ナイフが朱に染まる

白河甚平@壺

文字の大きさ
上 下
21 / 28

(第21話)やっぱりキミだったのか……お父さんのことが好きだったから自分を犠牲にしたんだね。伊藤が憎かったんだね

しおりを挟む
上目遣いでミネ子は僕を見た。
なんてことだ。
フジテクノコーポレーションは僕の勤めている会社なんだぞ?
その社長の娘が、まさかミネ子だったとは。
メリーゴーランドの景色がまるで極彩色のように目まぐるしくなってきた。


「み、ミネ子ちゃん?こ、これは一体…」
声が上ずってしまう。


「もう、こうなったら、何もかもスケオくんに話すしかないわね」
深いため息をついて彼女は馬車から離れて太い柱にもたれた。


「さて…どこから話そうかしら?スケオくん」
腕を組んでミネ子は流し目で聞いてくる。
今までの可愛らしさとは裏腹に、彼女が全く別人のように見えた。


「き、君が憎んでいたのは僕じゃなく、伊藤だったというのか?」
こめかみから汗が流れてくる。

「ウフフ。勿論浮気したアナタも憎いけど、それ以上に伊藤が憎いわ。
この手でめちゃめちゃに殺してやりたいぐらいに」
ミネ子は憎々し気に言った。


「何故なんだ?伊藤とキミになんの関係があるんだ?」

「アイツは父が決めた私の婚約者だったの」

「こ、婚約者?」

「ええ。私は反吐がでるぐらいに伊藤を拒絶したけど。
父は心底から彼をとても気に入ってたわ。」


我が耳を疑った。
そんな話、今までに聞いたことがない。
頭が真っ白になりそうだった。


「キ、キミに婚約者がいたとは驚きだなあ。
しかし、なんで殺したいぐらいにヤツが憎かったんだ?」

首が窮屈になったのでネクタイを緩める。
僕はなんとか正気に戻り、柱に磔になってた背広を取って、寝ているマコトの胸にかけてあげた。


「伊藤が父を利用して会社を乗っ取ろうとしてたの。
ヤツは私の事を愛してなんかいないわ。
ヤツが望んでいることは私と無理やり結婚をして、父を殺して、社長の座を奪うことなのよ」

ミネ子は興奮しだした。
いきなりぶっ飛んだ話になり頭が痛くなってくる。
それでもなんとか彼女の話を聞いてあげようとした。


「伊藤がか?卑劣なヤツだとはわかってたが、
アイツが社長の座を狙っていたとは」

「そうよ。アイツは卑劣で最低なヤツなのよ。
父は昔から乞食の人に食べ物を与えたり、お金に困っている友人や知らない人にも援助をしてあげるとても優しい人なの。自分の欲しか考えない卑劣な伊藤とは違うわ。
父は会社で黒字になった分を少しでも困ってる人たちに寄付をしてあげたいんだ、と私が子供の頃に言ってたわ」

「ミネ子ちゃんのお父さんは立派な人なんだね」

ミネ子は微笑してから深く頷いた。
「そう。尊敬するぐらいにとても立派な人なの。
そういう性格の父だから、工場で働いている
中卒のヤンキーあがりの伊藤を自分の社員にしたのよ。
なんであんなヤツをいれたのよ、と父に抗議したら

“彼はたしかに学歴がない。
だがそれで彼の価値を決める権限はオマエにあるのか?
一生懸命頑張っているじゃないか。
彼だって最初の頃は全くの無知だったんだ。
彼は必死にプログラミングを勉強してみんなに追いつこうとした。
その成果が表れ、彼はプロジェクトの役目を果たせた。
私は彼の努力を買ってプロジェクトリーダーに任命したんだよ。
中卒だった彼にも自信がつくだろう。
私は彼の若さと頑張りを認めて会社の大きな歯車になると思い、
伊藤くんを我が社に入れたんだ。
それのどこが悪いというんだ”

と父は私を叱ってたわ」


ミネ子は父親の顔を思い出したか、俯いてポツリポツリと言った。
伊藤が中卒だという噂は聞いていたが本当だったのか。
ヤツは血を吐く思いでプロジェクトについていこうとしたんだろう。
けれども、蹴落としてまで出世をしようとする根性が許せない。


「そうなのかあ。伊藤は相当頑張ったみたいだな。
でも、もっと真っ当に生きていればこんなことにならなかっただろうに。
ヤツはお父さんの人が良いことを利用して、陰でやりたい放題をして、社長の座を狙っていたんだ」

「私の父がお人よしで馬鹿だとスケオくんは言いたいわけ?」
ミネ子は気色ばんだ。

「イヤ!そんなことは言ってないよ!」
僕はあわてて首を横にふる。

「いい?父は面倒見がいいの。
全社員を自分の息子、娘同然に考えているのよ。
伊藤にも自分の息子のように可愛がっていたわ。
それを伊藤は分かっていて、必死に父にゴマをすってたわけ。
そして、少しでも社長に気に入られようと私に近づいてきたのよ、彼は」
ミネ子は僕に突っかかってくる。

「だからって何も殺すことはないじゃないか。
こんなヤツのために手を汚すことはなかったんだ」

「うるさい!何も分かっていないくせに!」
ミネ子は声を荒げた。

「ミネ子ちゃん、どうしたんだい。キミらしくないよ。
こんなことは止めて早く自首しようよ」

「冗談じゃないわ!ワタシは悪くないわ!悪いのは伊藤に決まってる!
伊藤のせいで私の心も体もズタズタよ!」
ミネ子は肩を大きく揺らした。

「まさかミネ子ちゃん。キミも他の女子社員たちのように」
恐る恐る聞いてみた。

「そうよ。私も伊藤に弱みを握られたのよ。
私、子供の頃にナイフ投げをしていたの。
そしたら通りすがりの青年を刺してしまったの。
その瞬間、手が震えて頭が真っ白になってしまったわ。
それを見た父は人が見ていない内にすぐさま死体を車に積み、
夜中に車を走らせて遠い海に投げ入れたの。
父は私の一生を台無しにしたくなかったんだと思う。
このことは父と私の秘密にしておいたの。
そしたら伊藤が、こっそり私の部屋に忍び込んで
子供の頃に書いた日記を読んでしまったのよ。
バラされたくなかったら俺の言うとおりにしな、と彼に脅されたわ。
私はバレても構わなかった。でも、父は絶対に私を庇うと思うの。
正義のヒーローのように優しい父が、私の罪をかぶって刑務所にいく――――そんなことは絶対にさせたくないの!
だから……彼の力づくで婚約者となり……
……一夜限りだけどヤツに抱かれてしまった……」
ミネ子は顔を赤くさせ歯をギリリと噛みしめる。
彼女は目から雨を降らせた。


「ミネ子ちゃん……そんなことがあったんだね……」
僕はミネ子ちゃんを可哀そうに思い肩を触ろうとした。
しかし、彼女は瞬時に僕の手を払いのけた。


「触らないで!慰めは御免被るわ!
スケオくんも他の男と一緒よ。
みんな自分の欲しか考えていない
卑怯な生き物よ!」
ミネ子は唾をとばしナイフを僕の鼻先に向けた。

「わあああ!危ないよ!たしかに浮気したことは謝るよ!
でも、なんでこんな冴えない僕なんかを選んでくれたんだい!?」

僕は両手をあげて毛が逆立った。
ミネ子は微笑し刃先を躍らせる。

「オホホ。なんででしょうね。
なぜか、いきなり高校のときのアナタに無性に会いたくなったの。
きっと気分を晴らしたかったからじゃないかしら。
伊藤との忌まわしい出来事や子供の頃に犯した罪、
なにもかも綺麗さっぱりにして生まれ変わりたかったの。
だから、スケオくんに逢うときは、
思い切って高校のときの洋服を着て若作りをしたわ。
お化粧もおめかしもバッチリしたわよ。
美術の先生になったことは真っ赤な嘘よ。
私は無職。何の取り柄もない女よ。
それなのにスケオくんったら、本気に私を信じてくれて
こんな醜い私を褒めてくれた。
そして、好きになってくれた」


ミネ子は間を置かずに話し続ける。
鬼の形相から次第に穏やかな顔へと移り変わった。


「アナタと遊園地で遊んだときは心から楽しかったわ。
子供の頃によく父とこのワンダー遊園地で遊んだことを思い出したの。
身も心もボロボロだった私はアナタと遊んでいる間だけ忘れることができた。
ジェットコースターに乗っていたときのアナタの横顔が父にそっくりだった。
スケオくん。アナタから清い愛を受けられて本当に幸せよ。
私はバージンじゃないけど、アナタに抱かれている間だけは初めて抱かれた気持ちになれたの」

「ミネ子ちゃん……僕はそんなにキミのお父さんに似てたのかい?
立派なお父さんに似てるといわれて僕は光栄だよ。
ミネ子ちゃん。僕はキミを心から愛しているよ」

「何をいうの……ホホホ。よくもシャーシャーと言えたものだわ。
スケオくんはあの女と資料室と喫茶店でよろしくやってたじゃない」

ミネ子は僕の顎に鋭くナイフを突き立て、目でマコトを指した。
生唾をのんだ。


「み、ミネ子ちゃん……ぼ、僕はたしかにマコトとキスをした。
喫茶店でしたときなんかはたしかに濃厚なキスを交わした。
僕はさみしかったんだ。キミと全然連絡がとれなかったし。
つい、魔がさしてしまったんだ……」




(つづく)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼ノ女人禁制地ニテ

フルーツパフェ
ホラー
古より日本に点在する女人禁制の地―― その理由は語られぬまま、時代は令和を迎える。 柏原鈴奈は本業のOLの片手間、動画配信者として活動していた。 今なお日本に根強く残る女性差別を忌み嫌う彼女は、動画配信の一環としてとある地方都市に存在する女人禁制地潜入の動画配信を企てる。 地元住民の監視を警告を無視し、勧誘した協力者達と共に神聖な土地で破廉恥な演出を続けた彼女達は視聴者たちから一定の反応を得た後、帰途に就こうとするが――

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

設計士 建山

如月 睦月
ミステリー
一級建築士 建山斗偉志(たてやま といし)小さいながらも事務所を構える彼のもとに、今日も変な依頼が迷い込む。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

視界迷宮の村 絶望の連鎖と歪む残像

葉羽
ミステリー
「これは、単なる連続殺人ではない。視覚と空間、そして人間の心理を巧みに操る、狂気の芸術作品だ。」 焔星高等学校に通う神藤葉羽(しんどう はね)は、学年トップの成績を誇る天才高校生。幼馴染の望月彩由美(もちづき あゆみ)と共に過ごす平穏な日常は、ある日、一通の手紙によって打ち砕かれる。差出人不明の手紙には、閉鎖的な寒村「白髯村(しらひげむら)」で起きているという奇妙な連続死の噂と、「視界迷宮」という謎の言葉が記されていた。好奇心と正義感に駆られた葉羽は、彩由美と共に白髯村へと向かう。 しかし、村は異様な静けさに包まれ、どこかよそよそしい雰囲気が漂っていた。村人たちは何かを隠しているかのように口を閉ざし、よそ者の葉羽たちを警戒する。そんな中、葉羽たちは、村の旧家である蔵で、奇怪な状況で死んでいる第一の被害者を発見する。密室状態の蔵、不可解な遺体の状況、そして、どこか歪んだ村の風景。葉羽の推理が冴えわたる中、第二、第三の殺人が発生し、事件は混沌とした迷宮へと誘っていく。 それは、視覚と空間を操る巧妙なトリック、人間の心理を悪用した暗示、そして、閉鎖的な村に渦巻く負の感情が織りなす、絶望の連鎖だった。葉羽は、愛する彩由美を守りながら、この視界迷宮に隠された真実を解き明かすことができるのか。そして、視界が歪む先に待ち受ける、真の恐怖とは一体何なのか。

無限の迷路

葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。

処理中です...