルとセオドールは、幼少期には兄妹のように遊び、成長するにつれて周囲の貴族たちが噂するほどの仲睦まじい関係を築いていた。ジェニエルは自分が王妃になることを信じて疑わなかった。
16歳になると、セオドールは本格的な剣術や戦に赴くようになり、頻繁に会っていた日々は次第に減少し、月に一度会うことができれば幸運という状況になった。ジェニエルは彼のためにハンカチに刺繍をしたり、王妃教育に励んだりと、忙しい日々を送るようになった。いつの間にか、お互いに心から笑い合うこともなくなり、それを悲しむよりも、国の未来について真剣に話し合うようになった。
ジェニエルの努力は実り、20歳でついにセオドールと結婚した。彼女は国で一番の美貌を持ち、才知にも優れ、王妃としての役割を果たすべく尽力した。パーティーでは同性の令嬢たちに憧れられ、異性には称賛される存在となった。
そんな決められた式を終えて3年。
国のよき母であり続けようとしていたジェニエルに一つの噂が立ち始める。
――お世継ぎが生まれないのはジェニエル様に問題があるらしい。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

私は何も知らなかった
まるまる⭐️
恋愛
「ディアーナ、お前との婚約を解消する。恨むんならお前の存在を最後まで認めなかったお前の祖父シナールを恨むんだな」 母を失ったばかりの私は、突然王太子殿下から婚約の解消を告げられた。
失意の中屋敷に戻ると其処には、見知らぬ女性と父によく似た男の子…。「今日からお前の母親となるバーバラと弟のエクメットだ」父は女性の肩を抱きながら、嬉しそうに2人を紹介した。え?まだお母様が亡くなったばかりなのに?お父様とお母様は深く愛し合っていたんじゃ無かったの?だからこそお母様は家族も地位も全てを捨ててお父様と駆け落ちまでしたのに…。
弟の存在から、父が母の存命中から不貞を働いていたのは明らかだ。
生まれて初めて父に反抗し、屋敷を追い出された私は街を彷徨い、そこで見知らぬ男達に攫われる。部屋に閉じ込められ絶望した私の前に現れたのは、私に婚約解消を告げたはずの王太子殿下だった…。

振られたあとに優しくされても困ります
菜花
恋愛
男爵令嬢ミリーは親の縁で公爵家のアルフォンスと婚約を結ぶ。一目惚れしたミリーは好かれようと猛アタックしたものの、彼の氷のような心は解けず半年で婚約解消となった。それから半年後、貴族の通う学園に入学したミリーを待っていたのはアルフォンスからの溺愛だった。ええとごめんなさい。普通に迷惑なんですけど……。カクヨムにも投稿しています。

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。
友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。
あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。
ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。
「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
「わかりました……」
「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」
そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。
勘違い、すれ違いな夫婦の恋。
前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。
四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。
※本編はマリエルの感情がメインだったこともあってマリエル一人称をベースにジュリウス視点を入れていましたが、番外部分は基本三人称でお送りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる