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10話 訴え
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滴る果実水に、セリーヌの目が大きく見開かれる。
シリルが贈ったというドレスは淡い水色をしていて、果実水の赤がよく映える。だけどセリーヌはそうは思わなかった。
「ちょっと、何をするのよ!」
「あら、ごめんなさい。足を痛めたせいかしら。少しよろめいてしまったわ」
「せっかくシリル様にいただいたのに―――!」
そんな彼女の叫び声に、周囲の視線が私たちに集まる。シリルは正義は我にありと言っていたけど、周りの人はどう思うだろうか。
婚約者の妹にドレスを贈ることが正か誤か、これで判明するだろう。
「まあ、アヒレス卿が……?」
「けれど、エティエンヌ伯爵令嬢のドレスは前にもお召しになられたことがあるものでは――」
こそこそと聞こえる声。婚約者にはドレスを贈らず、その妹にドレスを、というのは貴族社会においてもそうあるものではないらしい。
ぐっと顔を歪めたシリルが乱暴に私の腕を掴む。
「今、わざとやっただろう! それほどに義妹のことを憎んでいるとは……何をしても許されるとでも思っているのか!」
「シリル様……どうしてそのようなことをおっしゃるのですか……」
悪いのは私であると主張したいのだろう。だけど、証拠はどこにもない。
そして化粧でしっかりと作られたこの顔は、涙がよく似合う。
「……たとえシリル様とセリーヌがよい仲だろうと、愛するお二人が幸せならと……ずっと我慢してまいりました。それなのに、憎んでいるだなんて……二人のためならと、お飾りの妻でいる覚悟もしていたのに……」
ぽろぽろと流れる大粒の涙が肌の上を滑る。
腕を掴んでいるシリルと、泣いている私。そして直前までセリーヌと踊っていたシリルと、足を痛めたからとさみしそうにほほ笑みながら誘いを断っていた私。
ドレスを贈られたセリーヌと、ドレスを贈られなかったクラリス。
どちらが悪いか、この場だけを切り取れば――いや、切り取る必要もなく、誰が見ても一目瞭然だった。
「何を、お前は……だから、俺はセリーヌとそんな仲ではないと、言っただろう!」
「ええ、わかっておりますとも。ただドレスを贈り、ダンスを踊っただけ、ですものね。私ではなくセリーヌに会いにきても、そういう関係ではないことは、わかっております……だから……」
それ以上は言うのも聞くのも辛いというように、顔を俯ける。
だけど言わないわけにはいかない、というように声を振り絞る。震える声で、懸命に言葉を紡いでいるように。
「それでもかまわないと……お慕いするあなたの横にいられるのならと……そう思っていたのに……あなたには、私が妹にひどいことをする女だと、映っていらしたのですね」
これは、クラリスの嘆きだ。
愛した人に信じてもらえない苦しみ。家族からも誰からも見てもらえない悲しみ。
「……シリル様。心から、あなたを愛していました。一緒にいると約束してくれたあなたを信じていました。けれどもう……疲れました」
シリルが贈ったというドレスは淡い水色をしていて、果実水の赤がよく映える。だけどセリーヌはそうは思わなかった。
「ちょっと、何をするのよ!」
「あら、ごめんなさい。足を痛めたせいかしら。少しよろめいてしまったわ」
「せっかくシリル様にいただいたのに―――!」
そんな彼女の叫び声に、周囲の視線が私たちに集まる。シリルは正義は我にありと言っていたけど、周りの人はどう思うだろうか。
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こそこそと聞こえる声。婚約者にはドレスを贈らず、その妹にドレスを、というのは貴族社会においてもそうあるものではないらしい。
ぐっと顔を歪めたシリルが乱暴に私の腕を掴む。
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「シリル様……どうしてそのようなことをおっしゃるのですか……」
悪いのは私であると主張したいのだろう。だけど、証拠はどこにもない。
そして化粧でしっかりと作られたこの顔は、涙がよく似合う。
「……たとえシリル様とセリーヌがよい仲だろうと、愛するお二人が幸せならと……ずっと我慢してまいりました。それなのに、憎んでいるだなんて……二人のためならと、お飾りの妻でいる覚悟もしていたのに……」
ぽろぽろと流れる大粒の涙が肌の上を滑る。
腕を掴んでいるシリルと、泣いている私。そして直前までセリーヌと踊っていたシリルと、足を痛めたからとさみしそうにほほ笑みながら誘いを断っていた私。
ドレスを贈られたセリーヌと、ドレスを贈られなかったクラリス。
どちらが悪いか、この場だけを切り取れば――いや、切り取る必要もなく、誰が見ても一目瞭然だった。
「何を、お前は……だから、俺はセリーヌとそんな仲ではないと、言っただろう!」
「ええ、わかっておりますとも。ただドレスを贈り、ダンスを踊っただけ、ですものね。私ではなくセリーヌに会いにきても、そういう関係ではないことは、わかっております……だから……」
それ以上は言うのも聞くのも辛いというように、顔を俯ける。
だけど言わないわけにはいかない、というように声を振り絞る。震える声で、懸命に言葉を紡いでいるように。
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