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(第15話)ミネ子ちゃんと大喧嘩をした。僕たちの恋はもうお仕舞だろうか…。
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マコトといつもの駅で別れて電車に乗り、住んでいるアパートまで辿りついた。
鞄の中から鍵を取り出してドアを開ける。
「あれ?」
いつもなら帰ると真っ暗なハズなのに温かな光が満ちている。
どうやら、ミネ子ちゃんが合鍵を使って入ったらしい。
部屋中、香ばしい匂いがしてきた。
食欲そそる良い匂いだ。
僕を待っている間、味噌汁とハンバーグを作ってくれたみたいだ。
台所の隣からシャワーを浴びる音がしてきた。
「ははは。また浴びているのかあ。よほどお風呂が気に入ったのかなあ?」
ついつい鼻の下を伸ばしてしまう。
よ~し。覗いて脅かしてやろう。ぐひひ。
鞄をベッドに置き背広を脱いだ。
忍び足で浴室まで辿り着いて、ドアにペタリと張り付いて見せた。
すると、一瞬スモークガラスに蛇のような物が見えた。
目の錯覚か…?瞬きを何度もしてみせる。
今度は尾びれが見えてきた。
手招きするように優雅な動きをしている。
ははぁーん。さては、人魚のコスプレをして風呂の中で遊んでいるなあ?
僕は腕をまくり、コラーッと開けて脅かしてやろうと思った。
その時、向こうからも顔をペタリと押しつけてきた。
僕は驚いて目を凝らした。
明らかに肌色ではない爬虫類のような物が映っている。
それは蛇のような赤い目をし、緑色のウロコがびっしりとついていた。
思わずギョッとしてしまった。
僕は夢でも見ているのだろうか。
まるで映画で見る半魚人のようだ。
半魚人はギョロリと睨みつける。
「イヒィ!」
ベローンと長い舌で舐め上げられ叫んでしまった。
風呂の中に得体のしれない物がいる!
滝のような汗をかいてしまった。
すると、浴室から水を激しく叩く音がしてきて、しゃがれた笑い声が聞こえてきた。
僕は逃げようとしたが腰をぬかしてしまいその場から離れられなくなってしまった。
「ど、どうしよ……こんな安アパートに半魚人が現れた…」
未だに信じられない。脂汗が流れてくる。
僕はいざという時のために、床に転がってたダンベルを伸ばして取り、震える手で握りしめた。
鈍く引きずるような音を立てて扉があいてしまった。
心臓が早鐘をうってくる。
湯煙が流れ出て全身を包みこんできた。
「あらぁ。おかえり。またシャワーを浴びさせてもらっちゃった」
半魚人ではなく、ちゃんと二本足が生えて桃色の肌をしたミネ子ちゃんが現れた。
バスタオルを身にまとって、イタズラっぽく笑っている。
「なあに?モンスターを見たような顔をしてるわよ?」
コロコロと笑って彼女は服を着ようとしている。
僕はハハハと乾いた笑いしか出てこなかった。
あれは作り物とか錯覚というよりも妙に生々しいものを感じた。
着替えている彼女を上から下までまじまじと見て考えた。
あの奇妙な生き物は一体なんだったんだろう。
僕の錯覚ということで気にしないでおくことにした。
すると、彼女のポケットの中から白い紙が僕の足下に落ちてきた。
それを拾い、クシャクシャになった紙を広げる。
「おい……これ、なんなんだよ」
銀座の高級ホテルの領収書のようだ。
利用者の人数が二人となっている。
スイートルームをとったらしい。
皿にハンバーグをいれようとするミネ子ちゃんに領収書を突き付けた。
すると彼女はたちまち血相を変え、持ってた皿を流しの中に落としてしまった。
「あ、あのね。これは仕事なの……親睦会があったのよ」
「へーえ。たったの二人きりで親睦会があったのかよ。
女同士で行ったとは言わさないぞ。
僕に隠れて浮気をしてたんだ!?」
ミネ子ちゃんに裏切られた気持ちでいっぱいになってしまった。
思わず責めたててしまう。
「……浮気なんかじゃないわ。これは仕方がなかったのよ」
ミネ子ちゃんは顔を背けた。
「はぁ?仕方がないってなんだよ!
浮気してしまったことが仕方ないのかよ」
「違うの。そうじゃないの。たしかに男の人と食事をして泊まったわ。
でも、肉体的なことは絶対にしていないの。信じて」
「ににに肉体!?食事をして泊まっただと!
じゃあ、やっぱり、鼻からイヤラシイことをしようとホテルに泊まったわけなんだ!」
声が上ずる。
僕はミネ子ちゃんに嫉妬をしていた。
自分も浮気をしているのに彼女ばかり責めるのは見苦しい話だが、
愛するミネ子ちゃんを他の男に盗られることが最大に許せなかった。
眉を寄せたミネ子ちゃんは首を横に振って言った。
「エッチ目的ではないの。ただ、相手が物凄くエッチな人だったから誘き寄せただけなのよ。だから信じて。肉体関係は全然なかったのよ」
「あーあー。もう聞きたくないね!
ミネ子ちゃんは僕だけを愛しているとばかり思ってた自分が馬鹿だった!
こんな何の取り柄もない貧乏な僕なんか所詮、気まぐれ相手にしか過ぎなかったんだ!」
僕は喚いて、ベッドに入ってうずくまってしまった。
ミネ子ちゃんは顔を真っ赤にさせ、エプロンを脱ぎ捨てた。
「なによ!ひがんじゃって、男らしくないわね!
あなたの事を気まぐれ相手だなんて、これっぽっちも思った事ないわよ。
今日はやめとこうと思ったけど、もう、こうなったら私も言わせてもらうわよ」
彼女はツカツカとこちらに進み、コタツの上においてあったバッグの中から一枚の写真を取り出し僕の鼻元に突き付けた。
「あ……あう……あうあうあう」
見た瞬間、狼狽えてしまった。
それはマコトと僕がブルボンという喫茶店で夢中になってキスをしている写真だった。
一気に血の気が引いてしまう。
「こ、こんなものいつのまに……」
ベッドから体を起こした。
震える手でその写真をつかみ、もう一度確かめる。
どこからどう見てもキスしている写真に間違いなかった。
「酷いわ……私だけを愛してくれてるとばかり思ってたのに……
最近アナタの様子がおかしかったから探偵を雇ったの。
やっぱりスケオくん。アナタは浮気してたのね。
酷いわ……最低よ……アナタだけにこの体を捧げてきたのにぃ!」
ミネ子ちゃんは大粒の涙をこぼし、棚に並べてあった本を投げつけてきた。
「わっ!あぶない!違うんだ。これはアクシデントなんだ!」
「なにがアクシデントなのよ!浮気は浮気よ!
その子は誰よ!どこまでいってるのよ!
若くて背の低い子の方が可愛いんでしょうね!キー!」
彼女は金切声をあげてリモコン、ペン立て、電話帳と立て続けに投げつけてきた。
「わっ。わっ。危ないよ!
悪かった。キミばかり責めてしまって申し訳ない。謝るよ。
キスは本当にアクシデントなんだ。
浮気をする気なんて、これっぽっちもない。
頼むから手をとめてくれ」
鬼のような顔をした彼女はコンポの上にあったフィギュアまでも投げようとしたが、握りしめたまま肩で息をし腕を降ろした。
「ミネ子ちゃん。訳を話すよ。
僕と後輩の子宛に“殺す”と脅迫状が来たんだよ。
それで僕たちは出社も退社も一緒にすることになったんだ」
ミネ子ちゃんは泣いていた。
肩で息をして、うん、うんと頷いて聞いてくれてる。
「でも、たしかに後輩に特別な気持ちを持った。
その子も僕のことが好きになってしまった。
僕は好きな人がいると断ったが、なんか、恋しくなったんだよ。
ミネ子ちゃん、最近あまり来てくれなかったし電話も出てくれなかったじゃんかあ。
恋しくてつい、魔がさしてしまったんだよ」
「なによ。それ?
私が相手しなかったから他の女に手を出したというのね?」
彼女は喧嘩腰だ。
どうやら僕の言い方が不味かったらしい。
「違うよ。そうじゃないんだ。
仕事と割り切れなかった僕が一番悪かったんだ。
最低でクズな男だよ。
君を泣かせて傷つけてしまって本当にすまない。
もう、二度と後輩とあんなことをしないから
どうか、許してくれ」
僕は頭を下げた。
「ねぇ。脅迫状が来たことをなんで私に言ってくれなかったの?
今初めて聞いたわよ」
彼女は瞼を腫らし頬を濡らした。
「だって。最近キミと会えなかったから。
キミだって、僕に内緒で知らない男とホテルにはいったんだろ?」
僕はつい、腹を立ててイジワルなことを言ってしまった。
ミネ子ちゃんは黙り込む。
「ほらぁ。ミネ子ちゃんだって浮気してるじゃないか。
自分のことを棚にあげちゃってさ。
お互い、全然違う仕事をしてるから仕方がないじゃないか。
キミは僕を責めたてるんだけど、
キミだって金持ちの男と僕の知らない所で楽しいことをしているじゃないか。
もしかして肉体関係もってるんじゃないの?」
「スケオくん……酷いわ……そんな言い方ないでしょ」
ミネ子ちゃんは顔を手で覆ってしまった。
でも、頭にきた僕はとうとう爆弾発言をしてしまった。
「だってさ。証拠がないし分からないじゃないか。
それに、夜景を見ながら食事をして、
高級ホテルに泊まるときたらもう、
あとは男と女が愛し合うしかないじゃないか」
「そんなことないわ!私は絶対に他の男と寝たりなんかしない!
私の体はスケオくんのもの!スケオくんにすべてを捧げたのよ!」
「じゃあさ。証拠。証拠を見せてよ。ホラ。
そんな口先ばっかりじゃあ、ぜったいに僕は信じないからね。
ミネ子ちゃんは美人だし恋愛経験が豊富だけど
僕はそうじゃないからね。
結局僕を弄んだだけなんだ。
いーい夢を見させてくれてありがとう!」
「そ、そんな。酷い……スケオくん……」
着ていた上着とバッグを持って帰ってしまった。
未練ったらしい自分にほとほと嫌気をさした。
だがもう遅い。完全に彼女の心をボロボロにしてしまった。
いきなり腹が鳴った。
こんな最悪な時に限ってなんで鳴るものか。
僕はミネ子ちゃんが作ってくれたハンバーグを皿に入れ、椅子に座り食べた。
「味がわからない……くそ」
視界がぼやけ、塩味しかしてこなかった。
家全体が静寂(しじま)となり、虚しい空間となってしまった。
もう、僕たちはこれでおしまいだろうか。
折角、色鮮やかな暮らしを彼女がくれたのに。
己の馬鹿さ加減を苦々しく噛みしめ、一人黙々と涙の味がするハンバーグを平らげた。
(つづく)
鞄の中から鍵を取り出してドアを開ける。
「あれ?」
いつもなら帰ると真っ暗なハズなのに温かな光が満ちている。
どうやら、ミネ子ちゃんが合鍵を使って入ったらしい。
部屋中、香ばしい匂いがしてきた。
食欲そそる良い匂いだ。
僕を待っている間、味噌汁とハンバーグを作ってくれたみたいだ。
台所の隣からシャワーを浴びる音がしてきた。
「ははは。また浴びているのかあ。よほどお風呂が気に入ったのかなあ?」
ついつい鼻の下を伸ばしてしまう。
よ~し。覗いて脅かしてやろう。ぐひひ。
鞄をベッドに置き背広を脱いだ。
忍び足で浴室まで辿り着いて、ドアにペタリと張り付いて見せた。
すると、一瞬スモークガラスに蛇のような物が見えた。
目の錯覚か…?瞬きを何度もしてみせる。
今度は尾びれが見えてきた。
手招きするように優雅な動きをしている。
ははぁーん。さては、人魚のコスプレをして風呂の中で遊んでいるなあ?
僕は腕をまくり、コラーッと開けて脅かしてやろうと思った。
その時、向こうからも顔をペタリと押しつけてきた。
僕は驚いて目を凝らした。
明らかに肌色ではない爬虫類のような物が映っている。
それは蛇のような赤い目をし、緑色のウロコがびっしりとついていた。
思わずギョッとしてしまった。
僕は夢でも見ているのだろうか。
まるで映画で見る半魚人のようだ。
半魚人はギョロリと睨みつける。
「イヒィ!」
ベローンと長い舌で舐め上げられ叫んでしまった。
風呂の中に得体のしれない物がいる!
滝のような汗をかいてしまった。
すると、浴室から水を激しく叩く音がしてきて、しゃがれた笑い声が聞こえてきた。
僕は逃げようとしたが腰をぬかしてしまいその場から離れられなくなってしまった。
「ど、どうしよ……こんな安アパートに半魚人が現れた…」
未だに信じられない。脂汗が流れてくる。
僕はいざという時のために、床に転がってたダンベルを伸ばして取り、震える手で握りしめた。
鈍く引きずるような音を立てて扉があいてしまった。
心臓が早鐘をうってくる。
湯煙が流れ出て全身を包みこんできた。
「あらぁ。おかえり。またシャワーを浴びさせてもらっちゃった」
半魚人ではなく、ちゃんと二本足が生えて桃色の肌をしたミネ子ちゃんが現れた。
バスタオルを身にまとって、イタズラっぽく笑っている。
「なあに?モンスターを見たような顔をしてるわよ?」
コロコロと笑って彼女は服を着ようとしている。
僕はハハハと乾いた笑いしか出てこなかった。
あれは作り物とか錯覚というよりも妙に生々しいものを感じた。
着替えている彼女を上から下までまじまじと見て考えた。
あの奇妙な生き物は一体なんだったんだろう。
僕の錯覚ということで気にしないでおくことにした。
すると、彼女のポケットの中から白い紙が僕の足下に落ちてきた。
それを拾い、クシャクシャになった紙を広げる。
「おい……これ、なんなんだよ」
銀座の高級ホテルの領収書のようだ。
利用者の人数が二人となっている。
スイートルームをとったらしい。
皿にハンバーグをいれようとするミネ子ちゃんに領収書を突き付けた。
すると彼女はたちまち血相を変え、持ってた皿を流しの中に落としてしまった。
「あ、あのね。これは仕事なの……親睦会があったのよ」
「へーえ。たったの二人きりで親睦会があったのかよ。
女同士で行ったとは言わさないぞ。
僕に隠れて浮気をしてたんだ!?」
ミネ子ちゃんに裏切られた気持ちでいっぱいになってしまった。
思わず責めたててしまう。
「……浮気なんかじゃないわ。これは仕方がなかったのよ」
ミネ子ちゃんは顔を背けた。
「はぁ?仕方がないってなんだよ!
浮気してしまったことが仕方ないのかよ」
「違うの。そうじゃないの。たしかに男の人と食事をして泊まったわ。
でも、肉体的なことは絶対にしていないの。信じて」
「ににに肉体!?食事をして泊まっただと!
じゃあ、やっぱり、鼻からイヤラシイことをしようとホテルに泊まったわけなんだ!」
声が上ずる。
僕はミネ子ちゃんに嫉妬をしていた。
自分も浮気をしているのに彼女ばかり責めるのは見苦しい話だが、
愛するミネ子ちゃんを他の男に盗られることが最大に許せなかった。
眉を寄せたミネ子ちゃんは首を横に振って言った。
「エッチ目的ではないの。ただ、相手が物凄くエッチな人だったから誘き寄せただけなのよ。だから信じて。肉体関係は全然なかったのよ」
「あーあー。もう聞きたくないね!
ミネ子ちゃんは僕だけを愛しているとばかり思ってた自分が馬鹿だった!
こんな何の取り柄もない貧乏な僕なんか所詮、気まぐれ相手にしか過ぎなかったんだ!」
僕は喚いて、ベッドに入ってうずくまってしまった。
ミネ子ちゃんは顔を真っ赤にさせ、エプロンを脱ぎ捨てた。
「なによ!ひがんじゃって、男らしくないわね!
あなたの事を気まぐれ相手だなんて、これっぽっちも思った事ないわよ。
今日はやめとこうと思ったけど、もう、こうなったら私も言わせてもらうわよ」
彼女はツカツカとこちらに進み、コタツの上においてあったバッグの中から一枚の写真を取り出し僕の鼻元に突き付けた。
「あ……あう……あうあうあう」
見た瞬間、狼狽えてしまった。
それはマコトと僕がブルボンという喫茶店で夢中になってキスをしている写真だった。
一気に血の気が引いてしまう。
「こ、こんなものいつのまに……」
ベッドから体を起こした。
震える手でその写真をつかみ、もう一度確かめる。
どこからどう見てもキスしている写真に間違いなかった。
「酷いわ……私だけを愛してくれてるとばかり思ってたのに……
最近アナタの様子がおかしかったから探偵を雇ったの。
やっぱりスケオくん。アナタは浮気してたのね。
酷いわ……最低よ……アナタだけにこの体を捧げてきたのにぃ!」
ミネ子ちゃんは大粒の涙をこぼし、棚に並べてあった本を投げつけてきた。
「わっ!あぶない!違うんだ。これはアクシデントなんだ!」
「なにがアクシデントなのよ!浮気は浮気よ!
その子は誰よ!どこまでいってるのよ!
若くて背の低い子の方が可愛いんでしょうね!キー!」
彼女は金切声をあげてリモコン、ペン立て、電話帳と立て続けに投げつけてきた。
「わっ。わっ。危ないよ!
悪かった。キミばかり責めてしまって申し訳ない。謝るよ。
キスは本当にアクシデントなんだ。
浮気をする気なんて、これっぽっちもない。
頼むから手をとめてくれ」
鬼のような顔をした彼女はコンポの上にあったフィギュアまでも投げようとしたが、握りしめたまま肩で息をし腕を降ろした。
「ミネ子ちゃん。訳を話すよ。
僕と後輩の子宛に“殺す”と脅迫状が来たんだよ。
それで僕たちは出社も退社も一緒にすることになったんだ」
ミネ子ちゃんは泣いていた。
肩で息をして、うん、うんと頷いて聞いてくれてる。
「でも、たしかに後輩に特別な気持ちを持った。
その子も僕のことが好きになってしまった。
僕は好きな人がいると断ったが、なんか、恋しくなったんだよ。
ミネ子ちゃん、最近あまり来てくれなかったし電話も出てくれなかったじゃんかあ。
恋しくてつい、魔がさしてしまったんだよ」
「なによ。それ?
私が相手しなかったから他の女に手を出したというのね?」
彼女は喧嘩腰だ。
どうやら僕の言い方が不味かったらしい。
「違うよ。そうじゃないんだ。
仕事と割り切れなかった僕が一番悪かったんだ。
最低でクズな男だよ。
君を泣かせて傷つけてしまって本当にすまない。
もう、二度と後輩とあんなことをしないから
どうか、許してくれ」
僕は頭を下げた。
「ねぇ。脅迫状が来たことをなんで私に言ってくれなかったの?
今初めて聞いたわよ」
彼女は瞼を腫らし頬を濡らした。
「だって。最近キミと会えなかったから。
キミだって、僕に内緒で知らない男とホテルにはいったんだろ?」
僕はつい、腹を立ててイジワルなことを言ってしまった。
ミネ子ちゃんは黙り込む。
「ほらぁ。ミネ子ちゃんだって浮気してるじゃないか。
自分のことを棚にあげちゃってさ。
お互い、全然違う仕事をしてるから仕方がないじゃないか。
キミは僕を責めたてるんだけど、
キミだって金持ちの男と僕の知らない所で楽しいことをしているじゃないか。
もしかして肉体関係もってるんじゃないの?」
「スケオくん……酷いわ……そんな言い方ないでしょ」
ミネ子ちゃんは顔を手で覆ってしまった。
でも、頭にきた僕はとうとう爆弾発言をしてしまった。
「だってさ。証拠がないし分からないじゃないか。
それに、夜景を見ながら食事をして、
高級ホテルに泊まるときたらもう、
あとは男と女が愛し合うしかないじゃないか」
「そんなことないわ!私は絶対に他の男と寝たりなんかしない!
私の体はスケオくんのもの!スケオくんにすべてを捧げたのよ!」
「じゃあさ。証拠。証拠を見せてよ。ホラ。
そんな口先ばっかりじゃあ、ぜったいに僕は信じないからね。
ミネ子ちゃんは美人だし恋愛経験が豊富だけど
僕はそうじゃないからね。
結局僕を弄んだだけなんだ。
いーい夢を見させてくれてありがとう!」
「そ、そんな。酷い……スケオくん……」
着ていた上着とバッグを持って帰ってしまった。
未練ったらしい自分にほとほと嫌気をさした。
だがもう遅い。完全に彼女の心をボロボロにしてしまった。
いきなり腹が鳴った。
こんな最悪な時に限ってなんで鳴るものか。
僕はミネ子ちゃんが作ってくれたハンバーグを皿に入れ、椅子に座り食べた。
「味がわからない……くそ」
視界がぼやけ、塩味しかしてこなかった。
家全体が静寂(しじま)となり、虚しい空間となってしまった。
もう、僕たちはこれでおしまいだろうか。
折角、色鮮やかな暮らしを彼女がくれたのに。
己の馬鹿さ加減を苦々しく噛みしめ、一人黙々と涙の味がするハンバーグを平らげた。
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