9 / 13
8話 舞踏会に向けて
しおりを挟むついにブルナに会える。
ブンザさんの話によればブルナは奴隷兵として進軍中で、ここ2~3日のうちに国境の町セプタの手前、バルチに到着するそうだ。
ラジエル候との約束で宮中にいたブルナ
を奴隷兵として徴兵してもらい戦争のどさくさにまぎれてブルナを脱走させる計画だったのだ。
ラジエル候は約束を守ってくれた。
次は俺が動く番だ。
ブルナが到着する予定のバルチは未だ戦地では無いがブルナ一人を脱走させるくらい今の俺なら何の問題も無くこなせるだろう。
俺は、キューブにエリカを残しアウラ様の神殿からバルチを目指すことにした。
ゲートをくぐりアウラ様の神殿に出て、ゲートのある部屋の隣の部屋のドアをノックした。
アウラ様の寝室だ。
「おはようございます。」
ドアが開いてイリヤ様とツインズが出てきた。
「あら、ソウさん。おはようございます。」
「「キュイキュイ。キャウキャウ。」」
ツインズが俺の両肩に停まる。
アウラ様も出てきた。
「おう。ソウ。どっか行くんか?」
「ええ、バルチにピンターの姉がいることがわかったので、迎えに行くところです。素通りするのもなんなのでご挨拶に来ました。」
「おお、そりゃよかったな。ピンターよろこんどるやろ。よかったなぁ。」
アウラ様は我がことのように喜んでくれているようだ。
「それと、アウラ様にまた少しお願いがありまして。」
「おお、なんでもいわんかい。」
「ルチアの故郷が戦禍に飲まれたようで、ブルナを助けた後、様子を見に行くつもりです。その際難民がいたら、一度保護しようと思っているのですが、またここを使ってもいいですか?」
俺は以前、このアウラ様の神殿にバルチの住民を避難させたことがある。
ブルナを救い出した後、ネリア村の様子を見て難民がいれば保護したいと思っているのだ。
おそらくネリア村は壊滅状態だろう。
ネリア村の村長や住民、それに番犬ハチのことも気になっている。
俺がゲートを開いて多数の獣人を移動させることのできる場所は、この神殿しか思い当たる場所が無い。
「ああ、かまへんで、好きなだけ使い。」
「ありがとうございます。それでは行って参ります。」
「おう。きぃつけてな。」
「いってらっしゃい。」
「「キャウキャウ」」
俺はアウラ様達に見送られて神殿を出た。
神殿からバルチまで、以前エリカを伴って移動したことがある。
その時は俺の身体能力も今ほどではなく、エリカを伴ってたこともあって一泊二日の行程だったが、今の俺なら半日もあればバルチに到着できるはずだ。
アウラ神殿を出るとゆるやかなカルスト地帯が続く、カルスト地帯を抜けると険しい山並みに入る。
レニア山脈だ。
レニア山脈は標高2~3千メートルの山並みが続く険しい山岳地帯だが、獣王化した俺には里山をかけぬけるようなものだ。
レニア山脈を走る途中、ワイバーンが遠くから俺を見つけて近づいてきたが、俺が怒気を発しただけで敏感に危険を感じ、すぐに逃げ去った。
今の俺は怒気だけでワイバーンを遠ざけるほどに成長している。
レニア山脈を3時間ほどで走破すると、目の前には大きな川があらわれた。
バリーツ大河だ。
川幅は100メートルほどある。
泳ぐこともできたが、水に濡れるのが嫌で、マジックバックから魚雷艇を出した。
この魚雷艇はウルフと同じくタイチさんからもらったもので、縦12メートル幅5メートル。
甲板に二基の魚雷発射装置を備えた小型魚雷艇だ。
正式名を
『小型魚雷艇シーサーペント26型』
という。
俺はこの魚雷艇をウルフと同じように『サーペント』と呼んでいる。
操縦方法はウルフと同じだ。
リバーツ大河を横切ると無人の草原が広がっている。
まもなく春だが草原には所々雪が残っている。
この雪が消える頃には、ゲラン国とジュベル国の大戦が始まる。
それまでには俺の家族や友人、知人を戦禍から遠ざけたい。
できるなら戦争そのものを無くしたい。
草原を駆け抜けるのにウルフを使おうかとも思ったが、今の自分が全力で走ればどうなるかを確かめたかった。
誰も見ているわけではなかったが、俺は川岸でクラウチングスタートの姿勢をとって、心の中で号砲を鳴らした。
(よーいドン)
スタートを切った。
足下は草やガレキ雪溜まりだが、そんなことは苦にならない。
最初は自分の体にどのくらい負担があるか確認しながらスピードを上げていった。
徐々にスピードが上がる。
体感速度は時速80キロを超えたが、体には何の負担も無い。
疲れは感じるのだが、疲れると同時にヒールが自動的に施され苦痛ではなくなる。
更に速度を上げたが、やはり苦痛は無い。
それどころか快感を感じる。
肉体的な快感と精神的な快感が同時に生じている。
いわゆるランナーズハイというやつかもしれない。
走りながら思わず笑みがこぼれる。
(どうだ、俺は強くなっただろう。)
誰に対してそういったのかは俺自身もわからない。
ただ飛行機が不時着して以来、何度も死にかけて、あれほど弱かった俺が今は無敵とも思える強さを手に入れた。
そのことが無性に嬉しかった。
強ければ生き残れる。
強ければ家族を守れる。
強ければ仲間を救える。
それが嬉しかったのだ。
そんなことを考えているうち、いつの間にか草原を駆け抜け街道に出た。
遠くにバルチの集落が見える。
俺は速度を落とし人間の姿に戻った。
人狼1の姿だ。
キノクニ相談役シンの姿と言った方がわかりやすいかも知れない。
この姿は毛深く逞しい人間の姿に見える。
人狼Ⅱや獣王の姿は、とても人間に見えず獣人そのものだ。
獣王の姿に至っては獣人のそれを超え、どちらかと言えばアウラ様の龍化に近いものを感じる。
人間も獣人も近寄りがたい姿だそうだ。
人狼1の姿でキノクニの半纏を羽織りバルチ村の入り口に近づいた。
村の入り口には門番がいる。
俺が手を上げながら門に近づくと門番も俺に近づいた。
「これは、シン様。お久しぶりです。以前は母がお世話になりました。」
門番は俺の事を覚えて居た。
以前、ジュベル国軍が、このバルチ村方面に進軍した時、俺はバルチ村の老人や子供をアウラ神殿まで避難させたことがある。
門番は、その時のことをいっているのだろう。
「ああ、久しぶりだな。変わりは無いか?」
「ええ、代官様も交代されて、いたって平穏な村に戻っています。これもシン様のおかげですよ。」
ここバルチには悪徳代官が赴任いていたが、俺がラジエル侯爵に報告した結果、前の代官はクビになったのだ。
「今日は何用で?何かまた異変がありましたか?」
「いや、セプタへ行く途中に立ち寄っただけだ。」
本当はブルナ救出作戦を実行するためだが、当然そんなことは言えない。
「ところで、セプタへの援軍が先にゲラニを出発したはずだが、まだ到着していないか?」
門番はもう一人の門番と話し合ってから答えた。
「いえ、今のところこの街を通過したのは一月前に通過した第二師団だけだそうです。」
ブルナ達の部隊はまだバルチへ到着していないようだ。
「わかった。ありがとう。」
俺は門番に礼を言って通行料金を支払い街へと入った。
街の中に入ってからまず、エリカの祖母の家を訪ねた。
エリカの祖母は俺のことをよく覚えていた。
「まぁまぁシン様。ようこそおいで下さいました。その節はひとかたならぬお世話になりましてありがとうございました。村長をはじめ皆シン様に感謝しておりますよ。ほんとうに」
「いや、おれなんて大したことはしていないですよ。龍神様の神殿をちょこっと借りただけですから。」
「いえいえ、龍神様が実在するとは皆驚いておりました。その龍神様のお知り合いだなんて、それにお代官様も変えていただきましたしね。シン様はこの村では神様扱いですよ。
・・・昔はゲランの国民も皆、龍神様を信仰しておりましたのにねぇ。いつのまにやら・・・」
なにやら言いたそうだったが、国教であるヒュドラ教のこと安易に言葉に出来ないのだろう。
代官を変えたのは領主のラジエル侯爵だが、その原因となった代官の汚職を暴いたのが俺だと言うことになっているらしい。
「ところで、シン様。エリカは元気にしていますでしょうか?」
「ええ、元気ですよ。今会わせてあげます。」
俺はおばあさんの家の中でゲートを開いてエリカを呼び寄せた。
「おばあちゃん!」
エリカがゲートを出るなり、おばあちゃんに抱きついた。
「あらあら、エリちゃん。ホント元気ね。うふふ。」
おばあちゃんはアウラ神殿へ避難する時、ゲートをくぐった経験があるのでエリカがゲートから出てきてもさほど驚いていないようだ。
おばあちゃんもエリカも少し涙ぐんでいる。
今回の作戦でエリカを助手に選んだのは今のこの光景を見たかったからかも知れない。
俺も母さんや父さんに会いたい。・・・
エリカは、おばあちゃんをひとしきり抱きしめた後、俺に向いた。
「それで、シン様。ブルナさんは?」
「ああ、まだ到着していない。ブルナ達が到着するまで、ここで待つよ。ゲートを開いたままにしておきたいからエリカ、お前がゲートの門番だ。ここから離れるな。」
「え?はい。・・」
つまり「おばあちゃんちでゆっくりしろよ。」という意味だ。
「ありがとうございます。ソウ様」
おばあちゃんの方が先に礼を言った。
おれの意図することがわかっているようだ。
「礼はいらないですよ。これはエリカの仕事ですから。」
俺はにこやかに返事した。
「いえいえ、シン様のお心遣い、身にしみております。エリカの申すとおりのお方ですね。シン様のような方がエリカの・・・」
と言いかけたときエリカがあわてておばあちゃんの口を塞いだ。
エリカは耳まで真っ赤にしている。
「おばあちゃん!!」
ナニナニ?どうしたの?
今のおばあちゃんの話しぶりだと、エリカは俺の事をおばあちゃんに話していて、おばあちゃんはその話を聞いた上「エリカの・・・夫?旦那様?・・・になってくれたら。」と言いかけたような気もするが?
まさかねぇ、映画スターのような美人のエリカが俺の妻だなんてねぇ。
俺の鼻の下が少し伸びたような気がする。
俺は元の世界、日本では全くモテなかった。
一番近しい女性はヒナだ。
そのヒナも俺には恋心なんて抱いていない。
家族的な愛情は持ってくれているかもしれないが、男女間の愛情は持っていない。
悲しいが、そのことは俺もよくわかっている。
この世界に来て女性からの視線や感情が変化していることには気がついているが、それでも元の世界の感覚が俺の感情を支配している。
(俺がモテるはずない。)
「エリカ、俺は一度キューブへ帰るから、ゲートの番をよろしくね。」
「はい。承知いたしました。お任せ下さい。」
俺はゲートをくぐってキューブへ帰った。
特に用事は無かったが夕食の時間だし、吉報をまだかまだかと待っているピンターにも現状を知らせたかったのだ。
ブルナはまもなくバルチに現れる。
ゲラニ軍第三師団は思ったより進軍が遅れていた。
バルチまであと3日という地点で野営の準備をしていた。
「さぁさぁ、さっさとテントを張って食事の支度をしろ。」
武装した兵士がみすぼらしい服装をした男女に命令をした。
みすぼらしい服装をした男女は30名ほどいるが、兵士の命令通り、キビキビと働き野営の準備をしている。
動作が鈍い奴隷は他の兵士にむち打たれている。
その様子を見た女性が鞭うつ兵士に声をかけた。
「そこの兵隊さん。貴方もっと奴隷を大切にしなさい。奴隷は装備品と同じよ。国の財産だし、ヒュドラ様の財産でもあるのよ。わかっているの?」
「は、はい。司教様。すみません。」
兵士は女性に謝った。
女性は白い服装で首からはヒュドラ教のネックレスが覗いている。
ヘレナだ。
ブンザさんの話によればブルナは奴隷兵として進軍中で、ここ2~3日のうちに国境の町セプタの手前、バルチに到着するそうだ。
ラジエル候との約束で宮中にいたブルナ
を奴隷兵として徴兵してもらい戦争のどさくさにまぎれてブルナを脱走させる計画だったのだ。
ラジエル候は約束を守ってくれた。
次は俺が動く番だ。
ブルナが到着する予定のバルチは未だ戦地では無いがブルナ一人を脱走させるくらい今の俺なら何の問題も無くこなせるだろう。
俺は、キューブにエリカを残しアウラ様の神殿からバルチを目指すことにした。
ゲートをくぐりアウラ様の神殿に出て、ゲートのある部屋の隣の部屋のドアをノックした。
アウラ様の寝室だ。
「おはようございます。」
ドアが開いてイリヤ様とツインズが出てきた。
「あら、ソウさん。おはようございます。」
「「キュイキュイ。キャウキャウ。」」
ツインズが俺の両肩に停まる。
アウラ様も出てきた。
「おう。ソウ。どっか行くんか?」
「ええ、バルチにピンターの姉がいることがわかったので、迎えに行くところです。素通りするのもなんなのでご挨拶に来ました。」
「おお、そりゃよかったな。ピンターよろこんどるやろ。よかったなぁ。」
アウラ様は我がことのように喜んでくれているようだ。
「それと、アウラ様にまた少しお願いがありまして。」
「おお、なんでもいわんかい。」
「ルチアの故郷が戦禍に飲まれたようで、ブルナを助けた後、様子を見に行くつもりです。その際難民がいたら、一度保護しようと思っているのですが、またここを使ってもいいですか?」
俺は以前、このアウラ様の神殿にバルチの住民を避難させたことがある。
ブルナを救い出した後、ネリア村の様子を見て難民がいれば保護したいと思っているのだ。
おそらくネリア村は壊滅状態だろう。
ネリア村の村長や住民、それに番犬ハチのことも気になっている。
俺がゲートを開いて多数の獣人を移動させることのできる場所は、この神殿しか思い当たる場所が無い。
「ああ、かまへんで、好きなだけ使い。」
「ありがとうございます。それでは行って参ります。」
「おう。きぃつけてな。」
「いってらっしゃい。」
「「キャウキャウ」」
俺はアウラ様達に見送られて神殿を出た。
神殿からバルチまで、以前エリカを伴って移動したことがある。
その時は俺の身体能力も今ほどではなく、エリカを伴ってたこともあって一泊二日の行程だったが、今の俺なら半日もあればバルチに到着できるはずだ。
アウラ神殿を出るとゆるやかなカルスト地帯が続く、カルスト地帯を抜けると険しい山並みに入る。
レニア山脈だ。
レニア山脈は標高2~3千メートルの山並みが続く険しい山岳地帯だが、獣王化した俺には里山をかけぬけるようなものだ。
レニア山脈を走る途中、ワイバーンが遠くから俺を見つけて近づいてきたが、俺が怒気を発しただけで敏感に危険を感じ、すぐに逃げ去った。
今の俺は怒気だけでワイバーンを遠ざけるほどに成長している。
レニア山脈を3時間ほどで走破すると、目の前には大きな川があらわれた。
バリーツ大河だ。
川幅は100メートルほどある。
泳ぐこともできたが、水に濡れるのが嫌で、マジックバックから魚雷艇を出した。
この魚雷艇はウルフと同じくタイチさんからもらったもので、縦12メートル幅5メートル。
甲板に二基の魚雷発射装置を備えた小型魚雷艇だ。
正式名を
『小型魚雷艇シーサーペント26型』
という。
俺はこの魚雷艇をウルフと同じように『サーペント』と呼んでいる。
操縦方法はウルフと同じだ。
リバーツ大河を横切ると無人の草原が広がっている。
まもなく春だが草原には所々雪が残っている。
この雪が消える頃には、ゲラン国とジュベル国の大戦が始まる。
それまでには俺の家族や友人、知人を戦禍から遠ざけたい。
できるなら戦争そのものを無くしたい。
草原を駆け抜けるのにウルフを使おうかとも思ったが、今の自分が全力で走ればどうなるかを確かめたかった。
誰も見ているわけではなかったが、俺は川岸でクラウチングスタートの姿勢をとって、心の中で号砲を鳴らした。
(よーいドン)
スタートを切った。
足下は草やガレキ雪溜まりだが、そんなことは苦にならない。
最初は自分の体にどのくらい負担があるか確認しながらスピードを上げていった。
徐々にスピードが上がる。
体感速度は時速80キロを超えたが、体には何の負担も無い。
疲れは感じるのだが、疲れると同時にヒールが自動的に施され苦痛ではなくなる。
更に速度を上げたが、やはり苦痛は無い。
それどころか快感を感じる。
肉体的な快感と精神的な快感が同時に生じている。
いわゆるランナーズハイというやつかもしれない。
走りながら思わず笑みがこぼれる。
(どうだ、俺は強くなっただろう。)
誰に対してそういったのかは俺自身もわからない。
ただ飛行機が不時着して以来、何度も死にかけて、あれほど弱かった俺が今は無敵とも思える強さを手に入れた。
そのことが無性に嬉しかった。
強ければ生き残れる。
強ければ家族を守れる。
強ければ仲間を救える。
それが嬉しかったのだ。
そんなことを考えているうち、いつの間にか草原を駆け抜け街道に出た。
遠くにバルチの集落が見える。
俺は速度を落とし人間の姿に戻った。
人狼1の姿だ。
キノクニ相談役シンの姿と言った方がわかりやすいかも知れない。
この姿は毛深く逞しい人間の姿に見える。
人狼Ⅱや獣王の姿は、とても人間に見えず獣人そのものだ。
獣王の姿に至っては獣人のそれを超え、どちらかと言えばアウラ様の龍化に近いものを感じる。
人間も獣人も近寄りがたい姿だそうだ。
人狼1の姿でキノクニの半纏を羽織りバルチ村の入り口に近づいた。
村の入り口には門番がいる。
俺が手を上げながら門に近づくと門番も俺に近づいた。
「これは、シン様。お久しぶりです。以前は母がお世話になりました。」
門番は俺の事を覚えて居た。
以前、ジュベル国軍が、このバルチ村方面に進軍した時、俺はバルチ村の老人や子供をアウラ神殿まで避難させたことがある。
門番は、その時のことをいっているのだろう。
「ああ、久しぶりだな。変わりは無いか?」
「ええ、代官様も交代されて、いたって平穏な村に戻っています。これもシン様のおかげですよ。」
ここバルチには悪徳代官が赴任いていたが、俺がラジエル侯爵に報告した結果、前の代官はクビになったのだ。
「今日は何用で?何かまた異変がありましたか?」
「いや、セプタへ行く途中に立ち寄っただけだ。」
本当はブルナ救出作戦を実行するためだが、当然そんなことは言えない。
「ところで、セプタへの援軍が先にゲラニを出発したはずだが、まだ到着していないか?」
門番はもう一人の門番と話し合ってから答えた。
「いえ、今のところこの街を通過したのは一月前に通過した第二師団だけだそうです。」
ブルナ達の部隊はまだバルチへ到着していないようだ。
「わかった。ありがとう。」
俺は門番に礼を言って通行料金を支払い街へと入った。
街の中に入ってからまず、エリカの祖母の家を訪ねた。
エリカの祖母は俺のことをよく覚えていた。
「まぁまぁシン様。ようこそおいで下さいました。その節はひとかたならぬお世話になりましてありがとうございました。村長をはじめ皆シン様に感謝しておりますよ。ほんとうに」
「いや、おれなんて大したことはしていないですよ。龍神様の神殿をちょこっと借りただけですから。」
「いえいえ、龍神様が実在するとは皆驚いておりました。その龍神様のお知り合いだなんて、それにお代官様も変えていただきましたしね。シン様はこの村では神様扱いですよ。
・・・昔はゲランの国民も皆、龍神様を信仰しておりましたのにねぇ。いつのまにやら・・・」
なにやら言いたそうだったが、国教であるヒュドラ教のこと安易に言葉に出来ないのだろう。
代官を変えたのは領主のラジエル侯爵だが、その原因となった代官の汚職を暴いたのが俺だと言うことになっているらしい。
「ところで、シン様。エリカは元気にしていますでしょうか?」
「ええ、元気ですよ。今会わせてあげます。」
俺はおばあさんの家の中でゲートを開いてエリカを呼び寄せた。
「おばあちゃん!」
エリカがゲートを出るなり、おばあちゃんに抱きついた。
「あらあら、エリちゃん。ホント元気ね。うふふ。」
おばあちゃんはアウラ神殿へ避難する時、ゲートをくぐった経験があるのでエリカがゲートから出てきてもさほど驚いていないようだ。
おばあちゃんもエリカも少し涙ぐんでいる。
今回の作戦でエリカを助手に選んだのは今のこの光景を見たかったからかも知れない。
俺も母さんや父さんに会いたい。・・・
エリカは、おばあちゃんをひとしきり抱きしめた後、俺に向いた。
「それで、シン様。ブルナさんは?」
「ああ、まだ到着していない。ブルナ達が到着するまで、ここで待つよ。ゲートを開いたままにしておきたいからエリカ、お前がゲートの門番だ。ここから離れるな。」
「え?はい。・・」
つまり「おばあちゃんちでゆっくりしろよ。」という意味だ。
「ありがとうございます。ソウ様」
おばあちゃんの方が先に礼を言った。
おれの意図することがわかっているようだ。
「礼はいらないですよ。これはエリカの仕事ですから。」
俺はにこやかに返事した。
「いえいえ、シン様のお心遣い、身にしみております。エリカの申すとおりのお方ですね。シン様のような方がエリカの・・・」
と言いかけたときエリカがあわてておばあちゃんの口を塞いだ。
エリカは耳まで真っ赤にしている。
「おばあちゃん!!」
ナニナニ?どうしたの?
今のおばあちゃんの話しぶりだと、エリカは俺の事をおばあちゃんに話していて、おばあちゃんはその話を聞いた上「エリカの・・・夫?旦那様?・・・になってくれたら。」と言いかけたような気もするが?
まさかねぇ、映画スターのような美人のエリカが俺の妻だなんてねぇ。
俺の鼻の下が少し伸びたような気がする。
俺は元の世界、日本では全くモテなかった。
一番近しい女性はヒナだ。
そのヒナも俺には恋心なんて抱いていない。
家族的な愛情は持ってくれているかもしれないが、男女間の愛情は持っていない。
悲しいが、そのことは俺もよくわかっている。
この世界に来て女性からの視線や感情が変化していることには気がついているが、それでも元の世界の感覚が俺の感情を支配している。
(俺がモテるはずない。)
「エリカ、俺は一度キューブへ帰るから、ゲートの番をよろしくね。」
「はい。承知いたしました。お任せ下さい。」
俺はゲートをくぐってキューブへ帰った。
特に用事は無かったが夕食の時間だし、吉報をまだかまだかと待っているピンターにも現状を知らせたかったのだ。
ブルナはまもなくバルチに現れる。
ゲラニ軍第三師団は思ったより進軍が遅れていた。
バルチまであと3日という地点で野営の準備をしていた。
「さぁさぁ、さっさとテントを張って食事の支度をしろ。」
武装した兵士がみすぼらしい服装をした男女に命令をした。
みすぼらしい服装をした男女は30名ほどいるが、兵士の命令通り、キビキビと働き野営の準備をしている。
動作が鈍い奴隷は他の兵士にむち打たれている。
その様子を見た女性が鞭うつ兵士に声をかけた。
「そこの兵隊さん。貴方もっと奴隷を大切にしなさい。奴隷は装備品と同じよ。国の財産だし、ヒュドラ様の財産でもあるのよ。わかっているの?」
「は、はい。司教様。すみません。」
兵士は女性に謝った。
女性は白い服装で首からはヒュドラ教のネックレスが覗いている。
ヘレナだ。
15
お気に入りに追加
2,084
あなたにおすすめの小説

陛下を捨てた理由
甘糖むい
恋愛
侯爵家の令嬢ジェニエル・フィンガルドには、幼い頃から仲の良い婚約者がいた。数多くの候補者の中でも、ジェニエルは頭一つ抜きんでており、王家に忠実な家臣を父に持つ彼女にとって、セオドール第一王子との結婚は約束されたも同然だった。
年齢差がわずか1歳のジェニエルとセオドールは、幼少期には兄妹のように遊び、成長するにつれて周囲の貴族たちが噂するほどの仲睦まじい関係を築いていた。ジェニエルは自分が王妃になることを信じて疑わなかった。
16歳になると、セオドールは本格的な剣術や戦に赴くようになり、頻繁に会っていた日々は次第に減少し、月に一度会うことができれば幸運という状況になった。ジェニエルは彼のためにハンカチに刺繍をしたり、王妃教育に励んだりと、忙しい日々を送るようになった。いつの間にか、お互いに心から笑い合うこともなくなり、それを悲しむよりも、国の未来について真剣に話し合うようになった。
ジェニエルの努力は実り、20歳でついにセオドールと結婚した。彼女は国で一番の美貌を持ち、才知にも優れ、王妃としての役割を果たすべく尽力した。パーティーでは同性の令嬢たちに憧れられ、異性には称賛される存在となった。
そんな決められた式を終えて3年。
国のよき母であり続けようとしていたジェニエルに一つの噂が立ち始める。
――お世継ぎが生まれないのはジェニエル様に問題があるらしい。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

私は何も知らなかった
まるまる⭐️
恋愛
「ディアーナ、お前との婚約を解消する。恨むんならお前の存在を最後まで認めなかったお前の祖父シナールを恨むんだな」 母を失ったばかりの私は、突然王太子殿下から婚約の解消を告げられた。
失意の中屋敷に戻ると其処には、見知らぬ女性と父によく似た男の子…。「今日からお前の母親となるバーバラと弟のエクメットだ」父は女性の肩を抱きながら、嬉しそうに2人を紹介した。え?まだお母様が亡くなったばかりなのに?お父様とお母様は深く愛し合っていたんじゃ無かったの?だからこそお母様は家族も地位も全てを捨ててお父様と駆け落ちまでしたのに…。
弟の存在から、父が母の存命中から不貞を働いていたのは明らかだ。
生まれて初めて父に反抗し、屋敷を追い出された私は街を彷徨い、そこで見知らぬ男達に攫われる。部屋に閉じ込められ絶望した私の前に現れたのは、私に婚約解消を告げたはずの王太子殿下だった…。

振られたあとに優しくされても困ります
菜花
恋愛
男爵令嬢ミリーは親の縁で公爵家のアルフォンスと婚約を結ぶ。一目惚れしたミリーは好かれようと猛アタックしたものの、彼の氷のような心は解けず半年で婚約解消となった。それから半年後、貴族の通う学園に入学したミリーを待っていたのはアルフォンスからの溺愛だった。ええとごめんなさい。普通に迷惑なんですけど……。カクヨムにも投稿しています。

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。
友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。
あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。
ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。
「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
「わかりました……」
「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」
そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。
勘違い、すれ違いな夫婦の恋。
前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。
四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。
※本編はマリエルの感情がメインだったこともあってマリエル一人称をベースにジュリウス視点を入れていましたが、番外部分は基本三人称でお送りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる