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11話
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そしてそれからもずっと、ラファエルは婚約者はクリスティーナだけだと言い続けた。
クリスティーナの叔父が引き継いだ事業が難航し、業績が悪化しはじめたときも、自らの娘を勧めにくる貴族がいたときも、ラファエルの言葉が覆されることはなかった。
ラファエルが十六歳で王太子となったあとも、婚約者を変えたほうがいいのではという声は止まなかった。それどころか、大きくなる一方だった。
もっと利になる相手を選ぶべきだ。新しく台頭しはじめた家の娘はどうだろうか。自分の娘は大変優秀で――何度も何度も、突かれるように言われ続けてまいってしまったのだろう。ラファエルの両親である国王夫妻が消極的にではあるが、婚約者の変更を促してきたこともあった。
「そろそろ考え直してはどうだろうか」
「考え直すことはありません。女の子ひとり守れない地位に、なんの意味があるのですか」
ラファエルは頑なで、そしてその頃には、弟のルシアンもラファエルの意見に賛同し、クリスティーナを彼の婚約者のままに、と望むようになっていた。
王子ふたりがクリスティーナが王太子妃になることを望んでいるのであれば、無理に変えることはできないと悟ったのだろう。国王夫妻はラファエルに強く言うことはなく――だからといって貴族の声が止むこともなく。
積み重なった心労によるものか、あるいは別の理由があるのかは定かではないが、国王の体を病が蝕みはじめた。
そうして隠居した国王に代わり、ラファエルが王位に就いた。
そのころにはラファエルは十九歳になっていた。国王の病が発覚してから隠居まで一年もかかってしまったのは、ルシアンを王に望む声があがっていたせいだろう。
実利のわからない王太子ではなく、まだ婚約者のいないルシアンを玉座に座らせ、ふさわしい相手を娶らせるべきではないか。そう主張する貴族はひとりやふたりではなかった。
もしもルシアンにその気があれば、一年で代替わりするのは難しかっただろう。だがルシアンは王位に興味はないと度々主張し、兄を支えていくつもりだと周囲に伝えていた。
当の本人にやる気がないのであれば、みこしに担ぐのは難しい。ルシアンを王に望む声はだんだんと減り、ラファエルが王位を継いだときにはかすかな声だけとなっていた。
「……僕はみんなに認められる王になれるだろうか」
自らの選択を後悔していたわけではない。だが、消えることのない声に不安に駆られることもあった。
だがそんなときは決まってクリスティーナがラファエルに寄り添った。
「あなたならきっとなれるわ。それに、私も一緒に頑張るから」
ひとりではないのだと、安心してというように微笑む彼女に、ラファエルは自分よりも小さな体を抱きしめて、その頬に口づけを落とした。
くすぐったそうに頬を赤らめるクリスティーナを守るためには、確固たる地位いる。
誰からも文句が出ないような、みなが認め敬う王に――完璧な王になるのだと心に決めたのは、そのときだった。
ゆっくりと瞼を開き体を起こすと、ラファエルは隣に眠る女性を見下ろした。
寝台に広がる赤い髪は彼女のものとは違う。だが、閉ざされた瞼の下にあるのは、クリスティーナと同じ緑色の瞳。
『アラベラと申します』
市井で育ち、幼い弟妹を養っているのだという彼女を受け入れたのは、その緑色の瞳があったからこそ。
そっとアラベラを起こさないように――閉ざされた瞼が開かないように――ラファエルは音を立てずにベッドを出た。
クリスティーナの叔父が引き継いだ事業が難航し、業績が悪化しはじめたときも、自らの娘を勧めにくる貴族がいたときも、ラファエルの言葉が覆されることはなかった。
ラファエルが十六歳で王太子となったあとも、婚約者を変えたほうがいいのではという声は止まなかった。それどころか、大きくなる一方だった。
もっと利になる相手を選ぶべきだ。新しく台頭しはじめた家の娘はどうだろうか。自分の娘は大変優秀で――何度も何度も、突かれるように言われ続けてまいってしまったのだろう。ラファエルの両親である国王夫妻が消極的にではあるが、婚約者の変更を促してきたこともあった。
「そろそろ考え直してはどうだろうか」
「考え直すことはありません。女の子ひとり守れない地位に、なんの意味があるのですか」
ラファエルは頑なで、そしてその頃には、弟のルシアンもラファエルの意見に賛同し、クリスティーナを彼の婚約者のままに、と望むようになっていた。
王子ふたりがクリスティーナが王太子妃になることを望んでいるのであれば、無理に変えることはできないと悟ったのだろう。国王夫妻はラファエルに強く言うことはなく――だからといって貴族の声が止むこともなく。
積み重なった心労によるものか、あるいは別の理由があるのかは定かではないが、国王の体を病が蝕みはじめた。
そうして隠居した国王に代わり、ラファエルが王位に就いた。
そのころにはラファエルは十九歳になっていた。国王の病が発覚してから隠居まで一年もかかってしまったのは、ルシアンを王に望む声があがっていたせいだろう。
実利のわからない王太子ではなく、まだ婚約者のいないルシアンを玉座に座らせ、ふさわしい相手を娶らせるべきではないか。そう主張する貴族はひとりやふたりではなかった。
もしもルシアンにその気があれば、一年で代替わりするのは難しかっただろう。だがルシアンは王位に興味はないと度々主張し、兄を支えていくつもりだと周囲に伝えていた。
当の本人にやる気がないのであれば、みこしに担ぐのは難しい。ルシアンを王に望む声はだんだんと減り、ラファエルが王位を継いだときにはかすかな声だけとなっていた。
「……僕はみんなに認められる王になれるだろうか」
自らの選択を後悔していたわけではない。だが、消えることのない声に不安に駆られることもあった。
だがそんなときは決まってクリスティーナがラファエルに寄り添った。
「あなたならきっとなれるわ。それに、私も一緒に頑張るから」
ひとりではないのだと、安心してというように微笑む彼女に、ラファエルは自分よりも小さな体を抱きしめて、その頬に口づけを落とした。
くすぐったそうに頬を赤らめるクリスティーナを守るためには、確固たる地位いる。
誰からも文句が出ないような、みなが認め敬う王に――完璧な王になるのだと心に決めたのは、そのときだった。
ゆっくりと瞼を開き体を起こすと、ラファエルは隣に眠る女性を見下ろした。
寝台に広がる赤い髪は彼女のものとは違う。だが、閉ざされた瞼の下にあるのは、クリスティーナと同じ緑色の瞳。
『アラベラと申します』
市井で育ち、幼い弟妹を養っているのだという彼女を受け入れたのは、その緑色の瞳があったからこそ。
そっとアラベラを起こさないように――閉ざされた瞼が開かないように――ラファエルは音を立てずにベッドを出た。
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