27 / 28
(第27話)森の奥深くに住む白雪姫
しおりを挟む
初夏の風が清々しい。
5月に有給休暇をとり、東京から70分で那須高原まで到着した。
温泉、アウトレット買いもの、牧場、観光施設などが豊富で旅番組によく紹介されていたのを以前から知っていた。
しかし今僕がいる場所は観光とはかけ離れており、鬱蒼とした木々と茂みが僕の回りを囲んで、あとは道とも言えぬようなやっと一人分通れるぐらいの砂利道しかないところだった。
湿った土に木漏れ日が所々緩やかに差し込んでいる。
雨風で流れてきただろう石っころや折れた木々を踏んだり蹴ったりしながら歩いていくと、道のひらけたところにプレハブらしき小屋を見つけた。
背負っていた青色のリュックを木の根っこに下ろし、汗ばんだ手でチャックを開けて小さく折り畳んだメモを取り出してみる。
「プレハブ小屋が見えたらすぐ左へ曲がる……
森から抜けたところに別荘が見えてくる……か」
B5くらいの白い紙にボールペンで走り書きした地図を広げて
それを指と目でたどりながらブツブツと言ってみる。
社長こと、ミネ子の父親から彼女の居場所を教えてもらい、地図も社長室で書いて僕に手渡ししてくれたものだ。
この別荘に今は、ミネ子と母親が安穏に暮らしているという。
フイー、と緑色の帽子を頭から取り、顔に仰いで被りなおしてから地図を折り畳んでリュックにしまった。
目を閉じ両手を広げて深呼吸をしてみた。
袖と襟と裾の隙間からひんやりとした心地の良い風が入ってきた。
なるほど。たしかにここは、はっきり言って何もない田舎道だが
正に出演者が言っている通り、都会には無いような空気が澄んでいてとても気持ちが良い。
両手をパタンと下ろした途端、脇下から不快感を覚えた。
もたもたと上着を脱いでみると、思った通り、ベージュのスプリングコートの両脇の下がビッショリと汗で濡れていた。
ここに来るまで、傾斜な山道や茂みで鬱蒼とした坂道を這い上がったりの繰り返しだったのだ。
渋い顔で股の間に上着を挟み、リュックを背負って上着を片腕にひっかけるようにしてまた歩いた。
プレハブ小屋を通り過ぎると徐々に狭まるように道がまた細くなり獣道に入ったような気がした。
まっすぐな道でない分、どの方角を向いて歩いているのか分からない。
帽子の隙間から汗が滴り目の中に入ってきた。
目が染みて視界がぼやけてくる。
袖でサッと拭いて目をパチパチとさせてみた。
体をゆらゆら揺らしてなんとか真っすぐに歩くように頑張った。
いつのまにか足枷がついたようにだんだんと足が重くなり息遣いも荒くなってきた。
座れるぐらいの大きな木の根っこが見えてきて這うようにしてドサッと座り込んだ。
毎日会社の中で椅子に座って作業してるしかなく全く運動をしていないのが祟ってるせいか根をあげそうになった。
一人で黙々と歩き続けるのにだんだんと嫌気をさしてきて無性に空を大きく見上げたくなった。
呻きながら顎を突き出すようにして空を見上げてみる。
さっきまではどんより曇り空で霧がかってたのに、もうすっかり雲一つない真っ青な空になっていた。
気が済むまで見上げ続けていたら首が少し痛くなったので頭を真正面に戻してみた。
森のどこからかカッコウらしき鳴き声が遠くから聞こえてきて、体の節々の痛みが幾分か癒されたような気がした。
腰をあげてまた歩き出した。
すると、道はだんだんと広くなり車が2台分通れるような開けた道へとなった。
薄暗い道ばかり歩いていたせいか木々の重なった葉の隙間から入ってくる光が眩しくなり目を細めてしまう。
砂利道から柔らかな湿った草の上で歩くようになり、木々の間からポツンと別荘が見えてきた。
希望の光が見えてきて目を輝かせる。
リュックをゆっさゆっさと音を立てて草を踏みしめながら足を早めた。
こんなにも広かったのかと思うほど青い空がだんだんと視界に広がり、
瞬いてしまうぐらいに緑々した木々に囲まれた2階建ての大きなログハウスが目の前に現れた。
その2階の小さな窓から一人の女性が真っ白い顔を突き出して手を振ってくれている。
僕の名前を何度も呼んでくれているような気がした。
藤ミネ子だと直感で分かった。
漆黒の艶やかな黒髪を胸までおろし真っ白なワンピースを着ている。
マルチーズのような彼女の笑顔を見たら疲れが吹っ飛んだ。
「ミネ子ちゃーん!」
僕は息を弾ませて帽子を押さえ手を振りながら脇目も振らずに走り出した。
(つづく)
5月に有給休暇をとり、東京から70分で那須高原まで到着した。
温泉、アウトレット買いもの、牧場、観光施設などが豊富で旅番組によく紹介されていたのを以前から知っていた。
しかし今僕がいる場所は観光とはかけ離れており、鬱蒼とした木々と茂みが僕の回りを囲んで、あとは道とも言えぬようなやっと一人分通れるぐらいの砂利道しかないところだった。
湿った土に木漏れ日が所々緩やかに差し込んでいる。
雨風で流れてきただろう石っころや折れた木々を踏んだり蹴ったりしながら歩いていくと、道のひらけたところにプレハブらしき小屋を見つけた。
背負っていた青色のリュックを木の根っこに下ろし、汗ばんだ手でチャックを開けて小さく折り畳んだメモを取り出してみる。
「プレハブ小屋が見えたらすぐ左へ曲がる……
森から抜けたところに別荘が見えてくる……か」
B5くらいの白い紙にボールペンで走り書きした地図を広げて
それを指と目でたどりながらブツブツと言ってみる。
社長こと、ミネ子の父親から彼女の居場所を教えてもらい、地図も社長室で書いて僕に手渡ししてくれたものだ。
この別荘に今は、ミネ子と母親が安穏に暮らしているという。
フイー、と緑色の帽子を頭から取り、顔に仰いで被りなおしてから地図を折り畳んでリュックにしまった。
目を閉じ両手を広げて深呼吸をしてみた。
袖と襟と裾の隙間からひんやりとした心地の良い風が入ってきた。
なるほど。たしかにここは、はっきり言って何もない田舎道だが
正に出演者が言っている通り、都会には無いような空気が澄んでいてとても気持ちが良い。
両手をパタンと下ろした途端、脇下から不快感を覚えた。
もたもたと上着を脱いでみると、思った通り、ベージュのスプリングコートの両脇の下がビッショリと汗で濡れていた。
ここに来るまで、傾斜な山道や茂みで鬱蒼とした坂道を這い上がったりの繰り返しだったのだ。
渋い顔で股の間に上着を挟み、リュックを背負って上着を片腕にひっかけるようにしてまた歩いた。
プレハブ小屋を通り過ぎると徐々に狭まるように道がまた細くなり獣道に入ったような気がした。
まっすぐな道でない分、どの方角を向いて歩いているのか分からない。
帽子の隙間から汗が滴り目の中に入ってきた。
目が染みて視界がぼやけてくる。
袖でサッと拭いて目をパチパチとさせてみた。
体をゆらゆら揺らしてなんとか真っすぐに歩くように頑張った。
いつのまにか足枷がついたようにだんだんと足が重くなり息遣いも荒くなってきた。
座れるぐらいの大きな木の根っこが見えてきて這うようにしてドサッと座り込んだ。
毎日会社の中で椅子に座って作業してるしかなく全く運動をしていないのが祟ってるせいか根をあげそうになった。
一人で黙々と歩き続けるのにだんだんと嫌気をさしてきて無性に空を大きく見上げたくなった。
呻きながら顎を突き出すようにして空を見上げてみる。
さっきまではどんより曇り空で霧がかってたのに、もうすっかり雲一つない真っ青な空になっていた。
気が済むまで見上げ続けていたら首が少し痛くなったので頭を真正面に戻してみた。
森のどこからかカッコウらしき鳴き声が遠くから聞こえてきて、体の節々の痛みが幾分か癒されたような気がした。
腰をあげてまた歩き出した。
すると、道はだんだんと広くなり車が2台分通れるような開けた道へとなった。
薄暗い道ばかり歩いていたせいか木々の重なった葉の隙間から入ってくる光が眩しくなり目を細めてしまう。
砂利道から柔らかな湿った草の上で歩くようになり、木々の間からポツンと別荘が見えてきた。
希望の光が見えてきて目を輝かせる。
リュックをゆっさゆっさと音を立てて草を踏みしめながら足を早めた。
こんなにも広かったのかと思うほど青い空がだんだんと視界に広がり、
瞬いてしまうぐらいに緑々した木々に囲まれた2階建ての大きなログハウスが目の前に現れた。
その2階の小さな窓から一人の女性が真っ白い顔を突き出して手を振ってくれている。
僕の名前を何度も呼んでくれているような気がした。
藤ミネ子だと直感で分かった。
漆黒の艶やかな黒髪を胸までおろし真っ白なワンピースを着ている。
マルチーズのような彼女の笑顔を見たら疲れが吹っ飛んだ。
「ミネ子ちゃーん!」
僕は息を弾ませて帽子を押さえ手を振りながら脇目も振らずに走り出した。
(つづく)
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
RoomNunmber「000」
誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。
そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて……
丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。
二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか?
※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。
※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。
青い桜 山梨県警捜査5課
ツタンカーメン
ミステリー
晴天の空に高くそびえたつ富士の山。多くの者を魅了する富士の山の麓には、美しくもありどこかたくましさを感じる河口湖。御坂の峠を越えれば、県民を見守る甲府盆地に囲まれた街々が顔をのぞかせる。自然・生命・感動の三拍子がそろっている甲斐の国山梨県。並行して進化を遂げているのが凶悪犯罪の数々。これは八十万人の平和と安心をまもる警察官の話である。
ザイニンタチノマツロ
板倉恭司
ミステリー
前科者、覚醒剤中毒者、路上格闘家、謎の窓際サラリーマン……社会の底辺にて蠢く四人の人生が、ある連続殺人事件をきっかけに交錯し、変化していくノワール群像劇です。犯罪に関する描写が多々ありますが、犯罪行為を推奨しているわけではありません。また、時代設定は西暦二〇〇〇年代です。
ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
狂気醜行
春血暫
ミステリー
――こんなことすら、醜行と言われるとはな。
犯罪学のスペシャリスト・川中文弘は、大学で犯罪学について教えている。
その教え子である瀧代一は、警察官になるために文弘から犯罪学について学んでいる。
ある日、大学近辺で起きた事件を調べていると、その事件には『S教』という謎の新興宗教が深く関わっていると知り、二人はその宗教について調べることにした。
※この物語はフィクションです。実在する人物、団体、地名などとは一切関係ありません。
※犯罪などを助長する意図は一切ありません。
時計の歪み
葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽は、推理小説を愛する天才少年。裕福な家庭に育ち、一人暮らしをしている彼の生活は、静かで穏やかだった。しかし、ある日、彼の家の近くにある古びた屋敷で奇妙な事件が発生する。屋敷の中に存在する不思議な時計は、過去の出来事を再現する力を持っているが、それは真実を歪めるものであった。
事件を追いかける葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共にその真相を解明しようとするが、次第に彼らは恐怖の渦に巻き込まれていく。霊の囁きや過去の悲劇が、彼らの心を蝕む中、葉羽は自らの推理力を駆使して真実に迫る。しかし、彼が見つけた真実は、彼自身の記憶と心の奥深くに隠された恐怖だった。
果たして葉羽は、歪んだ時間の中で真実を見つけ出すことができるのか?そして、彼と彩由美の関係はどのように変わっていくのか?ホラーと推理が交錯する物語が、今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる