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34話

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 クリスティーナの最後の手紙。本当は破り捨てて、そんなものはなかったと隠滅したほうがよいのだろう。
 だがアラベラがそうしなかったのは、手紙の内容に問題がなかったからだ。誰かを告発するようなものではなく、こちらの不利になるようなことも書かれていない。
 いやむしろ、都合がいい。アラベラの父親である伯爵は、クリスティーナを王妃の座からおろし、最終的にはよりふさわしい王妃を、と望んでいる。
 クリスティーナが亡くなったことは痛ましいが、目的の半分はこれで遂げたともいえるだろう。だがもう半分、別の王妃を迎えられるかどうかは、ラファエル次第だ。
 誰かが新しく王妃を迎えてほしいと進言しても、ラファエルが王妃はひとりだけだと言い張れば、どうにもならない。どこかから王妃候補を連れてきても、ラファエルがつれない態度を取れば当然怒るだろうし、破談になるかもしれない。
 なにしろ、王妃に選ばれるような人物だ。家格も容姿も申し分ないのだから、たとえ王だろうと自分に興味がなく、王妃として扱ってはくれない男のもとに嫁ぐ必要はない。たとえ格は落ちようと、よりよい条件のことろに嫁げばいい。

 だから、そのときのために――ラファエルが渋ったときに、この手紙を渡すつもりだった。
 クリスティーナ様も望んでいたのですから、と言い聞かせるために。

 だがいざというときの切り札は今、ラファエルの手の中にある。アラベラの内心に焦りが生まれるが、いつかは渡すつもりだったのだから、時期が早まっただけだと開き直り、痛ましそうに眉尻を下げた。

「陛下。申し訳ございません……渡そうとは思っていたのですが、あなたが傷つく姿を見ていたら、どうしても渡すことができず……」

 どうして隠していたのかと咎められたときのために用意していた口上を並べる。そっと目線を落とし、申し訳なさそうに、そしてラファエルを案じるかのように。

「……これを、どこで見つけた」

 低い声は震えていて、手紙を見つめる顔は歪んでいる。投げかけられた問いは、予想していたものだ。

「クリスティーナ様のお部屋で見つかったとうかがっております。亡くなられたあと、清掃のために入ったときに見つけたそうで……陛下のお心を苛めてしまうのではと、どうしたらいいのかと相談され……しかるべきときに……陛下のお心が癒されたときに渡そうと……勝手な真似をしてしまい、申し訳ございません」

 しおらしく下げた頭に「出ていけ」という声が降ってきた。
 一瞬、何を言われているのかわからず、アラベラは目を瞬かせた。

「陛下? 今、なんと――」
「今すぐに、ここから出ていけ」

 おっしゃったのですか。そう告げるはずの言葉が遮られる。
 慌てて顔を上げると、射殺さんばかりにこちらを睨みつける目と視線がかちあった。怒りに満ちたその顔に、アラベラは自然と息をのんだ。

「か、隠していたのは大変申し訳なく……ですが、それもこれも陛下のためを思って……」
「そんなことはどうでもいい……! 今すぐに、ここから――この城から出ていけ!」

 恫喝に、アラベラは顔をひきつらせた。
 まさかここまで怒るとは予想していなかったからだ。クリスティーナが亡くなってから――いや、亡くなる前から、ラファエルはアラベラの身を案じ、尊重してくれていた。
 だからこんな手紙ひとつで自分の立ち位置が揺らぐことはないと、安心しきっていた。

 それなのにどうして、ここまで怒っているのかがわからない。手紙の内容にはなんの問題もなかった。
 ただラファエルの今後を案じていて、自分のことを分不相応だったと認め、謝っているだけ。
 それのどこに怒る要素があるのか。どうして出て行けと言っているのかがわからず、アラベラは顔を引きつらせ、自らの腹に手を当てた。
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