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10話
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ラファエルが初めてクリスティーナに出会ったのは六歳の頃。ふたつ下の女の子は自分によく懐き、そんな彼女をラファエルも可愛がっていた。
その当時は婚約者というものを漠然としかわかっていなかった。ただ、これからもずっと一緒にいるのだろうと思っていた。
クリスティーナの両親が亡くなったと知らせがあったのは、雨の日だった。城の庭園がお気に入りだったクリスティーナが、雨の日は室内で過ごさないといけないから退屈だと不満を漏らしていたときに、事故に遭ったと慌てた様子の侍女が伝えにきた。
最初は何を言われたのかわからなかったのだろう。きょとんとした顔で首を傾げ、それから何かの冗談か、間違いではないかととまどっていたのを、ラファエルは今も覚えている。
メイナード夫妻の葬儀はクリスティーナの叔父がとりしきることになった。まだ十二歳だったクリスティーナは、弔問客に慰められながら、大粒の雨を落とす空を眺めていた。
事故の知らせがあった日から、クリスティーナは城で生活していた。葬儀の晩も、クリスティーナは城に泊まることになった。処遇をどうするか――叔父のもとで生活するかを話し合うために。
大人たちが話し合っている間、ラファエルはクリスティーナのそばを離れなかった。両親が亡くなったと聞いてからずっと、どこかぼんやりとしている彼女が心配で、そばに寄り添い続けた。
クリスティーナがはじめて涙を流したのは、話し合いが長引きそうだからと部屋に戻されてからだった。付き従っていた侍女が下がり、ラファエルとふたりきりになってようやく、彼女の緑色の瞳から涙がこぼれた。
声もなく泣く彼女をどう慰めたらいいのかわからず、ラファエルは何も言わずに自分よりも小さな手を握りしめた。
話し合いが難航しているのが、クリスティーナを誰か預かるかだけでなく、そもそもラファエルの婚約者にしたままでいいのか、ということまで話し合っていたからだと気づいたのは、泣きつかれたクリスティーナが眠りに落ちてからだった。
クリスティーナの叔父の人となりを疑っているわけではないが、家督や事業を継いだのだから方々に顔を出したり挨拶したりと、家を空ける日が多くなるだろう。
そうなるとクリスティーナの両親が生きていたころのように、城で預かる日も多くなるだろう。そして慌ただしい日々のなかで、クリスティーナにまで気を回せるかどうかもわからない。なら城で面倒を見て、落ち着いた環境を彼女に提供するべきでは――そう提案しに行こうと会議室に向かったときだった。
「――家督を継いだのであれば、彼の娘を婚約者に据えるべきでは」
「いや、そもそも、彼に亡くなられたメイナード伯のような商才かあるかどうかもわかりません。ならばいっそのこと――」
聞こえてきた声と、侮られているのに何も言わないクリスティーナの叔父に、ラファエルはいてもたってもいられなくなって、会議室の扉を開いた。
「僕の婚約者はクリスティーナだ。それはこれからも変わらない」
彼女を守れる大人がいないのなら、自分が彼女を守らないと。
十四歳だったラファエルは錚々たる顔ぶれ見据えながら、臆することなくそう言い放った。
その当時は婚約者というものを漠然としかわかっていなかった。ただ、これからもずっと一緒にいるのだろうと思っていた。
クリスティーナの両親が亡くなったと知らせがあったのは、雨の日だった。城の庭園がお気に入りだったクリスティーナが、雨の日は室内で過ごさないといけないから退屈だと不満を漏らしていたときに、事故に遭ったと慌てた様子の侍女が伝えにきた。
最初は何を言われたのかわからなかったのだろう。きょとんとした顔で首を傾げ、それから何かの冗談か、間違いではないかととまどっていたのを、ラファエルは今も覚えている。
メイナード夫妻の葬儀はクリスティーナの叔父がとりしきることになった。まだ十二歳だったクリスティーナは、弔問客に慰められながら、大粒の雨を落とす空を眺めていた。
事故の知らせがあった日から、クリスティーナは城で生活していた。葬儀の晩も、クリスティーナは城に泊まることになった。処遇をどうするか――叔父のもとで生活するかを話し合うために。
大人たちが話し合っている間、ラファエルはクリスティーナのそばを離れなかった。両親が亡くなったと聞いてからずっと、どこかぼんやりとしている彼女が心配で、そばに寄り添い続けた。
クリスティーナがはじめて涙を流したのは、話し合いが長引きそうだからと部屋に戻されてからだった。付き従っていた侍女が下がり、ラファエルとふたりきりになってようやく、彼女の緑色の瞳から涙がこぼれた。
声もなく泣く彼女をどう慰めたらいいのかわからず、ラファエルは何も言わずに自分よりも小さな手を握りしめた。
話し合いが難航しているのが、クリスティーナを誰か預かるかだけでなく、そもそもラファエルの婚約者にしたままでいいのか、ということまで話し合っていたからだと気づいたのは、泣きつかれたクリスティーナが眠りに落ちてからだった。
クリスティーナの叔父の人となりを疑っているわけではないが、家督や事業を継いだのだから方々に顔を出したり挨拶したりと、家を空ける日が多くなるだろう。
そうなるとクリスティーナの両親が生きていたころのように、城で預かる日も多くなるだろう。そして慌ただしい日々のなかで、クリスティーナにまで気を回せるかどうかもわからない。なら城で面倒を見て、落ち着いた環境を彼女に提供するべきでは――そう提案しに行こうと会議室に向かったときだった。
「――家督を継いだのであれば、彼の娘を婚約者に据えるべきでは」
「いや、そもそも、彼に亡くなられたメイナード伯のような商才かあるかどうかもわかりません。ならばいっそのこと――」
聞こえてきた声と、侮られているのに何も言わないクリスティーナの叔父に、ラファエルはいてもたってもいられなくなって、会議室の扉を開いた。
「僕の婚約者はクリスティーナだ。それはこれからも変わらない」
彼女を守れる大人がいないのなら、自分が彼女を守らないと。
十四歳だったラファエルは錚々たる顔ぶれ見据えながら、臆することなくそう言い放った。
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