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32話

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 アラベラは平民出身だ。とはいえ、ラファエルに紹介するにあたって多少なりとも教育を受けたであろうことは、彼女の立ち振る舞いからわかる。
 それでもクリスティーナを王妃殿下や、クリスティーナ殿下と敬意を含めた呼び方をしないのは、彼女のまわりにいた人がそう呼ぶことがなかったから――ではないのか。

(……ならば――)

 彼女のそばにいる者は誰一人として、クリスティーナに敬意を抱いていないことになる。
 ラファエルが監視としてつけた者も、そしてアラベラを紹介してきた彼女の父親である伯爵も。

 クリスティーナ様と、無遠慮に呼んだ彼はどんな意図をもってアラベラをラファエルに紹介してきたのか。
 悩む王を助けたいと、王妃が心を痛めてはいけないと――そんな殊勝な心掛けではなかったのではないか。

 疑いはじめればきりがない。どこからどこまでも怪しくて、そしてそんな彼らの甘言に乗せられ、クリスティーナを失ってしまったことが腹立たしくて、ラファエルは歯噛みした。

「……陛下? どうかされましたか?」

 何も言わないラファエルを訝しんだのか、アラベラの疑問に満ちた声がラファエルの耳に届く。
 だがそんなことに構ってはいられなかった。ラファエルはアラベラを押しのけ、彼女の部屋に――与えられた王妃の部屋に続く扉を開く。

「陛下、そちらは私の――」

 そんな抗議の声すら、ラファエルの耳を素通りしていく。
 アラベラの行動範囲は狭い。たとえ監視につけた者が見咎めなくても、ラファエルが政務に勤しんでいる間の自由時間で動ける範囲などたかが知れている。

 アラベラに誰が関わっているのか。誰が伯爵に関与しているのか。誰がアラベラと伯爵に通じているのか。
 贈り物でもなんでもいい。手紙でもなんでも、証拠となるものがあれば。

「陛下! おやめください!」
「黙れ! お前が、お前たちが僕を謀ろうとしたからだろう!」

 縋りついてきたアラベラを振り払い、ラファエルは棚から引き出しまで、すべてを開け、ひっくり返していく。怪しいものはないか。不審なものはないか。見落としがないように。

「……これは」

 宝石箱をひっくり返し、机の上に装飾品とともに一通の手紙が落ちる。
 証拠となりえるものが見つかったかもしれない。喜色を浮かべながらラフェルがちらりとアラベラの様子をうかがうと、彼女の顔からは血の気が失われていた。

「どうやらよいものを見つけたようだな」
「へ、陛下、お待ちください! そちらは――」

 封はすでに解かれている。一度読んで、なお大切に残しておいたのならば、それだけ重要なものだということだ。
 ラファエルは血相を変えたアラベラが手紙を奪いとりにくるよりも早く、封筒の中から紙を取り出して――顔色を変えた。

 それは、ラファエルが思っていたような――クリスティーナを傷つけた者たちの証拠ではなかった。
 いや、ある意味ではそうなのかもしれない。
 一分の狂いもない整った文字で綴られたそれは、クリスティーナがラファエルに宛てた最後の手紙だった。
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