上 下
16 / 43

16話

しおりを挟む
  侍女たちの部屋に購入したものはなかった。だが代わりに、彼女たちには似つかわしくないものがいくつも見つかった。
 古書であったり、香水であったり、飾りであったりと種類はさまざまだったが、共通しているのはどれも高価なものだということだ。

「じ、実家から送られてきたもので――」

 どうやって入手したのかと問い詰めてでてきたのは、あまりにも拙い言い訳だった。
 王族に仕える侍女や執事は誰もが高貴な生まれだ。高位貴族の次女や三女が行儀見習いとしてくることも珍しくはない。
 だから裕福な実家であれば、そういうこともあるだろう。だがクリスティーナのもとに残された三人の侍女は下位貴族の生まれで、実家が困窮している者もいた。
 彼女たちが不正を働いたのは明らかで、ことの次第を聞いた彼女たちの実家はみな揃って、自分たちは関係ないと、何もしていないと否定した。

 文書の偽造に、印章の無断利用、そして公費の横領。そのどれもが重罪に値する。しかもそれがみっつも重なったとなれば、たとえ関わっていても否定したくなるだろう。

「家族のためにしかたなかったのです」

 涙ながらにそう主張する者もいた。当然ながら、その家族は否定したわけだが。

 もしも本当に、困窮している家族のため、やりたくもないことに手を染めたのならわずかに同情の余地があったかもしれない。だが彼女たちの部屋にはそれぞれ、高価なものが置かれていた。自分のために使ったのは間違いなく――三人にはそれ相応の罰が下されることになり、牢に連れていかれた。

 だがそれで、話が終わるわけではない。

「……誰が、どこまで関わっているのか……」

 執務室で、ラファエルはうなだれながら書類を眺める。クリスティーナの注文書を通した者たちの名前に目を通す。
 この中には賄賂を渡され、精査することなく書類を受理した者もいるだろう。あるいは、侍女たちに知恵を授け、自らもその恩恵にあずかった者もいるかもしれない。

 だがそれでも、全員が全員関わったと断言することはできなかった。中には、予算内だから問題ないと判断し、おざなりに受理した者がいる可能性があるからだ。
 職務怠慢ではあるが、ほかの者と同列に罰することはできない。

 侍女が捕まってから二週間。いまだに調査は終わっていない。誰も彼もが自分は関わっていないと主張し、尻尾を掴ませようとはしなかった。

「どうして、誰も気づかなかった」

 漏れた言葉は、自らにも向けられた。クリスティーナが注文しているのなら大丈夫だろうと、彼女なら印章をしっかり管理しているはずだと――信頼していたから、見逃してしまった。

 自らの不甲斐なさと、完璧な王を目指すのであれば誰が相手だろうと手を緩めてはいけなかったという自責と、信頼を裏切られた悲しみがラファエルの顔を歪める。

「――失礼します」

 ノックのあとに扉が開く。ラファエルは誰も入ってこないようにと命じていた。
 それなのに開かれた扉と聞こえてきた声に、顔を上げる。そこには、二週間ぶりの彼の弟、ルシアンが立っていた。

「状況は聞いたので把握しております。……ご心労、お察しします」

 自然に下げられた頭に向けて、ラファエルは座るように促した。ルシアンは執務机の近くに置かれている椅子に腰を下ろすと、静かにラファエルを見据えた。

「義姉上は散財されていなかったようですね」
「ああ、そうだな。それにしても、印章を勝手に使われるとは……嘆かわしい。あれほど、保管には注意しろと言ったのに」

 はあ、とため息をともに愚痴を漏らす。クリスティーナをよく知る弟にだからこそ、抱いた思いのうちを吐き出すことができた。
 彼女の変わりようを一緒に嘆けると――そう思っていたからだ。
 だが返ってきたのは、ラファエルが思っていたものではなかった。

「……それほどに憔悴されていた、とは考えないのですか」
しおりを挟む
感想 632

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

騎士の元に届いた最愛の貴族令嬢からの最後の手紙

刻芦葉
恋愛
ミュルンハルト王国騎士団長であるアルヴィスには忘れられない女性がいる。 それはまだ若い頃に付き合っていた貴族令嬢のことだ。 政略結婚で隣国へと嫁いでしまった彼女のことを忘れられなくて今も独り身でいる。 そんな中で彼女から最後に送られた手紙を読み返した。 その手紙の意味をアルヴィスは今も知らない。

【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・

月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。 けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。 謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、 「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」 謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。 それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね―――― 昨日、式を挙げた。 なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。 初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、 「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」 という声が聞こえた。 やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・ 「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。 なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。 愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。 シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。 設定はふわっと。

処理中です...