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27話
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シゼルがメイヴィス伯に嫁ぐ前はたまに社交界に出てくるだけで、嫁いでからはばったりと顔を見せなくなった。そのため、友人と呼べる間柄の相手はなく、家族も没落してからは消息を絶っている。
そのため、参列者はメイヴィス伯と縁のある人たちばかりで、義理で参加しているのが遠目でもわかり、メイヴィス伯の従者は心の中で小さく苦笑を浮かべた。
神官の弔辞を終え、棺の中に花を添える段階に入っても、故人を偲ぶ様子を見せていない。夫人を亡くしたのだから、葬儀を行う必要があるのはわかっているが、誰も彼もが興味のないそぶりをしていては、なんのために行っているのか。
一部、かつて社交界を賑わせた人物が十数年を経てどうなったのか――そんな好奇心が浮かぶ瞳をしてはいるが、興味はあっても偲んではいないのなら同じことだろう。
伯爵家の三男とはいえ、従者という立場にある彼は、ほかの客人のように椅子に座ったりはしていない。ほかの使用人たちと同様に客人の様子をうかがいながら、佇んでいる。指示があればすぐ動けるように。
「お継母様……」
そっと棺に花を添えたアメリアが瞳を潤ませながら、震える声で言う。涙をこぼしていないのは、そこまでやっては芝居過剰だとわかっているからだろう。
まるでそれ以上は続けられないとばかりに言葉を詰まらせると、彼女が座るべき椅子に戻った。その隣にいるのは、エイベル・アンローズ。
あの夜からほとんど音沙汰なしではあったが、慕った相手の家族の葬儀となっては沈黙を貫けなかったのだろう。アメリアを気遣う様子を見せながら、メイヴィス邸に足を踏み入れた。
アンローズ家にも葬儀を行う旨は伝えてあったため、参席するのはおかしな話ではない。だからメイヴィス伯もエイベルのことを歓迎――というのは大袈裟かもしれないが、追い払うような真似はしなかった。
葬儀が終わればすぐ、詰問するために呼び出すだろうが。
椅子に座ったアメリアの手に自らの手を乗せ、労わるような眼差しを向けているエイベルから視線をそらし、従者は次に棺の後ろに立つローレンスと、さらにその後ろに並ぶ神官見習い四人に目を向けた。
大きなフードで顔を隠している姿はなんとも陰気で、うさんくさい。
他国の神官、あるいはそれに相応する立場の人間は清廉だと聞いたことがある。それなのにどうして我が国の神官はこうなのかと憂いを覚え、従者はほかに気づかれないよう小さくため息を落とした。
死霊術に魔物飼いだけでもじゅうぶん禁忌に触れているというのに、隠す気がまったくない。
しかも昔、悪魔の実在を確かめようと悪魔召喚を試みる者がいたという話すらある。神は悪魔を召喚してはいけないとは言ってはいない、などという御託を並べて。
(……常識で考えることができないのか)
心の中で悪態を吐きながら、従者はローレンスたちに目を向ける。大勢の貴族があるこの場で不審な動きをしないように。
だが、騒動はここではなく、少し離れたところ――メイヴィス邸の門前で起きていた。
そうとわかったのは、慌てた様子で門番が駆け寄ってきたからだ。こちらの様子がわかると速度を緩めて取り繕ってはいたが、何かが起きたのはたしかだった。
「実は――」
そっと耳打ちされ、従者は顔をしかめた。葬儀の最中にメイヴィス伯のところに向かえば、客人にも異常事態だと伝えてしまう。今はまだこちらの様子までは気にしていないが、気づけば興味を抱くだろう。
メイヴィス伯は余計な詮索を好まない。誰かに何かあったのかと聞かれ不快感を抱いたとして、その怒りは聞いてきた者に対してではなく――きっかけを与えた者、つまり従者に向けられる。
あと半年。半年もすれば任期が終わるというのに、どうして厄介なことが転がり込んでくるのか。
従者は内心舌打ちしながら、そっと使用人たちの列から抜け出した。メイヴィス伯に知らせるため、ではない。ほかの者に知られる前に対処するために。
「ねえ、ちょっと。いつまで待たせるのかしら。早く入れてくれる?」
そうして向かった先にいたのは、苛々とした様子で門番に詰め寄る女性。彼女は明るい茶色の髪をひとつに結んでいて、どこからどう見ても平民としか思えない装いをしている。
「申し訳ございません。本日は案内状をお持ちの方以外の入場はできない決まりとなっておりますので、お引き取りください」
従者が鉄格子でできた門を隔てた先にいる女性に言うと、彼女は矛先を門番から従者に変えたようで、眉根を寄せて睨みつけてきた。
「妹の葬儀なのに案内状がきてないのは、そちらの不手際でしょう?」
シゼルと同じ紫色の瞳で。
そのため、参列者はメイヴィス伯と縁のある人たちばかりで、義理で参加しているのが遠目でもわかり、メイヴィス伯の従者は心の中で小さく苦笑を浮かべた。
神官の弔辞を終え、棺の中に花を添える段階に入っても、故人を偲ぶ様子を見せていない。夫人を亡くしたのだから、葬儀を行う必要があるのはわかっているが、誰も彼もが興味のないそぶりをしていては、なんのために行っているのか。
一部、かつて社交界を賑わせた人物が十数年を経てどうなったのか――そんな好奇心が浮かぶ瞳をしてはいるが、興味はあっても偲んではいないのなら同じことだろう。
伯爵家の三男とはいえ、従者という立場にある彼は、ほかの客人のように椅子に座ったりはしていない。ほかの使用人たちと同様に客人の様子をうかがいながら、佇んでいる。指示があればすぐ動けるように。
「お継母様……」
そっと棺に花を添えたアメリアが瞳を潤ませながら、震える声で言う。涙をこぼしていないのは、そこまでやっては芝居過剰だとわかっているからだろう。
まるでそれ以上は続けられないとばかりに言葉を詰まらせると、彼女が座るべき椅子に戻った。その隣にいるのは、エイベル・アンローズ。
あの夜からほとんど音沙汰なしではあったが、慕った相手の家族の葬儀となっては沈黙を貫けなかったのだろう。アメリアを気遣う様子を見せながら、メイヴィス邸に足を踏み入れた。
アンローズ家にも葬儀を行う旨は伝えてあったため、参席するのはおかしな話ではない。だからメイヴィス伯もエイベルのことを歓迎――というのは大袈裟かもしれないが、追い払うような真似はしなかった。
葬儀が終わればすぐ、詰問するために呼び出すだろうが。
椅子に座ったアメリアの手に自らの手を乗せ、労わるような眼差しを向けているエイベルから視線をそらし、従者は次に棺の後ろに立つローレンスと、さらにその後ろに並ぶ神官見習い四人に目を向けた。
大きなフードで顔を隠している姿はなんとも陰気で、うさんくさい。
他国の神官、あるいはそれに相応する立場の人間は清廉だと聞いたことがある。それなのにどうして我が国の神官はこうなのかと憂いを覚え、従者はほかに気づかれないよう小さくため息を落とした。
死霊術に魔物飼いだけでもじゅうぶん禁忌に触れているというのに、隠す気がまったくない。
しかも昔、悪魔の実在を確かめようと悪魔召喚を試みる者がいたという話すらある。神は悪魔を召喚してはいけないとは言ってはいない、などという御託を並べて。
(……常識で考えることができないのか)
心の中で悪態を吐きながら、従者はローレンスたちに目を向ける。大勢の貴族があるこの場で不審な動きをしないように。
だが、騒動はここではなく、少し離れたところ――メイヴィス邸の門前で起きていた。
そうとわかったのは、慌てた様子で門番が駆け寄ってきたからだ。こちらの様子がわかると速度を緩めて取り繕ってはいたが、何かが起きたのはたしかだった。
「実は――」
そっと耳打ちされ、従者は顔をしかめた。葬儀の最中にメイヴィス伯のところに向かえば、客人にも異常事態だと伝えてしまう。今はまだこちらの様子までは気にしていないが、気づけば興味を抱くだろう。
メイヴィス伯は余計な詮索を好まない。誰かに何かあったのかと聞かれ不快感を抱いたとして、その怒りは聞いてきた者に対してではなく――きっかけを与えた者、つまり従者に向けられる。
あと半年。半年もすれば任期が終わるというのに、どうして厄介なことが転がり込んでくるのか。
従者は内心舌打ちしながら、そっと使用人たちの列から抜け出した。メイヴィス伯に知らせるため、ではない。ほかの者に知られる前に対処するために。
「ねえ、ちょっと。いつまで待たせるのかしら。早く入れてくれる?」
そうして向かった先にいたのは、苛々とした様子で門番に詰め寄る女性。彼女は明るい茶色の髪をひとつに結んでいて、どこからどう見ても平民としか思えない装いをしている。
「申し訳ございません。本日は案内状をお持ちの方以外の入場はできない決まりとなっておりますので、お引き取りください」
従者が鉄格子でできた門を隔てた先にいる女性に言うと、彼女は矛先を門番から従者に変えたようで、眉根を寄せて睨みつけてきた。
「妹の葬儀なのに案内状がきてないのは、そちらの不手際でしょう?」
シゼルと同じ紫色の瞳で。
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