ナイフが朱に染まる

白河甚平@壺

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(第22話)ミネ子は裸のマコトに大量の水を浴びせた。真冬の夜なのに死んでしまうぞ!

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「へぇー……つい、魔がさした。ふぅーん」
ミネ子は氷のような眼差しで僕を見る。


「何をいっても言い訳にしか聞こえないよな。
すまない。僕は本当にキミのことだけを愛しているよ。
だから、もう僕たちを解放してくれないか?」
僕はマコトの馬車に目を遣って必死に懇願をした。


「ふふふ。いいわよ?」
ミネ子はナイフをひっこめて懐に戻す。
やっと解放されて安堵した。
すると、ミネ子はメリーゴーランドからひょいっと飛び降り、なにやら取りに行った様子だった。
始めから用意してたらしく、大量の水のはいったバケツをもって回るメリーゴーランドの上によじ登る。
彼女は台にバケツを置いて、ふぃー、と額の汗を拭った。
両手でバケツを持ってゆっくりと寝ているマコトに近づく。


「み、ミネ子ちゃん?何をするんだ」
僕は険しい顔をしてミネ子を見つめた。


「オホホ。解放してあげるからよく寝ているマコトさんを起こしてあげようかとおもって」
ニコっと不気味な笑みを浮かべてマコトの陰になった。
ミネ子はバケツの縁を強く掴み大きく持ち上げてみせた。


「やめろーーーーー!」
僕はマコトがいるところまで走っていった。
だがもう間に合わなかった。
裸のマコトの頭から爪先まで、冷たい水を勢いよく浴びせかけてしまった。

「ホホホ。12月という寒さですもの。
裸で水をかけられたらどうなるかしらぁ?オホホホホ!」

ミネ子はバケツを落として見せて高笑いをする。
マコトは悲鳴をあげて目を白黒させた。
するとたちまち全身がびしょ濡れでガチガチと彼女は震え出す。


「ネェ?私かマコトさんのどっちかを選んでよ。スケオくん」
ミネ子はナイフを僕に放り投げた。
キラリと光って僕の足元に刺さる。


「………このナイフで僕にどうしろと」
生唾を呑んで聞いた。


「そのナイフでどっちかを消してよ」
ミネ子は冷酷に言う。頭から冷や水を浴びせかけられたようだ。
あぁ…なんて惨い。こんな選択、どちらも選べられない!


「ミネ子ちゃん。ひどいよ!僕はどちらも殺せないよ!」


「アラ。どうして?二人も『女』はいらないじゃない。
私を本当に愛しているんだったらマコトさんを殺してよ」


馬車の中からマコトは顔をだし、塞がれた口で叫んだ。
ガチガチと震えて額と頬を赤くさせている。

「なーに?何か話したいことがあるのお嬢ちゃん?
しかたがないわね」


ミネ子は溜息をついて一気にマコトの口のテープを剥がした。


「コホッ!コホッ!す、スケオ先輩……私はいいです!
私がいけないんです!
彼女さんがいるというのに誘惑をした私がいけなかったんです!
だから、私のことは放っておいてください!」


マコトはグーパンチを腹に食らった痛みを堪えて叫んだ。


「ええそうよ。人様のものを獲ったオマエがいけないのよ。
ちゃんとわかってるじゃなーい?」

嫌らしい目でミネ子はマコトの顎をつかんだ。

「えへへ……スケオ先輩のために死ねるなんて……
アタシは幸せだなあ……」


マコトの意識が遠のきそうだ。


「ハァ!?何言ってんだい!これでも幸せに思うのかい!」
しゃがれた声で鬼のような形相になったミネ子は
マコトの腕をひっつかみ外に放りだした。


全身びしょ濡れのマコトは両肩を抱いて白い息を吐いている。
僕はすぐさま駆け寄ろうとした。


「おっと。近づくとこの女を殺すわよ?」
ミネ子はもう1本のナイフを懐から取り出し
マコトに刃先を向けた。
マコトは青白くなって息を荒くしている。
しかし、マコトは押し出すようにミネ子に向けて話し出した。

「うん……叶わぬ恋だったわ。
でもスケオ先輩と一緒にいられただけでも幸せ。
スケオ先輩に見守られながら死ぬなんてこの上幸せなことはないわ……」


マコトの声が掠れていった。
ミネ子は露骨に嫌悪をさせ、ぴしゃりとマコトの頬を叩いた。
あうっ、とマコトは弾き飛ばされその場で倒れこんでしまった。


「お、おのれぇ!このガキ!今すぐこの手で殺してやるよ!」
ヒステリックになったミネ子はギリリと口元を歪めてナイフを走らせた。





(つづく)
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