ナイフが朱に染まる

白河甚平@壺

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(第27話)森の奥深くに住む白雪姫

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初夏の風が清々しい。
5月に有給休暇をとり、東京から70分で那須高原まで到着した。
温泉、アウトレット買いもの、牧場、観光施設などが豊富で旅番組によく紹介されていたのを以前から知っていた。
しかし今僕がいる場所は観光とはかけ離れており、鬱蒼とした木々と茂みが僕の回りを囲んで、あとは道とも言えぬようなやっと一人分通れるぐらいの砂利道しかないところだった。
湿った土に木漏れ日が所々緩やかに差し込んでいる。
雨風で流れてきただろう石っころや折れた木々を踏んだり蹴ったりしながら歩いていくと、道のひらけたところにプレハブらしき小屋を見つけた。
背負っていた青色のリュックを木の根っこに下ろし、汗ばんだ手でチャックを開けて小さく折り畳んだメモを取り出してみる。


「プレハブ小屋が見えたらすぐ左へ曲がる……
森から抜けたところに別荘が見えてくる……か」


B5くらいの白い紙にボールペンで走り書きした地図を広げて
それを指と目でたどりながらブツブツと言ってみる。
社長こと、ミネ子の父親から彼女の居場所を教えてもらい、地図も社長室で書いて僕に手渡ししてくれたものだ。
この別荘に今は、ミネ子と母親が安穏に暮らしているという。


フイー、と緑色の帽子を頭から取り、顔に仰いで被りなおしてから地図を折り畳んでリュックにしまった。
目を閉じ両手を広げて深呼吸をしてみた。
袖と襟と裾の隙間からひんやりとした心地の良い風が入ってきた。
なるほど。たしかにここは、はっきり言って何もない田舎道だが
正に出演者が言っている通り、都会には無いような空気が澄んでいてとても気持ちが良い。
両手をパタンと下ろした途端、脇下から不快感を覚えた。
もたもたと上着を脱いでみると、思った通り、ベージュのスプリングコートの両脇の下がビッショリと汗で濡れていた。
ここに来るまで、傾斜な山道や茂みで鬱蒼とした坂道を這い上がったりの繰り返しだったのだ。

渋い顔で股の間に上着を挟み、リュックを背負って上着を片腕にひっかけるようにしてまた歩いた。
プレハブ小屋を通り過ぎると徐々に狭まるように道がまた細くなり獣道に入ったような気がした。
まっすぐな道でない分、どの方角を向いて歩いているのか分からない。
帽子の隙間から汗が滴り目の中に入ってきた。
目が染みて視界がぼやけてくる。
袖でサッと拭いて目をパチパチとさせてみた。
体をゆらゆら揺らしてなんとか真っすぐに歩くように頑張った。
いつのまにか足枷がついたようにだんだんと足が重くなり息遣いも荒くなってきた。
座れるぐらいの大きな木の根っこが見えてきて這うようにしてドサッと座り込んだ。
毎日会社の中で椅子に座って作業してるしかなく全く運動をしていないのが祟ってるせいか根をあげそうになった。
一人で黙々と歩き続けるのにだんだんと嫌気をさしてきて無性に空を大きく見上げたくなった。
呻きながら顎を突き出すようにして空を見上げてみる。
さっきまではどんより曇り空で霧がかってたのに、もうすっかり雲一つない真っ青な空になっていた。
気が済むまで見上げ続けていたら首が少し痛くなったので頭を真正面に戻してみた。
森のどこからかカッコウらしき鳴き声が遠くから聞こえてきて、体の節々の痛みが幾分か癒されたような気がした。
腰をあげてまた歩き出した。
すると、道はだんだんと広くなり車が2台分通れるような開けた道へとなった。
薄暗い道ばかり歩いていたせいか木々の重なった葉の隙間から入ってくる光が眩しくなり目を細めてしまう。
砂利道から柔らかな湿った草の上で歩くようになり、木々の間からポツンと別荘が見えてきた。
希望の光が見えてきて目を輝かせる。
リュックをゆっさゆっさと音を立てて草を踏みしめながら足を早めた。
こんなにも広かったのかと思うほど青い空がだんだんと視界に広がり、
瞬いてしまうぐらいに緑々した木々に囲まれた2階建ての大きなログハウスが目の前に現れた。
その2階の小さな窓から一人の女性が真っ白い顔を突き出して手を振ってくれている。
僕の名前を何度も呼んでくれているような気がした。
藤ミネ子だと直感で分かった。
漆黒の艶やかな黒髪を胸までおろし真っ白なワンピースを着ている。
マルチーズのような彼女の笑顔を見たら疲れが吹っ飛んだ。

「ミネ子ちゃーん!」

僕は息を弾ませて帽子を押さえ手を振りながら脇目も振らずに走り出した。




(つづく)
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