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12話

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「兄上」

 執務室に向かう道中でラファエルに声をかけたのは彼の弟のルシアンだった。

「そろそろ領地に帰るので、挨拶にうかがいました」

 葬儀を終えてから数日。遠方から招いた国賓の見送りや、さまざまな事後処理をルシアンも担ってくれていた。それがあらかた落ち着いたのだろう。
 ルシアンに授けた公爵領は王都から馬車で二日ほどかかる。そこまで遠くはないが、近いともいえない距離は、頻繁に行き来できる距離ではない。

「……そうか」

 クリスティーナが亡くなった今、ラファエルにとって最も身近と言える相手はルシアンだけになった。こちらの気も知らず煩わしいことばかり言ってくる弟が億劫になり、公爵位の授与を早めたが、今となっては判断を間違えたと思ってしまう。
 両親は療養地で、安定してきたとはいえ長旅ができるような体ではない。クリスティーナの葬儀を欠席したことを考えれば、招くことも難しい。
 唯一身近にいる肉親に、ラファエルは少し悩みながらもゆっくりと口を開いた。

「……何かあれば、いつでも戻ってくるといい」
「ええ、そうですね。何かあれば、そうします。ですがしばらくは忙しいので、難しいと思いますが」

 公爵領を任せてからそこまで時間が経っているわけではない。新しい部下や環境になじむのに時間がかかるのだと語るルシアンに、ラファエルは自嘲にも似た笑みを浮かべた。

「うまくやっているようだな」
「ええ、おかげさまで」

 どうにか気を紛らわせないかと肉親に頼るなんて、完璧な王のするべきことではない。
 王妃が亡くなったからといって、国が止まるわけではなく、今こうしている間も処理しなければいけない書類は増えている。

「そういえば」

 気持ちを切り替えようとしていたラファエルに、ルシアンがふと思いついたかのように言う。

「義姉上の部屋は整理しましたか? もしよければ、思い出になるような遺品をひとついただきたいのですが」
「……いいや、まだだ」

 どうしても手を付けられず、クリスティーナの部屋は亡くなった日のまま、残されている。

「では、一緒に来てくれますか? どれを持ち出していいのか、その場で判断していただけると助かります」
「ああ、そうだな」

 断る理由はとくになかった。片付けようとは今も思えないが、ひとつぐらいならルシアンに与えてもいいと思ったからだ。
 弟のようにかわいがっていたルシアン相手なら、クリスティーナも嫌がりはしないだろう。

 ――そうして赴いたクリスティーナの部屋で、ルシアンが引き出しや宝石箱を開けるのを、ラファエルは黙って見ていた。

「懐かしいですね。……これでも構いませんか?」

 ルシアンが手に取ったのは、クリスティーナが幼いころに好んでつけていた髪飾りだった。両親に誕生日プレゼントにもらったものだと言っていたそれは、成長してからは似合わず宝石箱にしまっていたようだ。

「あ、ああ」

 とまどったようなラファエルの言葉は、ルシアンが見つけたのが髪飾りだったから、というわけではない。
 クリスティーナの部屋にあるのはどれも見覚えのあるものばかりだった。引き出しに入っている小物や、宝石箱に入っている装身具や宝石。そのひとつひとつに、クリスティーナとの思い出がある。

 ラファエルの知らないものがひとつもない部屋に、彼は顔をひきつらせた。
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