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36話

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 顔を青ざめさせ、震えながらもさらに言葉を紡ごうとしたアラベラだったが、ラファエルが本気だとわかったのだろう。
 ぐっと顔をしかめ、おそるおそる一歩後ろに下がる。何か助けになるものはないかとアラベラの視線が周囲に向き――その様子にラフェルは舌を打った。

「僕が言ったことが聞こえなかったのか。今すぐ、ここから立ち去れ!」

 恫喝され、アラベラの口から小さな悲鳴が漏れる。
 どたばたと騒がしい音が扉の外から聞こえ、間を置かず扉が大きく開かれた。

「陛下、どうかされましたか!?」

 慌てた様子で入ってきたのは、騎士のひとり。アラベラにつけたのとは違う騎士で、巡回中に喧騒が聞こえてきたのだろう。
 部屋のなかの様子を確認し、ただならぬ様子のラファエルとアラベラに目を見開く。

「今すぐ、こいつを城から追い出せ!」
「し、しかし、陛下」
「これは命令だ! 従わぬのならばどうなるかわかっているだろうな」

 唸るように言うラファエルに、騎士はとまどいながらもアラベラの腕をひいて、部屋を出る。
 そうしてひとりになった部屋で、ラファエルは持っていた手紙を握りしめ、壁を叩いた。

 どうしてこうなるまで気づかなかったのか。周囲の反対を押し切り王妃に迎え、あとは誰からも敬われる王になればそれでいいと、思っていた。
 それなのにどうして、彼女がいなくなってから、彼女の味方がひとりとしてそばにいないことに気づいたのか。

 ――その答えはわかりきっている。だが、認めることができず、目を背けた。
 完璧な王になるのだから、彼女も完璧な王妃になる。そうすれば何も問題はないと思っていた。
 誰からも敬われる存在になれないのは、彼女の努力が足りていないからなのだと。
 気性が荒くなった、金遣いが荒くなった。そう聞くたびに、失望していった。
 どうして自分はここまでして努力しているのに、彼女はそれに見合うだけの努力をしてくれないのか。

(違う、僕は、いつだって彼女のことを尊重して……大切にして、守ってやろうと、思っていた)

 守りたいと思った少女は時とともに薄れ、消えてしまったのか。
 子を宿せるかどうか試すだけの女に対抗心を燃やすような、あさましい女になってしまったのか。
 そう思っていたのは、どこの誰だったのか。


(違う違う違う。僕は、彼女を守るために、ただそれだけを考えていた)

 クリスティーナを失ったのが自分のせいだとは思いたくなくて、間違いだったのではと認めることはできず、抱いた失望に蓋をした。

 彼女のために、ここまでしているのだから。彼女を守るためなのだから、理解し、受け入れて当然だと、思っていた。

 だから彼女が亡くなったと知らされたとき、素直に受け入れることができなかった。どうして自分がここまでしているのに、完璧な王になろうとしているのにと思えてならなかった。

『教えてください兄上。どうやって彼女を守ったのかを』

 ルシアンの言葉がよみがえり、ラファエルの顔が歪む。
 クリスティーナを王妃として敬わない者たちがいたこと、甘言でラファエルを惑わした者や、ラファエルの指示にすら従わない者がいたという事実を突き付けられ、蓋をしたはずの思いがあふれだす。

 自分のせいだと認めることはできなかった。
 完璧な王になるのだから、間違えているのは自分以外だと――王妃としての職務をまっとうできないクリスティーナや、己の職務をまっとうしていなかった使用人のせいだと、思い続けた。
 悪いのは変わってしまったクリスティーナなのだと、責任を押しつけた。

 ――だが本当に変わってしまったのは、誰だったのか。

『大丈夫だよ。僕が一緒にいるから』

 小さな手を包みこんだときの言葉に嘘はなかった。ずっと一緒にいるのだと誓い、守るのだと心に決めた。
 それなのに、いつから純粋な願いは歪んでしまったのか。

「違う違う、僕は、僕のせいじゃない。僕は、悪くない」

 破り捨てたくてもできない手紙を胸に握りしめ、うずくまる。
 突き付けられた現実と抱いていた理想がぶつかり合い、嗚咽が漏れる。だがラファエルを慰めてくれる手も声も、今はもうどこにもいない。
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