36 / 43
36話
しおりを挟む
顔を青ざめさせ、震えながらもさらに言葉を紡ごうとしたアラベラだったが、ラファエルが本気だとわかったのだろう。
ぐっと顔をしかめ、おそるおそる一歩後ろに下がる。何か助けになるものはないかとアラベラの視線が周囲に向き――その様子にラフェルは舌を打った。
「僕が言ったことが聞こえなかったのか。今すぐ、ここから立ち去れ!」
恫喝され、アラベラの口から小さな悲鳴が漏れる。
どたばたと騒がしい音が扉の外から聞こえ、間を置かず扉が大きく開かれた。
「陛下、どうかされましたか!?」
慌てた様子で入ってきたのは、騎士のひとり。アラベラにつけたのとは違う騎士で、巡回中に喧騒が聞こえてきたのだろう。
部屋のなかの様子を確認し、ただならぬ様子のラファエルとアラベラに目を見開く。
「今すぐ、こいつを城から追い出せ!」
「し、しかし、陛下」
「これは命令だ! 従わぬのならばどうなるかわかっているだろうな」
唸るように言うラファエルに、騎士はとまどいながらもアラベラの腕をひいて、部屋を出る。
そうしてひとりになった部屋で、ラファエルは持っていた手紙を握りしめ、壁を叩いた。
どうしてこうなるまで気づかなかったのか。周囲の反対を押し切り王妃に迎え、あとは誰からも敬われる王になればそれでいいと、思っていた。
それなのにどうして、彼女がいなくなってから、彼女の味方がひとりとしてそばにいないことに気づいたのか。
――その答えはわかりきっている。だが、認めることができず、目を背けた。
完璧な王になるのだから、彼女も完璧な王妃になる。そうすれば何も問題はないと思っていた。
誰からも敬われる存在になれないのは、彼女の努力が足りていないからなのだと。
気性が荒くなった、金遣いが荒くなった。そう聞くたびに、失望していった。
どうして自分はここまでして努力しているのに、彼女はそれに見合うだけの努力をしてくれないのか。
(違う、僕は、いつだって彼女のことを尊重して……大切にして、守ってやろうと、思っていた)
守りたいと思った少女は時とともに薄れ、消えてしまったのか。
子を宿せるかどうか試すだけの女に対抗心を燃やすような、あさましい女になってしまったのか。
そう思っていたのは、どこの誰だったのか。
(違う違う違う。僕は、彼女を守るために、ただそれだけを考えていた)
クリスティーナを失ったのが自分のせいだとは思いたくなくて、間違いだったのではと認めることはできず、抱いた失望に蓋をした。
彼女のために、ここまでしているのだから。彼女を守るためなのだから、理解し、受け入れて当然だと、思っていた。
だから彼女が亡くなったと知らされたとき、素直に受け入れることができなかった。どうして自分がここまでしているのに、完璧な王になろうとしているのにと思えてならなかった。
『教えてください兄上。どうやって彼女を守ったのかを』
ルシアンの言葉がよみがえり、ラファエルの顔が歪む。
クリスティーナを王妃として敬わない者たちがいたこと、甘言でラファエルを惑わした者や、ラファエルの指示にすら従わない者がいたという事実を突き付けられ、蓋をしたはずの思いがあふれだす。
自分のせいだと認めることはできなかった。
完璧な王になるのだから、間違えているのは自分以外だと――王妃としての職務をまっとうできないクリスティーナや、己の職務をまっとうしていなかった使用人のせいだと、思い続けた。
悪いのは変わってしまったクリスティーナなのだと、責任を押しつけた。
――だが本当に変わってしまったのは、誰だったのか。
『大丈夫だよ。僕が一緒にいるから』
小さな手を包みこんだときの言葉に嘘はなかった。ずっと一緒にいるのだと誓い、守るのだと心に決めた。
それなのに、いつから純粋な願いは歪んでしまったのか。
「違う違う、僕は、僕のせいじゃない。僕は、悪くない」
破り捨てたくてもできない手紙を胸に握りしめ、うずくまる。
突き付けられた現実と抱いていた理想がぶつかり合い、嗚咽が漏れる。だがラファエルを慰めてくれる手も声も、今はもうどこにもいない。
ぐっと顔をしかめ、おそるおそる一歩後ろに下がる。何か助けになるものはないかとアラベラの視線が周囲に向き――その様子にラフェルは舌を打った。
「僕が言ったことが聞こえなかったのか。今すぐ、ここから立ち去れ!」
恫喝され、アラベラの口から小さな悲鳴が漏れる。
どたばたと騒がしい音が扉の外から聞こえ、間を置かず扉が大きく開かれた。
「陛下、どうかされましたか!?」
慌てた様子で入ってきたのは、騎士のひとり。アラベラにつけたのとは違う騎士で、巡回中に喧騒が聞こえてきたのだろう。
部屋のなかの様子を確認し、ただならぬ様子のラファエルとアラベラに目を見開く。
「今すぐ、こいつを城から追い出せ!」
「し、しかし、陛下」
「これは命令だ! 従わぬのならばどうなるかわかっているだろうな」
唸るように言うラファエルに、騎士はとまどいながらもアラベラの腕をひいて、部屋を出る。
そうしてひとりになった部屋で、ラファエルは持っていた手紙を握りしめ、壁を叩いた。
どうしてこうなるまで気づかなかったのか。周囲の反対を押し切り王妃に迎え、あとは誰からも敬われる王になればそれでいいと、思っていた。
それなのにどうして、彼女がいなくなってから、彼女の味方がひとりとしてそばにいないことに気づいたのか。
――その答えはわかりきっている。だが、認めることができず、目を背けた。
完璧な王になるのだから、彼女も完璧な王妃になる。そうすれば何も問題はないと思っていた。
誰からも敬われる存在になれないのは、彼女の努力が足りていないからなのだと。
気性が荒くなった、金遣いが荒くなった。そう聞くたびに、失望していった。
どうして自分はここまでして努力しているのに、彼女はそれに見合うだけの努力をしてくれないのか。
(違う、僕は、いつだって彼女のことを尊重して……大切にして、守ってやろうと、思っていた)
守りたいと思った少女は時とともに薄れ、消えてしまったのか。
子を宿せるかどうか試すだけの女に対抗心を燃やすような、あさましい女になってしまったのか。
そう思っていたのは、どこの誰だったのか。
(違う違う違う。僕は、彼女を守るために、ただそれだけを考えていた)
クリスティーナを失ったのが自分のせいだとは思いたくなくて、間違いだったのではと認めることはできず、抱いた失望に蓋をした。
彼女のために、ここまでしているのだから。彼女を守るためなのだから、理解し、受け入れて当然だと、思っていた。
だから彼女が亡くなったと知らされたとき、素直に受け入れることができなかった。どうして自分がここまでしているのに、完璧な王になろうとしているのにと思えてならなかった。
『教えてください兄上。どうやって彼女を守ったのかを』
ルシアンの言葉がよみがえり、ラファエルの顔が歪む。
クリスティーナを王妃として敬わない者たちがいたこと、甘言でラファエルを惑わした者や、ラファエルの指示にすら従わない者がいたという事実を突き付けられ、蓋をしたはずの思いがあふれだす。
自分のせいだと認めることはできなかった。
完璧な王になるのだから、間違えているのは自分以外だと――王妃としての職務をまっとうできないクリスティーナや、己の職務をまっとうしていなかった使用人のせいだと、思い続けた。
悪いのは変わってしまったクリスティーナなのだと、責任を押しつけた。
――だが本当に変わってしまったのは、誰だったのか。
『大丈夫だよ。僕が一緒にいるから』
小さな手を包みこんだときの言葉に嘘はなかった。ずっと一緒にいるのだと誓い、守るのだと心に決めた。
それなのに、いつから純粋な願いは歪んでしまったのか。
「違う違う、僕は、僕のせいじゃない。僕は、悪くない」
破り捨てたくてもできない手紙を胸に握りしめ、うずくまる。
突き付けられた現実と抱いていた理想がぶつかり合い、嗚咽が漏れる。だがラファエルを慰めてくれる手も声も、今はもうどこにもいない。
80
お気に入りに追加
4,443
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
どうぞ、(誰にも真似できない)その愛を貫いてくださいませ(笑)
mios
恋愛
公爵令嬢の婚約者を捨て、男爵令嬢と大恋愛の末に結婚した第一王子。公爵家の後ろ盾がなくなって、王太子の地位を降ろされた第一王子。
念願の子に恵まれて、産まれた直後に齎された幼い王子様の訃報。
国中が悲しみに包まれた時、侯爵家に一報が。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
【完結】君の世界に僕はいない…
春野オカリナ
恋愛
アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。
それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。
薬の名は……。
『忘却の滴』
一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。
それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。
父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。
彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる