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1話 私は誰
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「お前と話すことなどない」
そう言って、こちらを睨みつけているのは私の婚約者――らしい、シリル・アヒレス。
さらさらの銀の髪に濃紺の瞳。整った綺麗な顔は周りに咲き誇る色とりどりの花にすら劣っていない。
だがそんな綺麗な顔には今、ありありとした憎悪が刻まれている。
「お前が裏で何をしているのか、俺は知っているんだ」
「私が……何をしたとおっしゃるのですか?」
「しらじらしい。それとも、義妹を虐げる程度のこと、お前にはなんでもないということか」
「義妹……?」
「まさかお前、セリーヌのことを妹だとすら思っていないのか」
「いえ……そうではありません」
じろりと睨まれ、小さく首を横に振る。
セリーヌのことは知っている。金髪に青い目をした少女で、私の妹だと聞いていたし、本人もそうふるまっていた。
だけどあのセリーヌをいじめていた? 私が? それに義妹とは。
「……ちなみに、私が何をしたのかお聞きしてもよろしいですか?」
心の底から知りたくて聞いたのだけど、そんな私の態度は彼の目にはふてぶてしく映ったようで、紫色の瞳が怒りに染まる。
そして、まくしたてるようにこれまで私が行ったらしい悪行――才ある義妹に嫉妬し、彼女のものを奪ったり、残飯を与えたり、汚水をかけたり、嘲笑ったり、階段から突き落としたりしたのだと語った。
「なるほど、そんなことが……」
「心当たりがないとでも言うつもりか」
困ったことにまったくない。
というのも、私には心当たりどころか――記憶がない。
覚えているのは、ひどい頭の痛みで目が覚めたこと。
目に飛びこんできたのは白い天井と、白い服を着た男性。男性は私と目が合うと大慌てて人を呼びに行った。
そして現れたのは、見知らぬ男女。年の頃は三十から四十ぐらいだろうか。寄り添いあいながら私を見下ろす彼らに見覚えはなく、思わず首を傾げる。
「……あの、ここはどこですか? それに、あなたたちは?」
そう質問した私に二人は顔を見合わせると、深いため息を落とした。
「……これは、どういうことだ」
「これが限界です。これ以上は――」
そんなやり取りをぼんやりと聞いていた私に、彼らは自分たちのことを父と母だと名乗り、私が彼らの娘――クラリス・エティエンヌなのだと教えてくれた。
そして私は何をしても駄目な娘で、伯爵家にはふさわしくないほど魔力が低く、人生を悲観して死のうとして、結果として記憶を失ったらしい。
だけどそんな話を聞いても、まったくと言っていいぐらいぴんとこない。私が伯爵令嬢で彼らの娘だったと知ってもなんの実感もわかない。
ぼんやりとしている私に構うことなく、父と名乗った男は話を続けた。
「お前には婚約者がいるが……記憶を失ったと知られたら……いや、そうでなくても死のうとしたなどと知られたら、心の弱い娘などいらぬと婚約を解消されるかもしれん」
だからなんとしても隠し通せ、と。
そう言って、こちらを睨みつけているのは私の婚約者――らしい、シリル・アヒレス。
さらさらの銀の髪に濃紺の瞳。整った綺麗な顔は周りに咲き誇る色とりどりの花にすら劣っていない。
だがそんな綺麗な顔には今、ありありとした憎悪が刻まれている。
「お前が裏で何をしているのか、俺は知っているんだ」
「私が……何をしたとおっしゃるのですか?」
「しらじらしい。それとも、義妹を虐げる程度のこと、お前にはなんでもないということか」
「義妹……?」
「まさかお前、セリーヌのことを妹だとすら思っていないのか」
「いえ……そうではありません」
じろりと睨まれ、小さく首を横に振る。
セリーヌのことは知っている。金髪に青い目をした少女で、私の妹だと聞いていたし、本人もそうふるまっていた。
だけどあのセリーヌをいじめていた? 私が? それに義妹とは。
「……ちなみに、私が何をしたのかお聞きしてもよろしいですか?」
心の底から知りたくて聞いたのだけど、そんな私の態度は彼の目にはふてぶてしく映ったようで、紫色の瞳が怒りに染まる。
そして、まくしたてるようにこれまで私が行ったらしい悪行――才ある義妹に嫉妬し、彼女のものを奪ったり、残飯を与えたり、汚水をかけたり、嘲笑ったり、階段から突き落としたりしたのだと語った。
「なるほど、そんなことが……」
「心当たりがないとでも言うつもりか」
困ったことにまったくない。
というのも、私には心当たりどころか――記憶がない。
覚えているのは、ひどい頭の痛みで目が覚めたこと。
目に飛びこんできたのは白い天井と、白い服を着た男性。男性は私と目が合うと大慌てて人を呼びに行った。
そして現れたのは、見知らぬ男女。年の頃は三十から四十ぐらいだろうか。寄り添いあいながら私を見下ろす彼らに見覚えはなく、思わず首を傾げる。
「……あの、ここはどこですか? それに、あなたたちは?」
そう質問した私に二人は顔を見合わせると、深いため息を落とした。
「……これは、どういうことだ」
「これが限界です。これ以上は――」
そんなやり取りをぼんやりと聞いていた私に、彼らは自分たちのことを父と母だと名乗り、私が彼らの娘――クラリス・エティエンヌなのだと教えてくれた。
そして私は何をしても駄目な娘で、伯爵家にはふさわしくないほど魔力が低く、人生を悲観して死のうとして、結果として記憶を失ったらしい。
だけどそんな話を聞いても、まったくと言っていいぐらいぴんとこない。私が伯爵令嬢で彼らの娘だったと知ってもなんの実感もわかない。
ぼんやりとしている私に構うことなく、父と名乗った男は話を続けた。
「お前には婚約者がいるが……記憶を失ったと知られたら……いや、そうでなくても死のうとしたなどと知られたら、心の弱い娘などいらぬと婚約を解消されるかもしれん」
だからなんとしても隠し通せ、と。
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