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19話

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「おはよう」

 そう言って、白いカーテンを引く。大きな窓から差しこんだ光に、彼女の瞼が少しだけ揺れた。
 ゆっくりと開かれた緑色の瞳。その中に映りこむのは、窓を背にして立つルシアンの姿。

 浮かぶ柔らかな笑みに、ルシアンはほっと胸を撫でおろす。

「今日は天気がいいからね。あとで散歩にでも出ようか。……朝食はどうする? ここに運ばせてもいいし、テラスで食べるのもいいと思うよ」

 ルシアンは柔らかな笑みを浮かべて問いかける。
 領地に戻ってきたのは今朝早く。急いで戻ってきたため、それなりの疲労が溜まっているが、彼女にそうと気づかれないように振る舞う。
 城で抱いた感情も出さないように気をつけるのは、できる限り彼女の心を揺さぶりたくないからだ。

「それと……ちょっとばたばたしていて渡させなかったんだけど、君に渡したいものがあるんだ。きっと喜んでもらえると思う」

 ゆっくりと首を傾げる彼女に、あとのお楽しみと微笑んで返す。
 身支度を整えてきた侍女と交代に部屋を出ると、ルシアンは屋敷の中にある執務室に向かった。

 ルシアンが継いだ公爵領は王家所有の領地のひとつだったため、よい人材が集まっている。だが王直々の統治から王弟であるルシアンが継いだことに、若干の反発心を見せる者もいた。

「……今は屋敷に入ることも禁じているからな。だいぶ怒っていそうだ」

 新しい当主を受け入れるか受け入れないか。その狭間で揺らいでいるときに、公爵家の立ち入りを禁じられ、陳述も嘆願も書面にし、執事に託すように言われたのだから、怒りもするだろう。
 そうして怒りの綴られたものが、執務室のそこかしこにある。陳述書もそのことだけを追求しているものがある始末。

 それらひとつひとつに丁寧に返し、できる限り衝突を控え、彼らの領分を犯す気はないと示さないといけない。
 今だけは、騒がれると困るから。


 ――そうして昼を少し過ぎた頃、ルシアンは庭園を散歩しようと誘うために、再度彼女の部屋に向かった。

 疲れ果てている彼女を癒すには、静寂と時間が必要になる。だから今日も穏やかに過ごせるようにと、疲れも何も見せないように、ただ穏やかな笑みを向けた。
 何も心配いらないということが彼女に伝わるように。

「――ルシアン様……どうしても会いたいとおっしゃっている方が……」

 だがそんな穏やかな時間ですら維持するのが難しい。
 使用人に告げられた来客の名前。さすがにこればかりは隠しきれず、ルシアンの顔がこわばった。

「ちょっといってくるけど、大丈夫。心配いらないから」

 客人の名前はこっそりと伝えられたため、彼女には聞こえていないはず。そう思って、笑みを浮かべ直すと、彼女も同じように柔らかく微笑んだ。
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