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3話
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それからというもの、ラファエルは招く立場のときも招かれる立場のときも、アラベラを隣においた。
さすがに国賓を招いた際はクリスティーナを連れていたが、国外の人間に王妃をおろそかにしていると思われたら外聞が悪いという理由からだということは、誰もがわかっていた。当然、クリスティーナ本人も。
国賓を見送れば、ラファエルはクリスティーナの手ではなく、アラベラの手を取って、彼女と共に部屋に戻る。クリスティーナに新しく与えられた部屋に足を踏み入れることはなく、自らの部屋にクリスティーナを招くこともなかった。
「ラファエル。あなたは王で、私は王妃よ。それをわかっているの?」
一度だけ、勇気を出して苦言を漏らしたことがあった。
妻に望んだのはラファエル自身であることを思い出してほしくて。だがラファエルはただ「わかっている」とだけ答えた。煩わしそうに。
「結婚して、もう二年も経っているわ。……あなたが、アラベラを連れてきてからは、もう一年よ。一年もの間、私は形だけの王妃として……いえ、渡りすらないのだから、形にすらなっていないわ」
それでも、どうして一年も黙って従っていたのか。
ラファエルはクリスティーナをただひとり妻にすると、ずっと言っていた。それは愛からなのだと、信じていた。そしてクリスティーナもそんなラファエルを愛し、生涯を共にすると誓った。
信じていた心が、守ってきた想いが壊れないように、クリスティーナは懸命に耐えてきた。
だが一年も放っておかれ、必要なときだけ王妃のように扱われることに、これ以上は耐えられないのと、体が訴えてきた。
アラベラが来てからというもの、クリスティーナは日に日に食べる量が減っていった。何を食べてもおいしくないと感じ、次第に何が好きだったのかも忘れてしまった。
味のしない何かを噛み、飲みこむだけの作業すらここ最近は満足にできない。頑張って飲みこんだものを吐き出す日まである。
「精神的なものでしょう」
何かの病気ではと危ぶんだクリスティーナは診察を受け、そう告げられた。城勤めの医師はクリスティーナを取り巻く環境をよく理解している。
だから何がクリスティーナの精神を蝕んでいるのかは言わなかった。
「この間、医師の診察を受けたわ。このままでは私――」
どうにかなってしまう。そう訴えるよりも早く、がっしりと肩を掴まれた。
すぐ間近に迫る藍色の瞳。久しぶりに寄せられたラファエルの顔に、クリスティーナは胸が痛むのを感じた。
「病気なのか!?」
「いえ、そうではないけど――」
精神的なものは病として認められてはいない。だから首を横に振ったクリスティーナに、ラファエルが不機嫌そうに顔をしかめた。
「なんだ、まぎらわしい。勘違いするようなことを言うな」
「……私が、病に蝕まれたのだと思って……心配してくれたの?」
痛む胸の奥が、わずかに弾む。一緒にいるよと優しくほほ笑んでくれた少年の顔が浮かぶ。
在りし日のようにとはいわない。だがまだ少しだけでも情があるのなら――期待しかけたクリスティーナの耳に、冷たい声が響く。
「王妃の心配をするのは当然だろう」
当然だという言葉のとおり、当たり前のように、クリスティーナとしてではなく、王妃として心配しただけだと言われ、クリスティーナは自らの愚かさを嘆いた。
もはや期待するだけの無駄なのだと、期待しただけ傷つくのは自分なのだと、いやでも思い知らされた。
「……王妃とおっしゃるのなら、それにふさわしい扱いをしてください」
それでも一度はじめた苦言。途中で終わらせることはできないと、震える声で言葉を絞り出す。
「形だけの王妃の座なら、私はいりませんでした」
王妃として迎えたのはラファエルなのだと。妻にと望み続けたのはあなたなのだと。
――こんな扱いをするのなら、どうして王妃にしたのかと。
ラファエルの心に自らの悲哀が届くわけがないとわかっていた。何をいったところで、何も変わらないのだと思い知らされた。
だが期待していなかったはずの訴えは、ラファエルを動かした。
「ああ、なんだ。情けがほしいのか」
より悪い方向に。
さすがに国賓を招いた際はクリスティーナを連れていたが、国外の人間に王妃をおろそかにしていると思われたら外聞が悪いという理由からだということは、誰もがわかっていた。当然、クリスティーナ本人も。
国賓を見送れば、ラファエルはクリスティーナの手ではなく、アラベラの手を取って、彼女と共に部屋に戻る。クリスティーナに新しく与えられた部屋に足を踏み入れることはなく、自らの部屋にクリスティーナを招くこともなかった。
「ラファエル。あなたは王で、私は王妃よ。それをわかっているの?」
一度だけ、勇気を出して苦言を漏らしたことがあった。
妻に望んだのはラファエル自身であることを思い出してほしくて。だがラファエルはただ「わかっている」とだけ答えた。煩わしそうに。
「結婚して、もう二年も経っているわ。……あなたが、アラベラを連れてきてからは、もう一年よ。一年もの間、私は形だけの王妃として……いえ、渡りすらないのだから、形にすらなっていないわ」
それでも、どうして一年も黙って従っていたのか。
ラファエルはクリスティーナをただひとり妻にすると、ずっと言っていた。それは愛からなのだと、信じていた。そしてクリスティーナもそんなラファエルを愛し、生涯を共にすると誓った。
信じていた心が、守ってきた想いが壊れないように、クリスティーナは懸命に耐えてきた。
だが一年も放っておかれ、必要なときだけ王妃のように扱われることに、これ以上は耐えられないのと、体が訴えてきた。
アラベラが来てからというもの、クリスティーナは日に日に食べる量が減っていった。何を食べてもおいしくないと感じ、次第に何が好きだったのかも忘れてしまった。
味のしない何かを噛み、飲みこむだけの作業すらここ最近は満足にできない。頑張って飲みこんだものを吐き出す日まである。
「精神的なものでしょう」
何かの病気ではと危ぶんだクリスティーナは診察を受け、そう告げられた。城勤めの医師はクリスティーナを取り巻く環境をよく理解している。
だから何がクリスティーナの精神を蝕んでいるのかは言わなかった。
「この間、医師の診察を受けたわ。このままでは私――」
どうにかなってしまう。そう訴えるよりも早く、がっしりと肩を掴まれた。
すぐ間近に迫る藍色の瞳。久しぶりに寄せられたラファエルの顔に、クリスティーナは胸が痛むのを感じた。
「病気なのか!?」
「いえ、そうではないけど――」
精神的なものは病として認められてはいない。だから首を横に振ったクリスティーナに、ラファエルが不機嫌そうに顔をしかめた。
「なんだ、まぎらわしい。勘違いするようなことを言うな」
「……私が、病に蝕まれたのだと思って……心配してくれたの?」
痛む胸の奥が、わずかに弾む。一緒にいるよと優しくほほ笑んでくれた少年の顔が浮かぶ。
在りし日のようにとはいわない。だがまだ少しだけでも情があるのなら――期待しかけたクリスティーナの耳に、冷たい声が響く。
「王妃の心配をするのは当然だろう」
当然だという言葉のとおり、当たり前のように、クリスティーナとしてではなく、王妃として心配しただけだと言われ、クリスティーナは自らの愚かさを嘆いた。
もはや期待するだけの無駄なのだと、期待しただけ傷つくのは自分なのだと、いやでも思い知らされた。
「……王妃とおっしゃるのなら、それにふさわしい扱いをしてください」
それでも一度はじめた苦言。途中で終わらせることはできないと、震える声で言葉を絞り出す。
「形だけの王妃の座なら、私はいりませんでした」
王妃として迎えたのはラファエルなのだと。妻にと望み続けたのはあなたなのだと。
――こんな扱いをするのなら、どうして王妃にしたのかと。
ラファエルの心に自らの悲哀が届くわけがないとわかっていた。何をいったところで、何も変わらないのだと思い知らされた。
だが期待していなかったはずの訴えは、ラファエルを動かした。
「ああ、なんだ。情けがほしいのか」
より悪い方向に。
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